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2011年1月31日 (月)

発掘されたタ・カ・ラ・モ・ノ  その2

日本画家の従兄弟が
神話をテーマにして描いている。
その中の人物が
勾玉を首に掛けていたので
暮にこの展示会を
紹介した。

電話してみると
まだ行っていないとのこと。

従兄弟と一緒に
再度、展示会に行った。
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最終日とあって
参観者が昨日より
多かった。

大きな土器があり
形が良かった。
それをヒントにしたいというので
撮影する。
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勾玉、管玉、破鏡を
しみじみ眺めた。

それにしても
勾玉はどうしてあんな形なのだろう?
カブトムシの幼虫のような・・・
あのデザインは
日本独自のもの
それとも
大陸から渡ってきたものなのだろうか?
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ちょっと
調べてみたくなった。

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2011年1月30日 (日)

発掘されたタ・カ・ラ・モ・ノ

という副題で
「東国千年の都」というテーマの
発掘資料展が
高崎シティーギャラリーで
1月22日~31日まで
行われている。
なかなか行けなくて
今日やっと見に行った。

暮れに、
この文化財展のチラシを
見た時、
『上中居遺跡群から勾玉』という
言葉に驚いた。
我が町から勾玉が出土!
早速、市の文化財課に電話して
その勾玉がどかから出てきたのかを
尋ねた。

発掘担当に代わり
「それは高崎駅から関越道へ
行く道路の拡張工事で出ました。
場所は、ローソンのすぐ南の畑でした」
と教えてくれた。
子どもの頃
『かさ』と言われていた地区だ。
畑の多いところだった。
あの下から
『勾玉』が出土したのか・・・
Dsc_0038



会場には係員のほか
見に来ている人は
2~3人だった。
係の人に尋ねると
詳しく説明してくれた。
Dsc_0008

勾玉、菅玉、破鏡の3つは
ガラスケースの中に
収まっていた。
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それぞれが一つずつ
堀の近くから出てきた。
水の神に供えたとも考えられる
とのこと。

その他
縄文時代の石器や
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弥生時代や古墳時代の土器類
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そして遺構が
展示されていた。

子どもの頃
里芋を貯蔵するための穴を
畑で掘ったことがあった。
1メートルくらい掘ると
葦の様なものが
土の中にあったので、
湿地だったのではないかと
想像したものだ。

縄文時代から
我が町には
人々が生きていたということを
改めて認識する
展示会だった。
Dsc_0037

明日が最終日、
この出土品は展示会のあと
どうなるんですかと訊いたら
「展示しておくスペースが
無いので、お蔵入りです。
歴史記念館設立の声を
市民の皆さんから
挙げて頂けると良いんですが・・・」
とのこと。

お蔵入りとは
情けない。

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2011年1月29日 (土)

新年会 その3

1月も末になったが
妹の家で新年会。

料理一品持参であったので
鮭とイクラの親子チラシを作った。
これけいこさんの
最近の18番、
鮭は紅鮭に限るとのこと。
寿司桶は先日
新調したもの、
初使いで
気持ち良かった。

イチゴは
中之条のエコさんちの
「アキヒメ」で
上品に甘い。
最後にシホンケーキに乗せて
食べた。

大人8人
子ども1人
赤ちゃん1人で
賑やかに会食。

今夜は、サッカーの決勝だ。
ライブで見るに限ると力説したが
開始が12時。
酒を飲み過ぎて
すっかり忘れ、
寝てしまった。

延長に入って
1点取って優勝。
見れば興奮しただろうに・・・
残念。

認知症が始まったのかなぁ・・・
不安。

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ミニコンサートと講演

午後は
群馬県公社総合ホールへ行った。

群馬音楽協会の
ミニコンサートと
関孝弘氏の講演
『これで納得!
目からウロコノの音楽用語の話』を
聴いた。

1曲目の「カルメン序曲」は
1人のヴァイオリンと
3人が一つのピアノに向かって
一緒に演奏した。
低音部を演奏したHさんとは
以前仕事を一緒にしたことが
あったので
懐かしかった。

関氏の話は
イタリア語で音楽用語を読み取ると
よく分かるというものだった。
ピアノ演奏も
軽快だった。

音楽用語辞典を
探していたところだったので
関氏の
イラスト入り
『ひと目で納得!音楽用語辞典』を
買ってみようと思った。

1890円のこの本を
会場に持ってきていれば
沢山売れたのになぁ・・・

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群馬県で「よく見られる野鳥29種」

高崎中央公民館主催の
環境問題入門講座の3回目は
野鳥の会の浅川さんが
講師だとあった。

問い合わせると
受講者の中に欠席者が数人いるから
聴講はOKというので
参加した。

日本野鳥の会群馬支部ではメッシュ調査を
行っている。
これは、期日と場所を決めて
その地域の野鳥を隈無く調査する
方法である。

このメッシュ調査の結果
219カ所のうち、110カ所以上の
ところで観察された鳥は29種であった。

群馬県でよく見られる鳥
29種の紹介があった。

 1 ホオジロ
 2 ヒヨドリ
 3 シジュウカラ
 4 キジバト
 5 ウグイス

 6 ハシブトガラス
 7 ハシボソガラス
 8 カワラヒワ
 9 キセキレイ
10 カケス

11 コゲラ
12 ヤマガラ
13 メジロ
14 ツバメ
15 エナガ

16 スズメ
17 トビ
18 ジョウビタキ
19 ムクドリ
20 ヒガラ

21 オオルリ
22 セグロセキレイ
23 ムクドリ
24 カシラダカ
25 ホトトギス

26 イカル
27 モズ
28 キジ
29 アカゲラ

29種のうち
わたし達のフィールド
井野川でまだ見ていないのは
オオルリ
アカゲラ
エナガ
である。

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2011年1月28日 (金)

ルリビタキのパフォーマンス

エコさんの家の近くの山の細道に
車を止めて
おにぎりを食べていたら、
後の藪でルリビタキが
番で動き回っていた。
オスはすぐに奧に行ってしまったが
メスはしばらく斜面を飛び回っていた。
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14時、エコさんちに到着。
カシラダカやホウジロが
家の周りを
飛び交っていた。
早速
山さんの車に便乗して
エコさんの案内で
マシコ類がよく見られるところに
出かけた。

ベニマシコは車の中から見ないと
逃げてしまうが、
オオマシコは車から降りても、
見られるという。
オオマシコがハギの藪にいたので
車から降りて近づくと
忽ち奧に行ってしまった。

ベニマシコは
見られなかった。
赤くて大きいオオマシコはいたが、
ハギに遮られて
よく見えなかった。
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Dsc_0208_2 
ハギマシコは
一度も現れなかった。

