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2010年12月31日 (金)

年越し蕎麦

午前中、蕎麦を打った。
わたし3鉢、けいこさんが1鉢捏ねた。

先日、事前練習をしていたので
今日はスムーズに打てた。
義妹と息子のところの分も
打った。

蕎麦粉は地元高崎産。
打ったのは高崎人。
茹でると
いつも使っている北海道産に比べると
高崎産は少々黒っぽい。

味はどっこいだった。

地産地消の年越し蕎麦を
味わった大晦日だった。

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2010年12月30日 (木)

餅つきの後

電気餅つき器で
搗いた。
久しく使っていなっかったので
調子が悪く
紆余曲折して
どうにか餅が搗けた。

あんこ餅も
あんこの大きさが
どの位が良いか・・・
伸し餅も
伸ばす入れ物を
どれにするのが良いか・・・
それぞれの考えが
違うので試行錯誤。

どうにか昼までに
あんこもちと辛味もちが
出来上がった。

搗きたては美味しかった。

餅を食べた後
昼寝していると
庭に小鳥がやって来た。
始めに
ウグイス1羽、
その後
メジロが番で
そして
シジュウカラの番も

鳥に残した柿の実を
スズメが数羽啄む。

寝ころびながら
小鳥の様子が
見られた。
でも、それは
束の間だった。

午後の1時頃、
どうやら小鳥たちにも
ランチタイムが
あるようだ。

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2010年12月29日 (水)

年賀状の印刷

漸く年賀状に取り掛かった。
昨年は母が他界したので
喪中のはがきだった。

2年ぶりの年賀状、
どうするか・・・
ネパールに行ったときの
写真にしよう。
一言、書き添えるのも大変なので
全面写真にした。

そのため、
印刷に時間がかかること
かかること。
プリンターが古い型なので
余計である。

以前は、プリントごっこで
印刷したものだ。
乾きが悪いので
部屋中にはがきを並べ
まる1日は乾かした。

それに比べれば
楽なものだ。
乾かす手間はいらない。
プリントしても重ねられるから
場所もとらない。

便利になっているにも
拘わらず、いつも年末に
なってしまう。

この性格は
いつになっても
変えられない。

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2010年12月28日 (火)

喫茶店のマスター

スタッドレスタイヤが
摩耗してしまったので、
新しいタイヤを買った。
が、まだ大丈夫と思って
交換していなかった。

寒波が来て
赤城山も大分白くなり
雪が降るかもしれないので
交換することにした。

ところが、ディーラーが今日から
休みに入ってしまった。
そこで行きつけの
GSで交換することにした。

GSの近くに
先日、
脚本のHさんに紹介してもらった
喫茶店があった。
交換するのに
時間が掛かるというので
その店で待つことにした。

ジャズが流れ、
3人の常連客がカウンターにいた。
『空っ風の吹く前に』のチラシが
分厚く置かれていた。
Hさんが持ってきたとのこと。

アメリカンを飲みながら
台本を見て
セリフの確認をした。

マスターはわたしより若く見えたが
実際は3年も年上だった。
ラグビーが好きで
ラグビー仲間が店に
よく来るようだ。

ジャズを聴きながら
香ばしいコーヒーを飲み
ゆっくり時間を過ごす
なにか
映画の1シーンの中に
いるような錯覚に
陥ってしまいそうだ。

帰りに
マスターが
「練習してますか?」と言う。
「独り言、言いながら覚えてますよ」
と言って店を出た。

台本に出てくる喫茶店の
マスター名前は
ここのマスターと同じなの
とHさんから先日聴いたばかりだ。

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2010年12月27日 (月)

忘年会 その4

我が合唱団の忘年会、
駅近くのイタリアン系レストランを
借り切って。

30人あまりが参加した。
わたしの前は
ソプラノのOさんだった。

日頃、練習ではほとんど話をしたことがない。
他の合唱団の指導者のこと、
ホームコンサートのこと、
山のこと、
等話した後
「どんな本を読むんですか?」と訊かれ、
「偏った読み方をしていて
好きな作家しか読まないんです」
「それで、どなたの?」
「南木佳士です」
普通、そう言うと知りませんと
ほとんどの人が応える。
だから、彼の説明から始めるのだが
Oさんは違った。

「わたしも好きで、本を持っているのよ。
映画『阿弥陀堂だより』を見て感動して
DVDを買って
何10回も見たのよ」
と言う。

こんな話をする人とは
なかなか出会えない。
ロケ現場に残った阿弥陀堂にも
行っていた。
「わたし達も行ってきましたよ」と
応じる。
するとOさんがテーマ曲を口ずさむ。
わたしはその曲を覚えていなかった。
それには参った。

それで、わたしの取って置きの話をした。
「彼に手紙を出して、
返事のはがきを2通
もらって宝にしていますよ」
1通は、彼のお母さんのことに付いて
知らせた時の返事。
もう1通は、彼に講演の依頼をしたときの
断りの返事。

加えてわたしの夢も。
彼は現在、
佐久総合病院で人間ドッグの医師をしている。
人間ドッグを受けて
直接彼の診断を受けようかとも
思っていると言ったら
Oさん呆れて笑っていた。

上毛新聞に現在(毎日曜日)
エッセイを書いていることを話題にすると
それは知らなかったようだ。
講演をずっと断り続けていた
彼が最近、
恩人の編集者(退職した)の依頼に応えて、
初めて
松江まで講演に行ったという
エッセイを読んで、
感慨深かったと。

