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2011年8月31日 (水)

野菜の日

8月31日は
語呂合わせで
8ヤ・3サ・1イの日。

この日に
次男がうまれたので
知った。

だから
今日は
夏野菜を
沢山食べる日。

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網戸の張り替え

今日は
破損していた網戸の
張り替えをした。

網は
以前買ったものが
残っていたので
それを使った。

網を止めてあるゴムも
替えればいいのだが
ゴムは
今までのものを
そのまま使った。

以前
張り替えた時、
このゴムが
ちょうど良く
はめ込めなかった。
伸ばしてはめ込んだため
ゴムが
余ってしまった。

そこで
今回は
ゴムを外した時と
同じように
はめ込むように
工夫したので
前回のように
ゴムが余るようなことはなかった。

縁側  1枚(大)
和室  1枚(大)
キッチン1枚(中)
トイレ  1枚(小)

4枚張り替えた。

道具は
マイナスのドライバー
はさみ
カッター

我ながら
上手くいった。



追記(9月1日)

二階の部屋を
片づけていたら
母が俳句教室に
通っていた時の
原稿が2枚出てきた。

6句の中の1句に
「素人は 網戸の張り替え 労多し」
まだ、病気になる前の作品だ。
作句欄に
「破れた網戸を張り替えしている息子は
汗を流して頑張っていました」
とある。

わたしが
前回張り替えをしていたときに
こんな句を作っていたのだ。

母が生きていれば
「数やれば 網戸の張り替え 上手くなる」
とでも俳句にしてくれただろうか。

 

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2011年8月30日 (火)

桜散る散るもつもるも三春乃一座

高崎市文化会館で
18:45開演。

カーテンコールで
座長が
演劇好きが
数人で始めて
10年。
漸く全国各地で
上演できるようになりました。
また、
お目にかかれる日が
来ることを
願っています。

余り知られていない
劇団であったが
見応えのある
劇だった。

ストリーは
戦争中の横浜の劇団の
楽屋で
繰り広げられた。

特高警察が厳しく
取り締まる中
国定忠治を
新劇風に
演じようとして
役者が
苦悩する。

そんな時
空襲。
逃げまどう
様子が
一転
スローモーションで
演じられる。

横浜空襲後
再び
三春座に集まり
特高をも
含めた
役者たちが
理想の演劇を
目指す・・・

赤城の山が
いつの間にか
横浜となり
忠治を演じる座長が
座長に。
子分を演じる
団員が
それぞれ個人に
入れ替わって
しまう。

セリフに中に
「演劇とは・・・」
ということが
沢山出て来た
お芝居だった。

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2011年8月29日 (月)

義援金の追加

8月29日の午後
日本赤十字社群馬支部へ
ガーベラコンサートの
義援金の追加分を
お願いしてきた。

金額は34,500円。

7月8日の  676,152円と
今日の     34,500円を

合わせると  710,652円となる。

約71万円の義援金になった。

ガーベラコンサートに
関係された皆さんに
報告するとともに
感謝申し上げます。

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石原和三郎展

現在、
土屋文明記念館で
石原和三郎展を開催している。

以前
従兄弟の日本画家のMが
和三郎の肖像画を描いた。

今回
その作品も展示されることになった。

その従兄弟から
佐野小学校の校歌を
9月4日に
文明記念館で
一緒に歌って欲しいという
電話が来た。

話によると
石原和三郎は
群馬県内の3つの学校の校歌を
作詞していて
その3つの校歌を
その日に披露することになったので
協力してもらいたいとのこと。

従兄弟のMもわたしも
佐野小学校の
卒業生。
断る訳にはいかない。

歌ってくれる人を
もっと探して欲しいとも
付け加えた。

以前
迷道院高崎さんのブログに
「石原和三郎」が
佐野小の校歌を作詞した話題を
書き込んだことを
思い出した。
なかなか
見つからなかったが
1月2日の記事の
コメントに書いていた。

そこに
今回の校歌の件を
書き込んだ。

一緒に歌ってくれる人が
いるといいのだが・・・

Mによると
8月28日現在
十数人になったとのこと。

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近藤享さんがテレビに

今夜出ると
昼頃
義兄の7回忌の
会食の席で
姪のKさんが教えてくれた。

新聞のテレビ欄で
確認すると

8月28日(日) 19:54~
テレビ東京
日曜ビッグ
「世界の秘境・辺境に生きる!!
”がんばる日本人”」
地球の裏で見た大和魂
①2700Mヒマラヤ山奥農園と
 学校作る熱血漢

とあった。

2年前、ネパールのジョムソンに行った時
偶然お会いした近藤享さんだ。
Dsc_94801

Dsc_9524
2009.12  ネパール ジョムソン

この番組を見た。
①とあったから4人の内
最初に紹介されるかと思っていたら
3人目だった。

90歳とあった。
私が会った時より
動くのが大変になっていた。

でも、近藤さんの仕事を
引き継ごうとする若者が
報告や会計
農作業等のサポートをしていた。

とっくに引退して
隠居する年齢にもかかわらず
近藤さんは
生涯現役として
ネパールの高地で
桃源郷作りに
励んでいる。

夢を追い続ける
近藤さんに
敬服。

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2011年8月28日 (日)