オオマシコが居そうなところを
行ったり来たりしていると
ルリビタキが
よく観察できた。
斜面に身体をくっつけて
餌取りをしたり、
車道に残る雪の上に行ったり、
枯れ枝に留まったりと
車の近くで
しばらくパフォーマンス。

エコさんは
さすがに慣れていて
ピントのあったアップの写真を
撮って、
掲示板に貼ってくれた。

自分のは自信がなかったが、
画像をPCに取り込んで
見たら、
思ったよりピントが合っていた。
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ルリビタキのオス若鳥 のように
思われるのだが・・・


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ニホンカモシカ

中之条の
エコさんのところに
イチゴを買いに行った。

14時に伺うことにしたので
鳥がなるべく見られるコースを
選んだ。

少し遠回りだったが
室田から大戸、
薬師温泉から山越えして
長野原へ出て
中之条に行くコースにした。

以前、薬師温泉から長野原へ
山越えした時
ハギマシコや
ベニマシコを見たことが
あったからだ。

道路脇には雪が残っていて
ハギマシコに
会えるかもしれないと
思わせる状況だった。

車の行き交いが少ないので
ゆっくり走った。
あと1キロで長野原の大道路に出る
ところで
民家の柿の木に
小さな鳥が留まっていたので
車を止めて
道路脇で
確認した。

しかし、特定する前に
飛び去ってしまった。
残念と思いながら
車の戻ろうとしたとき
だった。
前方の斜面に黒い影が
2つ。
始めは動かないように
見えたが
よく見ると
動いている。
ニホンカモシカだ。

暖かそうな毛を
まとい、枯れ草を
食べていた。
時々、頭を上げて
こちらを見ている。
少しずつ
下の方に
降りながら草を
食べていた。
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鳥には
出会えなかったが
2頭のニホンカモシカに
出会えた。

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2011年1月27日 (木)

ポスターとチラシ

中央公民館に
来年度のA会の利用申込書を
提出に行った。

一緒に
「空っ風の吹く前に」の
ポスターとチラシを
お願いした。
主催が高崎市とあったので
館長は難なく
引き受けてくれた。

一緒に行っていた
けいこさんが
「こんなのがあった」と
市の2月のイベントパンフを
チラシ棚から
探してきた。
箕郷文化会館のところに
「空っ風が吹く前に」の
紹介があり、
キャストの顔写真も
載っていた。

いよいよ
公演が
あと1ヶ月後になった。

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問い合わせ

3年前から
使用しているキッチンの
メーカーのHPに
下のような苦情を
書き込んだ。

以下コピー


 寿司の海苔を焼くことができない。

 どのようにすれば 

 焼けるのかそのための

 具体的方法、及び器具があったら

 教えて下さい。

 餅をグリルで焼く時、

 タイマーですると、

 焼きすぎたり、

 逆に生焼きになったりする。

 そこで上のコンロで

 焼き加減を見ながら

 焼こうとしても焼けない。

 コンロで餅を焼くには

 どうしたらよいのか

 教えて下さい。

   -略-

しばらくして
メーカーから電話が来た。
「使用説明書の20ページに
記載されていますが、
安全装置を解除して
使用して頂ければ
解決します」
と言う。

3年間も扱い方が不明で
海苔を焼くのに
石を安全装置に載せて
火力を強くして焼いていた。

餅はもうコンロの上では
焼けないものと
諦めていた。

使用説明書に
具体的に海苔や餅の
焼き方という項目が
あれば直ぐに分かったのであるが
使用説明書の20ページには
安全装置の解除の仕方という
項目で
その項目の内容を読むと
海苔や餅の焼き方が
明記されていた。

3年間も器具の扱いを知らないで
使っていたため
海苔や餅を上手く焼くことができなかった。
もっと早く、
メーカーに問い合わせていれば・・・

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2011年1月26日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第21回目

今日は文化会館の舞台で
舞台稽古をした。

大道具の壁面は
椅子を並べて見立てた。
テーブルクロスや
カウンターの椅子は新調された。
わたしはクリスマスツリーを置いてみた。
入口の左側にした。

衣装もそれぞれが
当日に合わせて装ってきた。
わたしは
前半は格子のシャツとチョッキ
後半はピンクのシャツとジャッケット
にした。

始まる前に
脚本のHさんから
「セリフの言い出しが
遅れるから
前の人のセリフに被るくらい
早めに言うようにしてください」と
前回、演出から言われたことと
同じことを指摘された。

言い出しを早めにしたつもりだが
なかなかそのようには
できなかった。
サッカーボールを家に忘れてきた。
代わりに野球のボールを使ったら、
舞台から落っことしてしまった。



今回は
この市民演劇のアドバイザー、
Tさんから
練習後、講評してもらった。

 自分たちが楽しむのではなく
 見に来てくれたお客さんが
 分かる、
 喜ぶ、
 感激できる
 舞台を作るようにしてください。

 役柄を脚本の中で
 何処までも追求してください。

 日常の人間関係と
 照らし合わせて脚本を読み込んで
 演じてください。

 見る人が納得できる
 演技をして下さい。

今まで、何千もの演劇を
見てきたTさんの言葉は
一つ一つ重かった。
ウソは直ぐに見破られてしまうと
言うことだ。

自分では、演技しているつもりでも
客席からはそのように見えない。
だからといってオーバーに演技したら
それではぶち壊しになってしまう。
その微妙なことろを工夫することなのだ。

嫁と姑の関係も
古今東西、さまざまある。
今回の二人の関係をどのように
解釈するかによって
演技が決まる。

登場人物達を
何処まで追求するかは
当日まで続くものだという。
際限がないのだという。
それが
演劇の面白さだとのこと。

セリフの後に隠れている
様々なことを
思い浮かべ、
それらを総合して
演じることだ。

またまた
自分の脚本の読みが
浅かったことが
露呈された。


付記
演出から
最後の歌の歌い出しを
わたしがするように
指示された。

事務所で
高崎中央公民館に置くチラシと
自分用チケット10枚を
用意してもらった。

プログラム用のアピール文(100字)を
提出した。
「全力少年」をもじって
「全力老人」としたが
分かるかな・・・

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2011年1月25日 (火)

たった1枚

年賀状の当選番号を
調べたら
4等の切手シートが1枚だけ
当たっていた。
150枚あって1枚だけ
今年は外れ年だ。

4等は下二桁が2枚。
100枚で2枚当たるのだから
確率的には
50枚に1枚当たることになる。
150枚だから
3枚は当たっても良かったのに
残念。

けいこさんは
50枚くらいで1枚当たった。
まあ、確率通りだ。

早速郵便局へ
切手シートを2枚
取り替えに行った。
わたしの前の人は
切手シートが4枚。
後の人は
3等を取り替えていた。

ここ数年
切手シート以外
当たったことがない。

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2011年1月24日 (月)

