« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月31日 (月)

映画「ツレがうつになりまして」

久しぶりに映画を
見に行った。
けいこさんが見たいというので
付き合った。

18:30上映だったが、
観客はわたし達含めて
4人。

映画を見ていて
いつも
居眠りをしてしまうのだが
今夜は
珍しく眠らなかった。

うつも人によって症状は
様々だ。
この映画では
真面目な夫がうつになり
妻が支えるという設定。

「うつは心の風邪」で
誰もが罹る可能性がある。
しかも直りにくい風邪だから
上手く付き合って
行くことが大切とのこと。

原作はコミックであるが、
隠されがちな心の病を
世間にここまでオープンした功績は
非常に大きい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

嶺公園へ鳥見に

数日前
嶺公園にオシドリという情報が
野鳥の会群馬の掲示板に出た。

そこで
嶺公園に出かけた。
水抜きが始まっていて
水位が大分低くなっていた。
Dsc_0001
いたのは
カルガモ、マガモ、カイツブリだった。

まだ木々は紅葉の前で
葉が多く、鳥影は見難い。

シジュウカラ、メジロ、ゴジュウカラ
などが見られた。

撮れたのはチョウ。
チョウのようなイカリモンガ
オレンジが錨の形に見えますか?
Dsc_0037 

土着してしまったツマグロヒョウモン・メス
Dsc_0019

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月30日 (日)

ブータンシボリアゲハ

NHKニュースで
新聞で
幻のチョウ
「ブータンシボリアゲハ」が
日本の昆虫学者達によって
捕獲されたと
報告された。

今夜NHKで
その様子が放映された。

ブータンの東方の山岳地帯に
日本人の調査隊(数人)が1週間滞在して
成虫の捕獲、
食草の解明(ウマノスズクサ)、
産卵の様子(山盛りに産み付ける)、
などを明らかにした。

ブータンの自然保護担当者達に
この蝶の保護対策情報を
伝える活動も紹介された。

山で生きる人々が
適当に伐採をして
森を守っているので
この貴重なブータンシボリアゲハが
生存していると分析していた。

ブータン人によって
このままの状態が
続くように保護してもらいたいと
願わずにはいられなかった。

黒い羽に白の縦縞模様の
アゲハが
ブータンの
谷間の木立の上を舞っている姿を
この目に焼き付けた。

NHKの科学文化部のブログ
取材裏話
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/100/99535.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ばったり

近所の鮮魚スーパーで
Uさんに会った。

Uさんは
けいこさんの昔の英会話教室の
仲間。
わたしの昔のオランダ研修旅行の
仲間。

数年ぶりだったので
近況報告をした。
退職旅行のこと。
チャリティコンサートのこと。
常念岳登山のこと。
近々蕎麦打ち会を予定していること。
等々・・・

Uさんは卒業まで
まだ10年あるとのこと。
いろいろなことに挑戦するUさんなので
今度
何かやる時には
声をかけたいと伝えた。

籠が一杯のわたし達
籠が空っぽのUさん。
買い物ができなくなるといけないので
Uさんと慌ただしく分かれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

文化祭 2日目

午前

かるた会に参加希望の小学生は
来なかった。
会員同士で対戦した。

午後

紙芝居は
迷道院高崎さんご夫妻、
当公民館の理事さん2人、
妹一家4人(1人は幼児)、
会員等で
会場は満席
読み甲斐があった。
Dsc_0016 

めくりやすくするために
始めの数枚を紙芝居の枠から外して
読むことにした。
馬の蹄の音は
紙コップでパカパカと
擬音を作ったが
それほど効果的ではなかった。
Dsc_0019_2

今日は
半分ほどで休憩を入れた。
そこで
差し入れの団子タイム。

一休みして
読み始めた。
ところが
休んだせいか
盛り上がっていた状態に
戻すことができなかった。

読み終わってから
「群馬のお山」を
歌った。
最後の紙芝居の絵
(稲穂がたわわに実っている田んぼと榛名山)を
見ながら・・・
Dsc_0022

TさんがVTRに
記録してくれた。

午後は紙芝居と平行して
かるた会をした。
6組くらいの対戦ができて
かるた会らしくなって
楽しかった。

15:00に文化祭は終了。
後片付けをして
16:00には
公民館を出た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月29日 (土)

文化祭 1日目

紙芝居

見に来た人は2人、
それも1人は途中で退出。
会員が数人、見てくれた。

約1時間かかった。

見た人の感想と意見
・講談調だった。
・めくりにリズムがなかった。
 スムーズにめくるようにしたい。
・子供用の短い紙芝居を新たに作りたい。

かるた

地域の子どもが2人希望しているとのことだったが
来なかった。
希望書に希望日(29日・30日)の欄が無かった。
来たのは教頭さん、
そこで
会員がするのを見てもらった。

読み手をしてみて
・ちょっと読みにくい読み札があった。
・空読みの札は暗記しておく必要がある。
 「あっぱれと、歴史に残る高崎五万石騒動」
・役札を覚えること。
 「あ」「ほ」各3点
 「う」「す」「ひ」 各2点 この3枚が揃えばボーナス7点


時間があったので
H氏とT氏と3人で雑談。

富岡製糸を世界遺産に登録してもらうための
運動をしていることから
群馬の養蚕についての話で盛り上がった。

群馬の養蚕が盛んになったのは何時頃からか?
1 明治初期の官営の富岡製糸工場が作られた頃から

2 江戸の末期、日本の輸出品の中心は絹だった。
  群馬の百姓も絹を生産していたのではないか。  

3 江戸末期の百姓は年貢を米で納めていて
  養蚕による収入があったようには見えないのはどうしてか?

4 養蚕は奈良時代から多胡地域などでは
  行われていた。
  江戸時代の群馬の養蚕状況はどうなっていたのか?

5 天明3年の浅間の噴火は大変な災害だった。
  養蚕をしていたとすれば桑などに大きな被害があったはず、
  当時の資料から養蚕状況が推測できるのではないか。

結論
  江戸時代の農業経済の基本を学ばなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月28日 (金)

文化祭の準備

午前中は
高崎城趾公民館で
かるたと紙芝居の会場作り。

紙芝居の会場には
かるたの原画を14枚、
五万石騒動の概要を
パネルに掲示した。
当会で作った販売品
物語り、
詩集、
CD、
DVD、
かるたを
列べた。

かるた会場は
8畳間を2間。
入口の上方に
横断幕を貼った。

会員はほとんど
後期高齢者の方々だ。
わたしは
若者ナンバー2
三脚に乗って
頑張った。

午後は
家にこもって
紙芝居とかるたの練習。

分かりにくい言葉
高札(こうさつ)=立て札
徒罪(ずざい)=刑
夜の目(よのめ)=夜も寝ないで
等を調べた。

かるたでは
連判状に「れんんじょう」と
カナが振ってある。
わたしは
「れんんじょう」と読んでいたので
連判状を調べてみた。
「れんんじょう」は
「れんんじょう」とも言うと
あった。
どっちでも良かった。

紙芝居は45枚、
丁寧に読むと
1時間はかかる。
20枚くらいにした方が良いとの
意見があったが
今からでは辻褄合わせが
難しい。
全部読むことにしよう。

いよいよ
かるた大会が
明日になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月27日 (木)

疑問文

1 Who did you visit?

   I visited my granny. おばあさん

2 How many photographs did you take during your holiday?

   We took a lot of photographys during our holiday.

3 How long did you stay?

   I stayed for a month.

4 How did you come home?

   I came home by train.

5 Where did she go?

   She went to the shop.

6 When did you loose your keys?

   I lost my keys while I was skatig.

7 What did they speak?

   They spoke English.

8 Why did she cry?

   She cried because her parrot flew away.オウム

9 What kind of pie did you bake?

   I baked an apple pie.

雑談1 隠喩

先生がフォークを歌って

喉が痛いと言ったので

中学校の頃覚えた歌を口ずさんだ。

「マイケル ロウザ ボートァショ ハレルーヤ!」

先生は聴いたことはないと言いながら

Mickeal row your boat ashore.  Hallelujah!

