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2010年6月 1日 (火)

風岡裕子さんのお話

映画「ここに泉あり」のモデルになった
風岡裕子さんが
6月1日(4:05~4:45)のラジオ深夜便に
登場しました。
起きるのが遅く、後半しか聴くことができませんでした。

映画ができたとき、記録映画だと思って
見なかった。
10年後、NHKのテレビで見て感激した。
岡田英二のヴァイオリンの持ち方について、
岸惠子にピアノの引き方を教えたことについて
のお話があった。
「音楽は音苦から」、
ピアノを習うには苦労があってこそ
楽しさが生まれる。
努力、工夫、が喜びの元ということ。
今、高崎は、音楽の町になったが
その背景には商業の発展があったから、
商業とともに音楽文化が育まれた。
江戸っ子と思っていたが、もう60年も
高崎にいるから、江戸っ子ではない。
これからは、楽団ができた当時の記録を
まとめるつもりとのこと。

音楽の町高崎の誕生を紹介した
風岡裕子さんの
お話でした。

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コメント

私は、始めから全部聴きました。
自由学園に、自分の意志で行った話、そこから東京音楽学校に進学するには、ワンクッションはさまないと受験できなかった話など、が印象に残ります。戦前に、自分の意志で、自由学園に行くというのは、当時はかなり進んだ考え方をしている女性だったのでしょう。戦後すぐに、群馬交響楽団を設立する時の経緯なども、同じです。
羽仁もと子先生の言葉を今でも、自分の行動に照らし合わせているとか。
 よく見て よく聞いて よくする

投稿: プー太郎 | 2010年6月 1日 (火) 12:38

プー太郎 様

前半の内容を書き込んでいただき
ありがとうございます。
風岡裕子さんは自由学園で
学ばれていたのでしたか。

自由学園というと、
数日前の「明日への言葉」に
出られた宮嶋望さんも
自由学園に縁のある方でした。

『「ゆっくり」だから本物が出きる』という
お話でしたが、
お父さんが自由学園の先生をしていて
そこで学ばれ、
現在は
農事組合法人「共働学舎新得農場代表」を
されていて
障害を持った方々と一緒に
酪農とチーズ作りに励んでおられるとのこと。
障害者と共に
北の大地に生きる
宮嶋さんには敬服しました。
 

投稿: いちじん | 2010年6月 1日 (火) 17:02

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