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2011年9月30日 (金)

槍ヶ岳を見に行こう 第2日目

雨の中を常念岳へ
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山は見えない。
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沢の水音は激しい。
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この辺から
急登になった。
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あと、0.5キロだ。
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凄い風で
寒かった。
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ずぶ濡れで常念小屋へ
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乾燥室に
濡れた衣服を運んで
乾かした。

宿泊客はたったの4人だったので
一部屋貸切で
ゆっくりできた。

明日、
女性は燕岳へ
男性は一之沢へ
向かうと言う。
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夜中、窓から
星空が見えた。

晴れることを願って
また、寝た。

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2011年9月29日 (木)

槍ヶ岳を見に行こう 第1日目

けいこさんの提案で
長峰山から信州の山々を
眺めることにした。

明日登る常念岳と蝶ヶ岳を
探した。
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有明山の上に
槍ヶ岳の穂先が見えた。
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長峰山の山頂にいた
スジボソヤマキチョウ
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おひさまロケ地 その1
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黒沢明監督の映画「夢」を見て
何時か見てみたいと思っていた清流
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足元に黄色い蝶
モンキチョウかな?
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林の中のお蕎麦屋さんに
入った。
おひさまの百白花のような
人の集まる場所のある店だった。
わたしは大盛り
けいこさんは鰊そば
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夜はペンション。
パイロットだったオーナーから
フランスから新しい飛行機を
運んだ話が聞けた。
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オーナーの特製燻製
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お弁当を注文して
早目に休んだ。

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2011年9月28日 (水)

Do it yourself

Do it yourself.  DIY

自分でやりなさい。

というより、

自分でやろう。と表現したい。

そこで

Do it myself.    DIM

または

Try it myself.   TIM

と表してはどうだろうかと先生に訊いた。

先生が言った。

DIM は 暗いです。

TIM は わたしの父の名前です。

やっぱり DIY です。

Then, I recognised his adovice.

そこで、また疑問。

『分かる』には

recognise

understand

があるが、この違いが分からない。

次回、質問しよう。




今日の演劇の練習に行ったので

I went to the practice of action.

と書いたら、

I went to acting pactice.

of は使わないとのことでした。



前回、先生は佐渡へ自転車旅行に行きます

と言っていたので

わたしから質問をした。

What's your impression of Sado.

先生は撮ってきた写真を出して

いろいろな話をしてくれた。

英語で。

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小春日のなかで 練習5回目

配役の発表があった。

2回生を中心に
キャストが発表された。

1回生は7人。
3人がセリフの多い役に着いた。
残りの4人は
ちょい役や声のみの役だった。

わたしは
劇の最後の方で
1回だけ姿を出すちょい役だった。

セリフの数は
2つ。
緊張感が飛んだ。
今年は
バックアップに
徹しよう。


先週の続き

縄文杉のある山は
宮之浦岳
1935mだ。

海岸から登れば
高度差が1900mもある。

南の島でも
冬は雪が降ると言う。
梅雨時は雨が多いし、
夏は暑い。
秋には台風が多い。

そうすると
春が良いのかな。

トビウオが
美味しいと聴いている。
何時が旬なのか調べてみよう。

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2011年9月27日 (火)

フェルメールした

これ
フェルさんにメールを
出したことではない。

27日19:30~
BSプレミアム
『世界美術館紀行選』
を見た。
オランダの
マウリッツハウス美術館だった。

その美術館にある
フェルメールの
『デルフトの眺望』を
解説していた。

何しろ空がいい。
雲といい、
空の青といい、
まさにオランダの空だ。

絵の具のウルトラマリンブルーは
非常に高価だったが
フェルメールは
沢山使っていたとのこと。

2000年の秋
仕事で
オランダのデルフトに
10日余り滞在したことが
あった。

休日の昼頃、
スーパーでスケッチブックと
鉛筆を買い込み 、
フェルメールが
『デルフトの眺望』を
描いた場所と言われている
川岸に行き
只一人で
スケッチをしたことがあった。

これをわたしは
「オランダへ行って
フェルメールした」と
言っている。

そんなことで
今日の番組は
とても
懐かしかった。

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表具屋さん

二階の襖が汚れたので
この前
居間の襖の張り替えを
してもらった
表具屋さんに
昨日電話した。

一月前
お世話になった
いちじんですが
今度は2階の襖を
張り替えたいんですが・・・


いちじんさん?
住所は何処ですか?


あの、和室の襖が
動かなくなったので
調整してもらったじゃぁ
ないですか。


調整をした?

電話に出たのは
表具屋さんの息子さんだった。
この前
仕事をしてくれたのは
お父さんだったと言う訳。

親子で仕事をしているとは
全く知らなかったので
なかなか
話が噛み合わなかった。

早速、息子さんが
襖を外しに来た。
住所から
佐野小の学区であることが
分かったので
土屋文明記念館で
石原和三郎が作詞した
佐野小の校歌を歌った話をした。

すると
最近子どもが校歌を
覚えていたんで
一緒に
練習しています。
懐かしいですよね。

と言う。

それで
上毛新聞の切り抜きを
読んでもらった。

襖を車に載せた
後だった。
不意に
うちの父は
中之条出身なんですよ。

と言う。

え!
そんなら
この春、
中之条を紹介した
NHKの「小さな旅」を
見た?


見ましたよ。

じゃぁ、
スミレを撮っていた人が
いたでしょう。


覚えていますよ。

あの人
わたしの知人で
中之条の山里起こしで
活躍しているエコさんなんですよ!


そうですか。
実はわたしの妻の
実家も中之条なのです。


と言うことで
中之条の話になった。

わたしはエコさんの
HP「なかのじょう山里テーマパーク」を
紹介した。
http://yamazato.info/

ここまでが
昨日の話。


今日の夕方、
綺麗に張り替えた襖を
持ってきて
はめ込んでくれた。

早速中之条の話。

HP見ましたよ。
エコさんの写真
良く撮れていますね。
エコさんの家、
父の実家に行く途中ですよ。
以前、イチゴが欲しくて
あのHPを見たことがありますよ。


意外にも
お父さんの実家に行く時
エコさんの家の近くを
よく通るそうだ。

そして
もう一つ驚いたことが・・・

今日の上毛新聞に
伯父さんが出てました。


え!
どの記事?


