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2008年9月29日 (月)

高崎五万石騒動 丸茂元治郎翁傳 2008年9月29日 (月)

『丸茂元治郎翁傳』

著者  五十嵐伊十郎

発行  昭和3年5月15日

 丸茂家の古い資料の中にありました。
 以前調べた時には
 発行日が昭和だったので見落としてしっまたのかも知れません。
 本文6ページ、付録5ページです。

はしがきには
 ・・・高崎藩の農民運動の経緯を述べ
 『丸茂元治郎翁傳』と題し、其血族及其他に頒ち同意を得て、
 不朽の碑を立てたいと思ふが・・・
 とあります。

本文の項立て
 翁の續柄と其素質
 農民頭を擡(も)たぐ
 大総代の願は源租が目的
 騒動を起すの原因
 名主や組頭は別の待遇
 翁は鴻恩に感激す     鴻恩(こうおん)=大きな恩恵
 翁の妻は貞女

付録の一部
 王政復古の際の御達書
 農商へ布告

   本文 略

 戊辰正月
             東仙道鎭撫總督執事

 この資料は『義人の冤罪』からの引用でした。
 それによると、『義人の冤罪』の発行日が
 明治41年11月25日とありました。
 そこで、前掲の『義人の冤罪』の発行日を
 明治41年1月25日から11月25日に訂正します。   

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2008年9月26日 (金)

高崎五万石騒動 鬼丸狂歌 2008年9月26日

鬼丸源作 岩鼻懲役所にて狂歌

鬼丸源作(熊本県、肥後国、飽田郡、金峯山町居住、士族、分隊長、懲役、壱年)

岩鼻囚中にて狂歌

西方の浄土まいりを たのしみぞ
道をまがふて地獄にぞ おつ

約束とおもへば 地獄も住家なり
唯 有り明けの月ぞ 待たるる 

赤染の いしようは きても 心には
にしきを きたと おもひ暮すよ 

麦めしは からだのためと なるとみえ
しじゆう おならが たゆるまもなし

地獄から しゃばに生まれて 湯に入て
酒食したなら これが極楽

   九月十三日 放免の時

地獄より 生れた時の 嬉しさは
なにと ことばも ゆわれざらまし

地獄より しゃばに生れて鬼どんが
唯 壱合の酒に ぐら~(*繰り返し記号がありませんので)

   岩鼻囚中にて

  しやばにては 色と酒とを このめども
  地獄に住めば 食事ぞおもう

何日や、丸茂元さん(元治郎翁)が、むかでを、十四、五疋、

くしに、さし持帰り、鬼が、昼はんつこふ折りに、

舎内の清水茂吉といふ、おのこが脇より、そら、 なんだと、

むかでを、さし出して、たまげて、

  茂(も)とさんは 田原藤太か 鬼神か
  へびや むかでを てどりにぞする
   (お笑い ~  ~ )

最後の狂歌が 元治郎の様子をよく表現しています。
鬼丸氏は、自分をそして世の中を客観的に見ることができた人であったようです。
同じ時、同じ場所で暮らした二人の間が偲ばれます。

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    鹿児島県資料 西南戦争 第二巻

    鬼丸源作 岩鼻懲役所にて狂歌

    鬼丸源作(熊本県、肥後国、飽田郡、金峯山町居住、士族、分隊長、懲役、壱年)

    岩鼻囚中にて狂歌

    西方の浄土まいりを たのしみぞ
    道をまがふて地獄にぞ おつ

    約束とおもへば 地獄も住家なり
    唯 有り明けの月ぞ 待たるる 

    赤染の いしようは きても 心には
    にしきを きたと おもひ暮すよ 

    麦めしは からだのためと なるとみえ
    しじゆう おならが たゆるまもなし

    地獄から しゃばに生まれて 湯に入て
    酒食したなら これが極楽

       九月十三日 放免の時

    地獄より 生れた時の 嬉しさは
    なにと ことばも ゆわれざらまし

    地獄より しゃばに生れて鬼どんが
    唯 壱合の酒に ぐら~(*繰り返し記号がありませんので)

       岩鼻囚中にて

      しやばにては 色と酒とを このめども
      地獄に住めば 食事ぞおもう

    何日や、丸茂元さん(元治郎翁)が、むかでを、十四、五疋、

    くしに、さし持帰り、鬼が、昼はんつこふ折りに、

    舎内の清水茂吉といふ、おのこが脇より、そら、 なんだと、

    むかでを、さし出して、たまげて、

      茂(も)とさんは 田原藤太か 鬼神か
      へびや むかでを てどりにぞする
       (お笑い ~  ~ )

    最後の狂歌が 元治郎の様子をよく表現しています。
    鬼丸氏は、自分をそして世の中を客観的に見ることができた人であったようです。
    同じ時、同じ場所で暮らした二人の間が偲ばれます。

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    高崎五万石騒動 西南戦争 鹿児島県資料

    鹿児島県資料 西南戦争 第二巻

    明治の初期、高崎の岩鼻に監獄がありました。
    明治10年に西南戦争があり、薩摩軍と官軍が激しく戦いました。
    日本人同士の最後の戦争でした。
    官軍が勝利し、薩摩軍は捕らえられました。

