« 洋上大学の忘年会 | トップページ | 赤城山系 鍋割山 »

2011年12月18日 (日)

破鏡の話

群馬県立かみつけの里博物館で
大野義人氏の

「割られた鏡が照らす
弥生・古墳時代の上中居町」

という
出土した破鏡についての
研究報告会があった。

破鏡とは
青銅製の鏡を割ったもので
弥生時代から古墳時代に
現れた風習で
北九州地方に多く
見られる。

群馬では
珍しい出土(3例目)であった。

2008.11.15号の広報高崎で紹介された↓
http://www.city.takasaki.gunma.jp/kou-t/20-11-15/201115-6.pdf

今回道路拡張工事のため
発掘調査をしたところ
この破鏡がわが町
上中居町から
出土したので
わたしは
この調査報告会を
聴きに行くことにした。

邪馬台国が
できた頃の話で
あった。

破鏡は
中国製で意図的に
割られて
祭祀に使われたと
いう説が有力である。

破鏡は
中国や朝鮮半島では
見られない
日本独自の
風習らしい。

さて
今回この報告会に
参加された方から
興味深い質問が出された。

青銅鏡を
どのようにして割ったのか?
彼は
青銅鏡を作る技術がなければ
割れなかったのではないかと主張した。

彼が言うには
青銅鏡を割るには
火で熱して(500~600度)
それを徐々に冷ました後
割ったと思われる。
そしてもう一度
火に入れそれを今度は
急激に冷やして
焼きを入れ
それを磨いて輝かせたから
錆びないで
今も光り輝いているのだという。

彼は金属の材質について
詳しく知っているようで
あった。

考古学は
金属加工学と
合流して研究する必要があると
感じた。


わたしからの質問。

破鏡と近辺の古墳との
関係が述べられたが
一番近い古墳に
言及されなかった。
そこで
破鏡が出土した所から
500m東方にある
諏訪神社(古墳の上にある)について
調べる必要があるのではないかと
言った。
明治初期頃まで
諏訪神社のすぐ北にもう一つ古墳が
あったが
取り壊してしまったということが
あったと付け加えた。

報告者は
調べてみると言った。

面白いことになってきたぞ。

|

« 洋上大学の忘年会 | トップページ | 赤城山系 鍋割山 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/183945/53516037

この記事へのトラックバック一覧です: 破鏡の話:

« 洋上大学の忘年会 | トップページ | 赤城山系 鍋割山 »