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2010年11月30日 (火)

高崎市民演劇がNHKの「いっと6けん」で

今日、紹介された。

11:05からの放映だったが、
弓道の練習日で見られなかったので
けいこさんに録画してもらった。

昼食を食べながら
録画を見た。

男女1人ずつに焦点を当て
それぞれに取材して紹介していた。
端役のわたしには取材が無かった。
だから、練習している場面で
わたしが何度か現れただけであった。

この場面を見ていた人が
わたしに声をかけてくれるだろうか。
そんな人はいないだろう。

今日はNHKテレビに
チョイ出記念日。





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2010年11月26日 (金)

切り絵教室 第4回

今日は4回目、最終回。
10時ちょっと前に部屋にはいると
みんな作業を始めていた。

全員が揃うと先生が言った。
「わたしにいちいち訊かないで
自分でやってみて下さい。
指示した通りにやっていると
何も覚えられません。
失敗した方が
覚えられるんです」

背景の色を決めて
台紙の大きさに切り
スプレー糊で貼る。

外枠に沿ってカッターでカットして
中をくり抜く。

宿題でカットしてきた色紙を
それぞれの枠に合わせて貼る。
この時の糊は
ボンドを水で薄めた水溶液。
この液を筆に付けて
貼る。
サッーと塗るだけで良い。
粘着力が弱いので
剥げるが、
修正し易い。

全部貼れたら
その上に切り抜いてあった
黒い枠を貼る。
貼り方のコツを
先生に教えを請う。
半分を透明のカッター台で押さえると
貼りやすいとのこと。

最後に色紙を
定着するために糊を
一面に塗る。
塗ったら、濡れ布巾で軽く押さえる。
ところがその行程を(1回目にやったのに)
忘れていて
塗って、
しばらく時間が経ってから
濡れ布巾で押さえたので
一部、色紙の色が解けて
少し滲んでしまった。
失敗。
Dsc_0009

12時にほぼ全員が完成。
最後に自分の作品を持って
記念写真を撮った。

関口コオ先生、
助手の方、
ありがとうございました。

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2010年11月25日 (木)

床屋さんで

40年前、近所に開店した床屋さん。
開店以来、お世話になっている。

1年ほど前から、
わたしの撮った写真を1枚(A4版)
勝手に掲示してもらっている。
店に行くたびごとに、写真を入れ替えている。

今日は、プリントが間に合わず
ヒマラヤの写真は後日持って行くことに・・・。

先客が終わるのを待つ間
前回の写真が話題になった。
「この写真、何処でしたっけ?
外国の山でしたよね」とマスター。

「いえ、北海道、大雪山の旭岳ですよ」

「てっきり、外国の山だと思って、
お客さんに外国の山だと言っていましたよ。
参ったなあ。
今度から、場所を書いて行ってくださいよ」

「そうします。見てくれる人がいるんだ。
嬉しいな」

「いろんな山の名前が話題になりましたよ。
榛名富士だという人もいたなあ・・・」

「先月、ネパールに行って来たから
今度は、本当の外国の山を持ってきますよ」

アンナプルな方面に行って
ダウラギリやアンナプルナを
見て来たと話していたら、

散髪の終わった方が
「何処を歩いたのですか?」
と尋ねるので

「ポカラからゴレパニへ行って
プーンヒルからヒマラヤの山々の
朝焼けを見てきました」

わたしより数年先輩に見えるその方が
「3年前、同じコースを
トレッキングしてきましたよ」言う。

何と偶然なことだ。

その方が帰った後
マスターが
「あの方は、定年のちょっと前から山を始めて
100名山を3年間で登ってしまったそうですよ」
と言う。

凄い人が身近にいたことを
初めて知った。

明日、早速ヒマラヤの山の写真を
プリントして
旭岳と取り替えよう。

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2010年11月24日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第13回目

14:00から練習ができるように
なったので
いつもより1時間早く出かけた。

誰もいなかったので
一人でセリフ練習。
しばらくして相手役が来たので、
動きを入れてやってみる。

動き方が少し分かってきたが
セリフを入れると動きがぎこちなくなる。

今日は顔写真を撮った。
チラシやプログラムに
使うとのこと。
服装は白のシャツと指定され、
体の向きとは異なる方にあるカメラを
見てポーズ。
背景の色を変えて
2度撮影した。
果たして髭顔、どんな風に
写ったのだろう。

その後、
1~3場の半立ち稽古をやった。
少しオーバーアクションでやる方が
良いようだ。
足が必要以上に動いてしまう。
動いてからセリフなのだが
なかなかうまくいかない。

演出のNさんから
自分の独り言なのか。
相手に対して言っているのか。
客に向かって言っているのか。
よく考えてセリフを
ゆっくり、そして会場の奧まで届く声で
との指導があった。