数独 その2

1月22日の朝日の数独問題は
★★★★★で
最難問だった。
22日は忙しくて手をつけられなかった。
23日夜、取り組む。
2枚コピーして
「ようーい、どん」で始める。

いつもは
どっちがどれだけ早くできたかを
競うのだが、
今回はとんでもなかった。

数字が3個入ったところで、
二人とも進まない。
顔を見合わせ
一緒にすることに・・・

今までは、
2マスに2つの同じ数字が入ることを
手がかりにすれば
どうにか解けた。

ところが、今回は
その手では解けない。
時間は経っても
数字が確定できない。
解くより、睡眠・・・

24日の朝
再挑戦。
二人で確認しながら
入る可能性のある数字を入れる。

1・4・6、4・6、4・6、となった場合
1・4・6は1で決定。
この法則を使ってこの問題のヤマが
乗り越えられた。

2人で2日がかりで
★5の数独を
やっと解くことができた。
(24日は1時間くらい使った)

1マスに3つの数字が入るところまで
広げないと解けなかった。

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2011年1月23日 (日)

タゲリのパフォーマンス

用事で朝倉町方面に行ったので
タゲリ田んぼを回ってみた。
田んぼにはいなかったが、
道路の近くの空き地(枯れ草地)に1羽が
食事中だった。
タゲリは車の中から観察するのが鉄則。

温かいためミミズが動くのか
突然、
地中に嘴を突き刺し、
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ゆっくりミミズを引っ張り出して
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あっという間に
飲み込んでしまった。
Dsc_0275_2   
30分は見ていたが、
10匹は食べた。
時々、例のネコみたいな
「ミュー」と声を出していた。
「ウマイ!」と
言ってるように聞こえた。

以前、麦畑で見た足を使っての
土叩き(田蹴り)は
見られなかった。
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その後、
上佐鳥の田んぼで1羽、
その上空で3羽、
この日、5羽のタゲリを見た。

タゲリの季節到来だ。
 

付記
嬉しくて
近くのイチゴ農家の出店で
「やよいひめ」を
買ってしまった。
それが
甘くて美味かった。
タゲリのお陰だ。

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2011年1月22日 (土)

「李政美(いぢょんみ)新春ライブ」で

忙しかった。
高校の同窓会を中座して
18:00から開演の
Oさんのお宅へ向かった。

会場となる
Oさんの物置兼研修所には
わたし達が
2番目だった。
全体を見渡せる
2階席に陣取った。

30人近い人たちが集まり
演奏会が始まった。
聴いたことのある曲が流れ、
うとうと・・・
時々、隣から
腕に刺激があり
目を開ける。

途中、
聴きに来ていたケイナ奏者の
「青木大輔」青年が
飛び入り演奏。

久しぶりの青木青年の
力強いケイナの音色で
目が覚めた。

後半の「いぢょんみ」の歌は
しっかり聴けた。

終了後が
凄かった。

関係者が作ってきた手料理が
それは沢山並べられた。
そして
日本酒が、ビールが、ワインが
テーブルに置かれ
乾杯。

飲めなくて
残念だったが
素晴らしい人との出会いが
あった。

1人目
音響の仕事をしていたのは
同年配。
どこかで見たことが
あるような気がしていた。
今日は、ウィーンのオペラハウスのような
音を仕組んでくれた。
道具を片付けている2階に
行って
彼に思い切って訊いた。
「どこかで会っているような
気がするんですが・・・
大学かな?」

「そうなんですよ。
わたしも見たような顔だと
思ってたんですが、
○○さんでしょう。
大学じゃぁないですよ。
M養護学校ですよ」
「お名前は?」
「Sです」

やっと思い出した。
一緒に仕事をしたことがあったSさんだった。
前橋でコンサートの
音響関係の仕事をしているとのこと。
30年ぶりの再会。
話をしてみると
2年前「近藤亨」さんの講演会に
同席していたことが分かった。
そして
その講演会を主催したYさんと
親しいと言う。
「今度Yさんと話がしたい」と
言ったら、
「今夜、焼き芋を持って
そのうち駆け付けますよ」
だって。
この夜、Yさんにも会うことができた。
 

2人目
わたしの隣に
若い可愛い女性が座っていた。
「Oさんとはどういう関係ですか?」
「夫がOさんのところで
毎週土曜日、研修に来ています」
聴くところによると
ご主人は
サラリーマンをしながら
農業のことを学び、
農業弱者のために
農産物の流通関係の仕事を
立ち上げようと
しているとのこと。

どこに住んでいるのかと聞いたら
隣町。
そしてご主人の実家は
同町。
「え!!!」
番地を聞いたら
千けたが同じ。
百けたが1違い。
わたし達が井野川へ散歩に行く時、
いつも通っている道に在るという。

帰り際、
「わたし達、井野川をよく散歩しているんですよ」
とご主人に言うと、
「僕は、毎朝走っているんですよ。
マスクをしているので
分からないと思いますが・・・
あれ、今朝
お会いしましたよ。
橋のところで。
川下から走って行きましたら
確かお二人だったですよ。
長いレンズのカメラを
持っていましたよね」

「あのマスクのランナーは
Sさんだったんですか」

Sさんとは今朝、
コハクチョウを探しに行った時
会っていたのだった。

この夜は、
30年ぶりの懐かしい再会と
10時間ぶりの奇妙な再会を
味わった日だった。

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ニアミス

1月22日の読売新聞の群馬版に
コハクチョウの飛来の記事が
写真入りで載った。
1羽のコハクチョウの幼鳥が
来た場所は
なんと!
いつも、わたし達が鳥見をしている
フィールドではないか。

早速、鳥見に行った。
1回目  8:40~ 9:20 右岸
2回目 13:30~15:00 左岸
2回ともいなかった。

1回目 
でも、カワセミが手前の木に
留まっているのを
けいこさんが見つけた。
背中側からであったが
輝いていた。

2回目
遠くに白鳥のようなシルエット、
ドキッ。
わたしは双眼鏡を持っている
けいこさんに叫んだ。
「あそこの白いの見て!」




「違うわ」














近づいて確認すると
それは白いビニールの固まりだった。
上の方が幼鳥の首のように
灰色に見えたのは
薄いビニールが
風に棚引いて
黒い背景が写っていた
ためだった。

いつも散歩している人が
通りかかって
「昨日(21日)の朝、そこで
初めて確認しましたが、
夕方来た時は
いませんでした」
と言う。
「わたし達は
20日に、
ここへ鳥見に来て歩いていますが
いませんでした」

