« 2004年8月 | トップページ | 2004年10月 »

2004年9月29日 (水)

タカと蕎麦のリンク(いちじん)

こんなこともあるのです。
白樺峠のタカ見の広場から山道を下り、大通りに出ました。
早くきた人たちの車が路肩に駐車してありました。
その中に、群馬ナンバーが1台だけありました。
群馬からだなと思いながら、花やチョウを写しながら
後から来るけいこさんを待っていました。

年配のご夫婦が来たので、どちらから来たのとか、
タカはあまり見られなかったとか話していました。

すると、私と同じ年恰好の男性が話しに入ってきました。
白樺峠には10年以上も前から来ているそうで、
大きなタカ柱を3本も見たことがあるとのこと。
昔はこんなに簡単にタカ見の広場には行けなかったそうで、
1時間近くも歩かねばならなかったとのこと。

高崎からはじめて来たことを告げると、なんと彼も高崎だと言う。
群馬ナンバーの車は彼のものだったのだ。
けいこさんが下りてきたので紹介した。
しばらくして彼の奥さんも降りてきた。
4人でタカや鳥のことから高崎のこと、
趣味のことへと話が広がった。
二人は高崎駅近くのマンションをセカンドハウスにして
東京に勤めているMさんといった。

奥さんは北関東IT推進協議会のメンバーで
ビデオ撮影を担当し、ビデオを抱えていた。
MさんのHPやメールのアドレスを教えてもらって別れた。

けいこさんがタカ見の様子をHPにアップした。
そこで、白樺峠の帰り際に出会ったMさんにそのことをメールで知らせた。

しばらくして、返信が来た。
なんとMさんたちも「ちぃじがき蕎麦の里」の蕎麦作りに参加しているとのこと。
それでは第1回の蕎麦の種まきの会場で一緒だったのだ。
オーナー番号52の初心者だそうです。
私たちの番号は58で、同じく初心者。
たった6だけの違いだから、
本当に近いところで(そば「側」で)蕎麦のさくを切っていたのだ。

Mさんたちと私たちなんと趣味が似通っているのだろう。
こんなことって・・・あるのですね。
タカと蕎麦のリンクの話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月22日 (水)

突然、現れるタカ(いちじん)

前の方へ行って
ベテランの方に伺ってみました。
朝方、200羽程飛んだそうです。
左の谷を低く飛んでいったようです。(A)
もう1コースは右手の谷を飛ぶコースだそうです。(B)
そして、もう1コースは、頭上を南下するコース。(C)
私たちは、BとCのコースを飛ぶタカを
何度も見ることができました。

私は、老眼鏡をかけていますが
まだ遠方は良く見えます。
中空を見ていると
突然、タカが出現するのです。
1羽見えると続いてもう1羽見えることもあります。
初め、この突然現れるのが
不思議でした。
タカが湧いたように思われました。

よく考えてみると
当たり前のことでした。
どんな大きなものでも
ある距離、離れると見えなくなります。
タカも我々の方へ飛んで来ているのに
見えない距離にいるのでしょう。
それが、見える距離に入ったとき
捕らえられれば
1番早く見つけたことになるのです。

何回か、「出た」と
周りよりも早く叫ぶことがありました。
雲と空の間とか
稜線の上だとか言って知らせました。
すると一斉にそちらに
スコープやカメラが動きました。

頭上を飛んでいく時は
羽の様子が分かります。
羽が欠けているタカも見ました。
そんな時
大きなカメラのシャッターの音が
ひときわ大きく
カチャカチャ鳴ります。

私は追いかけるのですが
シャッターを押す前に
視界から外れて
撮れませんでした。
後で、タカ見のところで買った本を見たら
背伸びして見るくらいにカメラを
セットすると
頭上のタカを捕らえることができるようです。
何回かシャッターは押してはみたものの
多分撮れてはいないでしょう。

ハチクマも
サシバも区別がつきませんでした。
オオタカとハイタカの
違いも分かりません。
ノスリはよく見ていますが
同じように見えました。
ホバリングしているのが
ノスリのようでもありましたが・・・。

だからそれらを総称してタカ、
いちじんの
タカ見の報告でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月21日 (火)

タカ見(いちじん)

長野県の奈川村、白樺峠に
タカの渡りを見に行ってきました。
観察時間は(9月20日)
10:00~14:15でした。
沢山のバーダーが
大砲のようなカメラを構えて
谷の向こうの中空を眺めていました。
タカに詳しい方に聞きながら
カウントした鳥の数です。

ハチクマ   22
サシバ     6
オオタカ    6
ハイタカ    1
ノスリ     7
ホシガラス   1
不明     10

薄日の差す、爽やかなタカ見日よりでしたが
残念ながら、タカ柱を見ることはできませんでした。

行く途中の原で
マツムシソウにクジャクチョウが
何羽もとまって蜜を吸っていました。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月18日 (土)

ひょうたんゲーム (いちじん)