今回で半立ち稽古は終了。
次回からは立ち稽古。
台本なしだから
両手が自由に使えるように
なるという。

セリフをマスターしなければ
立ち稽古にならない。
いよいよせっぱ詰まってきた。

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高崎五万石騒動かるたの販売

群馬県立歴史博物館の
売店で
高崎五万石騒動研究会が
140周記念で作った
「かるた」と「ものがたり」を
販売してもらえることになった。

そこで、今日
「かるた」と「ものがたり」
それぞれ10部ずつ持って
歴史博物館に行った。

先日(11月7日)、迷道院高崎さんが企画した
岩鼻歴史遺産見学会に参加したのが
きっかけで
お世話になることに。

売店には群馬の歴史にちなむ
品々がところ狭しと並んでいた。
担当者は品物を快く受け入れてくれた。
1年間、置かせてもらうことにした。

並んでいた本の中から
「弓の歴史」と
「江戸時代の動物の絵図」を
買った。

果たして、何部売れるだろうか?と
思いながら
歴史博物館を出た。

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2010年11月23日 (火)

第29回ぐんま新人演奏会

前橋の県民会館で
13:30から催された。

11人の演奏があった。
声楽5人
ピアノ4人
ヴァイオリン1人
オーボエ1人

第2回ホームコンサートで
歌ってくれた佐藤歌純さんが
出演した。

8番目に歌った。
中田喜直の「火の島」と
ドニゼッティの「この心の光」だった。

落ち着いていた。
歌い方に
余裕が見られて
安心して聴いていられた。

歌純さんの
プロフィールの中に
第2回星見亭コンサートも書かれてあった。
うちで歌ったことを
経験として大切にしていてくれるので
嬉しかった。

パンフレットの最後に
今までの新人演奏会の
出演者一覧表が掲載されていた。
その中に、
12月18日の第5回ホームコンサートで
歌ってもらう北原正恵さんの名前(第14回)があった。
北原さんの演奏が
一層楽しみになった。


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2010年11月22日 (月)

義人の冤罪

この本は明治41年11月25日に
五十嵐伊十郎が著したものです。
高崎五万石騒動のことが書かれた
最初の本です。

この本は現在、
前橋市立図書館に1冊あり、
閲覧できるが
貸し出し禁止になっている。

高崎五万石騒動研究会のHさんが
この本のコピーをSさんからお借りした。
Sさんを知っていたわたしは
Hさんからその本を借りた。

そのコピーをコピーして
Sさんの所へ今日、返却に行った。

Sさんから
「うちの曾祖父は
五万石騒動に参加して
所払いを受けたのよ。
家屋敷と地所は隣にあった寺の
ものになってしまったそうで
何も残っていないのよ」と
残念そうに言った。

「義人の冤罪」を著した五十嵐伊十郎は
五万石騒動の史実を書き著すために
自分の財産(家屋敷、土地等)を
ほとんど無くしてしまったそうだ。

だが、伊十郎が
記録を残したお陰で
今もその史実を知ることができる。
田地田畑、家屋敷を無くしても
真実を残そうとした伊十郎。
それを今に生かすことが
伊十郎の思いを適えることなのだ。

責任の重大さをひしひしと感じる。

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2010年11月21日 (日)

お宮参り

孫の3歳のお宮参り。
地元の神社に
出かけた。
庭のもみじが紅葉していた。
石段横の
ピンクのサザンカが満開だった。
Dsc_0033

ピークを過ぎていたので
お参りはわが家だけで
静かだった。

従兄弟の描いた舞の絵(従兄弟の寄贈)を
見ながら
お祓いを受けた。

若い神主さんが
「お嬢さん、静かに
していられて偉かったですね」と
言った。

神主さんにカメラのシャッターを
押してもらってから
境内に降りると
孫は元気に
並んだ石の上を
渡り始めた。
そして尻餅をついたが
一人で起きあがり
また、石渡りを始めた。

静と動を
わきまえられるようになってきた孫に
一安心。

その後、
街中のレストランに直行した。

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2010年11月20日 (土)

利き酒会

高校時代の酒好きが集まって
利き酒会。

めいめいが好きな酒を1本持って
会場に集まった。
お店は国道沿いのスナック。

メンバーは昨年より
少し減って10人。
女性のお伴を連れてきた者が
3人いた。

酒は日頃なかなか飲めないのが
並んだ。

それぞれ少しずつ
飲みながら談笑。

左隣に座ったK君は
従兄弟の2人息子たちの
水泳指導をしてくれていた。
国体まで行く力を
K君が養ってくれていたことを知った。
従兄弟の子どもたちが
国体に出られたことが嬉しかったと
礼を言った。