空海と密教美術展を

8月26日(金)13:00~16:00
上野の東京国立博物館
平成館へ
見に行った。

今から1200年前の
空海さんの世界に
少し
触れることができた。

三筆の一人
空海さんの
書は
瑞々しかった。

書の内容が
分かってこそだが
漢字だけの文章で
読み解くことは
できない。

ひらがなは
空海さんが
作ったといわれているが
今回の展示物には
それに関するものは
無かった。

中国から
持ち帰った曼荼羅。
中央には
大日如来。

その姿を見て、
昨年
ネパールのカトマンズの
スワヤンブナートで見た
巨大な大日如来像の
優しい微笑を
思い出した。
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Dsc_0224

Dsc_0226

Dsc_0228
2010.10  ネパール カトマンズ スワヤンブナート  

そこには
巨大な
金剛杵(こんごうしょ)も
あったが
空海さんも
この仏教修行に使う
法具(金剛杵)を
中国から持ち帰り
大切にしていたのだ。

これらは
国宝になっている。

全国に
空海さんの偉業が
言い伝えられているが
この展示会の
年譜を見る限り
そのような
全国行脚をした記述は
無かった。

空海さん
61歳で
入定。

わたしは
その年を
疾(と)うに越してしまった。

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2011年8月27日 (土)

なつまつり

今夕、
孫の保育園の
『なつまつり』に行った。

心配された雨も
降らず
子どもたちの元気な
様子が見られた。
Dsc_0027

園庭の中央に
立てた櫓の
回りを
音楽に合わせて
子どもたちが踊る。

一緒に踊る
若い先生たちが
力一杯踊る。

先生たちが
全力で踊る。

子どもたちも
真似て
精一杯踊る。

子どもたちの作った
提灯が
櫓から四方に張られた縄に
吊してある。

今年も
孫の提灯を探した。

表現が
1年前の作品より
細かい。
Dsc_0078

この年の1年の成長は
目覚ましい。

カレー、
焼き饅頭、
焼きそば、
生ビール、
枝豆、

子どもも
大人も
一緒になって
過ぎゆく夏を
惜しんだ。

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2011年8月26日 (金)

残念会

朝日洋上大学同窓会の
鳥海山旅行が
大雨のため中止になってしまったので
その残念会を
渋谷の『花菱』で
18:00から
開催した。

Nさんの行きつけの店なので
持込可。
Nさんは
旨い酒田の酒が
飲めるというので
試飲用お猪口を
買って来ていた。

Aさんは酒田から取り寄せた
お酒と『駄々ちゃ豆』。

Dsc_0053

Kさんは
酒田の知人から
送ってもらったお酒2本。
Dsc_0044

Dsc_0051

旅行に行くメンバーは17人だったが
残念会に集まったのは
7人だった。
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美味しいお酒と
美味しい料理の
残念会だった。

高崎に着いたときは
24時を過ぎていた。

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2011年8月25日 (木)

「革命をプロデュースした日本人」の

著者
小坂文乃さんが
日本ペンクラブで講演した
http://blogs.yahoo.co.jp/junpaikai2001/53323492.html

1時間22分の講演で
長かったが
最後まで見た。

中国の辛亥革命の
中心人物である
孫文を支援した
梅屋庄吉の生涯を
今に蘇らせるとともに
この仕事を通して
これからの日中関係を
更に
良くしようとしていることが
分かった。

梅屋庄吉が
アジアのために
孫文に尽くしたように
曾孫の文乃さんも
危うい日中関係を
改善しようと
活動している。

明日は
東京国立博物館本館で
開催されている
「孫文と梅屋庄吉
   100年前の中国と日本」を
見よう。

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広瀬隆講演会が

8月21日(日)13:00~16:00
玉村町文化ホールで
開催された。
テーマは
「原発を考える」

『電気より生命が大事』だから

今ある54基の原発を
全部廃止しなければ
ならない。

感情論ではなく
地震学に
基づいて
日本列島の危うさを
論じていた。

オーバーな言い方の
傾向はあるが
耳を傾けるに値する
考えだ。

これから社会を創っていく
子どもたちに
これから生まれてくる
子どもたちに
これ以上
災いのある環境に
してはならない。

こんな社会にしたのは
他でもない
危うい原発を
無自覚に容認してきた
わたしなのだから。

8月25日(木)
上毛新聞は
「ひと人こえ」という18ページに
広瀬さんの講演の要約を
掲載した。
十分ではないが
講演内容を伝えた上毛新聞に
敬意を表す。

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2011年8月24日 (水)