新聞には
「1週間以内に飛来したと見られる」と
あったが
もしかしたら
21日、1日だけの
訪問だったのかもしれない。

それにしても
残念な
ニアミスだった。

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2011年1月21日 (金)

娘道成寺

先日、県民会館に
群馬交響楽団のチケットを
買いに行った時、
イベントのチラシ棚を見た。
その中に
「娘道成寺」というチラシの中に
織田修一さんの名前を見つけた。
1月21日19:00~
県民会館小ホール

織田さんの仕事に興味があったので
早速チケットを購入した。

21日と22日の公演の初日
客席は7割くらい入っていた。

歌物語「道成寺」
プロジェクト映のオリジナル作品。
ニューミュージックと
クラシックと
日本舞踊と
ストリートダンスとの
コラボだった。

織田さんは
ストーリーを語る僧の役を演じた。
声の通る素晴らしい歌声だった。

清姫は
花柳睦之輔、日本舞踊の師匠
小柄で粋な踊りを見せた。
名前と経歴から
わたしは年配の男性だと思って見ていた。

ところが、
終わって見送られる時
近くで見たら女性のように見える。
化粧しているので
これまた年齢が分からない。
会館の出口に舞踊が分かりそうな
ご婦人が数人いたので
訊いてみた。
「あの、日本舞踊を踊られた方は
女性だったんですか?」
怪訝そうな顔をして
「そうですが・・・」
と言った。
「男性とばかり思っていました。で、お幾つなんでしょうか?」
「○○歳ですよ」と
花柳さんのお友達という方が教えてくれた。
わたしは
「そんな年には見えませんでした。
30代に見えましたよ」と言った。

名前が睦之輔だったので
男だと思ってしまったのだ。

安珍
ストリートダンサーのKensukeが演じた。
若干22歳。
手と足と首を
別々に動かして踊っていた。
安珍の心情を
踊りで表現していた。
喜び、迷い、不安、絶望、等
全身で精一杯踊っていたが、
ちょっと若過ぎた。
人生経験を積むともっと良い
舞台になるだろう。

清姫の声は
映さん。
ピアノの弾き語りだ。
自分で作曲して
自分で歌う。
この歌物語の
ディレクターでもある。
堂々としていた。
女の情念を女性の立場で
表現したものだった。

あと注目したいのは
打楽器奏者の石坂亥士さん。
太鼓や銅鑼を効果的に
鳴らしていた。

それぞれのジャンルの
人たちがその味を見事に
発揮して
観客に分かる
歌物語を作っていた。




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2011年1月20日 (木)

今年、初めて井野川へ

鳥見に出かけた。
昨年の10月以来だから、
3ヶ月振りだ。

新潟に雪を置いてきた
空っ風が吹く日だった。

水鳥は
カルガモ、コガモ、マガモ、が沢山。
コガモの
お尻を上げての餌取り
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カワウ、ダイサギ、は1羽ずつ。
Dsc_0145

今日の井野川のプレゼントは
カワセミだ。
いつもは「キィーン」と
川面を飛んでいく姿しか見ないのに
今日は対岸の石垣で
日向ぼっこを同じ場所で
数分していた。
Dsc_0083
飛び去らないので
そのままにして
川下へ
すると別のカワセミが
ホバリングしては
ダイビング。
うまく魚を捕らえられなかったのか
数回繰り返してくれた。

慌ててシャッター
4回切ったうちの1枚だけ
ピントが合った。
Dsc_0137

それから
ヒバリのような鳥が
田んぼの土手に2羽、
Dsc_0186
土手から川岸へ飛んで行ったかと思ったら、
すぐ手前のニセアカシアの枝に来て
留まった。
様子から
ヒバリの若鳥に見えたが、
画像を良く見たけいこさんが
カシラダカと同定。
Dsc_0229

Dsc_0239
ホオジロも
川縁の枯れ枝に留まった。
Dsc_0176

鳥の種類は21種と
少なかったが
鳥たちのパフォーマンスの
素晴らしい日だった。

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2011年1月19日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第20回目

「今日は、20回目です。
しっかり立ち稽古をお願いします」
と言う演出の掛け声で始まった。

1場から5場まで通してやった。
休憩入れて6・7場をした。

衣装や小道具が
大分揃ってきた。
わたしはクリスマスツリーの骨組みを
セットしてみた。
ツリーに関しては
特に問題はなかった。

わたしの課題
2場で
相手のセリフが終わって
一呼吸入ってから言い出していた。
もっと、スムースにセリフを言い出すこと。

5場で
立ち位置が前回とずれてしまった。
動線が十分入っていない、
しっかりと動線に沿って動くこと。

7場で
3回のうちの1回目のセリフが出なかった。
覚えたつもりでも
セリフの入り方に
戸惑っていると
不安になり、
自分のセリフに自信がなくなる。
そしてセリフに力がなくなり、
プロンプターの世話になってしまった。

自分のセリフの前の部分の
セリフの流れを
自分のものにすることが
必要だ。


帰りに
「関口コオ美術館」に寄って
ポスターをお願いした。
ポスター貼りだけでなく
チケットを6枚も買っていただいた。


付記

練習が始まる前に
上毛新聞の西毛版「タカタイ」(週刊紙)の
女性記者の取材があった。
動機、劇に取り組んでみての感想等を
訊かれた。

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将に『ちいさな輝き』  その2

ところが、
今朝も昨日と同じように
パッションフルーツの葉先に
水滴が輝いている。
Dsc_0050

そこで、指で一番大きそうな水滴に
触れてみた。
水滴ではない。
粘り気があり、
ゲル状で指先に載った。
そこで舐めてみた。


ほんのり甘い。
蜜のようだ。


吸い上げた水分が
オーバーして
水滴になったものとばかり
考えていたが
そうではなかった。

この甘い透明な玉を
どうして作るのだろうか?

また、邪推してみる。
1 アリを呼ぶため?
2 羽虫を呼ぶため?

また、疑問が・・・
成分は果糖かな?