と書いた。

そして metaphor( 隠喩)の歌だと言う。

row your  =  choose God      

boat  =  life

ashore   =   heaven  天国

信仰の歌だと教えてくれた。

そんなことが隠されている歌だとは

知らなかった。

ということでネットで探したら

その通り、黒人霊歌だった。

http://www.worldfolksong.com/songbook/usa/spirituals/michael.htm

雑談2 呼び名

Bob  →    Bobby
John  →  Johnny  となる。

そこでわたしは

かず○○ → かずちゃん、かずぼう と

小さい頃言われていたと言うと

先生は、それからはわたしのことを

「kazutyan」と呼んだ。

雑談3 発音練習

RとL、HとFの発音が難しいと言うと

来週はそれらの発音練習をすることになった。




 

         

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小春日のなかで 練習9回目 

昼食は箕郷町にある
知人の食堂だった。
食べ終わる頃
カメラ担当のEさんが
入ってきた。

同席して
Eさんから
半生を聴くことができた。

昭和11年生まれだから
一回り上だ。
知らないことが
沢山あった。

生まれ
学校
仕事
趣味
等々
話は尽きなかった。

箕郷文化会館に行く途中
榛名山が
よく見えた。
Dsc_0050

前半は
男女に分かれて
踊りの練習。
どじょうすくいの練習は
きつく汗が出た。

後半は
2場・3場の半立ち稽古。
各自の動きを確認しながら
進めた。

わたしの出番は
無かった。


練習後
去年と同じ会場で
懇親会をした。

新しい男性役者と
飲みながら話ができた。
合唱団や食堂の話で
お互いが知っている事柄が
思いがけず出て来て
面白かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月26日 (水)

第81回公募 ぐんまの日本画秋季展

今日が最終日だったので
会場の県民会館展示室に
出かけた。

目的は
従兄弟の作品。

今回は
従兄弟から
「明日はお早苗饗(おさなぶり)」という
タイトルだと
いとこ会で聞いたが
その言葉を
知らなかった。
その時、教えてもらった。

田植えをしていた頃のこと
田植えが終わって
一休みする日のことを
お早苗饗と言ったという。

田から帰ってきた馬の背から
鞍を外している絵だった。
Dsc_0002
                 会員・委員 丸茂利夫

馬が目を細めて
安堵している。
苔むす藁屋根が懐かしい。

後ろの家は
従兄弟の生まれた家だ。
わたしは子どもの頃
この家に
よく遊びに行っていた。

玄関を入ると土間だった。
北側に竈があった。
もしき(薪のこと)で米を炊いていた。

リヤカーが馬の向こうに見える。
稲束を高く積んで
田んぼから家まで
運んだ。

従兄弟の絵から
小学生の頃
農作業の手伝いを
したことを思い出した。



県民会館の敷地には
以前、群馬大学の校舎があった。
県民会館の東側は公園になっているが
わたしが大学の2年までは
ここに
プールや体育館があった。
教員の宿舎もあった。
Dsc_0006

綺麗に手入れされた
芝生の公園には
近くの幼稚園の園児達が
遊んでいた。
落ち葉を集めていた。



この公園には
近くの学校に勤務していた時
子どもを
連れて来たことがあった。

その時
滑り台の歌を作った。
http://homepage3.nifty.com/k2-kagayaki/uta.suberidai.htm

その滑り台は
無かったが
新しい幅の広い
滑り台が設置されていた。
Dsc_0046


こんな感慨に
耽る者も
年々少なくなって行くのだろうな。



花壇の花に
しがみついて
ヤマトシジミが
吸蜜していた。
Dsc_0014

Dsc_0028

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月25日 (火)

紙芝居「高崎五万石騒動」

この紙芝居は
昭和20年代に作られた。

その絵は
わたしのいとこが
描いていた。
そんな関係で
わたしは小学生の頃
その紙芝居を見たのを記憶していた。

この紙芝居は
いとこが保管していたが
借りに来る人には
貸し出していた。
ところが
いつの頃か
貸し出したまま
行方不明となってしまった。

いとこは自分が10代に描いた
この紙芝居には
思い出と愛着があった。
わたしはいとこが口惜しい想いで
いることを
知っていた。

数年前、
この「高崎五万石騒動」の紙芝居が
復元されたというニュースが新聞に載った。
その記事を読むと
作者が不明で探しているという。

そこで
紙芝居を復元した高崎五万石騒動研究会に
絵を描いたのは
わたしのいとこであると知らせた。

研究会では
残された紙芝居のスライドを
元にして紙芝居を復元していた。
そのスライドには
文と絵の作者の名前が無かった。

              表紙のスライド
Img_0001_2


表紙の左下に
文と絵の作者名が
あったはずだと
いとこは言うが
見えない。
スライドを撮す時に
消えてしまったのだろうか。

そのことを
知った研究会のMさんが
表紙の絵をパソコンに取り込み
僅かに残っていた文字を
拡大して分析したところ
文は酒井真右
絵は丸茂利夫
であることが明らかになった。
http://homepage2.nifty.com/mint-ap/kohken/5man/#cont014

そんなことで
ようやく紙芝居の作者が
明らかになった。

そして
紙芝居は
研究会のOさんが中心になって
復元した。
また、Mさんが中心になって
紙芝居をCDやDVDにして
売り出した。



今年の城趾公民館の文化祭では
高崎五万石騒動「かるた大会」を
企画した。
それと共に
この紙芝居も上演することにした。
その読み手をわたしがすることになった。

そこで今日、
復元した紙芝居を
一通り読んでみた。
全部で54枚あり、
文も長い。
読み終わるのに
1時間くらいかかった。

明治初期の事柄なので
意味が分かりにくい言葉もある。
そう言う言葉は
読み砕くことにした。

紙芝居としては
長いので小さい子どもには
無理があると思われるので、
大人の紙芝居として
上演しようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月24日 (月)

プリンター作動開始

買い換えた
プリンターで
箱根に行った「いとこ会」の写真や
青木村に行った「高崎五万石騒動研究会」の
写真を印刷した。

後期高齢者の仲間入りしたいとこから
写真も始末しにくいから
最低で良いわと言われた。
だから
今年はスナップ写真は
焼かなかった。
集合写真を3ヶ所で撮ったので
その3枚を参加家族分(11家族)焼いた。
幹事に明日郵送する予定。

L板を2枚、2L板を1枚にした。
写真の下に
タイトルと場所と日付を入れた。

終わりの頃になったら
インクが少なくなったことを告げるサインが
点滅しだした。
灰色が足りなくなるようだ。
買う時に、インクのカートリッジが
小さくなったので交換が速くなるだろうと
危ぶんだことが現実になってしまった。

明日店に行って
買いたしておこう。
それにしても
インクの消費が速い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月23日 (日)

お宮参り

近くの神社で
孫のお宮参りをした。

その前に
写真館で記念写真を
撮った。

息子が成人式で
お世話になった写真館。
十数年振りに店主と
挨拶を交わす。
息子のことは
思い出さなかったようだが
わたしのことは
分かったようだった。

何枚か撮り
そこで直ぐに画像を
見せてもらって現像するのを
選んだ。
孫が
泣き出す直前の写真が
一番良かった。

写真館の玄関の
ホトトギスに飛んできた
キチョウ。
Dsc_0007


静かな社殿で
Dsc_0009
一通りの儀式を
厳かにしてもらう。

式の中で
神主さんが
横笛の演奏を始めた時だった。
聞き慣れない音に
孫が
突然泣き出した。

昼食は自宅で
嫁の母と姉、
次男家族と一緒に
賑やかに食べた。

今朝
けいこさんが
5時起きして蒸かした赤飯。
嫁の母が作ったいも汁等・・・
みんなで
美味しく食べた。

この孫が
成人式を迎える頃は
80代に成っている。
元気に祝いたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHK小さな旅