お別れの会

A君 さようなら。

A君は

幼少の頃から

重い病気を背負った。

その病気と

戦い

そして

ともに生きたと

父は語った。

17年間の思い出の写真の数々。

2年前の文化祭のDVD。

友人の弔辞。

A君はリコーダーが

好きだった。

みるみる上達した。

A君が演奏したリコーダーの

CDの音に包まれて

参会者が献花。

わたしは

赤いカーネーションを

A君の胸の上に置いた。

17歳のA君

さようなら。

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2011年8月23日 (火)

孫文と梅屋庄吉

8月26日に
渋谷で鳥海山登山中止の
残念会に行くことにした。

せっかく上京するので
東京国立博物館平成館の
「空海と密教美術」展に
行くことにした。

他にイベントはないかと
ネット仲間に
尋ねたところ。

shipさんが
この
「孫文と梅屋庄吉
100年前の中国と日本」を
教えてくれた。
会場は東京国立博物館
本館。

梅屋庄吉という名前は
初めてで
よく分からない。
shipさんによると
その曾孫(小坂文乃さん)が
「革命をプロデュースした
日本人」という本を
出しているとのこと。

そこで
ネットで探すと
作者の記者会見があった。

http://blogs.yahoo.co.jp/junpaikai2001/53323492.html



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2011年8月22日 (月)

CPK

血液検査で
この値が標準より高い。

CPKとは
骨格筋に含まれる酵素で
心筋梗塞や
筋ジストロフィーになると
多くなるとのこと。

激しい運動をした後も
この値は
高くなる。

主治医は
「今度は
どこの山に行きました?」
と訊いた。
「一泊で八ヶ岳の硫黄岳に
行ってきました」
と答えた。
「それでCPKが
高いのでしょうね」と
言って先月と同じ薬を
出した。

次回の通院日を
決めて
診察室を出た。

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訃報

訃報は突然だった。

現役時代に
5年間も一緒だった生徒の
A君が亡くなった。
まだ17歳だ。

24日の13:00から
お別れの会が
催されるとのこと。

アルバムを出して
わたしが撮した
A君の元気な姿を
見た。

A君と過ごした
1日1日を
わたしは
自分の力を
出し尽くしていただろうか・・・

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オカリナの先生

日曜日にリンクに行くと
喫茶店主のTさんから
先日、リンクで
オカリナの演奏会をした
Oさんと
その先生のSさんを
紹介された。

Sさんは
オカリナの演奏だけでなく
作り方を
多くの公民館で
指導されているとのこと。

けいこさんは
オカリナに関心があったので
話が弾み
Sさん宅に
今日、伺うことになった。

Sさん宅は
隣町だったので
自転車で
5分もかからなかった。

オカリナの奏者
宗次郎の師は火山久氏だそうだが、
Sさんもその火山久先生に
オカリナの作り方と
演奏法を教わったとのこと。

大きさの異なる
幾つものオカリナの
音を聴かせてくれた。
その後
オカリナの作り方の
話を伺った。

明日がSさん宅の
オカリナの練習日なので
練習を見学させてもらうことに
なった。

オカリナ作りは
その後
考えようと言うことに
なった。
それで
Sさんの作ったオカリナを
借りることになった。

オカリナは
日本にはイタリアから
入ってきた。
ガチョウの形をしている土笛で
オカ  =  鵞鳥
リーナ =   可愛い
とのこと。

けいこさんは
帰ってきて
吹いていたが
音を出すのに
苦労していた。

わたしは
10年以上前に
Yさんからいただいて
そのままになっていたオカリナを
出してきて吹いてみた。
音は出るけれど
指が音符通りに
動かなかった。

明日は
どうしようかな・・・ 

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2011年8月21日 (日)

高崎五万石騒動研究会 8月例会

6月と7月の例会を
欠席したので久しぶりの
参加だった。

1 「かるた」と「ものがたり」の推薦文のチラシについて
  チラシに制作年月日を入れるか入れないかで
  意見交換

2 文化祭に行う内容について
  ・「かるたゲーム」の運営
   土曜午後、日曜午前にかるた会を設定する。
   文化祭参加者に随時かるたゲームに誘う。
  ・「紙芝居」の実施
   担当 いちじん
   実施時間 土曜午前 日曜午後

3 青木村の研修旅行(10月15日16日)について
  参加予定者 確定6人
                    未定5人

4 脚本「彩られた稜線と稲穂」4訂版の読み合わせ
  朗読 いちじん(第3幕まで)

13:00から始まる講演会に
参加するため
11:30に中座した。

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2011年8月20日 (土)

三婆(さんばば)