その2人はそれぞれ自分の道を
進んでいるそうだ。

右に座ったI君からは
迷道院高崎さんと同じ中学校だったので
訊いてみたら
よく知っていた。

1年に1度の会だが
いろいろな話が聴けて
楽しい。

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そば打ち会食の集い

けいこさんのお友達6人を
招いてそば打ち会食。

皆さん、自分で打つのは初めて。
まず、わたしの水回しと
捏ね方を見てもらった後
やってもらった。

水加減が微妙。
入れすぎると柔らかくなってしまう。

次に伸しと切り、
なかなか形良く伸ばせない。
リズムカルに切れない。

腰痛で監督していたけいこさんだが
麺棒の使い方、
包丁の使い方、
見ていられなくて
御指導。

わたしよりやはり上手い。

皆さんも
伸ばしたり、
切ったりに初挑戦。

けいこさんにリズムカルになどと
言われると
細くは切れない。
幅のある蕎麦になってしまう。

打ち立て
茹で立てが美味しいから、
テーブルに
つゆ、ネギ、海苔、天ぷら、
厚焼き卵、昆布の佃煮、
を準備してから
茹で始めた。

よく水で洗って
ザルに載せてテーブルへ
茹でたてを一斉に頂く。

ちょっと太めの蕎麦。
でも、自分たちで打った蕎麦。
皆さん美味しいと言って
食していた。

年越し蕎麦を
打ってみたいという
声が上がった。
次回はもっと
細い蕎麦になるだろう。

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2010年11月19日 (金)

第11回 伊藤正 ピアノリサイタル

前橋のテルサで
伊藤正さんのピアノリサイタルがあった。
今回は
くるみ割り人形と子どものためのアルバムという
テーマだった。 

子どものためのピアノ曲として
ブルクミュラー          6曲
ギロック       ソナチネ 1~3楽章

チャイコフスキーの
子どものためのアルバムより  7曲
四季より              3曲
くるみ割り人形より        8曲
が演奏された。

テルサの会場は
ほぼ満員。
ピアノ教室の子どもたちが
沢山来ていた。

演奏する前に曲の解説を
丁寧にしてくれたので
好感が持てた。

指さばきは見事であった。

この伊藤正さんの母親に
けいこさんがピアノの指導を受けている。
来年の3月、
正さん夫婦が企画する9日間の
ウィーンの音楽鑑賞の旅に
二人で参加することにした。

演奏会が終えて出口で
正さんに
「ウィーンの旅ではお世話になります」
と声を掛けると
「あ!Yさん」と
笑顔で応えてくれた。

ウィーンの旅が
また、楽しみになった。

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切り絵教室 第3回

今日は
切り抜いた黒紙を
トレーシングペイパーの上に置いて
テープで止める。
裏返しにして
切った黒紙の中央に線を引く。
それが色紙の枠となる。
ところが、切り抜いた黒紙が細いので
線を中央に引くのが大変であった。

線が引き終わったら
切り抜いた黒紙をはずし、
台紙の上に
色枠を書いたトレーシングペイパーを
裏返しに置いて
上から爪で擦る。
すると、台紙に色枠がうっすらと付く。

その形に合った
色紙(染色した和紙)を選び
トレーシングペーパーを
載せてカッターで切る。
切った色紙を
台紙のその形の上に置く。
Dsc_0020

全部切り終えたら
薄めたボンドで台紙に貼るのだが、
今日は、半分くらいしか切れなかったので
貼るところまで行かなかった。

カッターで色紙を切り抜く作業が
宿題になった。

黒紙をトレーシングペイパーに
間違って裏返しに貼ってしまい
やり直しをしたので
時間がかかってしまったが、
それが返って
手順を覚えることになった。

1回目にやった手順なのに
ほとんど忘れてしまっていた。
1回目は作ることに夢中になり
工程を意識していなかったのだ。
メモが大切なことに気付き、
今回は手順を記録した。

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2010年11月18日 (木)

関口コオきり絵美術館

先週の切り絵教室で
関口先生から直接
「関口コオきり絵美術館」のパンフレットの案内を
頂いた。

今日買い物の後、
16時頃
けいこさんに促されて
行くことに。 

美術館は今年
箕郷町に開館した。
箕郷支所の手前、
左側にあった。
真新しかったが
焼肉屋を改修したそうだ。
駐車場が思っていたより狭かった。

展示場が2カ所、
喫茶もできる売店、
ほかの棟で切り絵教室もできる。

先生はその教室で指導中であった。
先客が一人だったので
ゆっくり作品を鑑賞することができた。

しばらくして
館の方(受講している切り絵教室の助手)が
先生をお呼びしてくれた。
先生は先客に
説明をされた。

わたし達はその方の後
先生から
いろいろ伺うことができた。
沼田の美術館を閉じたこと。
初めて認められた作品のこと。
切り絵の技法のこと。
(色の異なる紙を5枚重ね
剥がれる糊で貼り
切ってから剥がす方法等)
若い頃の作品のこと。

デッサンがしっかりしている。
構図が大胆。
色が鮮やか。
切り方がシャープ。

切り絵に見えないような
切り絵を目指してきたとのお話し。

お茶を頂き
来年のカレンダーと
切り絵の本を
買って、
「明日は御指導、よろしくお願いします」と言って
館を出た。
もう既に日は落ちて
外は真っ暗だった。

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2010年11月17日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第12回目