久しぶりに
いや、初めて
南木佳士の話の分かる人と
話ができて楽しかった
忘年会だった。

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2010年12月26日 (日)

熊田千佳慕展

行こう行こうと思っていて
最終日になってしまった。
プチファーブルと言われた
熊田千佳慕さんの作品は凄い。

写実の精密さは
今までに見たことがない。
しかも
眼鏡も虫眼鏡も
使わないで描いたという。

ひたすら見て
それをイメージできるまで
見て
それから
描いたという。

スケッチした絵にも
その虫の特徴が
記録されていた。

昨年の8月、
98才で逝去された。

展示会場の最後に
絵筆と
絵の具と
溶き皿があったが
普通のものであった。

あの細密な作品は
kumatikaさんの
迫力そのものに
ほかならない。 

「虫はわたしである。
わたしは虫である」
と言う言葉があった。


この最後のインタビューが素晴らしい。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/474

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2010年12月25日 (土)

年末練習 第2日目

今日は、始まる時刻13時に
会場に着いた。

演出から、直接丁寧に
演技指導をしてもらった。

「わたしのセリフの言い方について」
声は大きくて会場の後ろまで届いていたが
一本調子で
緩急がなく平板だから、
句点、読点に注意して
状況に応じて速く言ったり
ゆっくり言ったりしてください。

 要するに、メリハリがないのだ。
 まだ、セリフがやっと入ったばかりなので
 機械的で
 状況に応じたしゃべりができていないのだ。

「動きについて」
あるところでは急いで
あるところでは堂々と
状況に応じて動くようにしてください。

5場、3人の山場
脚本のHさんが付けてくれた動きとは
異なる動きを付けてくれた。
そして、わたしのセリフも
怒りながら言うのではなく、
説得するようにと言われた。

 3人で新しい動きで
 繰り返しやった。
 新しい動きがほぼ入った。
 
「練習とは」
練習毎に毎回異なるんです。
パターンを覚えてやるのではなく、
その時の相手の言い方に応じて
こちらもそれに応じてセリフを
言うんです。
それが演劇の面白いところなんです。

 ワンパターンではいけないのである。
 相手のちょっとした言い回しの変化に応じて
 反応することが求められているのだ。
 芝居の会話も生きているのだ。

 それ、芝居で生活すると言うことなのかもしれない。
 相手の言葉に
 生身で応えると言うことなのか?
 言葉に感情を入れることなのかもしれない。

16時からハンドベルの演奏会が
始まるので
終了30分前に早退させてもらった。

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ちぐはぐ

昨夜のこと。
夕食後ゴロンとしていると電話。
けいこさんが
「ネパールのラムさんからよ」

電話に出ると
あの気の良いガイドのラムさんの声、
懐かしい。
「写真をありがとうございました。
とても良い、メモリーになりますよ。
次はいつ来ますか?」
「まだ、当分行けそうにないのだけれど
また行きたいとは思っているよ」
「また、来てくださいよ。
お待ちしています」
と電話している時、
わたしの携帯が鳴った。
けいこさんが出てくれた。

ラムさんからの電話を終えて
だれからと聞くと
「Aの会のIさんからだったわ」
「何だろうな?」
「電話番号を知らせるので
電話したと言ってたわ」
「じゃぁ、Aの会のIさんではなく
演劇の方のIさんだ」
「でも、Aの会と聞いたら
そうって、言ってたわよ」

そこで、演劇のIさんに
電話をした。
「携帯なのに奥さんが出たので
ビックリしてよく分からないまま
相づちを打ってしまったので・・・
ネパールから電話があったそうですね」
「それで、出られなくて。
同姓の方が他のサークルにもいましてね。
その方だと思ってしまい、
ちぐはぐになってしまいました。
お騒がせしました。
明日の練習は、13時30分からでしたよね。
よろしくお願いします」

このIさん、わたしの相手役で
参加者の中で
演技力抜群の方なのだ。

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2010年12月24日 (金)

高校生に戻って

『セリフを言うのに段取りをしない。
生活の中では、段取りした会話は
あり得ないのだから・・・』
この言葉は
最近、知ったブログからの情報だ。

先日「群馬・演劇」で検索したら
『THE 高校演劇 in 群馬』という
ブログに出会った。
演劇初心者にとって
参考になることが
ちりばめられている。

高校生に戻って
演劇部の新入部員になったつもりで
読むと面白い。
最近の高校演劇部情報も知ることができる。

昨夜、このブログのコメント欄に
アドバイスをお願いしたところ、
今朝さっそく回答があった。
下に紹介する。
http://blogs.yahoo.co.jp/kazuya913/42319287.html#42687003

この先生から次のHPを
紹介された。
http://www.kinoka.net/~watanabe/

また一つ世界が広がった。

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年末練習 第1日目

13時から練習が始まったが、
都合がつかず、
終わる寸前の
15時40分に行った。

第6場の練習をしていた。
脚本のHさんから、
次のセリフを待っていては
不自然だから、
そのセリフを聞いたら
反応するようにという
アドバイスがあった。

立ち稽古が16時に終わったので、
その後、
Hさんに疑問の3点について
確認をした。

帰りに、Hさんに
この劇のモデルとなった喫茶店に
連れて行ってもらった。
そこはジャズ喫茶で
意外にもわたしがいつも使っている道路から
見える店で、
以前、けいこさんが行ってみたいと
言っていた喫茶店だった。

ジャズが流れ、
落ち着いた絵画が
壁面を飾っていた。
Hさんによると
この喫茶店のご夫婦とは
長い付き合いとのこと。

音楽といい、
店内の雰囲気といい、
コーヒーの香りといい、
久しぶりに昔の喫茶店の雰囲気を
味わうことができた。

意外なところに
ジャズ喫茶が生きていた。
お薦めの喫茶店だ。

Hさんは、今回の劇の
ポスターの掲示とチラシ置きを
お願いしていた。

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2010年12月23日 (木)

トラップ一家の歴史

久しぶりにBSで
あのサウンドオブミュージックの
次女、マリアさんが
一家の歴史を語るのを見た。
オーストリアのザルツブルグから
アメリカに渡り、
歌を歌って生活しながら
アメリカの市民権を得たという。

映画ではアルプスを歩いて
越えたが、
実際は列車を使って
イタリアへ脱出したとのこと。

マリアさんは92才、
しわくちゃであるが笑顔が
良かった。
彼女は一家が歌うことを
やめた後、
パプアニューギニアに
宣教師として渡り、
長い間仕事をしたそうだ。

そして、今はアメリカで
ニューギニアの若者を養子に迎え
仲良く暮らしている。

来春、ザルツブルグに1日だけ訪問する予定だ。
トラップ一家がいた屋敷を
尋ねてみようと思う。

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2010年12月22日 (水)

忘年会 その3

演劇の練習後
箕郷町の食堂で忘年会。

この店は
けいこさんの同級生がオーナーをしている。
13人だったが
飲んだのはわたしとマスター(役柄)の二人だけ、
ほかの人はノンアルコールビールと
ウーロン茶。

鍋を囲んで
先日の素人劇団の映画のこと、
今日の練習のこと、
ポスターのこと、
チケットのこと、
公演のこと・・・
多いに盛り上がった。

ポスターを店に貼ってもらった。
このポスターには
キャストの顔写真が下の方に
全員掲載されている。
しかも格好良く。

皆様
ご覧ください。


参考

箕郷町には
絲山秋子さん(芥川賞作家)が
お住まいで、
関口コオさん(きり絵作家)の
きり絵美術館があります。

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「空っ風の吹く前に」の練習 第17回目

今日は練習場で
6場と7場を練習した後、
舞台に行って通し稽古。

ビデオを撮ってもらって
練習後、全員で見た。

やはり、自分が
誰のセリフの後に言うかが
十分に身に付いていない。
二人での会話の部分は
やりやすいが、
全員が揃っている時に
言い出すセリフを失敗してしまった。

シナリオを変更したところで
腑に落ちないまま
やっていたところだ。
次回、スムーズにセリフが
言い出せるよう、
演出に確認しよう。

衣装係の調査用紙(案を作成し演出に見てもらったもの)を
文化会館の担当がプリントしておいてくれたので
ビデオの合間に説明し
帰るときに配布した。

2・4・6場は幕前を使って演技するが、
課題1 狭いので、90センチの台を舞台の前に付ける。
課題2 幕が深緑色で暗いので、衣装は明るい色にする。

暮れの練習日は
24日(金)25日(土)13時~16時
となった。

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サッカーボールが

わたしの所に転がってくる場面がある。

誰かにサッカーボール借りられないかなあ。
そうだ、
今年退職したFさんは
サッカー部の顧問をしていた。
サッカーボールを借りられるかも・・・
電話で事情を話すと、
22日の練習日に会場へ
届けてくれるという。

Fさんと最初の職場で
演劇作りをした思い出がある。
今から40年前、
子ども達に劇の指導をして
発表会をしていた。
子ども達に指導するだけでなく
自分達も劇をやって、
子ども達に見てもらおうと
わたしが提案すると
若い仲間の賛同を得た。

出し物は
井伏鱒二の「山椒魚」を
子供用にアレンジしたもの。
登場人物は山椒魚と蛙の二人だけ、
わたしが山椒魚
そしてFさんが蛙。
他の仲間は
小道具、衣装、照明、音楽等を
それぞれ受け持ってくれた。

夜遅くまで残って
練習したものだ。
皆若かった。

セリフが出てこなかったり、
飛ばしたりした劇であったが、
子ども達には好評であった。

それが第1回で
その後、若い職員での劇発表は
20年以上続いたという。

そんな思い出を共有する
Fさんが今日、
サッカーボールを
持ってきてくれる。

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2010年12月21日 (火)

忘年会 その2

先月開店したばかりの大きな居酒屋、
すぐに見つかると思ったら
勘違いしていて
やっとのことで分かった。

今年お世話になった4人の先生と
7人の教え子との忘年昼食会。
飲み物はコーヒーとウーロン茶
至って健康。
11人のうち、男は先生とわたしの2人。
和気藹々で、
それは賑やかだった。

わたしが市民演劇を話題に出したら、
幹事のIさんが
「その劇のシナリオを書いた
堀内佑さんは、
わたしの母の友達ですよ」
「え! ほんと」
本当に驚きました。

今年は
12月26日が大掃除。
来年は
1月14日が初練習。
2月13日が認定日。

食後、ゆっくり雑談をして
閉会になった。

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2010年12月20日 (月)

息子の披露宴で

息子から
歌って欲しいと要望があった。
わたしが作った『ぐんまのお山』を
歌って欲しいとのこと。

しばらく歌っていないが
それが良いという。
そこで歌うことにした。
知っているのは身内だけ
そこで歌詞を
プリントして配ることにした。

けいこさんがパソコンに
入っていた歌詞を
見つけ早速印刷。
「直ぐ、出るんだから・・・」
「ホントに凄いよ」とわたし。

歓談後、
二人で「ぐんまのお山」を一通り歌った後、
1番を全員に歌ってもらった。

このHPにも
あるので見てください。
http://www.geocities.jp/tisanakagayaki/gunmanooyama.htm

群馬の山、12山が歌い込まれている。
それぞれの山の頂上で
この歌を歌う願を掛けたが、
まだまだ歌ってない山が多い。
来年は歌うようにしよう。

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2010年12月19日 (日)

高崎コスモス合唱団のクリスマスコンサートを

夕方、前橋に聴きに行った。
会場が前橋であったためか
客席は8割方であった。

歌はとても良かった。
『武満徹 生誕 80年』は
初めて聴く曲であったが
言葉が鮮明に伝わってきて
聴きやすかった。
それからハーモニーが
素晴らしかった。

指揮者も団員も若い合唱団だが
これから実力を
ますますあげていくことだろう。
今後の成長が
期待される合唱団だ。

久々に合唱の
素晴らしさを感受した夜。

帰ってからの
日本酒と
けいこさんの作ったおでんが
ひときわ美味だった。

参考
指揮者 千葉弘樹 東京混声合唱団テノール歌手

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ウィーンでオペラ 事前打ち合わせ

来年の3月中旬(9泊7日)
ウィーンへオペラを観劇に
行くことになったが、
今日その事前の打ち合わせがあった。

参加者は十人あまり、
ほとんど女性。(男性は3人)
「男の人がいて安心したわ」
という声が上がった。
わたしにボディーガードできるかな?

今回の旅は、
ウィーンで9年間も
音楽を学んだIさんとその奥さんに
連れて行ってもらうもの。
お二人はウィーンの
音楽事情及び生活について
非常に詳しい。

参加者からの質問に答えるという
形で日程がほぼ決まった。

全員で見るものは
『アイーダ』『ウィーン少年合唱団の歌』
行くところは
『ザルツブルグ』『一流レストランの・・・』
となった。

後は旅の仕方について
・はきもの
・オペラの服装
・買い物の仕方
・ホテルの使い方
等々・・・いろいろアドバイスがあった。

1日だけフリータイム。
その日、わたし達はウィーンの東方
『ルスト』に行く。
そこはけいこさんが見つけた
パステルカラーの田舎町。
Iさんも行ったことがないという。
どんなところなのだろう?

本格的なオペラは初めて、
最前列から2番目の席。
アイーダはイタリア語で歌われ、
座席の解説はドイツ語と英語だけ、
CDやDVDで
少し聴いてみたり、
概要を本で調べたりして
把握しようと思う。

『魔笛』も行くことにしたが
わたし達二人だけのようだ。

それから、
わたしはウィーンの森の
鳥たちの様子を
知りたいと思う。 
どんな鳥が見られるのか
楽しみだ。

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2010年12月18日 (土)

息子の結婚式だから

朝から
食事だ、着付けだ、移動だ、・・・
と何かと忙しい。
そして
飲んでしまえば
高いびき。
ブログの書き込みは
まず、無理。

心配していた天候は
良さそうだ。
ほんの形だけの
少人数の披露宴。

すこやかに
穏やかに
しなやかに
(これ、今、合唱団で練習している歌の本の題名)
そして
美しい人生を
送って欲しい。 

参考
 作詞 谷川俊太郎
 作曲 松下 耕

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2010年12月17日 (金)

蕎麦打ち

もう直ぐ、年越し蕎麦がやってくる。
先日、
中居団地の農産物直売所に行ったら
直ぐ近くで作った蕎麦粉が
出ていた。
それを使って
年越し蕎麦の事前練習を
することにした。

水回し、
捏ね、
延し、
切り、
大分慣れてきて
時間が以前より掛からなくなった。

けいこさんが、
「わたしより
細く切れてるわ」
「まだ、けいこさんみたいに、
リズムカルに切れないよ」
とわたし。

嫁と孫が蕎麦を食べに来る。
今日はどんな天ぷらを
持ってくるのか
楽しみだ。

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2010年12月16日 (木)

忘年会 その1

サークルの忘年会
郊外のひっそりとしたこの店で3年目。

近くに客の出入りが多い
大きな店があるのに
この店にするのは
予約制で店を占有できるから。

メンバーが2人都合で欠席、
7人で歓談。
値段の割にボリュームがあり、
美味しい。

今回は
1人1人に今年を振り返って
話してもらう時間を設定した。
順番に思いを述べたが、
今年もそれぞれの人にとって
忘れられない年になったようだ。

わたしの新体験
1 弓道教室
2 きり絵教室(関口コオさんの4日間指導)
3 市民演劇に参加
4 コーラス(でかんしょ合唱団に入団)
5 山登り(燕岳、大雪山の旭岳・黒岳・赤岳、ネパール・プーンヒル等)
  欲張りな年であった。

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髭をカットした訳

市民演劇の公演まで
2ヶ月半。
演出に訊くと
「髭は1センチぐらいに、
一部、黒く染めましょう」と言う。

カットするのに戸惑いはあったが、
床屋さんに行って、
カットすることに。

今まで、
揃えるためのカットはしたが、
短くするのは1年半ぶりだ。
何か寂しい気がするが
演劇のためなら、
仕方がない。

一方、喜ぶ人もいる。
けいこさんとその母。
以前から長い髭に
閉口していたから。

マスターが
1.8センチのバリカンで刈ろうとしたら
髭、カールしていて刃が立たない。
やむなく
櫛とはさみでカット。
これ、髭の抵抗だったのかも。

10センチくらいカットして
1センチくらいの髭になった。
久しぶりに軽くなった。
演出はこれを見て
オーケーを出すかな?

染めは当日
メイクが黒くしてくれるだろう。

付記
実は、12月18日は息子の結婚式。
長い髭より短い方が・・・
それが決心した本当の理由かも。

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2010年12月15日 (水)

上棟式

12月15日は息子の家の
上棟式。
十数年前にわが家の上棟式に
餅を上からまいた。
それを思い出して
餅と菓子とカップラーメンを用意した。

生憎、演劇の練習日と
上棟式とがバッティング。

演劇の練習後、
今後のことが話し合われたので
時間が延び、いつもより
帰りが遅くなった。

すでに上棟式は終わって
居間で夕食の準備中だった。
乾杯して様子を聞いた。

年配の棟梁が
上棟式で餅を振る舞うのは
今年初めてだと大喜び。
孫の上に
餅の雨を降らせたらしい。
頭に餅が当たって
孫は大泣きしたそうだが、
怪我はなかった。

孫の保育園の友達親子が
来てくれて
餅を拾っていってくれたそうだ。
光景が目に浮かぶ。

義弟も仕事帰りに
駆け付けもう一度
ビールで乾杯。

赤飯はけいこさんが
蒸かした。
群馬産の餅米、
高崎産のささげ、
義妹の育てた金胡麻、
お店以上のできばえの赤飯を
料理に付けて
上棟して下さった皆さんに
持ち帰ってもらった。

忙しい1日だった。

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「空っ風の吹く前に」の練習 第16回目

今日は群馬町で
映画があったのだが
すっかり忘れていた。
内容は、素人劇団のドキュメンタリーで
参考になることが有るだろうと思っていたのに
行けなかった。
13時~14時20分が上映時間だった。
だから練習場へ14時に行ったら
誰もいなかった。

1人でセリフ練習。
相手役のセリフを大まかに
入れながら
1人芝居。
相手役のセリフを
しっかり言えれば
落語だ。

次第にメンバーが集まってきた。
それぞれが
自分のセリフを言い始める。
気持ちが逸れるが
練習。

会報にキャストの
役割分担があった。
わたしは衣装係。
何をするのだろう。

今日、1場加わった。
新6場、だから今までの6場が7場になった。
女性2人が公園での
バザーの準備の場面で
わたしには影響のないものだった。

最初に
その新6場の練習。
その後、全員が登場する7場の練習。
脚本のHさんが
「セリフは初めて聞くつもりで
やってください。
皆さんは台本で分かっているから
次に言う人の方をみんなで
見ていますが
日常ではそんなことはあり得ません」

それを聞いて
映画を見てきた相手役のIさんが
「映画でも演出が
『そのセリフは初めて聞くつもりで
振る舞って』と言ってました」
と教えてくれた。
どうやら同じ道を辿っているようだ。
でも、
映画の方では
週2回の練習で
公演3ヶ月前には(我々の今)
全員にセリフが入り、
感情移入の練習をしていたとのこと。

その練習が終わった頃
演出のNさんが来た。
休憩後、
「今日は、台本なしで
始めから、時間になるまで立ち稽古です。
プロンプターが付きますから
分からなかったら
それを聞いて言ってください」

台本を持たず
練習が始まった。
わたしはプロンプターの
助けを借りながら
自分のセリフを言った。
自分のセリフを言うのが
精一杯だった。

終わってから
今後の練習について
話し合われた。

「セリフを入れないと
これからは練習になりません。
もう少し練習時間を取りたいので
年末年始の計画を立てますから
来週、自分の練習日を入れてください」

高校の演劇部の指導者が
ブログで書いていたことと
同じ言葉だ。
いくら練習しても時間が足りない状態だ。

尻に火がついた。

付記
1 髭は1センチくらいにする。
2 受けのセリフは、入れて良い。
3 孫から借りたボールを会場に忘れる。
4 最終日の忘年会はなし。

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2010年12月14日 (火)

セリフの練習

最近、セリフ練習に
けいこさんが付き合ってくれる。
けいこさんは台本を見て
相手役のセリフを読む。
わたしは台本を見ないで、
自分のセリフを言う。

ほぼ言えるのだが、
セリフを言い出しにくい場面がある。

それは、相手のセリフを
受けないまま、
次の話題に入ってしまうからでは・・・

そこで、
受けのセリフを考えてみた。
『うーん、高度経済成長の頃からかなぁ』
このセリフを入れれば
今までのセリフにスムーズに繋がる。

明日の練習の時、
演出に提案してみようと思う。

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2010年12月13日 (月)

小栗上野介展

シティギャラリーで明日まで開催の
小栗上野介展へ行ってきた。

想像していたより充実した展示だった。
1860年、上野介一行がアメリカに行った様子が
詳しく展示されていた。

リンカーンの一つ前の大統領に
謁見していたのだ。
大歓迎されていた様子が伺えた。

岩倉具視達が欧米へ視察に行く
数年前に幕府の特使として
上野介達は
アメリカに渡り、近代文明の有様を
目の当たりにしていたのだ。
Dsc_0005

1868年に倉渕の烏川で
罪無くして斬首されてしまった。
彼の無念さは
如何ばかりであったか
想像を絶する。
養子の又一は
高崎で処刑されたのだ。
場所は
あのシンフォニーロード
辺りらしい。

明治の黎明期の
無情な歴史の流れに翻弄された
1人であろう。

彼が生きていれば・・・
どんな風に流れが変わっていたのだろうか?

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2010年12月12日 (日)

数独に毒されて・・・

朝日は土曜日に、
読売は日曜日に数独の問題が出る。

認知症対策の一つとして
最近取り組んでいる。

読売の問題はそれほど困難なものはない。
ほぼできる。

朝日の問題は星の数で難易度が
示される。
★の数が多いほど難しい。
今日は★★★★★で難易度が最高だ。

夕食後コピーして、二人で一緒に取り組む。
やっぱり難しい。

2回ほど破綻して(矛盾してしまう)しまった。
破綻すると鉛筆で書いた数字を
全部消して、始めからやり直す。
3回目に漸く完成した。
今日は、わたしの方が調子よかった。
けいこさんはまだ取り組んでいる。
現在、20時30分。

追記
完成したのは21時05分でした。

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2010年12月11日 (土)

第5回 星見亭ホームコンサート

静かな土曜日の午後
ソプラノ北原正恵さん、ピアノ中村陽子さんの
コンサートを開催。
スタッフ含め参加者は32人。

北原さんの朗々たる歌声、
中村さんの息の合った伴奏と
ショパンの演奏、
固唾を飲んで聞き入る参加者。
Dsc_0007

演奏の後
コーヒーを飲みながら
演奏者と参加者との交流会。

北原さんから
2年間のウィーンの音楽体験を
聞くことができた。

参加者からは
・生は良い。
・「母の教えたまえし歌」で
自分は何を母から教えられたかを
思い出した。
との感慨深い感想があった。

帰りの際、
昨日取った柚を希望者に
お持ち帰り頂いた。

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2010年12月10日 (金)

中島ノブユキと北村聡のコンサート

たまごホールで19時30分から
始まった。
1部は新島学園聖歌隊による
ハンドベルの演奏。
少女たちの奏でるベル音は
清らかであった。

中島ノブユキは
新島学園の卒業生。
映画「人間失格」のテーマ曲を
作曲して注目されたピアニスト。
彼の音楽はゆったりとしていて
不思議な世界に誘ってくれた。

北村のバンドネオンは
膝の上で演奏する四角いアコーディオン。
楽器を見ないで演奏するので
とぼけているように見えた。
音がピアノにマッチしていて聞きやすかった。

二人の息のあった演奏で
今までにない音の世界に
浸ることができた。

わたし達が所属している合唱団の
メンバーが4人来ていた。
合唱団以外で知っている人は
居そうもないねと二人で話していたら、
いた。
わたしの妹が来ていた。
妹はハンドベルをやっているが
その指導者が
今日のハンドベルの指揮者とのこと。

妹とは
連絡を取り合っていないのだが
時々
演奏会で顔を見合わせる。
今年はこれで3回目。

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2010年12月 9日 (木)

通院

数日前から
右の中指の第2関節が痛む。
よく見ると腫れている。
ネパールに行った時
痛めたところ。
弓を引く時、力がかかるため
炎症を起こしたのだろうか。

以前診てもらった整形に行った。
前回、レントゲンで骨に異常は
無かったので、
関節炎ということだった。

リハビリ室で
関節を少し動かした後
高周波を当て、テーピングをしてもらった。
しばらく通院した方が
治りが早いと言われて
帰ってきた。

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2010年12月 8日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第15回目

演出の中野さんから
大道具は予定していた方が病気になって
しまったので、
劇団「ろしなんて」の大道具を
借りることになったとのこと。
キャストも大道具作りに
参加するはずであったが
取りやめになり
稽古に集中できることになった。

チラシの裏にキャストが並んでいる。
その中にTさんという名前がある。
先日、それを見た関口コオ先生が
「わたしのきり絵を
前進座のポスターに紹介してくれた人ですよ。
わたしのきり絵が世に出る
切っ掛けを作ってくれた恩人ですよ」
と言っていたが
そのTさんが
今日、練習を見に来ていた。
空き時間に、関口先生から聞いたことを伝えると
当時のことを詳しく話してくれた。

そこで、Tさんはどんな人なのか
ネットに
「Tさん 演劇 群馬」を入れて
検索してみた。
何もヒットしなかった。
ところが、群馬の高校演劇部のことが
出てきた。

その中に面白いブログがあった。

『THE高校演劇 in群馬 顧問のつぶやき』
というもので
演劇部の生徒たちへの
アドバイスなのだが、
ドキッとさせられた。

以下一部を引用(2010/2/8)

 台詞が入らなければ練習になりませんし、
 練習のスケジュールがどんどん狂っていきます。
 練習をすることで台詞が入るタイプの役者は、
 演出に自分が練習したいシーンをどんどん要求します。
 ただし、この場合も、基本的には台詞を全て入れています。
 練習で入れようなどという甘いことは考えていません。
 練習することで台詞が自然に出るようにしようという意識なんです。

Tさんの情報は得られなかったが、
検索したお陰で
演劇の大事な言葉に会うことができた。

それにしても、このブログの演劇部の顧問
相当な演劇通だ。
素人役者に参考になることを
たくさん書き込んでいる。

http://blogs.yahoo.co.jp/kazuya913/folder/739656.html?m=lc&p=5

『セリフ全て入れることが前提』
この言葉を肝に銘じて明日から
練習だ。

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2010年12月 7日 (火)

佐久の貞祥寺

道着に着替えていると
後から先輩が来た。
今まで話をしたことがなかったが
今日は寒いですねと声をかけられた。
世間話をしているうち、
今は高崎だが出身は佐久だとのこと。
そこで、佐久には提祥寺というお寺が
在りますがご存じですかと言うと
知らなかった。

わたしが弓道を始めた
切っ掛けが提祥寺であることを
簡単に話した。

わたしがHPにアップしたエッセイの中の
弟子丸老師について
フランスから問い合わせがあった。
その方がフィリップさんで
フランスで晩年の弟子丸老師に
坐禅の教えを受けた方であった。
彼は弓道をしていた。
日本に弓道の研修に来るのだが
弟子丸老師のお墓参りをしたいので
お寺を教えて欲しいというものだった。

そこで、我が師斉藤先生にお寺を聞いて報告したところ
来日の際、一緒に行くことになった。
善光寺で待ち合わせして
車で佐久の貞祥寺へ行き
お墓参りをした。
そして帰りには妙義山の温泉に入ったりした。

その後、
フィリップさんの招きに応じて
二人でパリへ行き、
フィリップさんのマンションに
数日泊まらせてもらって
パリとその周辺を案内してもらった。

そして、
3年前の国際弓道連盟の弓道大会が
国技館で在った。
その時はわたしたちが
明治神宮へ弓道大会を見学に行ったり
フィリップさんたちに
わが家に来てもらって
高崎公園の夜桜や片品の禅寺を案内したりした。

フランス人が弓道をやっていて、
日本人のわたしは弓道を何も知らない。
そこで、今年の春から市の教育委員会主催の
弓道教室に参加したという訳なのである。

フィリップさんがヒットしたわたしのエッセイ
http://www.geocities.jp/tisanakagayaki/itijin.sakunokusabue.htm

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2010年12月 6日 (月)

きり絵の額

関口コオさんの指導を受けて
4週間かけて
作り上げたきり絵,
せっかくだから
額に入れることにした。

2枚の作品を持って
きり絵美術館に行った。

関口先生は、きり絵教室の講師で
留守だった。
代表のNさんが額の相談にのってくれた。

落款の位置は先生に
聞いた方が良いと言われ
しばらく待つことにした。

お茶や御菓子を頂いて
市民演劇の話をしていると
関口先生が帰ってきた。
先生は
「空っ風の吹く前に」のチラシを見て
キャストの中に
知人のTさんがいるのに気付いた。
そのTさんは、
若い頃、関口先生に
ある劇団のポスターの製作を持ちかけた人で、
その作品が関口先生のきり絵の
デビュー作となったとのこと。
先日来た時、そのデビュー作の前で
関口先生から
その話を聞いたばかりだった。

演劇に取り組んでいた若い頃の
エピソードを
楽しそうに話してくれた。

先生に落款の位置を教えてもらってから
Nさんに額に入れてもらった。
やはり、額に入れると良くなったような
錯覚に陥る。
「馬子にも衣装」、
「駄作にも額」といったところ。

家に帰ってきて
何処に額を置くかと言うことになった。
いろいろなところを考えてみたが
結局、
通路にある床の間に
2作品を並べてつるすことにした。

Dsc_0074

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2010年12月 5日 (日)

チャリティーオークションの結果

二人で、恐る恐る
上毛新聞のオークション結果の
ページを開く。 

残念ながら1枚目の今井充俊さんの絵には
ほかの方の名前が!
昨年より、大分高く入れたのだが・・・

2枚目の風車の絵に、
わたしの名前があった。
明るい雰囲気が良かったので
入れた絵だ。
画家「稲川庫太郎」氏のことは何も知らなかった。
そこで検索した。
すると、
妙義山麓美術館を設立した画家であった。
まだ、入ったことがなかったので
絵のご縁で行こうと思ったら
12月1日から3月31日まで休館だった。
来春、桜の季節に
訪れよう。
http://www.city.annaka.gunma.jp/kanko_spot/bijutsu.html


けいこさんは
今年も入れた2枚に
名前がなかった。
人気在る絵を狙うと
なかなか落とせない。

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歌唱の手ほどき

けいこさんの友人Oさん(有機農法家)の自宅で
声楽家の天田美佐子さん(メゾソプラノ)から
歌唱の手ほどきを受けた。

会場はOさんの10畳ほどの研修施設(遊庵)。
木造の新しい建物で
2階に2~3人泊まれるスペースがある。

天田さんは
若いお弟子さんを3人連れて来た。
キーボード担当と声楽家のたまご2人。

参加者は
歌に関心のある近所の方たち十数人と
わたし達夫婦。

11時に集合、
まず始めに食事をした。
Oさんのお奥さんと近所の方が作った
お赤飯に具だくさんの豚汁、
カブの浅漬け、青菜のごま和え・・・
それにけいこさん18番の
鮭の親子チラシ。

その後、
Oさんが作った歌集を見ながら
天田さんの指導により
全員で歌った。

懐かしい歌たちで
みんなで歌えるものばかりだった。
天田さんの分かり易い指導で
楽しく気持ち良く歌えた。

最後に
天田さんが「落葉松」を独唱した。
2メートルも離れていない所で
聞いたので
迫力満点であった。

歌声喫茶でもない、
施設慰問でもない、
不思議な歌の時間だった。

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2010年12月 4日 (土)