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2011年1月18日 (火)

将に「ちいさな輝き」

昨秋、大学時代の仲間で
茨城の旅に行った。

その旅の帰り際に
地元の君羅さんから
「パッションフルーツ」の可愛い
苗木をいただいた。

わが家のキッチンは
南側にあり、
南の窓辺に
その苗木が置いてある。

今朝、その葉の先端に
ちいさな水滴が朝日に
輝いていた。
「おお!綺麗だ」
と叫ぶと
妻が
「霧を吹いてできた水滴の
ように見えるけど、
霧を吹き付けていないのに
毎朝、露があるんで
不思議に思っていたのよ」と言う。

「多分、夜、水分を吸い上げ、
そのオーバー分を
葉裏から排出させ、
それが葉先に集まったんだろう」
と言った。

将に「ちいさな輝き」だ。

大きく育てて
君羅さんのお宅のように
パッションフルーツを
実らせたいものだ。

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高崎五万石騒動のブログについて

長い間休眠していましたが、
昨日
碓井さんという方から
初めてコメントが入りました。
そこで、
このブログを再開することにしました。

月1回、高崎城趾公民館で
行っている
高崎五万石騒動研究会の
活動内容を
報告していきたいと思います。

そちらもよろしくお願いします。
『高崎五万石騒動』のマイブログ
http://gomangoku.cocolog-nifty.com/blog/

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2011年1月17日 (月)

久しぶりの鳥見

赤城山の中腹
箕輪地区に行った。
Dsc_0027_2
狙いはレンジャク。
でもレンジャクは見られなかった。
Dsc_00671

でも、行く途中で
ミヤマホオジロが
雪道に出て餌を啄ばんでいた。

Dsc_00072

Dsc_0088

でも、車が通過したため
すぐに山の中に飛んで行ってしまった。

このほかに見た鳥
ホオジロ、クロジ♂♀、シジュウカラ、ヤマガラ
カヤクグリ、カケス、ツグミ、トビ、ノスリ
などであった。

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2011年1月16日 (日)

高崎市のホームページに登場

『空っ風の吹く前に』で検索すると
トップに高崎市のHPが出る。
暫く見ていなかったので
ちょっと覗いてみた。

以前のものが
更新されて、
詳しい情報が載っていた。

参加者のコメント
参加者の顔写真
練習風景
等々・・・
驚いた。

http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/bunka/event/kara.htm

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高崎市中央公民館

定期利用団体リーダー研修会に参加した。
公民館を利用している100近い
グループの代表者が集まった。

講師は佐藤進さんで
高崎経済大学で教えているが
この春、退職とのこと。
東京にお住まい。
演題は「公民館利用団体のグループ活動について」

法的根拠など含めて
公民館の在り方を述べた。

 高崎は公民館活動が充実している。
 だから、カルチャーセンターが少ない。

 公民館では
 尊重→交流→刺激→向上が
 螺旋状に繰り返される。

 ぬくい(温い)関係が良い。

 それぞれのグループが刺激しあって
 お互いが向上していく関係が
 生まれるのではないか。

わたしが今回
太極拳グループの会長に
お世話になれたのは、
この中央公民館定期利用団体の
本部役員をしていたお陰だ。
講師のこの言葉が
一番印象的だった。

参考
太極拳グループの会長は
定期利用団体の副会長
わたしは一役員

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2011年1月15日 (土)

今日は行事が目白押し

午前中は、
高崎五万石騒動研究会の1月例会
 カルタの販売について
 カルタ会の促進について

午後は、
群馬の森リニューアル・ワークショップ(第1回) 14:00~
 野鳥に住み良い環境という視点から参加

    第2回 2月11日 14:00~
    第3回 3月 5日 14:00~

夜は、
群馬交響楽団第469回定期演奏会

 ラヴェル/ スペイン狂詩曲
 サン=サーンス/ ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調 作品61
 フランク/ 交響曲 ニ短調

どんな1日になるかな。

9:40、城趾公民館へ行った。
誰もいない。
駐車場はポールが立って閉鎖。
そう言う時に携帯を家に
置いて来てしまう。
家に戻り、Oさんに電話した。
「来週ですよ」





午後、群馬の森へ
歴史博物館の一室
県の高崎土木事務所が主催
参加者は十数人だった。
3班に分かれて、
わたしは第2班だった。

挨拶
趣旨説明
ワークショップの進め方
群馬の森の概要
群馬の森の歴史的価値について
(教育委員会の担当)

協議に入る。
班毎に進めた。
第2班は4人が一般参加者で
後の4人が関係者だった。

自己紹介
現状の森を守りたいという意見の持ち主が
わたしを含めて3人いた。
こらからの在り方を
出し合ってカードに書き込んだ。

わたしは
1 野鳥が食べられる木を植える。
2 空中回廊を作って高いところから森を眺める。
3 芝生以外の草原を作る。
4 井野川の水を生かした親水公園を作る。
5 大木の管理をするスタッフを置く。
6 森の奧に、安全を確保するものを用意する。
  (ビデオ、電話等)
などの意見を出した。

全員から出たカードを貼り付けて整理し
5つの要望にまとめた。

わたしの班は
1 案内板やマップを作り、歴史や鳥や木の名前を知らせる。
2 空中回廊から森を鳥の目線で森を見られるようにする。
3 コンサートができるように施設スタッフを充実させる。
4 森の中に喫茶室や休憩室を設置する。
5 ボランティアの充実をはかる。

我が班の一番若い参加者が発表した。

他の班からも
いろいろな意見が出た。
それぞれの班から出た意見を
まとめて次回に
報告するとのこと。

終了は16:00の予定だったが
延びて16:30だった。




夜は
群馬交響楽団の演奏会。
目玉は
若干17歳のヴァイオリニスト
三浦文彰だった。
サン=サーンスの
ヴァイオリン協奏曲第3番を
演奏。
何度も拍手に応じて
楽屋から出てきた。
桐朋学園の高等部から
ウィーンの私立音楽大学へ行って
研鑽中とのこと。

こらから世界に
飛び出す逸材だ。

指揮の下野竜也は小柄だが
全身で棒を振っていた。
読売日本交響楽団の
正指揮者でこれから
活躍が期待されているとのこと。





帰りに
「俺のそば」に寄って
『空っ風の吹く前に』のポスターを
お願いしてきた。
マスターは店を閉じて
洗いものをしていたが 
快く受け取って
「今夜中に貼りますよ」と言う。
有り難い。



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バードハウス

観音山にバードハウスがある。
冬季は餌やりをしているから
沢山の野鳥が来る。
この冬はまだ、行ってない。

家の東には柿、サザンカ、サンショウ、サンシユ、ユズ。
南にはブナ、カリン、モチ、モッコク、キンモクセイ等々。

サザンカとブナとモチに
餌かごを吊して
熟れた柿とヒマワリの種を
入れておく。

最近、いろいろな野鳥が来ている。

メジロは番で来る。最近は数羽の集団で。
 サザンカの花の蜜を吸うこともある。

ジョウビタキはメス。
 見る機会は少ない。

ウグイスは1羽で来ることが多い。
 恥ずかしがり屋のくせに、今は堂々と姿を見せる。
 背に腹は代えられないということか。

シジュウカラは番のことが多い。
 ヒマワリを専門に食べる。
 1粒掴んで近くの木に移り、殻を破って食べる。
 巣箱の入口に一度留まったことがあったが
 その一回だけだった。

ヒヨドリは柿の実専門だ。

ツグミも柿が好きだ。
 今年は数が多い。良く来る。

ムクドリも柿の実を時々食べに来るが
 数はそれほどでもない。

オナガも来るが回数は少なく、
 わたしはまだ見ていないが、
 けいこさんが見ている。

大事な鳥を忘れていた。
スズメも良く来る。
 庭で餌を啄んでいることが多い。

東と南の障子を開けて昼食、
メジロやウグイスと一緒に
なることが多い。
わが家はバードハウス。

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2011年1月14日 (金)

太極拳体験記

演出から電話があった。
太極拳の無料体験があるようだから
やってみませんかという案内だった。
そこに電話したが
繋がらなかった。

太極拳については
20数年前、北京に行った時
多くの市民が
広場や歩道で
ゆっくり身体を動かして
いるのを見て
中国ではポピュラーな
運動なのだと感じたことを
思い出すくらいで
今まで関心を持ったことがなかった。

演技をするためにネットで
動画の太極拳を探し、
最初の方の動きを見て
練習をしたのであるが
表面的な動きしか
分からなかった。

そこで今夜、
太極拳を体験することに。
場所は中央公民館。
暮れに太極拳サークルの会長に見学したいと
お願いしていた。
今夜から
練習を始める人が
たまたま来ていたので一緒に
先生から基本を
丁寧に教わることができた。

太極拳は武術だった。
敵の攻撃を
想定しての動きであり、
どのように受け
どのように攻撃するか
という動きであった。

スローモーションの踊りのように
見ていたが
隙のない緊張感のある
動きだった。

手は頭に当てた時の
ような形で。
股関節の力を抜いて
自然に膝を曲げる。
重心は常に片方の足に置いておく。
(常に攻撃できる姿勢)
呼吸は
静かに動きに会わせて行う。
視線はいつも前方へ、
下を見てはいけない。

繰り返してやっていると
手の周りがほわぁっと
暖かくなってきた。
リラックスできると
血液の循環が良くなり
手足が暖かくなると言う。

手と足とを
バラバラに操り
しかもバランス良く
重心移動。
ぼやぁっとなどしていられない。
先生が言った。
「認知症の予防になるんです」
最近若い人が
習いに来るのが
増えているとのこと。

基本の動き4つの指導を
受けたが、
一回ではとても
身に付く太極拳では
なかった。

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2011年1月13日 (木)

新年会 その3

陶芸の会の新年会は
近くの宴会場で昼食会。

先生を含む男性陣5人はお酒、
女性陣6人はジュース。
わたしは男性だけれど
午後、車で出かけるので
あの、ノンアルコールビールにした。

男性陣から
そのビールは
美味くないとか
ビールじゃないとか
聞こえてきた。

実際、喉ごしはビールだが
少し甘ったるい味がした。
キレがないのだ。
でも、わたしには
ジュースより増しだった。

先生は大分お年を召している。
年齢の話になって
お幾つですかと尋ねると
「65歳」と冗談をおっしゃる。

でも、幾つか分からない。
大分お酒が回って
本当の年を言われた。
「寅年」と言うことは
義母と同じで
85歳だ。

とっても若く見える。
わたしは75歳位かと思っていた。

先生は
いろいろな趣味(写真、社交ダンス、釣り・・・)をしてきたが
最後に残ったのが
陶芸とのこと。

自分1人で取り組めるし
作品をプレゼントすれば
他人から喜ばれる。
こんな良い趣味はないと。

わたしは人に
差し上げる作品など
まだまだ先のことだ。
他人に差し上げたら
失礼になってしまう。

この日
暮に焼いた作品が
出来上がっていた。
パン皿。
以前作って使っている箸置きと
セットにしてみた。
Dsc_0111

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とびっきり素敵な話

1月9日、
今年、二十歳を迎えた教え子たちの
お祝いをする会に参加した。
数年見ないうちに
みんな成長して立派な大人になっていた。

そこに参加したSさんが言った。
「先生の作った『おなまえのうた』を
毎朝、子どもたちと一緒に
歌ってます」
嬉しかった。

その歌は
Sさんが現在勤務している養護学校に
わたしがいた時
作った歌なのだ。
20代後半だったから
もう30年も前のことだ。
その時、子どもたちのために
作った『おなまえのうた』が
今も歌われ続けている。
こんな嬉しいことはない。

わたしが職場から去った今でも
わたしの歌が
歌われているなんて
最高だ。

成人を祝う会で
Sさんから
とびっきり素敵な話を
聞いた。

紹介します。
『おなまえのうた』
http://homepage3.nifty.com/k2-kagayaki/uta.onamae.htm

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2011年1月12日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第19回目

今日は前回やり残した
6場と7場の読み合わせをした。
台本を見て
丁寧にセリフを言った。

その後、7場の立ち稽古に入った。

わたしは7場の途中から店に入る。
セリフは3回しかないのだが、
少ないだけ、入り方が難しい。

誰のどのセリフの後に
言うのかが
まだ十分入っていない。
しどろもどろになってしまった。

最後のセリフは
この劇のキーワードだ。
さりげなく
でも
含みを持たせて
言わなければならない。

エンディングは全員で歌うのだが、
その動き方の説明を
細かく受けた後、
やってみた。
2度目で動きが
どうにか理解できた。

最後にカーテンコールの
仕方を練習した。

演出の言葉(1)
 本番で出せる力は50パーセントです。
 後は、集中力と情熱です。

と言うことは200パーセントの
力を練習でつけて臨めと言うこと
でもある。
練習日はあと9回。
2月27日に向けて
練習に集中しよう。

演出の言葉(2)
 練習も本番の気持ちで
 臨んでください。

練習も本番だと思って
取り組むこと。
この取り組み方は
弓道に通じている。

その時の1矢は
たった1度の1矢である。
一刻、一刻が
一度限りであるということだ。






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「いっと6けん」を見た人

今年初めての劇の練習日(5日)に
Nさんが
「Tさんからの年賀状に
あなたのことが
書いてあったんですけど、
Tさんて、分かりますか?」
とおっしゃる。

Tさんと言われて、
二人のTさんが思い浮かんだ。
一人目のTさんは、大学時代、放送部で
アナウンスをしていたって言ってたけど・・・
違うだろうな。

二人目のTさんは、元気で明るい方だったが
一緒の職場だった時、あまり話をする機会が
なかったなぁ・・・

その二人が浮かんだのだが
どっちのTさんかなぁ。

1月9日(日)
「成人を祝う会」が以前の職場であり、
参加した。
そしたら、
そこで二人目のTさんに
会った。
早速その一件を話した。

すると
「NHKテレビの『いっと6けん』で
『空っ風の吹く前に』の練習の様子を
見ました。
Nさんの取材の場面で
ミュージカルの写真が
紹介されましたが
あの写真の中に、わたしもいたんです」
と言う。
以前、TさんはNさん達と一緒に
ミュージカルをしたのだそうだ。
だから、Nさんだけでなく
市民演劇に参加しているHさんもIさんも
ミュージカルで一緒だったので
よく知っているとのこと。

その番組の中で
演技をしているわたしをちょこっと見たので
Nさんへの年賀状に
わたしの名前を
書いたという訳だ。

それを聞いて
もやもやが
やっと晴れ、すっきり。

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2011年1月11日 (火)

裸足のピアニスト その2

世の中、広い
そして
狭い。

アリス=サラ・オットを
わたしは
「裸足のピアニスト」と名付けた。
そこで、ネットで
検索してみた。
すると既に
「裸足のピアニスト」と名乗る女性が
おいでだった。

わたしの「裸足のピアニスト」の記事は
yahooでは8番目だった。
1番目から6番目までは
元祖「裸足のピアニスト」の
下山静香さんだった。
少し落胆。

でも、せっかくだからそのブログを
覗いてみた。
すると
山下さんは
何と桐生出身のピアニストであった。
そして大学は桐朋学園。
そうなると
ブログに書き込まずには
いられない。

今回の「裸足のピアニスト」の一件を
コメントに書き記した。

果たして
山下さんから
応答があるだろうか?

付記
7番目は中国の情報。
事故で両手をなくし、
裸足でピアノを演奏する23才の青年だった。
ユーチューブで見られるとあったが
まだ、見ていない。

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2011年1月10日 (月)

裸足のピアニスト

昨年の夏
群馬交響楽団の演奏会で
グリーグのピアノ協奏曲を取り上げた。
その時のピアニストが
アリス・サラ・オットだった。

若くて美しくて
野性的で情熱的なピアニストだった。
今日、彼女のリサイタルが
高崎市文化会館であった。

夏の演奏会だったから
裸足で演奏したものと思っていた。
でも、裸足のピアニストは
初めてだったので
「裸足のピアニスト」とブログに書いた。
真冬の今日は
靴を履いて演奏すると思っていた。

ところが、
予想に反して
アリスは裸足で登場した。
そして
素足を床に叩きつけるような勢いで
演奏していた。
靴なら演奏を邪魔してしまう音が出てしまうが
裸足だと
柔らかい響きで
気にならない。

群響の演奏会でも
アンコールに応えていたが、
今夜も
アンコールで
ショパンのノクターン(遺作)
リストのラ・カンパネラ
ベートーベンのエリーゼのために
の3曲を演奏。

終演後
CDを買ってサインをしてもらうことにした。
200人は並んだ。
わたしは「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番」
けいこさんは「ショパンのワルツ集」を
買った。
スタッフが
「握手、写真はご遠慮ください」と
叫んでいた。
「では、質問は良いですか」と聞くと
「短ければ、良いですよ」
と言う。

アリスにCDを渡した時言った。
「いつも裸足で演奏するんですか」
「はい、いつも裸足です」
と応えたので、
「裸足のピアニストですね」と
確認すると
アリスは可愛いい笑顔になった。

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2011年1月 9日 (日)

黒い金平糖

1月6日 入院
1月7日 手術
1月9日 退院

手術室に入ったのは13:45頃
4階のICUに帰ってきたのは16:30頃
看護師に呼ばれて
ICUに行く。
けいこさんは青白い顔で
目がうつろ、
「寒い」と言う。
また、「お腹が痛い」とも。
痛み止めを入れてもらうことにした。

術後、3時間ICUで様子を見て
特に変わりがなければ
病室に戻りますから
それまでお待ちくださいと言われた。

外で待っていると
手術をした医師が来て
取り出した胆嚢と胆石を見せてくれた。
胆嚢は開いて針で止めてあった。
これから精検をするとのこと。
胆石はフィルムケースのような容器に
入っていた。
小さな黒い金平糖のようなものが1個だった。
このイガイガ金平糖が
禍をしていたのだ。
医師からそれを渡された。

これでもう、
夜中に腹痛で救急病院に
行くことはなくなるだろう。

20時近くになって車椅子で
病室に帰ってきた。
顔色も良くなり
すっきりした顔をしていた。
術後、ICUでわたしが声をかけたことは
まったく記憶にないと言う。
麻酔から覚めた直後で
朦朧としていたのであろう。 

「これが苦しめていた胆石だよ」
と渡した。
意識の戻ったけいこさんは
ケースに入った黒い金平糖を
しみじみ眺めていた。

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2011年1月 8日 (土)

竹下景子の話

NHKの前回の朝ドラで
水木しげるの母親を
演じていたが
年輩の役が見事だった。
美人女優から
性格俳優になったと思った。

今夜のインタビューで
その背景が話された。
母として、妻として、
そして女優として
生きてきた。
テレビ、映画、そして
演劇にと。

演劇の話で
同じことをしていても
毎日が新鮮だそうだ。

あと、NHKラジオの日曜名作座を
西田敏行と二人で
森繁と加藤の後を継いで
やっているとのこと。

今度聞いてみよう。
NHK第1放送 
日曜日の22:15~22:45だ。




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2011年1月 7日 (金)

松浦武四郎さんの仕事

今朝、NHKの「明日への言葉」は
松浦武四郎さんを
研究している方の話だった。

わたしはこの人物を知りませんでした。
何にでも直ぐに飛びつくわたしには
大変興味深い人物でした。

江戸末期から明治にかけて
日本中を歩いて
見聞したことを細かに
記録した方です。
三重県生まれです。

松浦武四郎で検索すると
沢山出てきますが、
エピソードを一つ。

何度も蝦夷地を調査して
アイヌの人々に共感した
武四郎は
「北海道」と命名するに当たっては
「蝦夷」を残したくて
「蝦夷」を音読みすれば「カイ」なので
「北カイ(蝦夷)道」としたそうです。

今朝、武四郎の話をした人の
講演会が1月18日にあると
アナウンスがあったので
ネットで調べたら、
受付は既に終了していました。

現在、
銀座のINAXのギャラリーで
展示会をしているとのこと。
行ってみたい。

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2011年1月 6日 (木)

タイトルが・・・

今までタイトルを
「空っ風が吹く前に」としていたが
ポスターが
出来上がってきたのを見たら
「空っ風の吹く前に」だった。
そこで
今までのタイトルを
修正した。
すると第2回までは
「空っ風の・・・」で正しかったが
それ以降、第18回まで
「空っ風が・・・」としていた。

どうして気付かなかったのだろう。
タイトルをずっとコピーして貼り付け、
数字だけを変えてきていたので
「空っ風が・・・」だと思い込んで
しまっていた。

第19回からは
「空っ風の吹く前に」で
記録していこう。

それにしても
タイトルを間違えていたなんて
お恥ずかしい。

yahooで
「空っ風の吹く前に」で
検索すると
「空っ風が吹く前に」が
出てくる。

今夜、修正したので
しばらくすれば
「空っ風が・・・」が
「空っ風の・・・」に
直るのだろうか?