今日は少し早めに行った。
練習会場の部屋の窓から
紅葉したカエデが見える。
まるで一服の絵画のようだ。
Dsc_0007

予定通り、NHK前橋の取材があった。
ずっとカメラを回していた。

準備運動、発声練習の後、
第5場の半立ち稽古をした。
2回目なので、
動き方の指導が細かかった。

休憩時間
会員からスィートポテトの
差し入れがあった。
その時出た飲み物が
ミルクコーヒー。
何とそのパックに
「しあわせコーヒー」とある。

今回の劇の舞台は
喫茶店「しあわせコーヒー」、
心配りが細かい。

後半の始めに
1人1分の役柄の自己紹介をした。
生まれや性格、家族等
それぞれが脚本を読み込んで
思い描いた自分の人物像を語った。

次に6場の半立ち稽古。
わたしは店に入るタイミングが不明だったので
確認した。
思っていたより大分遅かった。

最後は全員で「若者たち」を合唱。
演出のNさんから
指揮をするように言われ、
前に出て歌った。
久しぶりに歌って懐かしかった。
演出のNさんが
「最後は、リタルダンドね」と
劇のセリフを付け加えた。
     注:リタルダンド=だんだん遅く

終わってから
ホールへ行って
NHKの取材に応じた。
舞台の模型を見たり、
大道具を準備したり、
主要人物がインタビューを受けたりした。
最後に全員写真を撮った。

この様子は
11月30日11:05~
NHKテレビの「こんにちは いっと6けん」で
放映される。
但し、国会があるとこの限りでは
無いとのこと。

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NHKラジオ第1 ここはふるさと旅するラジオ

11月16日は
高崎の「さやもーる」からの中継だった。
http://www.nhk.or.jp/furu-tabi/80chan/index.html

弓道の帰り、ラジオを付けると
放送中だった。
高崎は「パスタで町起こし」が
テーマだった。
パスタ店のマップを作った方が
熱っぽくスープスパゲッティーは
高崎が発祥の地だと言っていた。

それを聞いて劇団の名前が思い浮かんだ。

パスタの町=高崎→パスタのパス+高崎のタカ
=「パスタカ」
なんてのは如何でしょう。

劇団「パスタカ」
名案だと思うのですが
明暗どちらになるでしょうか。

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2010年11月16日 (火)

広報高崎 2010.11.15号

昨日、コーラスの練習が終わった時
Hさんが
「今日、配られた広報に
いちじんさんが出ていましたよ」
と言った。
「え!」
「立ち稽古が始まったそうですね」
「空っ風が吹く前に」の練習風景が
出ているとのこと。

帰ってきてポストを見たが
まだ、広報は来ていなかった。
そこでけいこさんが
市のHPで探した。
しかし、その記事は
なかなか見つからなかった。

それもそのはず、
裏表紙に掲載されていたのだった。

http://www.city.takasaki.gunma.jp/kou-t/22-11-15/documents/221115-28.pdf

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2010年11月15日 (月)

石澤久夫作品展

心情「記憶の肖像」展が
敬西寺で16日までとの案内が
迷道院高崎さんからあった。

午後4時頃、行った。
石澤さんと婦人のお二人だけであった。
婦人に解説してもらいながら
作品を見た。

前々回の当寺での
ジャズコンサートの時
お二人も来られていたことを
お話しすると
婦人もわたしが居たことを
思い出してくれて
話が弾んだ。

若い時
お世話になった
長松寺の山端老師の肖像画は
横顔だった。
その絵を見て
温厚なお顔を思い出した。

井上房一郎氏は
サングラスを掛けていた。
高校時代お見受けしたお顔
そのままだった。
高校1年の時
美術の時間に1度だけ
井上氏から特別に授業を受けたことを
思い出した。

一巡した後、お茶を頂きながら
石澤さんからお話しを伺った。

石澤さんは音楽センターの
大壁画を26歳の時に描いた。
その時、岡本太郎氏が
様子を見に来ていたそうだ。

画商が付くと生活は
安定するが、
画商の要望に応えなければ
ならなくなるので
自由に描けなくなる。
だから、
画商とは付き合わないとのこと。

芸大を出た人の中には
肩書きに捕らわれて
描けなくなってしまう人がいる。
芸大に行かなかったので
返って自由に描くことができる。

写実は絵画の入口、
人真似ではなく
自分しかできない表現をすることが
本当の画家。

石澤さんは、キャンバスや額を
自分で作っている。
縦長の細長い額に
入った絵は
石澤さん独自のものであるとのこと。

絵が全体的に
澄んでいる。
青、緑が美しい。
婦人が
「色を混ぜないで、
チューブから出した絵の具を
そのまま使っています」と
言われた。

この石沢さんの
高校時代の作品を見て
その才能を見い出した
井上房一郎氏も
改めて凄いと思った。

知らないことを
沢山話して下さり
面白かった。
もっと伺いたかったが
次に用事が控えていたので
失礼した。

この展覧会は
11月16日の18:00までです。

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2010年11月14日 (日)

アリューシャン列島の奇跡

13日のNHKテレビで
アリューシャン列島の生き物の様子が
クイズ形式の番組で放映された。

海流の関係で
沢山のプランクトン(オキアミ)が発生する。
それを狙って
ハシボソミズナギドリが1000万羽も集まったところは
圧巻だった。
そして、ザトウクジラも500頭。

