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2011年3月 9日 (水)

解散式

『空っ風の吹く前に』の公演が終えてから
10日経った今日、
箕郷文化会館で市民演劇の
解散式があった。

半年通った柏木沢線も
今日でお別れだ。
この道には
次のような想い出があった。

大学を卒業して
初めて務めた学校が
この箕郷文化会館より東に2キロくらいの所にあった。
1年目は自動車の免許がなかったので
この道をバスで通った。
2年目からは免許を取り、カローラで通った。
その道を今回の市民演劇に
参加することにより
三十数年振りに行き来することになった。
住宅も公共施設も大分増えたが、
町並みや榛名山の山容はそれほど変わらず
懐かしかった。

その学校で
わたしは3年目、
同僚の若い仲間に
「子どもたちに劇の指導をしているが
自分たちで劇をやって
子どもたちに見てもらうのは
どうだろうか」と
提案した。
子どもたちがセリフを覚える苦労や
動くことの大変さを
自分たちが劇を体験すれば
指導も、より良いものになるのではないかと
考えてのことだった。

10人近い仲間の賛同と
協力を得て若手教員の劇作りが始まった。
シナリオは小学校中学年用の作品から
わたしが井伏鱒二の『サンショウ魚』を選んだ。

配役が少ないこと。
サンショウ魚とカエルの対話がほとんどで
他のキャストは少し演じるだけで良かった。
テーマが
外界から閉ざされたサンショウ魚の苦悩だから、
身体の動きを制限された子どもたちのこころに
通じるものがあると思ったのだ。

夜遅くまで
練習して発表の日を迎えた。
予想以上に子どもたちから受けた。
その学校ではわたしが転出した後も
若手教員の劇が演じられ、
恒例となり
20年近くも続いたということだ。

そんな想い出の道だった。

解散式では
文化指導課長の話の後
公演のビデオを皆で見た。

観衆の様子が
演じていたときより
よく分かった。
わたし達が思っていなかったところで
拍手があったが、
それは知っている人が
登場だったり、
ちょっとした配役の視線の動きであったり、
だった。

2場で
わたしの登場
自分が演じているのに
他人が演じているように思えた。

ああすれば良かった。
こうした方が良かったと
思ってもどうにもならない画面だからだろう。

思っていたより
見られるものだった。
動作の緩慢さも
セリフの遅さも
わたしの素であったのだが
役柄が76歳の役だったから
演技のように見えたのだ。
やはり
相手役のIさんは76歳に
なりきっていた。
演技が突出している。
2場が終わって暗転したら
拍手が起きたが
それはIさんへのもので
あったのだ。

全員が熱演した。
セリフが飛んだり
真っ白になったりしなかったから
劇が途中で中断することがなかった。
最後のカーテンコールまでが
演技と練習した甲斐あって
プロの劇団に近いような
拍手の中で
幕が降りた。

演出のNさんから、
挨拶と報告があった。
観劇した方からの
感激したという感想。
指導をどこまで皆さんに要求したらよいか
前日まで悩んだこと。
カーテンコールの挨拶で
皆さんの拍手が役者の
卒業証書ですと思わず
出たこと。

脚本と演出したKさんから、
演劇が無事上演することができた
喜びと
演劇は誰でもできるというのが
信条と
いうことが語られた。
それが今回のことで
実感されたようであった。
Dsc_0226

この脚本、素晴らしいから
出版されたらどうですかと
いうと
飛んでもないと打ち消されてしまった。
世に問う作品だと思う。

沢山の写真が
記録のEさんから紹介され
それぞれが注文した。
最後にEさんから
花束をもらって和やかな笑顔のわたしの写真を
頂いた。
こんな顔
しばらく振りだ。

ひとつのことに
取り組んで
やり終えた時に生じる
最上の笑みだ。

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