今朝の小さな旅は
北海道は大雪山の
黒岳の旅だった。

今まで放送された旅で
自分が行ったところは
ほとんど無かった。

しかし、黒岳は
昨年の9月15日に登ったので
どこで撮影したのかが分かった。

以下の画像は全て昨年撮影したもの。

中央奧が黒岳山頂
Dsc_0058

ロープウェイ駅
Dsc_0062

下の方は晴れていた。
Dsc_0067

紅葉が始まっていた。
Dsc_0094

山頂は霧が流れていた。
Dsc_0099

今回は山頂から少し下りたところにある
石室小屋に焦点を当てた
放送だった。

わたし達は
その石室小屋の庭で
昼食を摂った。
エゾリスが小屋の中に
入ったり出たりしていたのを
思い出した。

石室小屋、中は薄暗かった。
Dsc_0215

Dsc_0216

シマリスが
出たり入ったりしていた。
Dsc_0227

放送では
ナキウサギも映し出されたが
わたし達はナキウサギを
残念ながら
見ることはできなかった。
さすがNHKの撮影隊だ。

霧が消えると遠くの方まで
見えた。
Dsc_0185_2

岩の上にちょこんと
シマリス。
Dsc_0200

チングルマの綿毛
Dsc_0206

少し霧があって
遠くははっきりしない。
Dsc_0241

ズームイン
Dsc_0242

赤はウラシマツツジ
白はチングルマの綿毛
Dsc_0245

近くの葉の上で
食事をしていたシマリス
Dsc_0273

わたし達に驚いて
すぐに木陰に入った
Dsc_0279

放送では
ここで写真を撮っている
ご夫婦の紹介があった。
この岩が好きで
納得のいく写真が撮れるまで
何時間でもいるとのこと。

偶然だが
わたしもここの岩を
撮っていた。
Dsc_0297

見終わってから
電話が鳴った。

何と旭川に住む高校時代の
友達からだった。
お母さんの葬儀のため
急遽、帰高したとの
電話だった。

NHKの小さな旅は
見ていなかったようだったので
黒岳の話をすると
先週
日本で一番綺麗な紅葉と言われている
層雲峡へ紅葉を見に行ったところ
生憎の雨だったとのこと。

去年
層雲峡近くのユースに泊まって
黒岳に行ったことを
思い出した。

大雪山系の
旭岳、黒岳、赤岳の3山を
3日間で登ったのだった。
去年は
エベレスト街道に行くために
よく頑張ったなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月22日 (土)

群響 第476回定期演奏会

指揮:ガエタノ・デスピノーサ

前半
ベルディ/ 歌劇《シチリア島の夕べの祈り》序曲

チャイコフスキー/ 弦楽のためのセレナード ハ長調 作品48

後半
チャイコフスキー/ ロココ風の主題による変奏曲 イ長調 作品33
  チェロ:ルイジ・ピオヴァノ

レスピーギ/ 交響詩《ローマの松》

以下(青字)は群響のHPからの引用


デスピノーサは1978年生まれのイタリアの若手指揮者、作曲家。
03年から08年までドレスデン国立歌劇場のコンサートマスターをしていたが、今は指揮と作曲に専念している。
若干33歳。

チェロのピオヴァノはポリーニからも信頼されているイタリアの奏者。

チャイコフスキーはイタリアが大好きで、頻繁に旅行していた。

レスピーギの「ローマの松」の最終部分、ブラスが咆哮、炸裂する大音量と迫力は、客席を圧倒するはずだ。


デスピノーサはイタリア人だけ合って
ベルディとレスピーギの曲は
楽譜なしで
堂々と指揮をした。
明るく力強く素晴らしかった。

チェロの
ピオヴァノは
技巧派だった。
アンコールに応えて
群響のチェロ奏者たちと一緒に
演奏したのは
「赤とんぼ」だった。
グルチンさんと隣り合っての
演奏だった。

解説にあった通り
「ローマの松」の最終部分は
様々な楽器が一同に
フォルテッシモ!
もの凄い迫力だった。

最近
リンクで知り合ったトロンボーンの
小田原さんは
舞台の左袖に立ち
トランペットと並んで
力強い演奏をしていた。

拍手が鳴り続き
何度も指揮者デスピノーサは
控室から出て来て
聴衆に応えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中之条で蕎麦打ち会を計画

11月13日(日)
中之条の山里で
友人達を誘って蕎麦打ち会を行う。

今日はAさんと打合せをした。

Aさんは
蕎麦打ちの会に入っていて
いろいろな蕎麦打ちの行事を
していて詳しい。
汁もかえしとだし汁で
作る。

会場(今秋、収穫祭をした農家)
参加者(最高20人とする)
    高崎からはチャリティコンサートの関係者
    中之条は山里の会のスタッフ
材料と道具
蕎麦打ちの手順
会費
等を決めた。

メニューは
蕎麦と天ぷら
そしてピザ。

ピザは
中之条の山里の会に
お願いする。

高崎を8:30に出発して
10:00から準備
12:00から会食
(天気が悪かったら室内)

Aさんは蕎麦関係の食材を
わたしたちはその他のものを
買うことにした。

あと3週間だ。
里山の会とよく連絡を取り合って
楽しい蕎麦打ち会にしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高崎五万石騒動研究会 10月例会

高崎城趾公民館の文化祭は
10月29日(土)30日(日)の
2日間に渡って行われる。

当会は
高崎五万石騒動かるた大会と
同紙芝居を行う。

今日は
その打合せをした。

お知らせ

かるた会
10月29日(土) 13:00~15:00
10月30日(日) 10:00~12:00
個人戦と団体戦(1チーム3人)があります。
参加賞や賞品を用意しました。

紙芝居
10月29日(土) 10:00~12:00
10月30日(日) 13:00~15:00
わたしが読みます。
会場にはかるたの原画や
研究会の概要を展示します。

どうぞ
お出かけ下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月21日 (金)

庭の草むしり

わたしが現役の頃
退職した父は
庭や畑の草むしりを
朝から晩まで
黙ってしていた。

だから
草は余り生えてはいなかった。

わたしは退職しても
出歩いてばかり
家にいたことがない。

だから
庭も畑も
雑草だらけ。
庭木は伸び放題で
雑木林状態だ。

そこで
今日は草むしり。

むしってもむしっても
まだまだ草だらけ。
もう少しすれば
草たちは
枯れてしまうのであるが・・・

ほんの少し
生前の父の真似して
今日は一日中
草むしりをした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月20日 (木)

真緋の会(エッセイ) 10月例会

午前中
今月のテーマ「ルール」の
文章を書いた。
先日行った青木村のことを
「御法度」というタイトルで。

午後
サイフが見つからず
あっち、こっちを探したり
心当たりに
電話をしたりで
頭の中はサイフの在りかで
一杯になってしまった。
夕方になって
やっと見つかった。

大安心で食事をしていたら
電話。
「今日は真緋の会ですよ。どうしたんですか?」
「・・・あれ!すっかり忘れていました」
と言うことで
夕食を中断して
大急ぎで
中央公民館へ出かけた。

自分の資料を出したら
それは土曜日に提出する会計報告書だった。
慌てて出て来たので
せっかく書いた文書と勘違いして
会計報告書を
持ってきてしまった。

サイフを忘れる。
真緋の会を忘れる。
資料を忘れる。
3連続だ。

これじゃぁ
正真正銘の健忘症だ。

エッセイの概略
Nさん「規則」
 身近にある規則違反について
 駐車の仕方を守らない、
 車の出し方の指示に従わない、
 停車中の車から吸い殻を捨ててしまう、
 等々
 目に余る規則違反をなくしたい。
 
Oさん「遅い者勝ち」
 80歳になったOさん
 老化と認知症は遅い者勝ちという。
 そのためにルールを考えた。
 調理と洗濯以外の家事はすべて
 手伝う。
 奥さんの話をよく聴き
 要望にはこまめに付き合う。
 反サプリメントであったが
 勧められれば食する。
 等のことを実践しているという。
 いつも
 感心させられる。

Mさん「ルール」
 昔の家長制度の中には
 決まりがあった。
 父や母の食卓の位置。
 子どもに対する厳しい躾け。

 最近、自転車の中学生に
 突然道路に飛び出された。
 現在は躾けができていないのではないか。
 最低のルールを子どもたちに
 身に付けさせなければ
 ならない。
 それは大人の責任でもある。
 と締め括っている。