ハシボソミズナギドリが去った後に
アホウドリがおこぼれを預かりに来た。
その中に、
日本の鳥島近くの島で人工飼育した
アホウドリがいるのを発見。   
足輪の記号(Y10)が決め手になった。
半年くらい前に、
新聞でそのアホウドリの生態が報じられたのを
読んで驚いたが
その時の映像だった。

地球的な規模の空間を移動している
ハシボソミズナギドリやアホウドリ、
そしてザトウクジラ。
スケールの大きさに改めて
敬服した。

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2010年11月13日 (土)

高崎五万石騒動かるた

高崎五万石騒動研究会では
140周年記念の集いを機に
かるたと物語りを作製した。

11月の例会でかるたの普及活動について
話し合われた。

1 教育委員会を通して市内の各小中学校に
  贈呈して活用してもらう。

2 群馬県立歴史博物館の売店で
  扱ってもらう。

3 あさを社に販売を依頼する。

4 各自が集会で販売したり、知人に売ったりする。

5 本会で正月にかるた会をする。

6 毎年、2月4日の佐藤三喜蔵と高井喜三郎の処刑された日に
  義人堂で義人達を偲ぶ。

わたしからは、
迷道院高崎さんがブログ「隠居の思ひつ記」で
高崎五万石騒動かるたを紹介中であると報告した。

わたしはかるたを10箱預かってきた。
これから、興味ありそうな方に
いつでも買ってもらえるように
車の中に備えて置くことにした。

お願い
かるた1箱1000円です。
ご購入希望の方は
下記のいちじんのアドレスへご一報下さい。
アドレス kzht441@yahoo.co.jp
お待ちしています。

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2010年11月12日 (金)

切り絵教室 第2回

今日は関口コオ先生から
受講生一同が色紙を頂いた。
初々しい少女の墨絵だ。
わたしのは髪を上げた少女、
けいこさんのは長い髪を
垂れた少女。
わが家の宝物だ。

今日は机上の静物のデッサンから
始まった。
わたしは、大根とチンゲンサイと柿を
描いた。
Dsc_0010

初めに黄金分割を教わった。
半分の半分の半分
8等分の線を
縦横に描き、
5:3に分かれる線の交点に
描くものを置くと
安定するのだそうだ。

中学校時代に習ったのだが
記憶から消えていた。

大まかに大きさと位置を決めて
描き、
少しずつ確かな線にしていく。
その時、前に描いた線は
消さないで置く。
その方が良いそうだ。

影を良く見て入れる。
薄目にすると影が分かり易い。

立体的にするには
線に強弱を入れる。

先生はデッサンをしっかり描くことを
大切にしている。
それには、対象をよく見ることと
強調された。
Dsc_0011

デッサンが終わると
トレーシングペーパーを
載せて下絵をなぞる。
デッサンは4Bだが、なぞりはH。

デッサンの線から
2~3ミリ離して線を2本引く。

大根の葉のところは複雑で
線が入り交じってしまい
なぞるのが難しかった。
Dsc_0016

あっと言う間に
12時になってしまった。
後2回しかないので
カッティングは宿題にしてもらった。
そうすれば、
次回、色紙選びと色紙貼りが
余裕を持ってゆっくりできるとのこと。

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2010年11月11日 (木)

シニア劇団がブーム

11月11日の朝日新聞、19ページ。

シニア劇団、続々旗揚げ

いぶし銀の演技人気

若者にはない味 自負

仲間と熱中 前向きに

以上が記事の見出しだ。
シニア劇団の数は、全国に50~60あるという。
そう言えば、我々の劇団に名前があったのかな?
まだ、名前はない。
生まれる前だから
無いのが当たり前か。

ちょっと、考えても面白い。
高崎市民劇団(ありきたりすぎる)
空っ風劇団(群馬の風土で、高崎のイメージがでない)
みんなで考えて
みたいものだ。

「シニア演劇web」があるという。
2008年に立ち上げたとのこと。
後日ゆっくり、読んでみたい。

http://s-geki.net/html/gekidan_index.html

関東地方には東京に6劇団
川口市に1劇団あるらしい。
群馬では最初かも知れない。

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2010年11月10日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第11回目

半立ち稽古
1場から3場までは先週やったので
動きだけを確認した。
4場から6場までは
セリフを言いながらやった。
小道具は使わず、
あるつもりでセリフを読んだ。
台本を片手に持って
大きな声で発声するように
指示された。

セリフを言うところは
動きが想像できるが
舞台にいてセリフがない時の
動きが難しい。

他の人がセリフを言っている時
どのように振る舞うかは
自分で考えて動くようにと
演出に言われたが
動けない。
もしかしたらあそこにいた方が
いいかと、後ずさり。
後で、演出にバックするような動きは
何かに驚いて動く位しかありませんと
注意された。