劇団ろしなんて
創立40周年記念公演
三婆
3幕10場
原作 有吉佐和子
脚本 小幡欣治
演出 森泉英司

会場 高崎市民文化会館
開演 16:00

居間の照明の
付け替えが
手間取り
開演に遅れてしまった。

すでに始まっていた。
会場に後ろから入ると
満員で
立ち見の人がずらり。

立って見ることにした。

脚本が練れていること。
3人の婆さん役が
熱心に取り組んできたこと。
大道具が良くできていたこと。
演出が頑張ったこと。

ストーリーが分かり易く
すぐ劇の中に
入って行けた。

本妻 ちょっと澄ましてお高く留まった性格
実妹 独身を通した真面目な性格
妾   自由に気ままな性格

この3人が
主人を亡くした後
繰り広げる
老後の生活。

時代は
東京オリンピックの年だから
昭和39年。
今から40年以上前の
老人問題を
有吉が書いたもの。

今は
その当時より
平均寿命が大分延びたので
年齢が合わなくなっていた。
10歳位プラスすれば
現状にマッチするだろうか。

3人が
喧嘩しながらも
一緒に暮らすことの
大切さを
訴えたものだ。

老人の一人暮らしが
問題になっている現在への
提言でもある。

マンションより
老人ホームより
家庭が生活の場だと言っている。

グループホームという発想が無かった時代の
グループホームのようだ。

舞台の中のことでなく
自分の問題として
見ていた人が
多かったように思われた。

熱演に
拍手。


第3回目の公演
8月27日(土) 18:00~
安中市文化センター

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硫黄岳で出会った人

硫黄岳の2日目、
頂上から降りてきて
夏沢峠の休憩所で
荷物整理をした。

隣に一人で休んでいた人がいた。
けいこさんが
「ヘルメットをお持ちですが
岩登りをされるんですか?」
「単独で岩登りを
しています」
驚いたわたし
「どのように
するのですか?」
「上で固定したら
降りてきて下のザイルを
外してもう一度登ります」
「そうすると
二人で登る時の2倍はかかりますね」

この人
温泉と岩登りを
組みあわせて
日程を組んでいるそうだ。
明日から天気が崩れるので
予定を変更して
下山という。

わたし達が
下山していると
彼は身軽に追い越して行った。

本沢温泉には
露天風呂がある。
「山彦荘」で入浴券をもらったので
入っていこうと
相談しながら降りていった。

河原にある露天風呂が
見えた。
登山道から丸見えだ。
浴槽を見ると
男性が一人入っている。
その横で母と娘が足湯をしていた。
この3人は家族のようだ。

そして
浴槽から数メートル上流に
岩登りの彼が上流の方を向いて
いた。

わたし達が
露天風呂に行くと
妻と娘は足湯を終えて帰って行った。
彼は女性がいたので
出るのを待っていたのだ。
そこで
彼とわたしが入った。

間もなく
先に入っていた男性が出たので
けいこさんが
入ることになった。

岩登りさんがいるので
ポンチョを
湯船に入るまで
使った。

白濁した湯だが
ちょうど良い湯加減だった。

岩登りさんから
音楽関係の仕事をしていると
聞いて
岩登りと音楽との
組み合わせに驚いた。
更に指揮者だというので
またまた驚いた。

「音楽は自然そのものですよ」
岩登りさんが
渓谷と山々を指して言った。
Dsc_0579
岩登・指揮さん(手前)とわたし(赤)のリュック



指揮法
ウィーンとオペラ
マーラー
群響
山田一男
小澤征爾
下野○○
・・・

乏しい音楽知識を
フルに使って
音楽談義。

露天風呂を
出てから
岩登さんに名前を聞くと
名詞を手渡された。

群馬では
太田で毎夏、指揮棒を振っているとのことだった。

露天風呂から出て
岩登・指揮さんは
先に行った。
稲子温泉から東京に
帰るとのこと。

わたし達は
車を天狗展望台に置いてきたので
みどり池の方(稲子温泉)に行かないで
真っ直ぐ降りた。

露天風呂は
硫黄の臭いが強く
ゆっくり入っていられなかった。
けいこさんは
途中の
稲子温泉に入っていきたいという。

そこで
急遽、稲子温泉に回って行くことにした。
宿は一軒しかなかった。
けいこさんが
日帰り入浴ができるか
聞きに行った。
わたしは駐車場で
待っていた。

しばらくして
けいこさんが帰ってきた。
「知っている人が
いたわよ!」
「そんなこと無いだろう・・・」

そう、
岩登・指揮さんだった。
わたしは
彼と2度一緒に
風呂に入ってしまった。
ぬるかったので
ゆっくり入った。

露天風呂で
思い出せなかった
指揮者の名前を
やっと思い出した。
「ウィーンで聞いた
指揮者ですが、
ピアノを弾きながら
指揮をしていたのは
バレンボイムでした」
と言った。

小海駅から
東京に帰るという。
小海駅の近くを通るので
車で送った。



おおた芸術学校
http://www.oaas.jp/news/sf2011.htm

バレンボイム
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C0%A5%CB%A5%A8%A5%EB%A1%A6%A5%D0%A5%EC%A5%F3%A5%DC%A5%A4%A5%E0

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2011年8月19日 (金)