いちじん「御法度」
 資料がないので
 青木村の一揆と
 それを育んだ村の伝統精神が
 平成の大合併にも応じなかったところに
 通じるのではないかと報告した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デンマークの高脂肪食品税

Denmark    デンマーク

Danish      デンマークの

Danes       デンマーク人

肥満対策に高コレステロール食物に
税金をかけるというデンマークの話。

具体的には
potato chips
milk
cheese
pizza
meat
oil

The new tax will help people eat less fatty food.
新税は高脂肪食物の摂食を減らすのに役立つだろう。

デンマーク人の10%が肥満で
政府はその数字を下げようとしている。

イギリスでは20%とあった。

先生がアメリカでは75パーセントですと
付け加えた。

医者は
デンマークでは太りすぎの死亡率は4%と言っている。

イギリスの医者達は
高脂肪の食物に税金をかけることにより
心臓発作で亡くなる人の数を減らすことになるだろうと
言っている。

heart attack 心臓発作
because of   ~ために

以下はわたしのコメント

太りすぎは健康に良くないのは
分かっているが
なかなか減量するのが難しい。
減量すれば
血圧は下がるし
コレステロール値も下がるのだから・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すみかくらぶ 692号

今朝の上毛新聞の
折り込みの「すみかくらぶ」に
息子の住宅が紹介された。

1面に建設会社の社長と一緒に
家族が写っていた。

年齢はカットしてもらって
出ていなかった。

3面にインタビュー記事と
室内の写真が載っていた。

売りは
「健康、温もり、エコ」
県産材を使い、
壁は珪藻土にした。
片流れの屋根に太陽光パネルを
沢山設置した。
その発電のお陰で
月に1万円くらいの収益を
得られるとのこと。
それには驚いた。

インタビューの記事は
無難にまとめられてあった。

孫は保育園で
新聞に写真が出ていたことを
何人かに言われたそうだ。

建設会社のPR(publick relaitions)で
取り上げられたのであるが
ここまで
詳しく報じられると
気恥ずかしいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月19日 (水)

小春日のなかで 練習8回目

劇中で
女子はジャズダンス
男子はどじょうすくいを
踊る。

今日はストレッチのあと
男女に分かれて
それぞれの踊りの練習をした。

どじょうすくいのビデオを
使って
基本的動きを練習した。

他愛ない
おかしな踊りと思っていたが
どじょうすくいの
日本一の踊り手の動きは
奥が深い。

ほとんど
中腰のままで
テンポの速い踊りなので
真似をして踊るのは
それは大変だ。

マスターすれば
宴会芸のひとつとして
披露できるが
果たして
自分のものに
できるだろうか・・・

道具は
しょうぎ、ざる、豆絞りの手ぬぐい、5円玉
衣装は
浴衣、スパッツ(半ズボン)

中休みに
ポスター用の写真を
一人ずつ撮った。
昨年は白のYシャツだったが
今年は黒のTシャツ。

後半は
1場の半立ち稽古をした。

わたしは
出番がないので
動きをじっくり見ていた。

台本の読みが浅く
出入りや動きを入れると
セリフが
疎かになる。
演出がセリフを
大きな声でしっかり出すように
言っていた。

昨年より
半立ち稽古に早く入ったように
感じられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カイコの雌雄鑑別

今夕、
義母に
岩鼻の火薬所に務めていた頃の話を聴いた。
すると
その仕事をする前に
蚕の雌雄を見分ける仕事を
していたという話が出て来た。
小さな紋様を区別するので
目が良くなければこの仕事に
着けなかったそうだ。
下仁田や沼田、
県外(鴨川、伊豆)などへも
出かけて行ったとのこと。

ひよこの雌雄の鑑別は
知っていたが
そんな仕事が在ったとは
今まで知らなかった。

そこで
蚕の雌雄の違いを
図示してもらった。
60年以上前のことなのに
鮮明に覚えていた。
カイコの尻の方を押さえると
メスには4個
オスには1個
斑紋が出るとのこと。

よくカイコの卵を「種」と言っていたが
「種」を扱う種屋から
依頼された農家では
良い卵を産ませるために(交雑しないように)
カイコを幼虫うちから
オスとメスを分けて育て
その繭を種屋に納めたのだそうだ。

雌雄の鑑別する機会は
今は殆どない。
でも、
いつか、
義母の往年の腕を
見たいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月18日 (火)

ラジオ高崎

迷道院高崎さんがブログで
イベント研究家の
熊野卓司さんの講演会の様子を
報告した。
http://inkyo.gunmablog.net/e200436.html

熊野君とは高校が同期で
年に何回か一緒に
酒を飲む機会が有り
彼から彼の活躍振りを
聴いていた。

熊野君から
ラジオ高崎に出演していると
聴いていたが
今までその番組を聴いたことが無い。
そこで
放送日を問い合わせるコメントを書いた。
すると
さすが1日に150~300も
アクセスのあるブログだけに
「火曜日10:00から放送」との
書き込みがあった。

今日は火曜日、
忘れず
10:00から聴いた。

はじめに熊さん
ブログに自分のことが紹介されていたと
いう話をした。
迷道院高崎さんのブログを
プリントアウトして
持って来ていた。

熊さんが
話題にしたのは
夕刊フジや上毛新聞に
最近書いた自分のイベントに関する
記事のことだった。
大食いの話や
フラフープの話、
御菓子のおまけの話もあった。

同世代なので
話を聴いていると
昔のことが思い出された。
それにしても良く情報を
調べているものだと
感心した。

次週の話題は「酒」とのこと
聞き逃す訳には
行かなくなった。

ラジオ高崎
火曜日10:00から・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月17日 (月)

あぁ・・・会計報告

2日間の研修旅行の
運転手をしたが
会計もおおせつかった。

収入は会費の15000円と
追加徴収の1000円。
8人分で128000円だ。

支出をトータルして収入から
差し引きすると
合わない。
どうしても
現金が2000円余る。
・・・
何回計算しても
同じ。

自分のサイフには
会の金は入れないで
別のバックの中で
出し入れしたのだから
一緒になるはずはない。
・・・

ちょっと
けいこさんに
診てもらった。

ガソリンと運転手代が17000円と
あるのを見て
お礼はいくらもらったのと言う。
「一人7500円」
けいこさんが言った。
「二人で17000円とあるけど
15000円でしょ、
2000円余る訳よ」
と誤りを発見してくれた。

何でこんな間違いを
してしまったのだろう。
単純なかけ算を・・・
トータルの誤りではなく
項目内の誤りだったのだ。

それにしても
けいこさんは
よく発見してくれた
もんだ。
助かった。

しかし
ここでも
また
認知症が近づいたことを
気付かされた。
いや、
すでに
認知症に
入っているのかも・・・

けいこさんが
エクセルで
表を作れば良かったのに
と言ってたけれど
項目内の単純計算をミスしていたのでは
エクセルを使っても
間違いを起こしていたに
誤いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月16日 (日)

間に合った

群馬県の合唱祭が
今年は音楽センターで
行われた。

わたし達の合唱団の
出場は夕方の部で
集合時刻が
18:30だった。

青木村研修旅行と
バッティングしてしまったので
合唱祭には
参加できないと思っていた。

ところが
上信越高速道路が
スムーズに流れていたので
合唱祭に間に合った。

旅行気分を合唱モードに
切り替えて
けいこさんと音楽センターに
向かった。

男子は
黒の上下に黒の蝶タイ。

音楽センターの
舞台で歌うのは
2回目になるのだろうか・・・

1回目は
中学校3年の合唱コンクールだった。
我が中学校は合唱クラブに
男子がいなかったので
音楽のT先生が何人か男子を
ピックアップした。
その中の一人がわたしだった。

歌ったのは
「遠き山に日は落ちて・・・」
と歌う
ドヴォルザークの新世界よりの
主旋律だった。(アメリカ民謡という説もある)