バザーの準備の場面で
ほとんどセリフはないが、
重要なセリフが一回だけある。
それまで
どんな動きをしていたら
自然なのだろうか?
それが課題だ。

NHK前橋の女性記者が
先々週から来て練習の様子を見ていたが
今日、彼女から取材と放映の発表があった。
来週カメラが入って
練習風景や道具の準備の様子を撮るとのこと。
11月30日、11:05から
「こんにちはいっと6けん」で放映とのこと。 

どんな番組なのだろう?
http://www.nhk.or.jp/shutoken/6ken/

11月30日のことについては
まだ、掲載されていないが、
川柳自分流が面白そうだ。

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2010年11月 9日 (火)

干し柿作り

畑に未生の柿の木があった。
もう50年は経つが渋柿。
父がよく
干し柿にしていたが
亡くなってからは
鳥の餌になっていた。
この度、伐採することに。

業者のチェーンソウで
あっと言う間に倒された。

けいこさんが
干し柿にしたいというので
倒された柿の木から
実を取った。
急いで取ったので
枝を残す余裕が無かった。

バケツに数杯あった。
それを剥いて干すなんて
考えられなかった。

ところが義母が
剥き始めた。
200個以上はあったが
縁側で黙々と。

わたし達は
干す仕事をすることに。
枝の着いていない柿を
吊すのは大変だ。

幾つかの方法を試みた。

1 菓子袋を綴じるビニール着き針金を
  柄に巻き付け紐に結わえる。
  (時間と手間がかかった)

2 スズランテープで柄の元を結わえる。
  (強く結ばないと抜ける可能性が大きいので時間と力を要した)

3 柄のないものはヘタの下に竹串を刺して
  紐に吊す。
  (竹串を沢山使い、吊すと尖った先が危険だった)

4 スズランテープをヘタの下に
  通して結わえる。
  (これが、一番確実な結び方だった。
  剥き終わった義母の案であった)

3人寄れば文殊の知恵とはこのことか。
  
軒下に物干し竿を提げて
柿の実を結わえた紐をわたしが吊した。
柿と柿の間隔も
紐の長さもまちまちだが、
秋の夕日に照らされて
里のような雰囲気になった。
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上手く甘い干し柿に
なってくれると良いのだが・・・

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2010年11月 8日 (月)

毛利伯郎ミニコンサート

回覧板が回ってきた。
その中に
12月1日に
高崎市立塚沢中学校で
世界的チェリスト毛利伯郎が
ミニコンサート をするというチラシがあった。
塚沢中の卒業生で
現在、桐朋学園大学の教授とある。

この春、
第4回ホームコンサートで
演奏してもらったSさんの息子さんは
桐朋学園大学でチェロを学んでいる。
そこで
早速足利のSさんに電話してみた。
毛利氏は、やはりSさんの息子さんの先生だった。
「是非、聴きに行きますよ」と言う。
毛利氏は
Sさんより、一つ年上とのこと。
Sさんとけいこさんは同じ年齢だから、
毛利氏は塚沢中学校でけいこさんの1年先輩だ。
2年間一緒だったことになるが
全く知らなかったという。

けいこさんが
塚沢中学校に問い合わせたところ、
沢山椅子を用意して待っているとのこと。
昨年、高崎のコアホールで
演奏会をしたが、その時
母校でミニコンサートをする予定であったが
新型インフルエンザが流行っていたため
中止となってしまった。
今回はその時の約束を
果たすために開くとのことだった。

12月1日
毛利伯郎さんのチェロの演奏を
聴くのが楽しみだ。

追記

今朝、けいこさんが
「この日、水曜日よ」
と言う。
劇の練習日と
バッティングしていた。
残念だが、行けない。

  11月9日

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2010年11月 7日 (日)

岩鼻監獄跡

群馬の森にある
群馬県立歴史博物館で
学芸員の手島さんから
岩鼻監獄の典獄を務めた近藤清家文書の
研究成果を聴いた。

参加者は
迷道院高崎さんの呼びかけで
集まった歴史好きの10人。

典獄とは刑務所長のこと。
明治17年頃まで務め
その後は、東京に出て
様々な仕事に従事した。

最初の群馬県令、楫取素彦と
親交があり、楫取から来た
手紙が沢山残っていた。

研究の中心は近藤清の岩鼻監獄日誌で
現在解読が行われている。
近いうちにその成果が発表されるとのこと。
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その後、
高崎市史編纂専門委員の
横倉興一先生の案内で
岩鼻代官所跡と観音寺、
そして岩鼻監獄跡の
現地見学をした。

岩鼻監獄跡は
現在、近藤医院の所有地である。
長男の近藤さん(横倉先生の教え子)に
案内してもらった。

庭のすぐ前が烏川だった。
思っていた以上に川が近く
断崖だった。
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住宅の西側が広い空き地になっていた。
そこに監獄があったとのこと。
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元治郎はここで
過ごしていたのだった。

3年ほど前、
丸茂勘太郎・だい いとこ会(20人)で
丸茂元治郎が10年近く過ごしたという
岩鼻監獄跡を訪ねたことがあった。
(この年、幹事だったので
わたしが企画した。
勘太郎は元治郎の孫)

