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2010年9月 3日 (金)

井上ひさしさんは神様だった。

と最近、思うようになった。

舞台という世界の中での話ですが。
舞台という虚構の世界を
自由に作り出したひさしさん。
彼のペン先でどうにでもできた脚本の世界。
ひさしさんは1作に全精力を使い果たした。
そこまでやるのかという程の努力を
重ねて創り出した。
どんなに時間がかかろうと
(遅筆堂と自ら名乗り)
どんなに資料を探すのに手間がかかろうと
(地方のちょっとした図書館以上の蔵書を抱えて)
脚本を仕上げた。
でも、それが楽しかったに違いない。
現実も、過去も、
自分の思うようになるものなんて
一つもない。

脚本の世界の中では
過去も現在も、未来さえ
自由になる。
自由に作れる。
神様に成れるのだ。

ひさしさんはその喜びを
味わってしまったに違いない。

最近、脚本に触れて
そんな気がしてならない。

補記

神様=世界の創造主

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コメント

井上ひさしさんの、徹底した資料調査や聞き取り調査に基づく脚本作り、TVで見て感動しました。

それだけ調べても尚、上演する時は恐くて仕方なかったようですね。

神様は何でも出来てしまうだけに、憶病であって欲しいとも思います。

投稿: 迷道院高崎 | 2010年9月 4日 (土) 08:42

ひさしさんは
謙虚であり、慎重であったと思います。

わたしはと言うと
思い付いた事を
直ぐに書き連ね、
後から書き直すということを
いつまでも繰り返しています。

もう少し謙虚で慎重で
ありたいと思います。

投稿: いちじん | 2010年9月 4日 (土) 14:43

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