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2011年12月 7日 (水)

小春日のなかで 練習15回目

男子の踊り

少しずつ出来上がってきた。
音楽に合わせるのだが
歌詞がないところの
動作が難しい。
5人で意気を合わせる工夫が
練られた。

立ち稽古

初めての立ち稽古だったが
それぞれセリフを覚えていて
動きができた。
わたしは
プロンプターをしたが
思ったより
援助する機会が少なかった。

忘れたのか
間を取っているのか
思い出しているのか
それを察して
セリフを出すか出さないかを
瞬時に判断。
そして
セリフのアタマ出し。
プロンプターも
技術を要する。

セリフが入れば
次は気持ちを如何に
入れるかだ。
気持ちが入れば
セリフも動きも
また一段と違ってくるはずだ。

途中で
合奏練習を丁寧にやった。
楽器は
カスタネット、タンバリン、スズ。
わたしは
指揮の仕方を
アドバイスした。

1場と2場を
やったら17:00だった。
演出から
先週の舞台稽古での
発声練習
舞台の広さの確認等の
アドバイスをもらった。
練習に臨む自主性が
問われた。

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コメント

 幼稚園に通う二人の孫がいる 兄妹の年子である 女の子の方が早熟といわれる通り口喧嘩は妹の「ヒト(他人)のことはいいの!」の決め台詞でいつもチョン (三歳の妹が四歳の兄に言う台詞じゃないですよね)
 翻って思うに劇団では矢張り女性陣の方が男性諸氏より台詞の入るのは早いようだし何よりも感情移入(注入)が輪読の段階から既に始まっている方も多いように見受けられる 「をのこ」はつい棒読みでシャイというかOdipus神話の呪縛を引きずっていてそれどころではないのかも・・
 先日某所で「振り込め詐欺」防止キャンペーンの寸劇を観させられた 芝居が巧みで何よりも発声が素晴らしかった 後でセミプロの劇団員と聞き甚く納得す
 ところで先日の練習では台詞「を憶える」のと台詞「が言える」との隔たりの大きさ 次元の違いを痛感させられ貴重な体験をしたと思っています
 

投稿: 吉田厚夫 | 2011年12月 9日 (金) 21:06

台詞は自分のだけを覚えても
言えません。
相手の台詞と流れを
把握しないとなかなか言えるようには
なりません。
昨年、もっと早く台詞を
自分のものにしておけば良かったと
公演が終わってから
つくづく思いました。

投稿: いちじん | 2011年12月10日 (土) 23:19

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