    この本には西南戦争関係国事犯懲役人の上申書がまとめられています。
    薩軍は全国の監獄署に分散されて収監されました。その数、1045人。
    群馬県には53人が収監されました。

    丸茂元治郎は明治2年、高崎城下で減税運動に奔走。
    (この運動を『高崎五万石騒動』と言います。)
    捕らえられ、10年の刑で岩鼻の監獄に入牢していました。
    そこへ、肥後の国から鬼丸源作が西南戦争の国事犯として
    送られてきました。
    鬼丸は1年の刑期でした。
    元治郎と一緒に岩鼻の監獄で過ごしました。
    できたての国に刃向かったとして捕らえられた二人は
    心が通じるところがあったのでしょう。

    鬼丸は元治郎より早く出所になりました。
    その時、鬼丸は元治郎に
    獄中でのことを狂歌にして渡しました。

    昭和40年4月、元治郎の生家を建てかえるために
    江戸時代に建てられた茅葺きの家を解体しました。
    手伝いに行っていた私は玄関先に投げ出されていた
    和綴じのちいさな冊子に気付きました。

    それが、鬼丸から元治郎に渡された狂歌だったのです。

    熊本県の文化課に昨年、鬼丸源作についての問い合わせをしました。
    住所を調べて確かにその人物がいたことが分かりました。
    そして、
    「『鹿児島県資料 西南戦争 第二巻』に国事犯の上申書が
    まとまっているので、その中に鬼丸の上申書があるかも知れません。
    そして、その本は群馬県立図書館にあります。」
    と教えていただきました。

    平成20年9月20日、
    群馬県立図書館で『鹿児島県資料 西南戦争 第二巻』を
    借りてきました。
    家に帰ってゆっくり開きました。
    群馬県は上26人、下27人、の上申書。
    下の13番目に鬼丸源作の文字。
    約1ページに渡って書かれています。

    鬼丸さんの狂歌に出会ってから
    43年かかりました。

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    2008年9月23日 (火)

    毛虫が・・・

    22日の昼休み、職場の近くを散歩しました。
    通りから少し入ったお宅の小道に
    ムラサキシノブ、彼岸花、ミズヒキ、ホトトギスが咲いていました。
    秋ですね。

    帰り道、歩道に毛虫が動いていました。
    黒にオレンジのシマシマ、
    見たことのない毛虫。
    5センチくらい。
    スズメ蛾の一種かなと思いました。

    同僚が「蝶ですか?蛾ですか?」
    自信を持って
    「この毛虫は、蛾の幼虫でしょう。蛾の一部が蝶ですからね」
    と答えました。

    帰ってきて、
    あの歩道のフェンス側には
    スミレがたくさんあった。
    スミレを食草にするのは
    ツマグロヒョウモン。
    もしかして・・・

    早速ネットで
    『ツマグロヒョウモン 幼虫』を検索。
    出てきたのは先程の毛虫。
    あの不気味な毛虫は
    ツマグロヒョウモンの幼虫でした。

    蛾ではなく蝶でした。
    9月22日は
    ツマグロヒョウモンの幼虫との
    対面記念日になりました。

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    2008年9月15日 (月)

    篠山城(兵庫県)

    9月13日14日と篠山市に行ってきました。
    篠山に14日の午後2時から、東京混声合唱団の演奏会があったので
    それを聴きに行ったのです。
    前日の13日は、篠山市内を見学しました。
    篠山城内を一回りして城主の系図を見て驚きました。
    篠山城の2代城主は、高崎から来ていたのです。
    Dsc_3629
    高崎城の城主を確認すると
    1617年元和3年~ 松平(藤井)信吉 5万石
    1619年元和5年~ 安藤重信   
    となっています。
    1619年に松平(藤井)信吉は、はるばる高崎から篠山に来たのです。
    家康に転勤を命じられたのでしょうか。
    400年以上前に高崎と篠山(700キロも離れた)との間に、
    こんな関係があったとは・・・。
    立派な堀
    Dsc_36171

    高い天守閣はない(平山城)が
    立派な石垣の篠山城
    Dsc_36211

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    2008年9月10日 (水)

    ペアのツマグロヒョウモン

    職場のちいさな花壇の近くで2頭のチョウが舞っていました。
    Dsc_3581
    色具合がツマグロヒョウモン、よく見ると雄と雌。
    今まで、一頭ずつ観察ができましたが、
    カップルは初めて。しばらく2頭の舞が続きました。
    でも、雄の方は振られて屋根の上へ飛んでいきました。
    雌はまだマリーゴールドで吸蜜。
    よく見ると少し羽が痛んでいました。
    Dsc_3588
    了解。

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    2008年9月 9日 (火)

    「誇り高き日本人」

    知人から紹介があった本、
    泉三郎著「誇り高き日本人」を読み始めました。
    明治4年にアメリカからヨーロッパへ視察に出かけた岩倉使節団の物語です。
    日本の近代化の核になった人々が西洋文明に触れてどのように感じ、
    どのように考えたのかを知ることができます。
    吉田松陰が「富国強兵」を主張したという記述が印象的でした。
    この物語は、「米欧回覧実記」が元になっているというので
    文庫本の「米欧回覧実記」5冊も手に入れてしまいました。
    実に詳しい記録ですが、漢文調で読解が困難。
    でも、スケッチが参考になります。
    現在、「誇り高き日本人」の120ページです。

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