岩鼻代官所跡にあった地図を頼りに
訪ねると
近藤医院の近くであることが分かった。
その日、近藤医院も休みで
近くに知人もいなかったので
この辺りに
監獄があったのだろうと
みんなで想像して
次の「無縁堂」に向かったことを
思い出した。

迷道院高崎さんの
企画(飽くなき追求)のお陰で
以前から探していた
岩鼻監獄跡を
漸くこの目で確認することができた。

迷道院高崎さん
ありがとう。

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2010年11月 6日 (土)

井野川の散歩

久しぶりに
井野川を歩いた。
20日振りだ。
田んぼの稲は刈られて、麦が蒔かれていた。
この夏、沢山のサギたちが
舞い降り、
餌を啄ばんでいたのが嘘のようだ。

コガモが増えた。
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マガモも多い。
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カイツブリの番がいた。
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バンの嘴が赤く見えた。
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カワセミが素早く飛んでいった。
朝日に背が輝いていた。
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2時間ほど歩いた。
28種だった。

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2010年11月 5日 (金)

切り絵教室 第1回

最寄りの公民館で
今日から毎週金曜日
10:00から12:00まで
4回に渡って
「関口コオ」さんの切り絵教室が始まった。

回覧板で
この講習会の案内を見た時
募集人員が20人とあった。
申し込み当日、早めに行こうと思っていたが、
忘れてしまって午後公民館に駆けつけた。
遅かったので定員に達してしまったかと
恐る恐る申し込むと
意外にも6・7番目だった。

今日、名簿に出席印を押す時
受講生は10人だった。

実習だった。
けいこさんは、「ねこ」
わたしは、「蝶」の図柄を選んだ。
先生の指導を受けながら
切り抜き、
トレース、
色紙切り、
色紙貼り、
切り抜き絵貼り、
の活動を順に行って
一応、作品が出来上がった。

ねこ
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2010年11月 4日 (木)

月の光の道で

登山第1日目は
ポカラから車でナヤプルへ。
出発地ナヤプルに着いたのが16時。
歩き出したら、雨がぽつりぽつりと
降り出した。
しかし、カッパを被るほどでもなかった。

村の生活道路で
ロバの一行と出会ったりした。
ガイドのラムさんが
1日目にヒレまで行くと
後の行程が楽だというので、
頑張ることにした。
2時間ほど歩くと月が出てきた。
満月に近いので明るい。

ヘッドランプをけいこさんに渡し、
わたしは月の光で歩くことにした。

明治時代、河口慧海は原始仏教を求めて
鎖国中のチベットに行った。
インドに上陸し、ネパールに入り、
カルガンダキ川に沿って
険しい山道を北上、
街道は検問があるので
ヒマラヤの山中を
一人で越えてチベットに入った。

彼のチベット日記の中に
月光に照らされるヒマラヤの山々を
見ながら歩いたという記述があった。
それを思い出し
ガイドに言った。
「明治時代の河口慧海と
同じに歩こう」
月の光は思ったよりずっと明るかった。
街灯がなかった子供の頃を思い出しながら・・・
月の光を頼りに1時間ほど歩いた時だった。
道が水浸しになっていたところで
滑ってバランスを崩してしまった。
石の側壁に体が倒れそうになったので
思わず、右手を出した。
ストックを握ったまま。
見ると右手中指が切れていた。
全身をここで支えたのだから仕方ない。
でも、出血はしていなかった。
けいこさんがすぐに
バンドエイド出してくれた。

その後からは
ガイドのラムさんに足下を
懐中電灯で照らしてもらいながら
歩いた。
ヒレのロッジに着いた時は
20時を過ぎていた。

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2010年11月 3日 (水)

あと一歩のところで

10月19日の朝、カトマンズ空港に行った。
空港内は各国のトレッカー達でごった返していた。
ここ2~3日、ルクラ方面の天候が悪く
飛行機が欠航していたため
エベレスト方面に行く人が足止め
されていたためだった。
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人は待合室に入ってくる一方で
搭乗口へ行く人がいない。
昼食時刻になり、
現地旅行社の社員が
お弁当を届けてくれた。
おむすびが2個入った日本食だった。
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午後2時頃になって
漸く搭乗口へ入ることができた。
しかし、そこも一杯だった。

わたし達の乗る順番は19番目だった。
3時半頃、17番目が飛び立った。
4時頃、わたし達の順番が来た。
バスに乗り込み
飛行機が待機しているところへ行った。
緑のTARA航空機だ。
Dsc_0304

バスから降りて自分たちが
乗る飛行機を撮したりしていた。
すると、バスに戻れの指示。
大型飛行機が着陸するので待機とのこと。
30分位して漸く飛行機が降りた。

さあ、わたし達の搭乗だ。
と思ってバスから降りようとした時だった。
バスの運転手が言った。
「キャンセル」

ルクラの気象状況が悪くなったためか、
それとも
夕刻に近づいたためか
分からなかった。

あと一歩のところで
飛行機に乗れたのに・・・

搭乗券を返して
旅行社の車で
ホテルガンジョンに戻った。

エベレスト街道の入口のルクラは
遠かった。

その夜は
ネパールの民族舞踏を見ながら
食事をした。
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「空っ風の吹く前に」の練習 第10回目