たばこ農家の記事ですよ。

新聞を取り出して
確認すると
写真入りで出ていた。

たばこの消費が減って
たばこ栽培を
辞めるという記事だった。

姓が異なるので
訊くと伯母さんの家だった。

今回の
襖の張り替えで
お世話のなった表具屋さんと
中之条をキーワードにして
話が
弾んだ。

一昨日までは
まったく関わりのない
間柄だったが
襖の張り替えと
中之条を
介して
親しい間柄に・・・

佐野小の校歌の話を
始めなかったら
こんな間柄には
ならなかったかもしれない。

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2011年9月26日 (月)

上達

この年になって
上達なんて
ないかと思っていた。

ところが
あった。

1 網戸の張り替え

この時期
網戸の張り替えなんて
時期外れだけれど・・・

今年3回目。

網戸は大小1枚ずつ
2枚。

道具は
マイナスドライバー
カッター
はさみ

網をゴムで
押さえるだけの作業だが
押さえ方の要領が
掴めて
ピーンと張れるように
なった。

気持ち良かった。


2 トイレの換気扇の清掃。

家を建ててから
今日まで
ファンを外しての
清掃は
したことがなかった。

今日はドライバーで
分解。
ファンを外して
きれいに洗った。
回転音が
静かになったような
気がする。

これは
もっと頻繁に
清掃すべきだった。


3 洗濯機の排水ホースの左右移動

洗濯機を
移動したら
排水の穴が右側だった。
今までは左側。

洗濯機の排水ホースを
左から右に移そうとしたが
分からない。

そこで
先日、DIYの店に行った時
訊くと
洗濯機を倒して
やり方を
丁寧に教えてくれた。

 左側のホースを取って
 右側に入れ替えるのではなく。
 ホースを
 回転させて
 左右を入れ替える方式だった。

今日は
洗濯機を倒して
ドライバーで
左側のホースを外し
回転させて
右側へ付け替えた。

始め電気屋に頼もうと
思ったが
DIY(Do it yureself)。
              yourself
気持ち良かった。


何でも屋の
いちじんでした。

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2011年9月25日 (日)

安全神話の崩壊

NHK教育テレビ
20:00~23:30

ETV特集 シリーズ 
原発事故への道程(後編)
「そして“安全”は神話になった」


釘付けになった。

原子力発電が
安全だと思い込まされて来た経過を
辿った番組だった。

1970年以降の様子だったが
伊方原発反対訴訟を
詳しく取材していた。

最高裁で
結局、原告敗訴。
国の施策が住民の安全要求より
優先されるという判決だ。

これについて
敗訴した原告の弁護団の一人が
事故が起きた場合は
司法(国)が責任を取るのが
当たり前だと言っていた。

スリーマイル島の事故や
チェリノブイリの事故で
原発の推進の力が
一時弱まったが
原発は増加の一途を辿った。

アメリカが
福島第一型の原発には
欠陥があるから、
廃炉にすべきと指摘したにも関わらず、
東電は
耐用年数30年の原発を
40年を超えても
使い続けて来た。

そして
3月11日
伊方原発の原告たちが
危ぶんでいた
原発の事故が
起こった。

安全だと言い切ってきた
国は
総ての責任を取って
当たり前だ。

想定外と
言い逃れを言っているが
40年前から
原発の危険性を
予測して反対していた人たちが
いたのだ。

今、福島は
伊方原発訴訟の原告の人たちが
予測した通りの現況だ。
想定外どころか
想定内の
出来事だ。

今、政府は
脱原発ではなく、
原発のコントロールの仕方を
改善して
原発を稼働させていく方向に
向かっている。

その根拠は
経済不況に
陥らないとのこと。

とんでもないことだ。
命あっての
金(経済)ではないか。

見えないけれども
確実にあるものを
心の目で
見よう。

今生きている大人は
ちいさな子どもたちと
これから
生まれてくる子どもたちの
未来を
奪ってはならない。

まだ、
間に合う。

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2011年9月24日 (土)

唐沢孝一先生の講演

都市鳥研究会代表の
唐沢先生の
「都市動物の生態と自然保護」
という講演会に行った。
生涯学習センター 4階
13:30~
主催 群馬県自然保護連盟

わたしは数年前に
唐沢先生のHPを知った。
今までに数度
掲示板に質問や
鳥情報の書き込みをしたが、
その度に
丁寧な解答を頂いていた。
http://www.zkk.ne.jp/~karasawa/u-bird.html

その唐沢先生から
直接話が聴けるというので
少し早めに出かけた。

先生は
プロジェクターを使って
生き生きと自然保護について
語った。

話の中に
わたし達の興味や体験と
共通するものがあった。

1 わたしが愛読している芥川賞作家で
  医師でもある南木佳士の生家が
  先生の実家のすぐ近くという話。

2 わたし達がよく行っている真鶴半島の
  森の成り立ちについての詳しい解説。

3 わたし達がヒメギフチョウの観察で
  知り合ったMさんのヒメギフチョウ保護活動を
  高く評価。
  
先生の前橋高校時代のことから
始まって
自然保護は
法律で守らせるのではなく、
子どもたちの心の中に
自然を愛する気持ちを
芽生えさせることだ
という話で締めくくった。

話が具体的で
分かり易く
楽しかった。

カラスの話では
カラスが遊ぶ様子が
紹介された。
・カラスの電線遊び
・カラスの滑り台
・カラスのくるみ割り
・カラスのテニス
が面白かった。

話の中に
ふるさと群馬を愛する気持ちが
随所に伺われた。

最後に質問時間があった。
Q1 先生が調査された
   主要都市の鳥の生態の特徴が
   最近、変化してきているのではないか?

A1 大分前の調査なので
   その通りだと思う。

Q2 ①ヨーロッパではスズメが激減しているというが、
   ②東京のスズメの現状は?

A2 ①農家の収穫方法がコンバイン方式で
    完全に実を取り込んでしまい、
    スズメの食べる落ち穂が無くなってしまった。

   ②小売商店が無くなり、スズメが食べる残飯が
    道や庭に出されなくなった。
    住宅の機密性が高まり
    スズメが巣を作る隙間が無くなった。
    それでスズメは
    電柱などのパイプの空間を使うようになったが
    最近、東京電力はその空間まで塞いでしまった。

質問は2人から出された。
Q2はわたしの質問。   

帰りのエレベーターが
先生と一緒だったので
降りた後
一緒に写真を撮らせてもらった。

けいこさんが
以前、先生がコスタリカに
鳥見に行かれた話をすると
名詞を取り出しながら
コスタリカは遠いので
近々、台湾へ行くんですが、
どうですかと
誘われた。

わたしは
帰りの車の中で
興奮気味に
先生と一緒の鳥見旅行は
素敵だろうなと
けいこさんに言った。

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2011年9月23日 (金)

