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2010年8月 6日 (金)

哲学堂で思い出したこと

8月6日、迷道院高崎さんのブログに書いたこと。

昭和40年代後半から50年代の頃、
井上さんが作られた
哲学堂設立準備会(不確か)がありました。
井上さんは多くの文化人を高崎に招き
無料で講演会を開催しました。
私は会員にはなりませんでしたが
しばしば参加しました。

梅原猛氏
数回来られています。隠された十字架を
書かれた頃でした。
私は「話は面白いが、もっと朝鮮半島を含めたアジアの歴史を考慮すべきではないか」と
意見を言った覚えがあります。
これは、私の一方的な思いこみですが
梅原氏はその後、
アジアの歴史を含めた論述を
するようになったように思われます。
先日、梅棹忠夫氏が亡くなられて
新聞で追悼文を書かれています。
その中で、自分が当時の首相に
『国際日本文化研究センター』を創るように
頼んだのでできたのだと
書いていますが、
その二人を取り持ったのが
井上さんではないかと
想像しています。

山本七平氏
「日本人とユダヤ人」の著者は誰か
という話題が沸騰していたときでした。
私は直接、
「著者は山本さん、あなたではないのですか」
と訊きました。
著者と訳者と発行者のことを細かく説明されて
煙に巻かれたことを思い出します。

今西錦司氏
「棲み分け」の理論の今西氏が来高と言うことで
高校で生物の教師をしている友人を
誘って聴きに行ったのですが
話が難解で理解できなかったことを思い出します。

みんな井上さんのポケットマネーで
お呼びしたのでしょう。
若かりし頃、井上さんから多大な恩恵を受けたことを
ここに紹介します。

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