8回、9回は、旅行のため欠席。

久しぶりに練習に参加。
今日から「半立ち稽古」が始まった。

舞台を想定し、
動きを入れてセリフを言った。
1場から3場までをやった。
動きがあるとセリフが
なかなか出て来ない。

注意されたこと。

1 まず、しっかりセリフを言う。
2 動きをした後、セリフを言う。
3 観客に体を開く。(観客に背を向けない)
4 立ったり、座ったりは自然にする。
5 転がってきたボールはサッカーボール。

練習後、Sで懇親会があった。
全員が参加。
乾杯の後、一人2分のスピーチをした。
後半はカラオケになった。
芸達者の人が多い。
少し、打ち解けて来たところで時間。

みんなで「青い山脈」を
歌ってお開きになった。

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2010年11月 2日 (火)

人との出会い

明日カトマンズから帰国するという朝のこと。
けいこさんが
「早く行けば、人に会うチャンスが
多いから、早く行きましょう」と言う。

ホテルの朝食は
1階の食堂でバイキングだった。
もう3日目で何処に何があるか
分かっていた。

昨日から、チベットからの婦人団体客が
来て賑やかだった。
いつも使っていたテーブルが
彼女らで塞がっていた。

空いてるテーブルを
探した。
4人がけのテーブルが空いていた。
そこにカメラを置いて
パンを取りに行った。
テーブルに戻ってくると
そこには昨日
一人で食事をしていた老人が
パンを食べ始めていた。
相席になった。
わたしはネパール人かと思っていたので
「ナマステ」と挨拶した。
すると「おはようございます」と
応える。
「日本語がお上手ですね。
どこで、覚えたのですか?」と
言うと、
「わたし、日本人です」
「失礼しました」

聴くところによると
今回はトロンパスの峠を
登ってきたとのこと。
5416メートルだ。
今までにネパールの山を幾つも登っていた。
それ以前は
ヨーロッパの山も
登っていたという。
マッターホーンもアイガーも
モンブランもヨセミテも・・・
ヨーロッパの山を
登ってしまったのでネパールに来たという。

凄い岳人だった。

食事の時は入れ歯を外しているため
老けて見える。
けいこさんが
「失礼ですが、お年は
お幾つですか?」と尋ねた。
「78歳です。一人が一番気が合うので
一人で登っています」と言う。
年金を半年積み立てて
その金で年に2回
ネパールに来ているとのこと。

「80歳でエベレストの登頂記録を作った
三浦さんを越えて下さい」と言うと
にこにこしていた。

もしかしたら、この人
三浦さんの記録を書き変えるかもしれない。

隣のテーブルで
一人で食事をしていた婦人は
日本人と分かっていた。
食事を終えたので
「今回は山ですか、寺ですか」と声を掛けた。

「一人で山歩きをしています。
今回は、エベレストの東の
世界で3番目のカンチェンジュンガを
見に行きます」という。
「こちらも一人でトレッキングされている方なので
話が合いそうですから
こちらにお掛けください」と言うと
わたし達のテーブルに入ってきた。

やはり十数回ネパールに来ているとのこと。
話していると
老人と婦人の旅行社が
同じであった。
二人はその旅行社が
山情報に長けているので
是非活用して下さいと勧めてくれた。

田部井さんが今ネパールに
来ていること。
岩登りや冬山登山の練習をしていること。
今年ダウラギリで雪崩で亡くなった方の
奥さんが気丈夫だったとのこと。
・・・
山の話に花が咲いた。

一人旅を愛でる人同士を
同じテーブルで
話をする機会を作れて
嬉しかった。

こんな機会も
早く食事に行こうと
けいこさんが促してくれなかったら
できなかったことである。

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2010年11月 1日 (月)

帰高

10月31日の早朝、
タイ航空で帰って来た。
バンコクを飛び立って
直ぐに
スチュワーデスのアナウンスがあった。
成田は強風と言っているのが
分かったが、
なぜ強風なのか分からなかった。
6時間後、
日本上空に来ると雲が覆っていた。
雲海の上をしばらく飛んで
着陸体勢に入った。
雲の中をくぐって成田空港に着陸。
風などほとんど吹いていなかった。

わたしは「成田は強風」と聴いたのは
間違いかと思った。

高崎駅からタクシーに乗った。
運転手が
「台風が昨夜、房総沖を通過してしまって
良かったですね」と言う。

一日、早かったら
着陸できなかったらしい。
台風通過直後に
成田に着いたのだった。

家に着き、
半月振りに
湯船に浸かった。

いろいろハプニング続きの
ネパールの旅だった。
現地ガイドのラムさんの
「ゆっくり、びっくり、うれしい旅 でしたね」
と言う言葉が
耳に残っている。

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