おはぎ

暑さ寒さも彼岸まで
と昔の人は言ったが、
その通りだ。

暑いけれども
朝夕は涼しい。
肌寒くさえ感じる。

今朝、おはぎを作った。
今年はわたしも
挑戦。

けいこさんが
半殺しにした餅米を
丸める。

わたしは
あんこ付け。

あんこは夕べ
甘みを抑えて作ったもので
つぶしあん
少し硬めだった。

布巾にあんこを取り
伸ばす。
丸めたもちを載せ
茶巾よろしく
布巾で絞る。

あんこが付かないところに
補充して
もう一度絞り
出来上がり。

受けの銀紙に載せれば
どうしてどうして
お店で並んでいる
おはぎに
引けは取らない。

初体験だったので
あんこを一様の厚さに
伸ばすのに
手間取った。

けいこさん
「二人で作ると速いわね。
自分で作ったのを食べてみて」

自分で作ったのを
包丁で半分に切り
あんこの付き具合を見ながら
食べた。

おはぎだった。

仏壇に
おはぎと
玄関先で満開の萩の花を
供えた。
ここで一句

 仏壇に おはぎと萩を 供えけり

チーン・・・

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2011年9月22日 (木)

カラスの行水

2羽のハシブトガラスが
井野川で・・・

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             「バシャ、バシャ、バシャ」          
「行水しているやつがいるぞ」

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             「気持ち良いよ。入ったらどう」
「どうしようかな」

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             「もう一度、バシャ、バシャ、バシャ」
「気持ち良さそうだな」


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             「バシャ、バシャ、バシャ」
「入るとするか」

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「バシャ、バシャ、バシャ」
             「アラ、始めたのね」 

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「やっぱり、気持ちいいや」
            「お先に失礼」

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台風一過の井野川

9:00~12:00
台風一過の井野川を
あるいた。

ミニヒマワリに
キタテハが
吸蜜。
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空は青空
榛名山がくっきり見えた。
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大風で
稲が倒れたところもある。
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道端の白コスモスに
アカタテハ
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砂地にイソシギ
「何か居そうだ」
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「これはうまい」
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烏の行水
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ダイサギの飛翔
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明日は
お彼岸
曼珠沙華
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アオサギが
木陰の川べりで
「あの二人、
この暑いのに
よく歩いているよ」
と見ていた。
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ゴイサギの幼鳥
ホシゴイが数羽
いつもの
ニセアカシヤの木立の中で
休んでいた。
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先日いたコガモかと
思ったら
嘴に黒の斑点が無い。
違う個体だ。
今日はこの1羽しか
見なかった。
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あの黒斑の嘴コガモは
何処に行ったのだろう。

真夏のような日差しで
暑かった。

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2011年9月21日 (水)

小春日のなかで 練習4回目

13:30
台風15号の風雨が強まる中
箕郷文化会館へ。

今日は
1回通して読み見合わせをした。
読む時は声が通るように
立って読んだ。

自分のセリフだけ読むのではなく
全体を覚えるように
読むようにと
アドバイスがあった。
昨年
自分のセリフを覚えるので
精一杯だった。
前後のセリフまで
入れないと
演技できないことを
体験したので
この言葉が
よく理解できた。

演出から
来週
キャストを発表すると
あった。
男性は2回生をメインに
据えるから
1回生は
アシスト役とのこと。

休み時間
御菓子が配られた。
その中に「屋久島煎餅」があった。
Oさんが
縄文杉を見てきたという。
12時間かかったそうだ。
山登りをやっているかと
思って訊いたら
そんなことはないとのこと。

風雨が強くなる情報が入り
1時間早めに終わりになった。

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2011年9月20日 (火)

不測の転倒

山から降りる途中で
転倒したなら
話は分かる。

が、
今朝
玄関先の庭で
転倒してしまった。

庭に柿木があるのだが
今年は柿の実が
落ちる。
よく落ちるので
よく拾っていたのであるが
ここ2~3日、暑くて
拾わなかった。

ゴミ袋を持って
出そうと歩き始めた途端
重心を掛けた足が滑り
全身が宙に浮いた。
余りにも突然のことで
受身どころではなかった。

ズットーン。

左膝
左腰
左肘
から落ちた。

熟れた柿の実に
気付かず
思い切りその上に
乗ってしまったのだ。

幸いなことに
身体はコンクリートの縁の上ではなく
土の上だった。

左手は
骨折したかと思ったが
折れてはいなかった。
だが、
手首が痛い。

腰は
特に痛くは無いが、
左膝は
擦過傷で血がにじんでいた。

病院に行くほどでもないので
すこし様子をみることにした。

気持ちは40歳だが
反射神経や
注意力は
完全に60歳代になって
いた。

身近に危険が転がっていることを
肝に命じた。

山でも用心
家でも用心
用心、用心、用心・・・

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2011年9月19日 (月)

敬老の日

早朝
井野川のサイクリングロードを
歩きながら
「敬老の日だけど
いつから敬老の対象に
なるんだろうね?」
けいこさん
「65歳からかしら・・・」
わたし
「あと、2年か・・・」
気持ちは
まだまだ
40代なのだが・・・





久しぶりに
夕食を
次男家族と一緒に
することになった。
今日は近くのピザの店。
この店
生地がとても柔らかで
美味しい。
けいこさんの
お気に入りの店。
「デラチッタ」
http://www.dan-b.com/dellacitta/

賑わっている店なので
待たされるを
覚悟して行ったが
早かった(18:30)ので
直ぐに座れた。

ビールを飲みながら
ピザ、
サラダ、
スパゲティー、
そして
デザート、

ゆっくり食事ができた。

会計はというと
「今日は敬老の日だから
わたし達がします」
と嫁。
「まだ、そんな年では
ないんだけどなぁ・・・」
と言いながら
払ってもらってしまった。

ああ、
嬉しくもあり
寂しくもあり
敬老の日。

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モズに騙された

上から
大きな囀りが聞こえてきた
けいこさんが
「ガビチョウよ」と言う。

電線にガビチョウと
思ってよく見ると
モズ。

「モズは他の鳥の鳴き声のまねが
上手いから騙されるのよね」
と言う。

次にヒバリの声が
聞こえてきた。
スコープで見ると
確かに喉のところが
震えていた。

ガビチョウが定着してしまったのかと
がっかりしたのも束の間だった。

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モズの背景に

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田んぼの中の
サギのミニコロニー
ダイサギなのか
チュウサギなのか
ダイチュウサギというのもいて
紛らわしい。
嘴は夏は黒とあるのに
黄色だ。
ダイもチュウも
いるように思われる。
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スズメが
沢山いたが
なかなか撮れない。
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キクイモが
真っ盛り。
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ゆっくりと
コミスジが降りてひなたぼこ。
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ダイサギと
思われるのだが・・・
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木立の中にひっそりと
ゴイサギ
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越夏したのか?
早く来たのか?
コガモが1羽。
先日見た固体と同じと
思われる。(嘴の斑点が同じ)
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石と同じようなので
見つけにくい
イソシギ
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近くでスズメが
水浴びをしていた。
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2011年9月18日 (日)

群響 第375回定期演奏会

指揮:トヌ・カリュステ(エストニア)

ソプラノ:     日比野幸

メゾ・ソプラノ:  加納悦子

テノール:    吉田浩之

バリトン:     ウク・ヨーレル(エストニア)