そのT先生からは
中学2年生の時
歌う楽しさを
教えてもらった。
教科書の歌を
全部歌えるようになったことを
記憶している。

T先生は
教員になる前、
群馬交響楽団にいたことも
あったそうだが
そのことは
卒業して大分後から
知ったことだった。

静かなものの言い方で
音楽の楽しさを
そして
歌う楽しさを
教えてくれた
先生だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青木村訪問記 第2日目

今日は天気が良かった。
朝風呂に入りながら
霧が流れて消えていくのが
見えた。

4ヶ所のお墓を
Wさんに案内してもらった。
Dsc_0103

村の中を
縫うようにして
走ってその場所に
連れて行ってもらった。
Dsc_0109

Dsc_0116

Dsc_0119

Dsc_0131

Dsc_0142

Dsc_0161 

それぞれのお墓から
夫神岳(おかみだけ)と
十観山(じっかんざん)がよく見えた。

4ヶ所の案内を
してくれたWさんにお礼を言って
分かれた。

昼は
道の駅でそれぞれが
食券を買って
食べた。

日替わり定食にしたら
けんちん蕎麦と炊き込みご飯、
ボリュームが
あった。
Dsc_0176

そこの売店には
近くで取れた松茸が
沢山並んでいた。
1本4000円。
3本で12000円。
新鮮で美味しそうであったが
手が出なかった。

Tさんの提案で
午後は上田城に
寄ることにした。
Dsc_0186

Dsc_0192

Dsc_0197

内堀があまりにも
深いので
驚いた。
紅葉が始まり
観光客も多かった。

5回目の一揆で
火事になった町並みが
あったと思われる道路を
通って上田駅に行った。

上田名物のみすず飴を
それぞれが買って
高速道に向かった。

高崎には
18:00頃無事着いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月15日 (土)

青木村訪問記 第1日目

高崎五万石騒動研究会の
研修旅行    1泊2日(one night two days)

長野県の青木村(一揆の歴史を大切に残している村)
参加者 9名(車2台)1名欠席
出   発 9:00
天   気 雨天

上信越高速道路の上田インターで降りて
上田バイパスを経て
青木村に入った。

大法寺の三重塔(国宝)は見事だった。
Dsc_0018

Dsc_0021

蕎麦屋「さかい」で昼食
蕎麦尽くし。
Dsc_0035

店の回りは
蕎麦畑が広がっていたので
信州産とばかり思っていたら
自慢そうに
「うちは北海道産の蕎麦粉を
使っています」と
思いがけない言葉。

長野で北海道産の蕎麦と
拘るだけあって
美味だった。

平成22年3月に完成した
青木村歴史文化資料館を
見学した。
Dsc_0061

総工費
およそ7000万円
この小さな村で
よく造れたと
感心した。

Wさんに館内を
案内してもらった。

江戸から明治初期に
かけて
5回の一揆を
起こしたとのこと。

わたしは
夢として
高崎五万石騒動
義民記念館を
造りたい。

そこで
どのようにして
この資料館が
建てられたのか
質問した。

資料が散逸しないように
意図的に集めていたこと。
村の一揆を
研究していた人が
近くにいたこと。
補助金を
活用したこと。(半分は補助金)
10年余り前に
義民サミットを
立ち上げて
義民のお墓に
記念碑を建てたこと。
村を挙げて
取り組んだこと。
等が述べられた。

古い資料だけでなく
最近描かれた
一揆の様子の絵も
展示されいた。

もう一つの部屋には
郷土の俳人
一石路が
紹介されていた。

時間があったので
宝暦の一揆の
関係者の墓を
案内してもらった。
Dsc_0068

Dsc_0077

Dsc_0088

Wさんは
明日も案内しましょうと言って
軽4輪トラックで
帰って行った。
Dsc_0090

宿は
山の中腹にある
沓掛温泉の
古いK旅館だった。

夕食は
青木村の一揆に対する
熱い思いについての
話で盛り上がった。
Dsc_0091_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月14日 (金)

プリンター

5年前に買ったプリンターが
故障。

メーカーに送って
診てもらったら
部品が無くて
修理不能だと言う。

5年ぐらいで
部品の製造を止めてしまうなんて
・・・

仕方なく
新しいのを買った。

今までと異なるメーカー製にしようかと
迷ったが
取り扱いが同じの方が
操作しやすい。
用紙の残がある。
ということから
今までと同じメーカー製にした。

しかし、
インクはサイズが異なり
今までのものは使えない。
しかも、サイズが小さくなっていて
インクの量が少なくなっている。

しかも、
インクは詰め替えを使うと
故障の原因になるから
純正を使うようにと
念押しされた。

今日初めてプリントしてみた。
確かに
操作は楽にはなり、
印刷時間は速くはなったが
インク交換のサインが
早く出るに違いない。

慎重にプリントしようと
思うのだが
1枚印刷すれば良いところを
枚数を変更しないで
4枚設定のまま
スイッチを押してしまったので
4枚プリントしてしまった。

戒め

1 L版、2L版、A4版の大きさを
  間違えないようにしよう。

2 枚数を変更したときは
  注意しよう。

3 用紙の裏表を確認して
  正しく置こう。
  (自己診断であるが
   故障の原因は、
   印刷用紙を裏にして置いて
   印刷しまってヘッドを汚したこと)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月13日 (木)

お便所考

隣の更地に工事用の移動式トイレが立った。

そこで、あれは何というのかということから

話が始まった。

それは port-a-potty とのこと。

port = portable の略 



Where is the お便所?

Canada       = washroom

America      = restroom   or   bathroom

England       = W.C (water closet)  or  toilet

Airplane       = Lavatory

Vacancy 空き室    No Vacancy 満室

Vacant   使用可    Occupied 使用中


My diary

Our cousin party went to Hakone one night two days.

My cousins and I went to Hakone for one night two days.

We didn't see the Mt Fuji on the first day.

We saw the Mt Fuji on the second day.

Our cousin's party member are 17.

Our group had 17 members.

We went on a micro-bus.

We went to Hakone by micro-bus.

I will go to Nagano the day after tommrow.

I belong to the Takasaki Gomangoku history studay circle.

Our circle studies the riot of the Takasaki Gomangoku.

The riot occured 140 years ago.

         明治2年             the 2nd year of Maiji.

    平成23年      the 23rd year of Heisei.

 

Question

understand    理解する 分かる

recognize   見て分かる 気付く

1st
2nd
3rd
4th
以下th

21st
32nd
43rd
54th

100th
201st
302nd
403rd
504th

PRについて

Public Relations=P.R.  公に広く知らせること 広報活動  

advertisement = Ad     お金を払っての広告 商業広告

P.R. を宣伝と使っているが、これは和製英語であった。
P.R.の中にAdが含まれ、P.R.は広い意味での広報活動である。

今日は、友人のKさんが
見学に来た。
English of naitive speaker が聴けて良かったとのことで
今後、都合の付く限り参加するとのこと。

メンバーが3人になったのであるが、
どう表すのだろう?
Our group became 3 members.

どうかな?
来週の課題だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月12日 (水)

小春日のなかで 練習7回目

前半はダンス練習をした。
始めにストレッチ。
今日は敷物を持参
多くの人は専用のシートだったが
わたしは
細長い座布団。
これがなかなか使い勝手が良かった。

やっていくうちに
少しずつ身体が
柔らかくなっていった。

ダンスは
テンポの速い曲で
ステップを踏むのがやっとで
手の動きが
間に合わなかった。

汗が出る程の
運動量だった。
身体を動かす楽しさを
少し感じた。

後半は
それぞれが自分の役に成り切って
自己紹介。
自分の役に成り切るのは
難しく
解説風に話してしまう人もいた。

自分勝手に
想像して作って良い部分が多く
いろいろな人生が
語られた。

次は3場と4場の読み合わせ。
わたしは今日欠席した人の
代役をした。

次回は
ポスター写真の撮影で
黒いTシャツを用意することになった。
昨年は白だった。
去年のポスターが
見本として
出された。

あと2回すれば
半立ち稽古に入るとのこと。
わたしはその時
プロンプター(セリフのフォロー役)を
するように言われた。

自分のセリフは
最後に少しあるだけなので
速く覚えて
しまわなければ・・・

産経新聞の10月5日に
「小春日のなかで」が
掲載され、
その記事が
回覧された。

昨年は
1回目だったので
NHK前橋の取材があり
「いっと6けん」で
紹介されたのだった。

2回目は
真価が問われるとのこと・・・

みんなで
頑張るしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月11日 (火)