温暖化でもここまで

庭に鬱蒼と伸びた
数本のバショウ。

この度
見通しが良くなるように
ばっさり
カット。

一本のバショウに
実が生っていた。

形はバナナ。
でも、小さい。

温暖化で暑くなったとはいえ、
ここまでだ。

食べられるまで
大きくなったら
ここは
温帯ではなく
亜熱帯だ。

Dsc_0008
バナナの形にはなっている。

Dsc_0002
生長もここまで。

Dsc_0012
花の部分。

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2011年8月18日 (木)

真緋の会 8月

今夜は
久しぶりにNoさんが見えた。

テーマは「ペット」

Kさん「ナナコ」
 この夏、20年付き合ったネコのナナコが
 死んだ。
 ナナコの初産の様子と家族との別れ。

Naさん「隣の家の犬」
 自分の方が飼い主より懐いた隣の犬との関わりと分かれ、
 飼い主の夫人とその義理の姉との人間関係

わたし「ヤマネとモモンガ」
 天然記念物をペットにしている話

Oさん「家族」
 2匹の対照的な性格のネコとの長い付き合い。
 音嫌いで人を避けるメイクイーン。
 音に無頓着で人間好きの赤ネコ。
 最後に犬も飼いたかった話でまとめた
 原稿用紙5枚の力作だった。 

Mさん「飼主さん御免なさい」
 2軒の親戚の犬に噛まれてから
 犬恐怖症になって犬に近づけなくなって
 しまった話。

NoさんとMさんとIさんの3人は
作品はなかった。

Yさんは、今夜もお休みだった。

次回のテーマは
「花火」



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too hot

暑い日だった。
ニール先生と交わした内容。

岡山の桃について
 
果物の熟くし方について
  ripe      熟した
  under ripe  未熟
  over ripe    出来過ぎ
  rotten
  spoild         腐る

家庭菜園について
 I am growing _______ in my garden.
  taro 里芋
 ズッキーニ
 パンプキン
 スイカ
 ナス・・・

スイカのストライプについて
  strip
  striped         
  get dressed
  put on clothes 

バナナの花と実について

硫黄岳登山について

山小屋について
  hut   
  cabin
 
ヤマネとモモンガについて
  fling squirrel ムササビ
  squirrel リス 発音が難しい 
 squall(通り雨)と比較して発音練習

鳥海山登山の中止について
 この時、二人は何か話を交わして
 笑っていたが、
 何で笑っていたか分からなかった。
 多分、わたしが旅行に行っていれば
 勝手なことができたのに中止になって
 残念だとでも言っていたのか・・・

たどたどしい英語で
近況を伝えた。

テキスト
The city and the country

大都市と田舎を比較した
易しい対話文  dialogue
                     dialog  米語

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運休

今夜
高崎発の寝台夜行列車
「あけぼの」で
酒田へ行く予定だった。

ところが
新潟・山形地方の大雨で
この列車が
運休。

朝日洋上大学の
17人の仲間で計画していた
鳥海山登山は
中止となった。

予定なら
19日 鳥海山登山(御浜小屋) 牛渡川 磯釜
20日 一の滝~二の滝の散策 土門拳美術館 本間美術館 
21日 酒田見学
だった。

詳細(shipさんの計画)
19日の行程
酒田駅5:04着~レンタカーで出発~遊佐町の「遊楽里」で荷物預け~
鳥海山大物忌神社吹浦口ノ宮で登山報告と安全祈願~大平山荘で朝食
トイレ休憩~鉾立に移動し登山開始~御浜小屋(鳥海湖)14:00~
下山して日本海の海を磯釜で体験(鳥海山の涌水がみどころ)~「遊楽里」
到着16:00頃 斎藤さんのガイド終了。
朝食と昼食は酒田のコンビニでおにぎりを斎藤さんが前もって予約します。
夏なので、安全面から24時間対応のコンビニにしました。各500円以内。

20日の行程
「遊楽里」~一の滝駐車場(トイレ有り)~ニの滝へ(遊歩道で片道30分)周辺
散策~一の滝駐車場~庄内平野の山麓を走り酒田市生石の蕎麦屋「大松や」
で昼食12:30頃から(斎藤さんお勧めの山の蕎麦屋です)~酒田市内で
土門拳美術館、本間美術館見学~「遊楽里」

21日の行程
仲間で相談して決める。






そのため
20日(土) 劇団ろしなんての「さんばば」
21日(日) 高崎五万石騒動研究会定例会  
に予定を変更した。

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2011年8月17日 (水)

硫黄岳 2日目

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2011年8月16日 (火)

硫黄岳 1日目

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2011年8月15日 (月)