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2011年1月 5日 (水)

「空っ風の吹く前に」の練習 第18回目

年が明けて第1回目の練習日。
今日は、基本に返り
台本の読み合わせをした。

毎回出されている通信の
2号から6号に書かれている
セリフに関する要点を
読み合わせた。

演出が一つ一つ
解説し、注意点を
アドバイスしてくれた。

その後、台本を
読み合わせた。
1場毎に指導が入った。

第2場のわたしへのアドバイス。
相手のセリフを聞いて
すぐに出られていません。
間を空けすぎないようにしてください。
セリフ19は声色(こわいろ)を出して言う
必要はありませんから
さりげなく言ってください。
セリフ31は語尾は消え入るように
してみてください。

声は良く通っているから
余計、言い方を気を付けないと
平板になってしまいます。

小休止の後、
小道具表を使って
各場で使う小物を
どのように調達するかを確認した。

わたしは自分で使うサッカーボールと
クリスマスツリーを受け持った。
サッカーボールは友人から
もう借りてある。
クリスマスツリーは
妹の職場の物を借りられることになっているが、
高さがどの位か
電球が点くのか
確認することになった。

帰りに事務所で
キャストの写真が入った新ポスターを
3枚もらい、
チケットを10枚買った。
さあ、誰に買ってもらおうかなと
思いながら
高崎の夜景に向かって
車を走らせた。

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2011年1月 4日 (火)

体重計測減量法

体重を落とすために
100グラム単位まで計れる体重計で
起床時と就寝時に計って
グラフに表せば
減量できるという方法を聞いて
もう1年以上これを続けている。

一時、減量に成功したが
これが直ぐに増えてしまうのだ。
グラフの上限を81キログラムに
していたのだが、
暮れになって
上限をしばしば超えてしまったので、
けいこさんが
1月のグラフの上限を
82キログラムに
してくれた。

今夜、体重計に乗ったら
82キログラムを越えていた。
またもやグラフの上限を超えてしまった。

越えた理由
年始回りで出されたものを
遠慮しないで飲食し過ぎたため。
訪問したのは3軒。

目標体重は78キログラム
トホホホホ・・・

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2011年1月 3日 (月)

初トレッキング

昨年、ネパールへトレッキングに行って
けいこさんが体調を崩して
山に行っていなかった。
漸く、体調が戻ってきたので
初トレッキングに行こうという
ことになった。
易しい山。
そこで桐生の吾妻山に行くことにした。

久しぶりの国道50号。
5年間通った国道。
朝は早くに家を出て、
夕方は眠いのを我慢して走ったものだ。
わたしには「酷道50号」だった。

でも、5年の間に
大渋滞した駒形交差点が広くなったり、
北関東高速道が一部使えるようになったりして
大分スムーズに通れるようにはなった。

そんなことを二人で
話ながら桐生に向かった。

出発はちょうど12時だった。
風もなく静かな日和だった。
2ヶ月ぶりの山行だったので
ゆっくり歩いた。
山頂までの距離は短いが
少し岩場があり、
石の階段のようなところもある。
ネパールの山道と
同じようなところもあり、
「ネパールの道と同じだね。
距離が短いだけだ」
と言うと
けいこさんも頷いていた。
頂上に着いたのは
13時30分だった。

知っている人には会わなかったが
前回登った時
頂上で山の話をした方が
偶然いた。

山情報を聞いているうちに
前回のことを思い出した。
同じ高崎人ということで
参考になる話を沢山聞くことができた。

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2011年1月 2日 (日)

新年会  その2

正月二日にするから二日会。
高校時代の仲間の集まり
昨年はネパールに行っていたので
お休みした。

十数人が集まった。
乾杯の後、
1人ずつ近況報告をした。
わたしは
・高崎五万石騒動の140周記念で
カルタを作ったこと。
・ネパールのアンナプルナ方面へ
トレッキングに行ったこと。
・「空っ風の吹く前に」の劇の練習に
取り組んでいること。
を話した。

小学校から高校まで一緒だった
H君がわたしの後の方で
次のような話をした。
「母から勧められて
五万石騒動の本を読んでいるが
その本を書いた人は
うちの先祖だと聞いているので・・・」
近況報告が終わってから
H君に
「わたしの髭は
五万石騒動の本を著した
細野格城の髭を真似て
伸ばしているんだよ。
細野格城と関係があったなんて
お母さんと話がしたいなぁ」
彼の事務所に
五万石騒動のカルタを
持って行く約束をした。

わたしが尊敬している
細野格城を
先祖に持っている方が
身近にいたことを知った
驚きと嬉しさで
お酒がいつもより美味しかった。

箕郷町の近くにいる
仲間から
どんな劇を練習しているのと言われたので
裏面に顔写真の載った
チラシを渡した。
もしかしたら
見に来てくれるかもしれない。

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2011年1月 1日 (土)

新年会  その1

元旦の夜
3人の息子が集まった。
次男に要望を聞いたら
カニと焼肉だった。
1年に一度のことだから
二人で奮発して準備した。

それとは知らない
長男と3男は、
前半のカニで
なかば満腹。
後半になって、次は焼肉だと言ったら
「え!早く言ってくれれば良いのに・・・」
と言っていたが
それでも食べていた。

正月の夜、
息子達は
3人でゲームをするのが慣わしになっている。
幾つになってもだ。
新しいゲームを買ってきて
朝方までやっていたようだ。

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実業団駅伝

元旦の朝は実業団駅伝。
第2区のコースが我家の近くを通っている。
歩いて5分なので、
今年は沿道に出て様子を見ることに。

2区はインターナショナル区間。
先頭から10人位、みんな外国の選手だった。
だから、その後に続いてきた選手に
「日本頑張れ!」と
声援を送った。


このマラソンをテレビで見ていた方いますか?
2区の直線コースで
「日本頑張れ!」と言っていた髭(ショートカット)は
わたしだったのですが
テレビに映っていたかどうかは
不明です。
その時間がコマーシャルだったら
映っていませんが
それも分かりません。

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