後始末

今年は
ゴーヤとアサガオの
グリーンカーテンだった。

ゴーヤは
余り元気がなく上の方に
少し空間があった。
そこ目がけて
アサガオが登って行き
広がった。

下の方では
小さかったアサガオの葉が
その空間に行くと
それは大きな葉となった。
それには驚いた。
だから
すぐに全面が緑になった。

支柱に3本の竹竿を
使っているが
中央の1本が台風で
折れてしまったが、
義母が紐で
ユズの木に縛り付けたので
どうにか持ちこたえた。

ゴーヤも
数回食べることができた。

3年目で
漸く
ものになった。

ゴーヤとアサガオの葉で
ゴミ袋が
3杯になった。
網はまだまだ使える。
支柱は来年
買い換えよう。

グリーンカーテンを
取ったら
東側が
驚くほど明るくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月10日 (月)

初めてのハイク

孫と3人で
紅葉の始まりかけた赤城山へ
出かけた。

孫が両親と離れて
わたし達と行動するのは
初めて。

9:00出発
さくら公園で降り
木の家まで散策。
ドングリやマツボックリを
拾った。

次に覚満淵に行った。
快晴でそれほど風も無く
ハイク日和。
リュックが歩いている。
Dsc_0046

ナナカマドの実がまだ残っている
Dsc_0053

ゾウのように見えた雲
Dsc_0067

草もみじの木道で
お弁当。
嫁の作った卵焼きとウインナー。
けいこさんのおにぎり。
デザートはミカンとリンゴ。
Dsc_0087

Dsc_0090

食後、覚満淵を一回り
Dsc_0099

長七郎が湖面に
映っていた。
孫は
保育園の遠足でこの長七郎に
登ったとのこと!
Dsc_0110

小沼に行って
小石投げ
Dsc_0111

水切をしようとするが
まだまだ無理。
小石を沢山握って
一度に投げて
満足そうな顔をしていた。
Dsc_0126

下の方が
赤くなり始めていた。
Dsc_0128

15:00頃無事帰宅。
孫の元気な顔を見て
一番安心したのは
嫁だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 9日 (日)

すみかくらぶ

上毛新聞には
「すみかくらぶ」という
住宅情報が別刷りで
毎週木曜日に
挟まれてくる。

次男がこの夏
住宅を近くに造ったが
今日、その取材があるという。

そこで
午後
二人で様子を見に行った。

上毛新聞からは3人、
建築会社から社長、
4人が来ていた。

外から
見ていたので
詳しい内容は分からなかったが
取り上げられた
理由は
・ 屋根一面に張ったソーラーパネル
・ 木と漆喰の家
ということらしい。

設計したのは去年。
まさか
3月11日に原発事故が
起こることなど
予想だにしていなかった。

今日のことは
10月20日(木)の上毛新聞の
「すみかくらぶ」
1ページに出るとのこと。

ほとんど(practically)
建築会社のPR(public relations)なのだが、
どんな風に
紹介されるだろうか・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 8日 (土)

第12回伊藤正ピアノリサイタル

前橋市民文化会館
小ホール
19:00開演

この春
ウィーンの旅で、
この夏
チャリティーコンサートで、
お世話になった
伊藤正さんのピアノリサイタル

テーマは
「ワルツ」
音楽の舞踏会
だった。

演奏曲目

ヨハン・シュトラウス
 
  皇帝円舞曲

ショパン

  ワルツ第2番 華麗なる円舞曲

  ワルツ第9番 別れのワルツ    

  子犬のワルツ             

ラヴェル

  優雅で感傷的なワルツ
      ・
      ・
      ・
     休憩
      ・
      ・
      ・
ヨハン・シュトラウス

  美しき青きドナウ

  春の声

エリック・サティ

  ジムノペディ1番

クライスラー(ラフマニノフ編)

  愛の悲しみ

  愛の喜び 

アンコール

  2曲(1曲はワーグナーのワルツ)




演奏の前に
その曲についての話を
分かりやすく端的に
してくれた。

ワルツはウィーンの
ハプスブルク家の音楽会から
生まれたとのこと。

伊藤さんに
連れて行ってもらった
あのシェーンブルーン宮殿を
思い出しながら
聴いた。
Dsc_0312_2

Dsc_0404

Dsc_0408

Dsc_0363

Dsc_0371

軽やかで
流れるような
3拍子のリズム。
聴いたことのある曲が
多く、
楽しめた。

ラヴェルのワルツは
一風変わっていて
ちょっとワルツに
感じられなかった。

「美しく青きドナウ」
ウィーンへ行った時
仲間とは別行動、
二人で
地下鉄を乗り継ぎ
ドナウ川の中州へ
Dsc_0116

Dsc_0144

ドナウ河畔を歩いて
バードウオッチング

日本のスズメと同じように
黒い班があり、驚いた。
Dsc_0129

バン
Dsc_0279

ユリカモメ
Dsc_0202

カワウ(嘴の付け根の黄色が尖っていないので)
Dsc_0205_2

チョウゲンボウ
Dsc_0233

マガモ
Dsc_0258

オオバン
Dsc_0519

ホシムクドリ
Dsc_0335

イエガラス
Dsc_0535

その後
遠くに見えた
ドナウタワーに行き
Dsc_0351

Dsc_0355

Dsc_0370

Dsc_0385

ドナウ川を眺めながら
食事
Dsc_0410

ドナウ川に白い点々
何かと
思った。
Dsc_0416

そこで
川べりまで
歩いて行くことに・・・
Dsc_0445

沢山の白鳥が
川面にいた。
Dsc_0467

Dsc_0487

Dsc_0520

Dsc_0181

よく見ると
コブハクチョウだった。
Dsc_0195

そんなことを
思い出しながら
聴いた。

ウィーンへ一緒に行った
仲間が何人も
来ていた。
懐かしかった。

終わってから
出口の伊藤さんに
挨拶をした。
素晴らしい曲を
奏でた
手に触れたくて
思わず
握手をしてしまった。

今宵
ウィーンの
皇帝になったような気分に
してくれた
伊藤さんに
感謝。

来年の演奏会が
待ち遠しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 7日 (金)

いとこ会 2日目

今日は快晴だった。

宿を9時に出て
大涌谷に行った。
Dsc_0120

富士山が雲の上に
姿を出していた。
Dsc_0127

Dsc_0138

中学校の修学旅行で来た時
富士山をバックにして
写真を撮ったのを
思い出した。

その時は
ハーフサイズの
オリンパスペンDという
カメラだった。

温泉たまごを
作っている所まで
登って行った。
そこで写真を撮っていたら
外人のご夫婦が
シャッターを押して欲しいと
言うので押してやった。
何処から来たのか聞くと
パリからだった。

パリに関係ある人と
出合ったのは
これで2度目だ。

次に
箱根神社
Dsc_0140

関所跡
Dsc_0160

相模湾の海岸縁で昼食

小田原城
Dsc_0205

Dsc_0206

と巡って
高崎に帰ってきた。
運転手さんのご好意により
もちろん高崎まで
マイクロに乗せて来てもらった。

運転手さんが
2日間の走行距離は
700キロと言っていた。

水上のホテル
http://www.hotel-sunbird.com/onsen/

強羅のホテル
http://www.keyakiso.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 6日 (木)

いとこ会 1日目

母方のいとこ会は
毎年秋に1泊2日の旅行を
している。

今年は
何と23回目。
行き先は箱根だ。
参加者は17名
(不参加者5名)