送り盆

父が健在の頃は
送り盆の馬は
父が作っていた。

その父に代わって
わたしが作る。

ナスに
割り箸を4本刺して
足を
そして
トウモロコシの毛を
尻に着けて出来上がり。
2頭作った。

父の頃は
里芋を作っていたから
里芋の葉の上に
2頭と餌を載せたが
里芋の葉っぱは省略。
ナスを刻んで作った餌は
アルミホイルに載せた。

早い夕食後、
提灯を灯し
家族で寺の墓まで出かけた。
わたしは
下駄を履いて行った。
カラコロ
 カラコロ
  カラコロ・・・

二泊三日の
亡き人たちの滞在は
短い。

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2011年8月14日 (日)

再再会

NPO法人Ballt Noar(バレエスタヂオ)
演 目 白鳥の湖より 第2幕 ほか
会 場 北軽井沢ミュージックホール
期 日 8月16日
前売り 1300円

HPをご覧下さい。
http://www.ballet-noah.com/index.htm

このバレエの最終練習を
見に行くことになっていたが
お盆の挨拶回りをしてから
行ったら
既に
終わっていた。

30人近い
ダンサーが
一人一人
今日のリハーサルの感想と
明後日の決意を
発表しているところだった。

みんな白鳥の
衣装だ。
まるで
「ドガ」の絵の中に
居るような気がした。

それが終わると
見ていた人たちが
わたし達の居る玄関に
出て来た。
ほとんどが
関係者だ。
その中に
昨日の「高井高」さんがいた。
再再会だ。

今日は
「昨日、小沢昭一さんが
『高井さんはわたしの先輩だ』と
言っていましたが
お幾つになられるのですか?」
と訊いてみた。
「大正12年、89歳」と答えられた。
お元気で
何よりだ。

母も大正12年生まれだった。
生きていれば89歳なのだ。

一昨日
けいこさんのお母さんが言っていた。
「小沢昭一は
昭和元年生まれで
昭一と付けたらしいよ。
わたしも昭和元年だから
同じ歳なのよ」

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2011年8月13日 (土)

明日のこころ

開塾15周年記念
今生塾運営基金のための
小沢昭一チャリティ公演
「明日のこころ」

会場は前橋市民文化会館
チケットには
大ホールとあったが
小ホールに変更となっていた。
開演は14:00
入場料は3000円

一昨日
突然
妹の義姉から
電話で紹介があり
行くことになった。

昨日
グリーンコンサートに
遅れたので
今日は少し早めに
出かけた。

すると
時間調整のための
バンドの演奏を
聴いて下さいと
公演開始20分前に
バンドの演奏が始まった。

元気の良い
若者のバンドだった。
「タケオ・リアル&タカサキシティバンド」
初めて
聞く名前だった。
高崎を真の音楽の町に
したいと
歌っていた。

HP http://real-up.com/

街角ライブも
しているとのこと。
機会があったら
聴きに行ってみよう。

さて、
小沢昭一さんの話。
80+α歳
ゆっくり噛みしめるように
語った。

この今生塾と
小沢昭一さんを結びつけた人が
「高井高」さん。
昭一さんは
この高井さんのことを
繰り返し紹介した。

この高井さんは
わたしが
この春参加した
高崎市民演劇の
アドバイザーだった。

演劇論を
語ってくれた
その人だった。
今生塾の顧問として
長年関わってきたとのこと。
思いがけないところで
再会できた。

さて
昭一さんの話は
のんびりと
とりとめもない
内容だった。
「登校拒否児も社会的弱者
新劇も社会的弱者」という
言葉が耳に残った。

ハーモニカで
懐かしい曲を
演奏した。
「東京音頭」「旅の夜風」等
後ろから
「花も嵐も・・・」と
口ずさむ声が
聞こえてきた。
けいこさんは
うとうとと気持ち良さそうだった。

とても80+αには
見えない
演奏(肺活量)だった。

最後にもらった
お礼の花束から
花を1本ずつ引き抜いて
客席に投げるという
パフォーマンスを
見せてくれた。

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2011年8月12日 (金)

グリーンコンサート

第35回県民芸術祭参加
グリーンコンサート2011

会場は群馬県生涯学習センター
開演は18:00だった。
入場料は無料。
但し申込が必要だった。

出演するSさんに
花束をと
花屋に行ったら
お盆前日で
大混雑。
1年で一番急がしい日だった。

そんなお陰で
会場に着いたら
もう始まっていた。

バリトンのSさん
ソプラノのSさん
ピアノのTさん
3人の新人による
演奏会。

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日本の歌が
多くて
聴きやすかった。
ピアノの
モーツアルトの演奏も
二人の歌の伴奏も
良かった。

3人の
これからの
活躍を
期待したい。

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2011年8月11日 (木)

引っ越し屋さん

茨城県南部に居た
長男の家族が
今回の原発事故の
放射能災害からの
緊急避難で
しばらく家に入ることになった。

今日は
その引っ越し日。

業者は
その業界大手のA。
到着30分前に
連絡が入った。

柱や床を
痛めないように
カバーを付けたり
敷いたりした。

3人の若者が
キビキビと
走り回り
たちまちにして
たくさんの荷物を
運び入れた。

冷蔵庫
洗濯機
電子レンジ
テレビ
照明は
セットしてくれた。

洋服は
ハンガーに掛けたまま
そっくり移動できる
箱に入っていた。

昨日やっと
空にして
清々した部屋が
荷物で
また
一杯になってしまった。

明日から
段ボール箱に
入っているものを
それぞれの場所に
納める作業だ。

入りきると良いのだが
ちょっと
無理なような気がする。

原発事故は
他人事では
ない。

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2011年8月10日 (水)

襖の調整

20年も経つと
家もガタが来る。

奧の二部屋のしきりの
襖が渋い。

渋いというより
一度閉めると
動かなくなる。

原因は
真上のわたしの部屋の
書籍の重量だ。

本を移動すれば
良いのだが
それも
大変なこと。

そこで
居間の襖の
張り替えを頼んだ
表具屋さんに
相談したら
調整できるとのこと。

ジャッキで
少し持ち上げ襖を外し
上部を削る。
幾つものかんなを
駆使して
忽ち滑る襖に
してくれた。

それにしても
鉋(カンナ)さばきは
見事だった。

2階の本箱を
移動は
これからだが
本箱の行き先が
まだ
見つからない。

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2011年8月 9日 (火)

畳表

畳表を新しいものにした。

畳屋さんの
話によると
畳表は
10年に1度の割合で
取り替えるのが
良いそうだ。

新しくして
5年経ったら
裏返しにして
それから5年で
10年ということだ。

奧の二部屋は
使う頻度が少なかったので
20年目で
取り替えることになった。

標準の
2倍も長い時間
使っていたことになる。

次回の裏返しは
平成28年だ。
忘れないようにしよう。

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2011年8月 8日 (月)

ペーパーホルダーが左側にある訳

手洗いの配水管の
取替えの後
ペーパーホルダーを
付けてもらった。

座って
左側にあったので
「右利きだから
右側に付けた方が
良いと思うんだけど・・・」
と言うと
「左手で押さえて
右手で引き出してカットする場合
左側にあった方が自然です」
と答えが返ってきた。

そうだったのか
無意識に
ペーパーを引き出していたが
左側に
ペーパーホルダーが
あるには
それなりの理由があったのだ。

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2011年8月 7日 (日)

ギリギリセーフ

18:00がホームパーティーの
開始時刻。


留守中に
宅配便が来て
不在連絡票を
郵便受けに入れて行った。
それを見たのが
17:00だった。

すぐに電話した。
その運転手が品物を持っているというので
何処にいるか尋ねた。
遠くなら取りに行こう。
近くなら持って来てもらおう。
と思ったからだ。
配達人は
不審そうに
「お客さんの町内です」と言った。
近くに居た。
ラッキーだった。

10分後に
折りたたみ式テーブルが届いた。

テーブルの組み立てが
終わったのが
17:30だった。

テーブルに新しいクロスをかけて
料理と食器を
並べた。

ギリギリセーフだった。

18:30頃
宅配便が二つ目の
折りたたみ式テーブルを
持って来た。

そこで
アマゾンで言われたとおりに
受領拒否して
持ち帰ってもらった。

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2011年8月 6日 (土)

アオスジアゲハ

犬小屋の
周りには
犬の糞尿の臭いがする。

それを
求めて
チョウが来る。

今日は
アオスジアゲハが
来た。
機敏な動きで
舞い降りたが
表羽根は見られなかった。

犬の糞尿の
功名だ。

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今日の失敗

以前、
アマゾンで本を注文して
取り寄せていた。

リタイアしてからは
ほとんど利用して
いなかった。

今朝、アマゾンで
折りたたみ式テーブルを
注文した。

というのは
昨日、全国チェーンの
大規模な家具屋に行って
探したのだが
折りたたみ式が
無かった。

そこで
けいこさんが
昨夜
ネットで探したところ
希望した物があった。
希望より安値だった。

アマゾンとは
わたしが契約していたので
わたしが注文した。
数時間で届くという要望に
チェックした。





ところが
夕方、その到着時刻を
過ぎても
宅配便が来ない。

そこで
メールをチェックした。
アマゾンから
カードの期限が6月1日で
切れているので
更新するようにと
あった。
発送されていなかったのだ。
・・・
・・・
・・・

今朝、注文する時
今年の6月に更新していたので
安心して
次のカード更新日を
確認しないで
適当に入れてしまったのが
間違いの元だった。

電話で
問い合わせて
再度
注文したが
なかなか上手くいかず
結局
同じ品物を
2回注文してしまった。

案内してくれた方が
遅い方を
受領拒否して下さいという
ことになったが・・・

果たして
明日の夕方の
ホームパーティー前に
到着するだろうか?