合唱:      群馬交響楽団合唱団(合唱指揮:阿部 純)

演奏曲

1 アルヴォ・ペルト/ ベンジャミン・ブリテン追悼の《カントゥス》

2 ベートーヴェン/ 交響曲 第8番 ヘ長調 作品93

3 ベートーヴェン/ ミサ曲 ハ長調 作品86

解説より引用

ベートーヴェンのミサ曲ハ長調(1807)は、
16年後の大傑作「ミサ・ソレムニス」の影に隠れ、
滅多に演奏録音されない”秘曲”。

交響曲第8番(1813)も、とびきりの傑作なのだが、
初演当時も、今も、
「軽い」作品と見なされがちで、
作曲者はそうした評価に大いに不満だった。

指揮者カリユステは1935年エストニア生まれ。
同国の大作曲家、ペルト(1935~)の作品集も数多く録音している。


感想

第8番は始めて聴く曲だったが
力強い作品で聴き応えがあった。

ミサ曲はなんと言っても
合唱団員の数が多かった。
迫力もあり
息も合っていて良かった。

指揮者は
背が高く髪を振り乱しての
指揮だった。
最初の曲の途中で
指揮棒を落としたが
そのまま何気なく
指揮を続けた。
終わっても指揮棒を拾わず
そのまま退いた。

ヴァイオリンの楽団員が
拾い上げて
式台に載せていた。

そういうものなのか・・・

休憩時に
高校の同窓生に会った。
週3日働いているとのこと。
わたしは
こうして毎日
遊びまわっていると話した。

終了後
9月末日で
群響を退職する4人の挨拶があった。
30数年群響で演奏してきた人が3人。
10年の人が1人。

今後の身のこなし方を聞いたら
3人は再雇用で群響に残り、
1人はしばらく休んでから考えるとのこと。

音楽センターの東側を回って
駐車場に行こうとしたら
ガーベラコンサートで
お世話になった
チェロのグルチンさんに会った。

「ありがとうございました」と言うと

「今日の音楽、良かったでしょう!」

と返事が返ってきて嬉しかった。

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2011年9月17日 (土)

悠久の魂

読売新聞の群馬版に
今夕
高崎洞窟観音で
日本舞踊家
藤間信之輔の舞が
あるという。

昨年
迷道院高崎さんが
ブログにこの舞のことを
報告していたことを思い出し
行くことにした。

19:00開演
庭園の池の水中に
舞台が設置されているはずだが
見えない。
灯りが灯っているだけ。
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初めに
今夜の伴奏者の
リコーダー演奏があった。
4曲演奏したが
3曲目は
テレマンの曲だった。
    (バッハより少し前のバロック時代の作曲家)
 



五木の子守歌の音が
池の上を流れると
間もなく
白衣装の信之輔が現れた。

舞は
静かにゆっくりと
始まった。
池に入ると足首が隠れるくらいの
深さだった。

手だけが
静かに宙を舞う。
肩の動きは少ない。

Dsc_0022_3

Dsc_0026_2

Dsc_0031

Dsc_0033



動くと
水音がする。

時々
風が吹いてきて
蒸し暑さを
忘れさせた。



再び
五木の子守歌の曲になり
舞が終わった。

多分
曲想から
亡くなった人の霊が
現世に
戻ってきて
今の人々に
無常を
語りかけて
いる舞のように思われた。

伴奏のリコーダーは
マイクを通さない
生の音だった。
これは
信之輔自身の演出とのこと。

舞が始まる前に
信之輔の後援会の会長が
洞窟観音を作った
山田徳蔵翁を紹介した。

全財産をこの洞窟観音を
作ることに使ったのは
後世の人々に
観音の信仰と日本の伝統美を
伝えたいとの一心で
あったとのこと。

信之輔は
この山田徳蔵翁の精神に感動し
この池の上での
舞を
思い付いたという。

忘れられている
先人の心を
再び高崎市民に伝えようと
舞った
信之輔の新鮮な心意気に
拍手。

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高崎五万石騒動研究会 9月例会

1 城趾公民館の文化祭について

当会では
五万石騒動かるた会と紙芝居を
行う。

10月29日(土)10月30日(日)

かるた会は和室で
29日13:00~
30日10:00~
1回15分、個人戦と団体戦を行う。
子どもと一般に分ける。
賞品を準備する。(文房具の寄付あり)

かるた会のチラシの原案作成

紙芝居は学習室で
29日10:00~
30日13:00~
1回読むのに1時間を要する。
担当   いちじん

かるたの原画を15枚くらい紙芝居会場に展示する。
展示用パネルは5枚準備する。

10月28日 会場準備



2 青木村研修旅行について

日程 10月15日(土)~16日(日)

集合   9:00
    
参加者  8人+(1)

車2台  運転手 いちじん、Tさん

会費   15000円

会計   いちじん


3 10月例会の予定 

10月22日(土)

文化祭の準備

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2011年9月16日 (金)

槍の話

山から帰ってきた夕食は
外食。

お店は
マスターが山が好きな
「俺のそば」だ。

入った時は
客が少なかったので
カウンターで
今日の報告。

ところが
次々にお客が来た。
話は中断。
そのお客さんたちが
帰るまで
ゆっくり
お酒を飲んでいた。

お客が一段落すると
山男が
一人残った。
http://kawasemi14.exblog.jp/i5/


彼に槍ヶ岳を見てきた話をすると
槍ヶ岳を見るなら
鏡平が良いと言う。
また
蝶ヶ岳から常念岳へ行く
稜線からの槍も
良いとのこと。

けいこさんは
話を聴いていて
ほぼ頷いているが
わたしは
位置関係が分からず
鏡平と蝶ヶ岳という地名を
覚えるのが精一杯。

槍に登る前に
槍がよく見える山行を
したい。

帰ってきてから
長野の山地図で
鏡平と蝶が岳を
確認した。

どのコースも
わたし達には
厳しいが・・・
一度は行ってみたい。

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水の塔山・東篭の塔山

今日は久しぶりに
浅間山の裏、
高峰温泉に車を置いて
水の塔山に登った。
Dsc_0084

水ノ塔山の頂上は
視界が良くない。
時間もあったので
東篭の塔山へ行った。
Dsc_0331

そこで
素晴らしい
信州の山並みを見た。
今まで一番
視界が開けた日だった。

昼食後
同じコースを
高峰温泉まで戻った。



オヤマリンドウ
Dsc_0027

イワインチン
Dsc_0325

Dsc_0238

マツムシソウ
Dsc_0037



ウラナミシジミ
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クジャクチョウ
Dsc_0416

ニワハンミョウ
Dsc_0125



ホシガラス
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東篭の塔山の頂上で
おにぎりを食べていると
目の前の木に
飛んできた。

ノスリ
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富士山
Dsc_0003

槍ヶ岳
Dsc_0226
もう少し近くで
槍ヶ岳を見たい。

いつか
登ってみたい。

14:30に
高峰温泉着。
ところが
14:00で
日帰り入浴を閉じていたので
入れなかった。

高峰高原ホテルの
温泉に入って
汗を流した。

入浴後の
ソフトクリームが
美味だった。

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2011年9月15日 (木)

タブーゲーム

She is a friend of my wife's friend.

She lives in ○○.

I was working ○○ eight yeas ago.

Her house is near by ○○.

She came here to watch our English conversaition lesson.

We demostrated against nuclear power plant last sunday afternoon.

This is my placard.

Life is important more than electricity.
Life is more important than electricity.

Neighbor's house was pull down yesterday.
Neibhbor's house was torn down yesterday.

tear tore torn

It is so noisy.

しょうがない。
仕方ない。

It can't be helped.

Nothing can be done.

It's no use crying over spilt milk.
                         because

今日はtaboo gameをした。

カードには
課題単語の下に
その単語に最も関係のある3個の単語が書いてある。

カードをもらった人は
書かれた単語以外の単語を
言って
課題単語を当てさせるもの。

例えば
課題単語 banana

関連単語 food yellow fluit

この課題単語が難しかった。

ヒント単語

hole  house  copy  close  metal

課題単語がわかりますか?











そう key  でした。

言ってはいけない単語があることから
Taboo Gameとのこと。

知っている単語の少ないことを実感。
             vocaburary
      vocabulary
             単語が思い浮かんでも
      書くとなるとまた難しい
                too dificult
                                        difficult

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2011年9月14日 (水)

高崎新人演奏会 第50回

リンクの喫茶店で
Tさんに紹介されて
知り合った
Fさんが出演するというので
聴きに行った。

会場は新町文化ホール。
18:30開演というので
市民演劇の練習を
終えると直ぐに帰宅して
けいこさんと行った。

国道17号の新町駅の交差点から
左に入ったが
あるはずの標識が見当たらず
大回りをしてしまった。
標識が是非欲しい。

今年の
新人は6人で少なかった。
Fさんは3番目で
ショパンの幻想曲 ヘ短調 作品49 
を演奏した。
(1841年頃の作品)

小さい身体、
細い腕にもかかわらず
スピード感があり
力強い演奏で
安心して聴けた。
Dsc_0004

わたしは
今宵
一番大きな拍手をした。

来春から、大学院に進み
まだ研鑽するとのこと。
多くの人に感動を与える演奏家を
目指して
さらに頑張って欲しい。
次の演奏会が
楽しみだ。

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小春日のなかで 練習3回目

仮に配役を決めて
読み合わせをした。

今回のシナリオには
女性が多く登場する。
男性は少ない。

ストーリーを
早く理解して
個々の人物の人生を
思い図ろう。

実人生と
被るセリフが多く
返ってやりにくいかな?

直に
到来する
世界を如何に
想像し演じるかが
今回の課題。

今日は同じセリフを
言う練習をした。
男性は男性のセリフを
順番に読んだ。
みんな真剣になって
読んだ。
人によって
少しずつ感じが違って
面白かった。

役の決定だが
1回生は
サポーターということなので
はたして
どんな役回りになるのだろうか。
解答は
次週か、その次の週とのこと。



参考 時代考証

アテネオリンピックについて

第28回 オリンピック

2004.8.13~29

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2011年9月13日 (火)

お知らせ

高校時代のクラスメイトが
『東日本大震災支援コンサート』を
立ち上げた。

『ガーベラコンサート』に
協力してもらっていたので
今日
チケットを買ってきた。

開催日 2011.10.16(日)
開 演  14:00~
チケット 1500円
会 場  新町文化ホール

≪ドリームアーティスト≫

秋葉美果 (バイオリン) アナトリアン・ドリームズ

内田もと美 (ソプラノ) アヴェ・マリア

田中 誠  (テノール) オー・ソレ・ミヨ 他

樋口晴美とアルバ・デ・アンダルシア (フラメンコ) ロメーラ

MINAYO & 矢田佳延 (ピアノ・ベーシスト) 百万本のバラ 他

三澤 洋史 (指揮者)

≪素敵な仲間たち≫

高崎マンドリン合奏団 (マンドリン)

新町歌劇団 (コーラス)

New Field Union (ビックバンド)

という多彩なコンサートです。
ご協力していただける方は
わたしへ
あるいは
下記実行委員会事務局へ
連絡してチケットをお求め下さい。

東日本大震災復興支援コンサート実行委員会

事務局 0274-42-8949

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2011年9月12日 (月)

十五夜

居間の東側に
庭のススキと
ハギを飾り。

団子と
栗と
梨を供えた。

団子は
団子の粉を
買ってきて
作ったもの。
Dsc_0013

わが家の東側には
2階建ての大きな
鉄骨の作業場があるが、
住宅を
建築するため
今、解体中。

東の空から
十五夜の月が
昇るのを
屋上の星見台に上がって
見た。
Dsc_0031

Dsc_0023

来年の十五夜は
星見台に上がらなくても
十五夜の月を
居間から
眺めることができるだろう。


不意に
百人一首の

『月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ
    わが身一つの 秋にはあらねど』

が浮かんだ。

これを詠んだ大江千里は
伊予(愛媛)の人だった。

松山に行ったのは
秋だったなぁ。

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一枚の絵手紙

郵便受けを
開けると
ダイレクトメールの間に
わたし宛のハガキが
挟まっていた。

表は
大人の文字だが
裏は
ハンコの文字と
絵だった。

隣に住む
4才の孫からだった。

「おじいちゃん
びーる
おいしい
いつまでも
おげんきでね」
とハンコで押してある。
あと
顔の絵。
名前は
たどたどしい文字で
書いてあった。

孫からの
初めての
絵手紙だった。

嫁の話によると
通っているお教室で
書いたようだ。
お勉強のため
わざわざ
ポストに行って
投函したそうだ。

それも
わたしにだけ。

返事は
何を書こうかな・・・

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2011年9月11日 (日)

面はゆい

「原発とめよう大行進」が終わってから
リンクへ行った。
案の定、
けいこさんが聴きたかった
コンサートは終わっていた。
関係者が
テーブルを囲んで
お茶を飲んでいた。

わたし達は
隣のテーブルで
コーヒーを
注文した。

アイスコーヒーを飲んでいると
隣から
「あれ、○○○さんかしら」と
ご婦人の声が聞こえてきた。

しばらくして
そのご婦人が
わたし達のテーブルに来て
わたしに向かって
懐かしそうに
「見たことがあります」
と言う。

「え!・・・」

わたしは
まったく見覚えがない。
どこかで
会った人なのだろうか?
何時
会ったのだろうか?