記念写真

法事で菩提寺に行った。
なかなか行く機会が無いので
久しぶりに本堂に入った。

すると昨年の秋
高野山へ参拝に行った時の
記念写真が鴨居に掲示されていた。

4枚撮ったうちの1枚だった。
住職の話では時々
それらを
入れ替えているとのこと。

わたしのカメラで撮った写真。
撮ったのはわたしではないが
わたしがセッティングして近くの人に
撮ってもらった写真。
そしてわたしがプリントして持って行った写真。
嬉しかった。

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2010年12月 3日 (金)

チャリティー色紙展

前橋のグリーンドームの展示場で
12月2.3.4日と県内の画家が描いた
色紙のオークションをしている。
今日、二人で行った。
絵を何度も見た後、
気に入った作品を選んで
オークションの箱の中に
迷いながら記入したカードを2枚投入した。

1枚目は先日、日動美術館に作品が展示されていた
今井充俊さんの色紙に。
自分では高く入れたつもりだが、なにしろ競争率が高いので・・・
無理だろうな。

2枚目は、明るい風車の作品に。
無所属とあった。
この暗い世の中なので、
晴れ晴れした風車が心地よかった。
果たして、手に入るものやら・・・

発表は5日の上毛新聞。
期待と不安の2日間だ。

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2010年12月 2日 (木)

こんな記事があったので

「高崎市民演劇」で検索していたら
わたしの属している
高崎五万石騒動研究会が
10月3日に開催した
140周年記念の集いの記事に出会った。
日付けを見ると
10月4日だった。
画像3枚、記事も正確に書かれていた。
この「高崎新聞」が取材に来ていることは
知らなかった。
当日一言あれば、2ヶ月後に偶然見つけて知ることには
ならなかっただろう。
会員の誰かが受けていたのだろうか?
11月の例会では誰からも報告がなかったのだが・・・

下に10月4日の記事を貼る。
http://www.takasakiweb.jp/news/article/2010/10/0401.html

このページをプリントして
12月18日の例会に紹介することにした。

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2010年12月 1日 (水)

関口コオきり絵美術館へ

きり絵教室の最終日に撮った記念写真を 
届けに行った。
すると、
高崎市民演劇に参加している
Hさんがいたので
その記念写真を見てもらった。
Hさんはよく来館しているとのこと。
しばらくして練習が始まるからと言って
出て行った。

きり絵教室で助手を
勤めたNさんが中心になって
美術館を運営している。
Nさんの話では
関口先生とHさんは
長い付き合いであるとのこと。

きり絵教室→関口先生→美術館→
Hさん→市民演劇
この繋がりには驚いた。

展示場は
秋の作品から冬の作品に入れ替わっていた。
きりりと引き締まる空間を
作品が作り出していた。
その後、
今回作ったきり絵を
入れる額の作り方を
Nさんに教えてもらって、
演劇の練習会場に
向かった。

練習の合間に
Nさんから
「関口先生とは飲み友達で
演劇好きな関口先生に
今回の市民演劇のことを
話しているんだ」
と聞いた。

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「空っ風の吹く前に」の練習 第14回目

今日から立ち稽古。
台本を離しての練習だ。

前半は4グループに分かれて、
後半は全員が出る5場をやった。

台本を離すと不安、
1人にプロンプターをしてもらう。
自分のセリフが言えても
どのセリフの後に言うかを
覚えていないので
つっかえる。
動きもぎこちない。
散々であった。

休憩では2人の方から
柿の差し入れがあった。
干し柿は甘かった。
甘柿は硬いのと柔らかいのと2種類。

話題の中心は
テレビ放映で取材を受けた2人。
アポがあり、
下見があり、
先週の全体撮影の前に
撮ったとのこと。

後半の全体練習。
出入りが大変なので
今日からドアが無くなった。
テーブルや椅子、
コーヒーの道具が並び
喫茶店らしくなった。

半分は手ぶらで演技、
半分は台本片手に演技、
わたしはテーブルに台本を置いて
見ながらの演技。

男4人が横並びになってしまった。
そこのところは
脚本のHさんが
次回までに動きを
作ってくることに。

それぞれがセリフを言うのに
必死になっている。
わたしは大きな声で
言うように心懸けた。
さすがに、取材を受けたTさんは
手ぶらでセリフを
すらすらと。


高崎演劇鑑賞会

夜は
あの熊倉一雄が率いる
テアトル・エコーの
「エリック&ノーマン」を観劇。
前半は1人物がいろいろな人に
入れ替わってしまうので
ちんぷんかんぷん。
後半になって
動きが派手になり(ドタバタ)
人物が入れ替わった謎が解け
面白かった。
それにしても
83歳の熊倉一雄氏の
ファイトには脱帽。


大道具の搬出

高崎市民演劇のメンバー数人も
手伝った。
若いスタッフたちが
手際よくバラしていく。
わたし達は指示に従って
分解されたものを
トラックまで運んだ。
若い女性がキビキビと
動いていたのが目立った。
解体がし易く、そして
安全を考えてしっかり
作られていた。

大道具を作る時の
参考になった。


チラシ

チラシができ、
市内の各ホールや公民館に
配られた、
高崎市民文化会館にも
置いてあった。
Image0

チラシの絵は絵心のある
脚本の堀内さん。
題字は堀内さんの友人。
裏にはキャストの
名前が載っている。

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