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フィルム写真

父母の部屋を
片付けていたら
わたしが中学から大学の頃までの
写真がまとまって出てきた。

カメラはオリンパスD
ハーフサイズだった。
12枚撮りなら
27~28枚は撮れた。

あの頃は
写真屋さんに持って行って
現像してもらった。
出来上がりに
2~3日かかった。

出来上がるまでの
待つ時間
どんな風に映っているか
想像したものだった。

枚数が限定されているから
シャッターを
押すのに慎重だった。

写真は
白黒で
セピア色というより
全体が薄くなっていた。

息子に
「パソコンに取り込んだら
良いよ」
と言われた。

今回の改装作業が
一段落したら
懐かしい写真を
蘇らせよう。

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2011年8月 5日 (金)

ズッキーニが・・・

人工授粉して
順調に成長していた
たった1本の
ズッキーニ。

今日見に行ったら
15センチになったのに
先の方が
腐り始めていた。

雄花は沢山咲いているが
雌花を見ると
蕾状態。
人工授粉カップルは
見つからなかった。

葉は大きく成長して
元気が良いのに
雌花の開きが
遅い。
ちぐはぐな
ズッキーニだ。

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トイレの忘れ物

トイレと脱衣所の
床と天井のクロスの張り替えが
終わり
設備屋さんが
取り外した
器具を取り付けた。

新しいトイレ
新しい脱衣所になった。

設備屋さんが
「トイレの手洗いの
配水管の交換は
材料がないので
来週の月曜日に
なります」
と言って帰った。

完了したというので
トイレに入ってみた。
何か足りない・・・



肝心の
ペーパーホルダーが
取り付けてなかった。
それは
バスルームの棚に
置いたままになっていた。

月曜日
手洗いの配水管を
取り付けの時
一緒に
取り付けてもらうのを
忘れないようにしよう。

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2011年8月 4日 (木)

壁は珪藻土

トイレと脱衣所の壁は
クロスだった。

N工務店のYさんに
相談したところ
クロスの上に
珪藻土が塗れると聴き
お願いした。

クロスの
剥がれかかった
部分を
補修した後、
一度下地を塗り
二度目に珪藻土を
塗った。
白にした。

狭い二部屋だったが
17時近くまで
かかった。
濡れているので
灰色に見えたが
乾けば
もっと明るい白に
なるだろう。

同時に
居間の畳表を
裏返した。
張り替えてから
4年だったので
新しい畳のように
若草色になった。

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2011年8月 3日 (水)

キッチンの清掃

建築して20年
思い切って
掃除屋さんに
入ってもらった。
9:30~15:00
3人で。
たちまち
綺麗になった。

見事だったのは
レンジ周りの
清掃。
フードを簡単に
外して
脂汚れを
拭き取ってくれた。

床も
みるみる綺麗になった。

やはり
「餅屋は餅屋だ」

今回の清掃に当たって
システムキッチンに
入っていた物を
全部出した。

それらを
見ると
使わないものが
沢山ある。

どれだけ処分するかで
これからの
使い勝手が
決まる。

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2011年8月 2日 (火)

白のジャケット

紳士服店から
ボタンの付け替えが
済みましたという電話がやっと来た。

7月9日の
でかんしょ合唱団の
ファミリーコンサートに着た
白のジャケットは
元団員さんから借りたものだったので
今回
新調することにした。

白のジャケットは
どこの紳士服店にも
置いてない。
そこで
最寄りの紳士服店で
カタログを見て
注文した。

そのカタログは
ボタンが金色だった。
案の定
店には金ボタンで
届いた。

そこでボタンの色を
借りたジャケットと同じ
白にして
もらうことにした。

直ぐに取り替えることができるかと思ったら
ボタンを揃えるのに
日数が掛かり、
今日の電話となった。

夕方
ジャケットを取りに行った。
取り外した金ボタンも
一緒に付けてくれた。

お借りした
白のジャケットを
早速お返ししなければ・・・

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昼食は「俺のそば」

ちょっと家の一部を
改装するため
片付けで忙しく
「俺のそば」に行った。

14時近くだったので
客は一人だった。
マスターと
カウンターで話ながら
ゆっくり食べられた。

マスターが行きたい山は
剣岳との話から
けいこさんが
若い頃
剣に登ったことが
あるのよと・・・

「山女だったのですか!」
とマスターが言うので
「山ガールのハシリだったようだよ」
とわたし。

「槍に行くのが夢」
とわたしが言うと
いろいろなコースを
教えてくれた。

わたしが行きたい
表銀座コースで行くと
怖い尾根があるとのこと。
一度登ったことのある
けいこさんは
そこが恐怖らしい。

わたしは
その怖さを
知らないから
ただ
行ってみたい。

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2011年8月 1日 (月)

第50回高崎新人演奏会(予告)

でかんしょ合唱団の
練習日だった。

中休みに
団長が
新人演奏会のチケットの希望を
取ったので
1枚買った。

9月14日
18:30開演
会場 新町文化ホール

この演奏会には
Fさんがピアノで出演する。
どんな演奏が聴けるのか
今から
楽しみだ。

けいこさんは
Fさんから
チケットを直接
買うとのこと。

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