ニコニコしながら
「見ましたよ。
劇に出たでしょう!」
と言う。

知らないはずだ。

2月に箕郷文化会館で
市民演劇
「空っ風が吹く前に」に出た
わたしを見たのだそうだ。

髭を最近短くしたので
市民演劇に出た時の
髭と同じくらいだった。

それにしても
この顔を覚えていてくれたなんて
何とも
面はゆい
(この言葉
劇のセリフにあって
辞書で調べたことが
あったんだよなぁ・・・)

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デビュー

「原発とめよう大行進」に
参加することにした。

プラカードを
段ボールで作った。
今回の大行進の色は
黄色。

そこで
息子から黄色のTシャツを
嫁から黄色の日傘を
借りた。
造花のヒマワリも
ナップサックに付けた。

12:30に
自転車で市役所に行った。
まだ疎らだった。
準備の様子を見ながら
芝生でおにぎりを食べた。

1000人くらい
集まるかと思っていたが
400人くらいだったろうか。
明日は新聞休刊日
明後日に新聞に出れば
分かるだろう。

車道の左側を
プラカードと日傘を持って
行進した。
日曜なのに
歩道を歩いている人が
意外に少なかった。

もてなし広場で
人情市をやっていたが
こちらに関心を示す人は
ほとんどいなかった。

駅前と
慈光寺通りには
幾分人がいた。

スピーカー車2台が
大音響を出して行進。
その2台の間にいたわたし達は
両方から
音楽や歌や声が聞こえてきて
どちらに合わせたものか
迷うことがあった。

「ダメ絶対」という
言葉を繰り返して
行進した。
終わってから
資料を見たら
この歌詞が印刷された
紙片が出て来た。

今日の行進で
一番耳に残ったのは
「生きている間は 叫び続けよう
 やっぱり原発 ダメ絶対」
Dsc_0234_2

明治2年の
高崎五万石騒動では
高崎城へ4000人の農民が
行進して押し寄せた。
今日はその10分の1くらいの
規模だったのだろうか。

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ヒルクライム赤城のスタート

2500人が参加の
自転車競争のスタートの
様子を見に行った。

前橋合同庁舎近くのスーパーに
車を止めて
6:30頃
スタート地点に行った。
Dsc_0145

最初に
スタートするのは
タイムトライアルの選手だ。
招待選手は
ゼッケンに名前があった。

有名選手らしいが
この世界に疎く
全く知らない。
Dsc_0153

合同庁舎のスタート地点は
仮のスタートで
数百メートル先の地点から
タイムを計るとのこと。

7:00
ピストルの号砲で
ゆっくり
走り出した。
Dsc_0159

Dsc_0163

5分後
地元選手の集団が
スタート。

10分後
県外の選手の集団が
スタート。
Dsc_0176_2

500人くらいの集団が
5分おきに
出発した。

曇り空で
走るには
良い天気だ。

スタート地点には
臨時の中継大画面があり
時々
先頭の様子が
映った。

先程見た
ゼッケンの名前の
選手が1位らしい。

スタートを待つ
選手達が大勢待っていた。
Dsc_0172_2

漫才コンビの一人
らしいが
相棒が参加したらしい。
Dsc_0180

全員のスタートが
終わるまでには
時間がかかりそうだったので
4集団の出発を見て
帰ってきた。
Dsc_0186

Dsc_0193

追記

招待選手に賞金のことを
訪ねたら
優勝者に賞金は出ないとのこと。
名誉を掛けて
走っているようだ。
「自己満足ですよ」と言った言葉が
印象的だった。

HPをみると
参加費6000円うち
500円は大震災復興の
義援金とするとあった。

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2011年9月10日 (土)

中之条山里テーマパークの収穫祭

9:30に
中之条の道の駅「たけやま」に集合して
会場に向かった。

なかのじょう山里テーマパークさんの
HPに収穫祭が
紹介されたので
どうぞ

http://yamazatotaiken.blog96.fc2.com/





こんな山里で
収穫祭をした。
Dsc_0036

Dsc_0037

始まる前に
周辺を散歩した。
にらの白い花に
チョウ達が来ていた。

モンシロチョウ
Dsc_0045

ベニシジミ
Dsc_0051

イチモンジセセリ
Dsc_0055

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煙が上がっているのは
ピザ用の窯
Dsc_0065

ピザを入れ、
蓋をして
5分くらいで
出来上がる。
Dsc_0082

これはエコさんオリジナル
ムカゴのピザ
ムカゴとは山芋の実。
皆で試食して
感想を聞いたところ
好評だったので
山里レストランの
新メニューになった。
Dsc_0090_2

ハローインかぼちゃと
焼きリンゴ
Dsc_0107

二階から
庭を見下ろしたところ
ここで
沢山のご馳走を
いただいた。
Dsc_0102


エダマメ、焼きトウモロコシ、おでん

ホルモン焼き、ピザ、ウインナー焼き

じゃがバター、ポテトサラダ、

焼きリンゴ、ブルーベリーアイス、

かぼちゃスープ・・・

飲み物(生ビール、お茶)

ついつい食べ過ぎてしまった。

   

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2011年9月 9日 (金)

クライムヒル赤城

9月11日に
第1回の赤城登山自転車競争が
開かれる。

鈴ヶ岳から降りてきて
新坂平の土産店に
ソフトクリームを
食べに寄った。

そこに
練習で登って来て
休んでいる若者がいた。
愛知から来たとのこと。
明日は
今日の疲れの様子で
練習メニューを決めると言っていた。

定員が2500人のところ
3000人近い応募があり
抽選に当たったのだという。

店の人の話によると
速い人で1時間
遅い人は2時間を
超えるそうだ。

スタートは
早朝7:00
前橋市の合同庁舎。
競技中は車を止めるそうだが
初めての試み
上手くいくと良いのだが・・・

2500人をどんな風にして
スタートさせるのか
見たいものである。

それにしても
参加費が6000円。
参加者が2500人。
単純計算で1500万円。
主催者は
どのように使うのだろうか。

優勝賞金は
どのくらいなのだろう?

宿泊費等
前橋市に落ちる金は
なかなかのものだろう。

上手くいって
続けられることを
願う。

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鈴ヶ岳登山

西の空が
黒い雲で暗かったので
赤城方面に行くことにした。

長七郎に行こうとしたが
まだ登っていない鈴ヶ岳に
行くことにした。

新坂平の駐車場に
車を置いて
準備した。
車が他に1台だけあった。

白樺牧場の南隅が
登山口だった。
Dsc_0003

熊に注意とあったが
鈴を持ってきていなかったので
小枝を拾い
クマザサを叩きながら
「あるー日 森の中
熊さんに 出合った・・・」の
口笛を
吹きながら
なだらかな尾根筋を
行った。
が、しばらくして
返って熊に出合うのではと
思って
違う歌にした。

こんな注意書きが
あった。
Dsc_0005
何処にそんなわながあるのか
見当が付かない。
シカには
分からないのだから
人には
わなを図示してもらいたいものだ。

シラカバが
美しい。
Dsc_0008

南斜面を登っていると
地蔵岳が見えた。
Dsc_0013

大沼の上に
黒檜山と駒ヶ岳が見えた。
Dsc_0014

足下のアザミに
ヒョウモンチョウが吸密。
Dsc_0033

鈴ヶ岳に行く手前の
鍬柄山(くわがらやま)の頂。
1565M.
Dsc_0051

シカに食べられた跡、
思ったより
少なかった。
Dsc_0055

鍬柄山から下りて
鈴ヶ岳へ向かう。
Dsc_0056

大ダオ(山と山の間の一番窪んだところ)に
立派な
立て看板があった。
「前橋営林局」って
もう存在していないのでは?
Dsc_0062

頂上に近づくと
こんな岩場が
幾つかあった。
弱音を吐くけいこさんを
後ろから
励ます。
Dsc_0070

鈴ヶ岳山頂は1565M。
鍬柄山とまったく同じ
珍しい。
ほぼ2時間で来られた。

先に登っていたご夫婦が
帰るところだった。
焼岳や白馬山などの
山情報を聞いて
分かれた。

ここで昼食。
比較的広く
幾つも石碑が立っていた。
しかし
回りが木に覆われていて
展望は良くなかった。

Dsc_0080

少し昼寝をして
元来たコースを
1時間30分で
降りた。
途中もう1組のご夫婦が
登ってきた。
今日の鈴ヶ岳登山者は
3夫婦だった。

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2011年9月 8日 (木)

rice bowl

英作文

I made two cup of rice this mornig.

わたしは今朝ご飯茶碗を2つ作った。
と書いたつもりだったが
先生に
それでは
わたしは2カップのご飯を作っただよ
と言われた。

I made two rice bowls this mornig.

食べ物は bowl
飲み物は cup
に入れるそうだ。

Togei is too much diffcult.

と書いたら、
muchはいらない。
そう言うのなら

Pottery is very very diffcult.
と教えてくれた。

English is very very diffcult.

その後は
日本人の旅行団体が
パリ見物している絵を見ながら
英語で応答した。

40 years ago, I went to Paris.
と言うのがやっと。

100人の大学生の団体で行ったこと。
ルーブル美術館の中を走って見たこと。
5年前行った時には
ルーブルが混んでいたので
セーヌ川のほとりを散歩して
昼寝をしたこと。
夜のセーヌ川遊覧で
食事をしながらシャンソンを聴いたこと等
いろいろ言いたかったが
単語が出てこなくて
文法が不明で
十分
伝えられなかった。

I went to Paris three times.

1回目は 1970年 朝日洋上大学で
2回目は 2001年 オランダ研修旅行の帰りに
3回目は 2006年 Parisの友人の家を訪ねて

先生は
中央公民館の
フランス語講座を
申し込んだらOKとなったので
古くて小さい
天華堂書店でテキストを
買ってきたと言って
見せてくれた。
そして
French is very very difficult.
と言った。

実を言うと
この陶芸教室で
先生と知り合いになった。
1年足らずで
先生は
止めてしまったのだが、
半年前偶然、
井野川のサイクリングロードで
会ったのを契機に
英会話をお世話になることになったのだ。

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茶碗作り

7月は鳥海山登山で、
8月は息子の引っ越しの手伝いで
休んだ。

3ヶ月ぶりで
ロクロを回した。

ご飯茶碗を作ると
いつものように
先生が
修正。

今日は
指の使い方を
丁寧に説明してくれた。

基本は
脇を固めること。
脇が甘いと
手の位置が
ずれてしまうとのこと。

縁を切る時の
ピアノ線の持ち方、
縁を仕上げる時の
布の持ち方と
押さえ方も
指導してもらった。

一つ目は
ほぼ先生が
作った茶碗になってしまった。
そこで
2つ目に
挑戦。

2つ目は
ほぼ自分の力で作ったが、
先生に
「大き過ぎて
どんぶりだよ」
と言われてしまった。

茶碗の下の部分を
『高台』(こうだい)と言う。
この作り方のコツは
始め
少し大き目にしておくこと。
半乾きになってから
削って作るが
大き目にしておくと
大きさを調節できる。
始めから小さいと
大きくできないし
茶碗の底が垂れてきてしまうとのこと。

今まで
茶碗を作っていて
下の方が
垂れてしまったことが
よくあったので
先生の言葉に
納得した。

「高台」作りは
家に帰ってから
テーブルの上で
ロクロを回して
やった。

けいこさんが
「大分板に付いてきてわね」と
見ていた。

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2011年9月 7日 (水)

小春日のなかで 練習2回目

昨年参加した
高崎市民演劇が今年も始まった。

演出から
お手伝いして欲しいという要請の
電話があったので
第2回目の今日から
参加することにした。

演劇のタイトルは
「小春日のなかで」
ー老人ホームひまわり園ー

平成24年2月26日(日)公演
箕郷文化会館

メンバーは19人
1回生の女性3人は
応募して参加。
1回生の男性4人はサポーターとして
今日からの参加だった。

2回生は12人で
男性3人女性9人。

今日は
台本を読み合わせた。
初回なので
緊張した面持ちで
読んでいた。

内容は
老人ホームの日常を
描いたもの。
言い争いあり
認知症あり
恋愛あり
無断外出あり
文化祭あり
・・・
これから迎える人生を
予備練習するようなもの。

キャストは
1回生優先なので
2回生はサポートに回る。

昨年は
いろいろな方々に
支えられて
伸び伸びと
公演することができた。
今年は
その支え手に挑戦だ。

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2011年9月 6日 (火)

井野川へ

半年ぶりに行った。
まだ、
渡ってくるのには
早い
コガモが1羽。
のんびり
泳いでいた。
Dsc_0048

コンクリートに
上がって
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毛繕い
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バタバタ
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今の時期
コガモがどうして居るのだろうか?

仮説1
早く渡ってきた個体。

仮説2
羽を痛めて長距離を
飛べず、越夏した個体。

仮説3
昨年、越夏した個体(嘴に黒の斑点がある)で
この個体は北帰行を
しない。


アカタテハが吸密
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カワウが珍しく
電柱のてっぺんで
ひなたぼこ。
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2011年9月 5日 (月)

今日の上毛新聞

地域総合(16ページ)に

和三郎の校歌に誇り

高崎 佐野小卒業生が合唱


という見出しで
昨日の土屋文明記念館での
様子が紹介された。

和三郎の仕事と
和三郎が佐野小の校歌を
作ったことが
しっかり書かれていた。

写真の説明は

オルガンの演奏に合わせて
校歌を合唱する高崎佐野小の卒業生


とあり。
わたしの姿も
左上にはっきりと
写っていた。

的を得た
記事だった。






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高崎市立佐野小学校の初代校長

佐野小学校の初代校長は
小園江章氏だ。
明治22年~25年とある。

幕末
高崎五万石騒動に
参加した農民に
学問を教えたのが
小園江丹宮である。

小園江という姓は
珍しいので
章氏と丹宮は
繋がりがあるのではないかと
想像し
調べた。

上州路307号
1999年12月号
「高崎五万石騒動再考」

40ページ
東郷の指導者
小園江丹宮(1822~1899)のことが
書かれている。
筆者は新後閑雅太郎氏

ー略ー
・・・長男の章氏は教員となり、・・・
とある。

小園江丹宮の長男章氏は
佐野小学校の
初代校長だったのだ。



ところで
小園江丹宮の
没年は
明治32年7月31日。

丸茂元治郎の
没年が
明治38年7月31日。

ちょうど6年後の7月31日だ。
命日が同じ日だった。

私の誕生日は
1日違いの
7月30日。

もう1日遅ければ
生まれ変わりと
成れたのに・・・
成り損ねた。







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2011年9月 4日 (日)

石原和三郎の世界

平成23年9月4日(日)

土屋文明記念文学館の
第73回企画展
「童謡のふるさと」
石原和三郎の世界
ー「うさぎとかめ」発表から110年ー

上記の関連行事
「和三郎を歌おう」
講師 渡辺祐治
ー足踏みオルガン・アコーディオンと共にー
に参加した。

渡辺祐治さんのHP
「才気堂」
http://music.geocities.jp/umebaradomehouse/index.html

その中で
和三郎が作詞した
佐野小学校の校歌を
卒業生30人くらいと一緒に
歌った。
渡辺講師の
懐かしいオルガンの伴奏に
合わせて
歌った。

和三郎は群馬県内の校歌を
3曲作詞しているが
現在まで
歌われているのは
佐野小学校だけとのこと。

企画展を見た後
記念誌を購入した。
その時
学芸員に
わたしがお世話になった
童謡の作詞家
「五十嵐まさ路」先生のことを
尋ねた。

その学芸員は
五十嵐先生の仕事を
知っていた。
しかし、その年代の作詞家は
沢山いるので
取り上げることができなかったとのこと。

記念誌を
良く見たら
歌集「みんなの歌」の
作詞家の中に
五十嵐先生の名前が
あった。



追記

記念誌の最後の方に
群馬県の童謡作曲家が
3人紹介されている。
その中に
「浜欣治」という名前があった。

けいこさんが
よく「浜先生」と言っていたので
もしかして・・・と思い、
記念誌を渡すと
「中学3年の時の
担任の先生だわ。
音楽の先生だったの」
と言う。

懐かしそうに
「浜先生」の写真を
眺めていた。

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2011年9月 3日 (土)

高崎市立佐野小学校の校歌

佐野小学校の校歌は
明治32年11月3日に
作られた。
作詞 石原和三郎
作曲 田村虎蔵

  校歌
 
1 山川清き 上毛の
  佐野の名におう この里は
  からすの川の 昔より
  名に流れたる 里ぞかし

2 教えの庭に つどう子よ
  学びにわざに いそしみて
  君と親とに つくしつつ
  里の名あげよ いや高く

わたしの父母は
このように歌っていた。
しかし、戦後生まれのわたしたちは
2番を
次のように歌っていた。

1 山川清き 上毛の
  佐野の名に負う この里は
  からすの川の 昔より
  名に流れたる 里ぞかし

2 教えの庭に 集う子よ
  学びに技に いそしみて
  広く世のため つくしつつ
  里の名あげよ いや高く

戦後は
「君と親とに」のところを
「広く世のため」と直したようだ。

このことは
父母から聞いていたが
子どもだったので
特に気にしていなかった。

今回、
和三郎の作った校歌を
歌うに当たって
作詞者の意向を尊重すれば
原曲を歌った方が
良いだろう。

その時は
今歌っている歌詞の
経緯を話すようにしたい。

付記

石原和三郎は
1865年(慶応元年)~1922年(大正11年)
だから
戦後、歌詞を変更した際に
本人には
承諾を得ることはできなかった。

そのところは
どうしたのだろうか。

その時の校長は
10代校長 昭和19年3月~
11代校長 昭和21年3月~

この二人のどちらかの校長が
変えたものと
思われるが、
お二人とも冥界入りなので
今は
知ることはできない。

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「人間の建設」を一読して

年を取ったから
読めるというものでないということが
分かった。

教養がなければ
付いていけない。

・ベルグソンとアインシュタイン
・ピカソとゴッホ
・ドストエフスキーとトルストイ
・幾何学と相対性理論
・プラトン
・素読教育




おぼろげに
分かるところもあるが
分からないことの方が
多かった。

高校生の時より
見聞と体験を積んだから
同感したり
意見を異にしたり
することが少し多くなった。

分からないことや
知らないことが
多いことを
自覚させられたことが
一番の収穫だ。

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2011年9月 2日 (金)

著書「人間の建設」探し

友人のshipさんから
最近読んでいる本の紹介が
あった。

対話
岡潔・小林秀雄
「人間の建設」

shipさんは
文庫本で
この本を
読んでいるとのことでした。

「人間の建設」・・・

もしかしたら

買った本かも知れない。

そこで
探すことにした。

本棚の
ここだと思うところを
探したが
無い。

大まかに
分けて
列べているが
ずっと以前に買った本だから
見当たらない。

記憶違いだったのかと
半ば諦めかけたが
三脚を使って
上段の奧まで
探すことにした。

一番奥に
「人間の建設」が
あった。

開いてみると
最後のページに
わたしの高校の名前と
自分の名前が書いてあった。

奥付には
昭和40年12月10日
7刷とある。

わたしが高校2年の頃に
買ったようだ。

帯には
「磨きぬかれた叡智に溢れる人間への
深い省察と現代文明への鋭い批判。
日本の知性を代表する科学者と文学者の
貴重な心の触れ合い。」
とあった。

40年以上
眠っていたこの本を
眠りから
覚まそう。

漸く
二人の対話に
付き合える年になったのだから。

こんな機会を
与えてくれたshipさんに
感謝。




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2011年9月 1日 (木)

red rice

Typhoon will come to Gunma.

The cyclone came to New York.
      hurricane

Keiko made red rice yesterday.
                sticky rice

Because, yesterday is my second son's birthday.
                           was

She boiled rice with red beans.

The red rice was very delicious.

So, I ate red rice too much.
            too much red rice.

I made window screen.
  changed

おととい the day before yesterday

あさって the day after tomorrow

封筒   envelope

包む   envelop


先生は自転車で榛名山に登り、
時速60キロ位の速さで
降りてきた。
too dangerous と言ったら

Danger is fun.とのこと。

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