幹事が東京方面なので
赤羽に集合。
赤羽から宿のマイクロで
忍野八海へ
そこから
強羅の宿という日程だった。

赤羽駅前で
宿のマイクロに
乗ろうとしたら
何と
群馬ナンバー。
聴くところに寄ると
わたし達が今夜泊まる宿と
水上町のマイクロの宿が提携しているとのこと。

今朝、
5時に水上町を出て来たという。
それが事前に分かっていれば
高崎組10人は
高崎で乗せてもらえたではないか。

幹事は
箱根の宿がそんなマイクロを
使うことなど
夢にも思わなかったに
違いない。

運転手が群馬の人と
分かり
和気あいあいの
旅となった。

芦ノ湖の湖畔で昼食

Dsc_0015

マイクロに乗ろうとしたら
アサギマダラが
ゆったりと
吸蜜していた。
仲間に
渡りをするチョウを
紹介する。
Dsc_0030

Dsc_0035

まず、富士山の麓に向かった。
あいにくの曇天で
富士山は
姿を現さず、
忍野八海と富士の
ツーショットは適わなかった。
Dsc_0048

Dsc_0073

強羅の宿は
こぢんまりとした
佇まいで
静かだった。


始めに今年喜寿になった3人に
記念品を贈呈し
祝った。

その宿には
台湾から研修生が
来ていてこまめに
働いていた。
リーダーから
若い彼女は「まめやっこ」で
日本の先輩の方は「ひややっこ」と
紹介された。

「まめやっこ」さんは
台湾の大学の
観光学科の4年生で
この研修が単位になるということだった。

宴会は
カラオケで
盛り上がった。
その「まめやっこ」さんに
操作してもらって
わたしは吉幾三の「酒よ」を
歌った。

最後は
全員が手を繋いで輪になって
歌って
お開きになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 5日 (水)

日野原重明さん

NHKの朝のニュースで
日野原さんが10月4日に
100歳になった
ということで
最近の生活が紹介された。

100歳で現役の医師。
全国へ公演で飛び回っている。
年に100回以上の回数だから
3日に1度は講演をしているようだ。
2020まで講演スケジュールが
入っているという。

小学校の講演で

生きる時間をもらっているのだから
大切にしなければいけない。

死ぬ時に
感謝できるように生きたい。

と言っていた。

100歳でも
日野原さんのように
元気に
暮らすことができるのだ。

わたし63歳。
あと37年現役で
生きられる可能性はあるのだ。
夢を持って
生きよう。

地球という惑星の
1948年から
100年の時間をもらったのだから
大切に生きよう。

そう言えば
以前「たった一度の」
という歌を作ったことを
思い出した。

  たった一度の

  たった一度の自分の人生
  出し惜しみしないで
  たった一度の  
  今を生きよう
  健康と幸運に恵まれても
  たかだか100年
  1日を大切に生きよう
  家族隣人出会った人と
  心の触れ合い大切にして
  たった一度の自分の人生
  気負わずにさらりと
  たった一度の
  今を生きよう    
     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小春日のなかで 練習6回目

劇中にダンスをする場面がある。
今日は、
前半にダンスの先生が来て
指導してくれた。
始めにストレッチ。
先生の言う通りに
身体が動かない。

床に腰を下ろし
足を伸ばしたり
広げたり、
腹筋もした。
身体に負担をかけない
方法と言うが
かなりきつかった。

音楽をかけて
ジャズのステップの
練習をした。
先生の足先に
合わせて
1・2・3・4
ときどき合わない。

でもリズムに乗ると
なかなか
面白い。
しばらくジャズダンスの
練習があるとのこと。

こんなこと
市民演劇に入っていなかったら
とても経験できないことだ。



後半は
それぞれが自分の役のセリフを
読んだ。

テンポ良く
間を置かないで
読んだのだが、
早口になる傾向があった。

それぞれが自分の役の
性格や生い立ちを
考えてくるという課題が
出された。

わたしは
後半ちょっと出るだけなので
そのセリフからでは
性格や生い立ちは想像できない。
年齢も不明だ。
だから、
自分で作り上げるしかない。

余り若くすると
演技しにくいから
50歳くらいにしようかな。
それとも、
実年齢でやろうかな。

来週の練習日までには
決めよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 4日 (火)

復活

常念岳に登った
9月30日は雨だった。

携帯を袋の中に入れて
ザックに吊した。
いつでも時刻を
調べられるように・・・

中腹で
ビリビリ振動がする。
携帯だった。
マナーモードにした覚えはない。
袋から取り出してみると
水浸しになっていた。

水気を払って
胸ポケットに
入れ直した。

常念小屋に着いて
携帯を
使おうとしたら
電源が入らない。
電池を外し
水気を拭き取っても
ダメだ。

故障だ。

新しいのを買わねばならなく
なるかも・・・

お陰で
山に行っている間中
携帯は使えなかった。

10月2日の夕方
高崎に戻り
帰宅する前に
携帯の店に行った。
19:00までやっていたので
診てもらうことができた。

店員が電池を外して
中を見せた。
水濡れサインが
3ヶ所とも赤くなっていた。
「修理には
費用と時間がかかります」
新機種を買った方が
良いとは言わなかったが
そんな雰囲気だった。

「電話番号のバックアップできますが
その他はできません」
と言う。

「でも、念のため
電池を入れ替えてみましょう」
と言って
電池を探してきて入れた。

しばらくしたら
画面が明るくなり
表示が出た。
復活だ。

店員は
「この状態だと
故障する可能性が高いので
保証できませんが・・・」
と言う。

わたしは
「使えるだけ使ってみます」
と言った。

「お客様の携帯は
ちょうど2年経ったので
電池の無料交換ができますから
お取り替えしましょう」
と言って
新品の電池を
入れてくれた。

今日で5日目だが
携帯は正常に機能している。
当分、新しい携帯を
買わなくても
良さそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 3日 (月)

歯ブラシおしゃぶり

東京の友人Nさんは
文学、歴史に関する情報を
沢山発信してくれる。

今回は
俳人の中村草田男の娘さんが
父を語るという講演会の
案内だった。

「中村草田男」
名前だけは聞いたことが
あるが
どんな俳句を作る人か
知らない。

手軽にネットで
調べると
代表作は
「降る雪や 明治は遠く なりにけり」
とあった。
明治は遠く・・・
このフレーズは聞き覚えがあった。

そこで
この俳句を
覚えるために
川柳を
「降る灰や 永久に生きもの 壊し行く」
と作った。

ここまでは
9月28日のこと。




9月29日の早朝、
長野へ向かう途中の車の中で
このことを
けいこさんに話すと
「遠くなりにけり」を生かした方が
良いと
直ぐさま
「降る灰や 安全遠く なりにけり」
と言う。

降る灰は
死の灰もあれば
火山灰もある。
そこで
わたしは考えた
「原発や 安全遠く なりにけり」
とした。

二人での
合作川柳。





当のNさんは
代表作を
「万緑の 中や吾子の歯 生え初むる」 という。
万緑は、草田男氏が
作った季語とのこと。

そこで、川柳をもう一句
「放射能の 中や孫の歯 生え初むる」
と作り、
返信した。

すると
このやり取りを見ていた
歯科医のTさんが
『お孫さんの歯の萌出おめでとうございます。
 歯が出てきたら食べ物以外のものの刺激、
 歯ブラシの感覚に慣れさせてください。
 早ければ早いほどお孫さんの受け入れが早いですよー』
とアドバイスを
書き込んでくれた。

今日、そのことを
嫁に話すと
育児書にそう書いてあったので
昨日買ってきましたと
かわいいちいさな
歯ブラシおしゃぶりを
見せてくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 2日 (日)