前橋から国道50号線を小山方面に向かって行き、
桐生を出る頃、左側に桐生織物観光センターがあります。
そこのスタッフが考え出した
障害者や高齢者の方達の
レクリエーションゲームです。

30センチくらいのひょうたんで
ウレタンでできています。
下方に重りが入っているので
投げても起き上がりこぼしのように立ち上がります。
重さの少し異なるカラフルなひょうたんが
6個です。
直径が50~60センチの輪の中に投げ入れて
得点を競うゲームです。

手触りがいいので人形のようにして
遊ぶこともできます。また、手渡しして
ボール送りゲームのようなこともできます。
工夫すれば、いろいろな遊び方ができます。

観光センターの店頭にもHPにも
出ていませんが、眠らせておくのはもったいない
素敵な宝物なので紹介します。

ちょっと割高なのですが
問い合わせれば喜んで販売に応じてくれると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月17日 (金)

浅間の噴火 (いちじん)

9月1日、浅間山が噴火しました。
午後8時ごろ自宅で爆発音が聞こえ、 
ガラス戸がガタガタと音を立てて揺れたのです。

そして14日、車を運転中に、浅間山から噴煙が上がっているのに遭遇。
井野川の土手に上がって写真を撮りました。
その後、何度も爆発を繰り返しています。
大事にならなければよいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月 6日 (月)

「ちいじがき蕎麦の里」第2日目(2) byいちじん

小屋で鍬を洗い、着替えました。
見渡すと前方の山々が望められて爽快でした。
雲上の仙人の家みたいです。
ここで昼食を食べてもいいなと思いました。
でも今日は、土日、祝日のみ開店している
下の村営蕎麦屋で食べることにしていたので
急峻な山道を降りて行きました。
人家の屋根に乗りあげてしまいそうな細い道でした。

蕎麦屋には雨だというのに
2組の先客が蕎麦を食べていました。
数人の年配の女性がてきぱきと働いていました。
私は大盛り、
けいこさんは普通盛り、
それに天ぷらを頼んで待ちました。
壁に昨年の蕎麦つくりの写真コンクールの作品が
展示してありました。
特選は蕎麦の花の中で
少女が顔だけを出しているものでした。
次回来る頃にはこんな光景が
見られるんだろうなと思いました。

腰があり、それでいてなめらかで
喉越しの良い蕎麦でした。
ふきとごぼうと切干大根の煮物の三つの皿が
那須の村人の心を感じさせました。

途中、甘楽のふるさと館のお湯に入って
汗を流して帰ってきました。
静かなお湯でした。

蕎麦のオーナーの第2日目の報告でした。
写真レポートは後日いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ちいじがき蕎麦の里」第2日目(1) by いちじん

雨の煙る那須の山へ蕎麦の土寄せに行ってきました。
2回目の作業日は来週なのですが、
私にあいにく別の予定があって行けません。
そこで今日、名人に頼んで土寄せをすることにしたのです。

雄川沿いにある村経営の蕎麦屋のところから、
恵子さんが名人に連絡してから蕎麦畑に登りました。
蕎麦管理小屋に車を置いてレインコートを着ていると
名人の軽トラが登って来ました。
寒冷地なのでおいしくできるというジャガイモを
お土産にもって来てくれました。
下の方から雲が湧いて流れていきます。
小屋から山道をさらの登ったところに
私たちの蕎麦畑があります。
道の脇に白い花が咲いています。
けいこさんが調べて知った花、センニンソウです。
名人に教えてしまいました。
「ああ、そうかい」と言っていました。

私たち3人以外、蕎麦畑には誰もいませんでした。
蕎麦の芽がどんな風に出ているか
心配しながら行くと
畑が薄緑色になっていました。
蕎麦の芽が5~6センチに伸びていたのです。
角付き鍬で土の寄せ方を教えて貰いました。
山畑の耕し方のセオリー通り、
下から上に土を上げるやり方でした。
けいこさんは上の方のさくから、
私は下の方のさくから土寄せをやりました。

レインコートを着ている、
雨で土が重い、
土の中に石がある、
畑が傾いている、
さくの間が狭い、
一さく土寄せをするたびに一休みです。
汗がどっと出て来ました。

それでも、昼の知らせの放送の頃には
終えることができました。
私たちの蕎麦畑だけが生き生きとしています。
次回は蕎麦のお花見です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月 3日 (金)

浅間の噴火 (いちじん)

午後8時少し過ぎていました。
ガラス戸が突然振動しました。
地震かと思いましたが、揺れはまったく感じませんでした。
ちょっと不思議な感じがしました。
しばらくして、テレビで浅間の爆発と知りました。
翌朝は雨のため浅間は見えませんでした。

子どもの頃は、田んぼのあちこちに狭い畑(田より40~50センチ高い所)がありました。
それは、天明の噴火の時降った火山灰(軽石)を寄せ集めて作った畑だったのです。
砂山といって、よくサツマイモや桑を栽培していました。
昭和30年代の耕地整理でほとんど消えてしまいましたが、
私の記憶にはあの狭い畑の光景が残っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年8月 | トップページ | 2004年10月 »