槍ヶ岳を見に行こう 第4日目

烈風の朝だった。
日の出は雲があって
見られなかった。
それにしても
風が冷たかった。
Dsc_0836

朝食後
朝日に照らされ出された山々を
風に吹き飛ばされそうになって
見に行った。

槍ヶ岳
Dsc_0861

穂高連山
Dsc_0875

穂高連山の左に焼岳
Dsc_0872

蝶ヶ岳の山頂へ行ってから
下山することに。
標識が新しかった。
2677Mだ。
見えないけれど
よろけるくらいの
烈風が吹きまくっていた。
Dsc_0893

Dsc_0897

三股駐車場方面に向かった。
数人の集団の後を
付いて行ったら
危うく違う方向へ
行きそうになってしまった。
けいこさんが
標識をよく見て
良かったと言う。

木立の中は
風が無かった。
けいこさんが
ウソよと言いながら
降りて行った。
鳴き声の方を見たら
目の前にウソ。
これ本当の話。

ナナカマドの実を啄むウソ
Dsc_0906

Dsc_0916

常念岳が木の間から
見える。
頂上の右側のピークが
前常念岳だ。
そこから三股へ降りるコースが
あるが
急坂で厳しいそうだ。
Dsc_0924

紅葉も始まっている。
Dsc_0944

こんないたずらは
憎めない。
Dsc_0945

もう直ぐ
三股の駐車場というところで
躓き、
前方へダイビング
空中で
「救急車の世話に・・・」
と思ったが
両脛を擦りむいただけで
済んだ。
Dsc_0952

ウラナミシジミが
表羽を広げていた。
Dsc_0965

赤い羽根のシジミチョウかと
思って撮ってみたら
蝶ではなく
イカリモンガだった。
このガには
以前騙されたのだが
今回も
同じくやられてしまった。
Dsc_0973

電話で予約していたタクシーが
待つこと10分で来た。
車を置いた一之沢まで
行ってもらった。

途中
タクシーの運転手さんに
日帰り温泉と
ひまわりのロケ地と
蕎麦屋を
教えてもらった。

温泉に入った後
見覚えのある
風景の中を歩いた。
Dsc_0985

Dsc_0994

Dsc_0997

この日
ひまわりの最終回だったが
山にいたので
見られなかった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月 1日 (土)

槍ヶ岳を見に行こう 第3日目 ⑤蝶ヶ岳ヒュッテ編

土曜の夜とあって
宿泊客が多かった。

通されたのは
二階の8畳部屋。
8人で使うので
1人当たり1畳。

昨日とは大違い。

敷き布団の上で
荷物整理をしていたら
冷たい!
リュックに入れてあった袋の水が
流れ出していた。

拭いたが
びしょびしょ。
結局
敷き布団を取り替えてもらった。

夕食後
プレイルームで子供が
ゲームをしていた。

父が西洋人。母が日本人。
この3人家族は
テント泊で寝るまでの時間を
ヒュッテ内で過ごしているようだった。

父親は
ゲームに入らないで
歯磨きをしていた。
終わったので
思い切って
話しかけてみた。

「お国はどちらですか?」

「名古屋です」

「お生まれはどちらですか?」

「フランスです」

「フランスのどちらですか?」

「パリです」

「パリに友人がいます。
やはり、奥さんが日本人です」

「パリに行きましたか?」

「ええ、1週間ほど泊めてもらいました。
そう、ランスに行きました」

「シャンパンが美味しいところです。
飲みましたか?」

けいこさん
「ええ、カーブに行って試飲しました」

「どうして友達になりましたか?」

「私たちのHPに問い合わせをしてきたのが
きっかけです」

パリのフィリップさんが
フランスに座禅を伝えた
弟子丸泰仙老師のお墓を知りたいと言うことで
入ってきたのであるが
そんなことを話しても
分からないと思ったが

「禅の先生のお墓を教えたり
そこに案内したりして
友達になりました」

「その先生は誰ですか」

「弟子丸泰仙老師です」

「弟子丸先生の本を読んでいます。
私、先生の本を持っています」

「え! 弟子丸老師を知っているの!」

「弟子丸先生は早く亡くなりましたから
会ってはいませんが、本で知りました」


「どんな仕事をしているのですか?」

「ヨガをしています。
ヨガの大元はインド。
禅の大元もインド。
同じです」


ということで
日本人でも知っている人は僅かな
弟子丸泰仙老師を
蝶ヶ岳の山小屋で偶然遇った
フランス人が
知っていたのには
驚いた。

次の朝
支度をして出口に行くと
昨夜の3人が
出発するところだった。
挨拶を交わしたとき
ヨガ道場の名前を訊くと
わざわざ
名刺をくれた。
吹き飛ばされそうな強い風の中を
3人で
燕岳の方に向かって
行った。

その名刺には
「YOGA atelier」の
ヨガ インストラクター
とあった。

http://www.yoga-atelier.jp/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

槍ヶ岳を見に行こう 第3日目 ④蝶ヶ岳編

林の中を抜けて
蝶ヶ岳を目指す。
Dsc_0693

Dsc_0705

蝶ヶ岳は
まだ
谷を降りた
向こうだった。
まだまだ
遠い。
Dsc_0707

Dsc_0711

光の芸術に
しばし見とれる。
Dsc_0715

Dsc_0717

Dsc_0720

前穂高岳が
シルエットになってきた。
急ごう。
Dsc_0730

Dsc_0734

この山は
蝶槍かな?
Dsc_0744

Dsc_0749

一休みしていたら
けいこさんの携帯が鳴った。
「今、蝶ヶ岳に登っているの・・・」
Dsc_0753

Dsc_0757

私の携帯は
昨日の雨で濡れて
電源が入らない。
重傷だ。
Dsc_0761

穂高連山をバックに
Dsc_0770 
 
Dsc_0774

まだまだ
登りがあった。
Dsc_0783

やっと
蝶ヶ岳ヒュッテが・・・
Dsc_0794

冷風の中、
夕焼けを
見に行ったが
赤くはならなかった。
Dsc_0823

| | コメント (0) | トラックバック (0)

槍ヶ岳を見に行こう 第3日目 ③常念岳下山編

さあ、蝶ヶ岳に向かって
下山だ。

Dsc_0545

ウラシマツツジが
赤くなっている。
Dsc_0551

穂高3山が
近くに見える。
左から奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳だ。
    3190M 3103M 3106M 
Dsc_0558

Dsc_0576

Dsc_0580

北穂高岳の北側の
大キレット
Dsc_0606

追い抜いて行く
山ガールさんに
ポーズをとってもらう。
Dsc_0611

Dsc_0620_2

Dsc_0628

この人は
元山ガール。
Dsc_0630

カメに見えた岩。
Dsc_0651 

振り返ると
常念岳
西側は雲。
Dsc_0655

Dsc_0659

Dsc_0667

Dsc_0671

ここにも
ニワハンミョウがいた。
Dsc_0686

Dsc_0689

漸く底になった。

次は蝶ヶ岳の
登りだ。   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

槍ヶ岳を見に行こう 第3日目 ②常念岳登頂編

もうすぐ
頂上だ。
誰も登っていない。
わたしたち二人だけの
眺望だ。

Dsc_0368_2

Dsc_0386

槍ヶ岳を手の平の上に
Dsc_0414

イワヒバリが
一瞬姿を見せた。
Dsc_0448

槍ヶ岳 3180M
Dsc_0452

Dsc_0469

Dsc_0475

しばらく
360度の素晴らしい展望に
浸っていると
一人で登ってきた人がいた。
そこで
撮ってもらう。
常念岳山頂 2857M
Dsc_0493

Dsc_0511

頂上の岩の下で
健気に
咲いていたイワギキョウ
Dsc_0533

| | コメント (0) | トラックバック (0)

槍ヶ岳を見に行こう 第3日目 ①ライチョウ編

起きたら
晴れていた。
常念岳だ。
Dsc_0256

朝食
Dsc_0255

さあ、常念岳目指して
出発だ!
7:00
Dsc_0270

雲間から
槍ヶ岳方面の山が
覗き始めた。
Dsc_0272

Dsc_0277

7:15
前を行く
けいこさんが
「ライチョウよ」と小声で言う。

近くのハイマツの中に
2~3羽いる。
1羽が
岩に上がった。

Dsc_0289

Dsc_0288

Dsc_0297

Dsc_0300 

槍ヶ岳は雲に隠れて
出てこない。
雲が流れるのを待ったが
その前に
ライチョウは
ハイマツの中に降りてしまった。
Dsc_0302

雲から槍ヶ岳が出た。
ライチョウが・・・
Dsc_0320

Dsc_0323

槍ヶ岳とライチョウを
一緒に収めるのは
わたしには困難だ。

再び
登り始めた。
Dsc_0346

Dsc_0348

Dsc_0351

Dsc_0353

Dsc_0354

Dsc_0359_2

もう直ぐ
頂上だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »