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2012年1月31日 (火)

井上ひさしのその後

「父と暮らせば」は井上ひさしの戯曲だ。

今夜BSプレミアムで
彼の娘
井上麻矢が
旅のチカラで
「絆の町に父を探す」というタイトルで
父ひさしが愛したイタリアの町ボローニャを
訪れた番組があった。

ひさし狂のわたしとしては
見逃せない番組だ。

ボローニャの劇団が
「父と暮らせば」を
上演するに当たって
娘麻矢がそこに参加して
父井上ひさしを語るものであった。

「父と暮らせば」は
広島で被爆して亡くなった父が
幽霊になって娘のところに出て来る
ストーリーである。

麻矢はこまつ座の座長として
父の70余りの戯曲だけを
これからも
上演していこうとしている。

将に
麻矢は父の作品を通して
父と向かい合って
生きている。
父と暮らしている。

ひさしが
「父と暮らせば」の中で
表そうとした
父と娘の結びつきと同じように
生きていると思った。

麻矢は
「父と暮らせば」そのものだ。

麻矢の表情から
井上ひさしの
優しい眼差しが
思い出された。


井上真矢のブログ
ボローニャ紀行
http://ameblo.jp/inouehisashi77/entry-11108587288.html

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只今減量中 経過報告1

今月から始めた
減量。

毎日
起きた時と寝る前に
体重計に乗って
その数値を
グラフに付けて
体重を落とす戦略である。

記録

Photo_4

グラフを診ると
1月7日から始まっている。
85.3㎏だ。

それがしばらく
86.4㎏に上昇した。
食べ納めであったのだろうか?

それではいけないと
1月16日から意識的に
食事量を減らした。

そして
月末の今日
夕食後計ったら
82.9㎏。

1月の目標83㎏を
達成した。

2月の目標は
これを維持し
更に1㎏落として
82㎏としよう。

最終目標は
78㎏だ。

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雪の長七郎

朝、赤城山の方を見ると
山容がくっきりと見えた。
長七郎へ行くことに・・・
出発。

新坂平の温度計は
-7℃だった。

小沼の駐車場に
車が何台あるか?
けいこさんは3台
わたしは5台

着いた時は
3台だったが
準備中に2台来て
5台になった。

スノーシュウを履いて
小沼に降りた。
結氷した上に
雪が30~40センチあった。
Dsc_0023

小沼の中央を横断して
南岸に行った。
地蔵岳の上の雲が
流れていた。
Dsc_0027

日曜に登った人たちの
足跡を辿って
登る。
ウサギやシカなどの
足跡があった。
Dsc_0044

もうすぐ頂上
誰とも行き会わなかった。
Dsc_0057

西方に
浅間山が見えた。
Dsc_0063

思ったより風がなかった。
快調に
歩を進める。
雲が大分多くなってきた。
Dsc_0072

東側桐生方面の
山々が青みがかって見えた。
Dsc_0082

12:25
長七郎の頂上
昼食の時間だったが
風があるので少し下の方で
食べることにした。
Dsc_0084

黒檜山に向かって
降りていった。
北側斜面で
雪が多かった。
Dsc_0088

人の歩いた跡も少なく
足が深く沈んだ。
Dsc_0093

おにぎりを
風の来ない山道で
立って頬張った。
リュックから出した水が
暖かく感じた。

ここまで来れば
小沼までもう少しだ。
Dsc_0108

雪で真っ白な大沼が
見えた。
例年なら
色とりどりの
ワカサギ釣りのテントが
並ぶのに・・・
Dsc_0115

この2本のギザギザの足跡は
わたし達が歩いて
付けたもの。
右がわたしで
左がけいこさん。

足跡で診る性格判断
右 よく曲がっている。
左 案外素直である。

しばらく
残りそうだ。
Dsc_0142

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2012年1月30日 (月)

梅一輪

先日(1月27日)
庭の梅の木を剪定したが
その枝を数本
部屋の中に
生けておいた。

少しずつ
白くなってきたが、
今日
一輪咲いた。

庭の梅は
この寒波で
まだ
咲きそうもないが
部屋には
一足早く
春が来た。

「梅一輪 梅一輪ほどの あたたかさ」
          服部嵐雪   

こんな句を
思い出したが
暖かいのは
まだ部屋の中だけだ。

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2012年1月29日 (日)

知らなかったことを知る喜び

息子が言った。
「子供の頃、
池にミズカマキリを捕りに
連れて行ってもらったけど
何処の池だったの?」

息子は小学生の頃
虫が大好きだった。
夏休みにはよく
虫の居そうなところへ
連れて行ったものだ。

さて、何処だったろうか。
思い出せない。

観音山丘陵から
吉井町へ抜ける方面だったような
気がするが
コースを思い出せなかった。

ため池のようなところだった。
地図を見れば
思い出すかも知れない。

小学生だった息子は
ミズカマキリを捕まえたことは
覚えているが
場所は特定できないので
わたしに訊いたようだ。

息子のお陰で
ナナフシやコオイムシ、
ルリボシカミキリという
その頃でも珍しい昆虫と出会えた。

息子が一番欲しかったのは
タガメだった。
わたしが子供の頃は
魚取りに行くと
網の中にタガメが入ることが
よくあった。
気持ち悪くて
道端に放り出したものだ。
そのタガメには
とうとうお目にかかれなかった。

息子は図鑑を見ては
ため息をついていた。

夏休みの後半は
息子が捕まえた虫の標本箱を
作った。
板と透明なプラスチック板で
本格的に作った。
底にはバルサを張って
ピンで虫を留めやすくした。
あれから
もう30年も経ってしまった。

わたしは今
鳥の観察で時たま
知らなかったことを知る喜び
味わっているが
これは
息子と一緒に
虫探しをした経験が
あったからだろう。


知らなかったことを知る喜び

その1
眼の後方が緑に輝くヒドリガモは
アメリカヒドリとヒドリガモの交雑種

その2
ヨシガモの若鳥は
3列風切り羽が
生え揃わない時期がある。

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2012年1月28日 (土)

井野川のヨシガモ

昨日見たヨシガモを
確認に行った。

ほぼ昨日と同じ場所にいた。
光の当たり具合によって
グリーンが強くなったり
弱くなったりする。
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その他の鳥
カルガモ、オナガガモ、コガモ、

マガモ、ヒドリガモ、

カワウ、カイツブリ、ダイサギ、

トビ、ヒヨドリ、ムクドリ、

スズメ、ホオジロ、ハシボソガラス

キジバト、
モズ、
Dsc_0299        

今回はダイサギが
魚を捕って食べる場面を
撮ることができた。

魚がいるぞ!
Dsc_0302

斜めから、エイ!
Dsc_0303

大きいぞ!
Dsc_0304

一飲みだ。
Dsc_0309

喉を通る感触が何とも良い。
Dsc_0312_2

ひと休みしよう。
Dsc_0321

ここで。
Dsc_0322 


 

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群響 第478回定期演奏会

マーラー/ 交響曲 第3番 ニ短調

指揮 沼尻竜典(群響常任指揮者)

以下パンフより
マーラーの交響曲第3番は、
全6楽章トータルの演奏時間が100分、
第1楽章だけでベートヴェンの中期交響曲1作ぶんの長さがある。
全編を貫く巨大編成のオーケストラに、
後半3つの楽章で順に、
アルト独唱、児童合唱、混声合唱が参加していく。
作曲者はこの曲について、弟子のB.ワルターにこう漏らした。
「君はもう、野の花や自然を見る必要はないよ。
私が音楽で全部表してしまったから」。

マーラーの第3番1楽章は
40分近くあった。
最終の6楽章まで
身動きしないで聞いていたので
尻が痛くなってしまった。

満席だったが
静かに
聞き入っていた。

演奏後に
指揮者の沼尻さんが
トークに出た。
100分は短かった。
ピアニッシモになると
空調の音の方が大きくなってしまったが
全国でも珍しいホールだ。
皆さんが静かに聴いて
下さったので演奏しやすかった。

来年度は特にテーマは
設けないで
いろいろな演奏をしていきたい。
わたしの作曲の先生である
三好晃の作品を紹介していきたい。

自信に満ちた
話しぶりであった。

反省
同窓会の直後であったので
酔いが回って
記憶にないところがある。

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2012年1月27日 (金)

朗報が4つも

朗報

応募していた岩崎宏美のコンサートの招待券が
届いた。
明日(1月28日)17:00~ 前橋市文化会館だ。
ところがその時間
わたしは高校の同窓会だった。
残念!
義弟に電話すると
OKとのこと。
夕方、招待券を持って行った。


朗報

エッセイの会の会員募集を
地域新聞に申し込んでいた。(無料)
掲載する場合は電話の確認があるとあったが
来ないので諦めていた。
携帯が鳴った。
初めての電話番号だった。
「地域新聞ですが・・・」
2月3日に
エッセイサークルの会員募集を
掲載するという連絡だった。
募集案内を見て
一人でも入会する人が
あれば良いのだが・・・


朗報

先日、高崎五万石騒動の資料を
見せてもらった細野さんから
電話があった。
「あの後、いろいろ探していたら
○○が出て来たので
あなたに
是非見てもらいたいと思いまして
見に来て下さい」
とのこと。
今まで話には聴いたことはあるが
○○は見たことはない。
近いうちにお訪ねして
見せてもらうことにしよう。


朗報

母校が春の選抜に出場することが
決まったというニュースが流れた。
前回(31年前)は行けなかった。
今回は甲子園に
応援に行ってみようかな?

母校はそう出場できるものでは
ないのだから・・・

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井野川にヨシガモ!

庭の木の剪定をしていたら
井野川に散歩に出ていた
けいこさんから
「頬がグリーンだったから
初めアメリカヒドリかと
思ったんだけれど
頭頂が黒いので
そうじゃないなぁと思って
よく見たら
お尻が黄色いから
ヨシガモみたい。
来て見て!」
との電話。

ヨシガモと聞いて
着替えもしないで
そのまま
井野川へ車を走らせた。

雪を被った榛名山から吹き下ろす
寒風の中
川べりでけいこさんは
待っていた。
川の向こう側に
頭部がグリーンのカモがいた。

Dsc_0142

Dsc_0147

スコープで見ると
正しく
ヨシガモ。
でも尾羽を見ると
ヨシガモの尾羽と少し違う。
ヨシガモの特徴的な
下向きのカール羽(3列風切り羽)が
見られない。
何かの原因で抜けたのか?
まだ、生え揃わないのか?

井野川ではヨシガモは
初見なので
この個体について
野鳥の会群馬支部に
報告して
確認してもらうことにしよう。

付記
ネットで調べたら
ヨシガモの若鳥には
3列風切り羽が
ない個体(生え揃わない)があった。

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2012年1月26日 (木)

diet

I am on a diet.

My starting weight was 86kilograms.

At present my weight is 83kilograms.

My weight of object is 78kilograms.
     gool

I have to lose 5kilograms.

I went to reservoir near Kuragano station this morning.
      貯水池

I saw many wild ducks.

I saw Wigeon and Pintail.
    ヒドリガモ オナガガモ

There were 150 wigeons.

One of them was a rere.

His cheek was green.

His cheek was shining green.

There were 20 Pintails.

I saw a little Egret and a common Cormorant.
              white コサギ             black カワウ

They were standing on the fence of  reservoir.
                                     reservoir's fence.

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ヒドリガモとオナガガモのメス

この2種のメスは
よく似ていて
区別がしにくい。

そこで今日は
その違いについて。
氷が貯水池の半分ほど
張っていた。
Dsc_0012

オナガガモとヒドリガモが
一緒で
区別が付かない。
Dsc_0008

そこで
2種類を比べてみた。
腹部の色に注目
オナガガモはまだら模様。
ヒドリガモは一面茶色。
Dsc_0030

昨日見つけた
グリーン固体は
今日も首を曲げていた。
Dsc_0048

一段と冷えて
それは寒かった。

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2012年1月25日 (水)

小春日のなかで 練習20回目

先週忘れてきた
ペンケースを
事務所で保管してもらっていた。
それを受け取った。

ところが帰りに
今度は毎回配布される資料を
綴じていた
ファイルがない。
帰り際だったので
誰かが
間違って持って行ってしまったのかも
知れない。

今日は最初の1時間は
グループ別の練習があった。
わたしは
親子のやりとりの
プロンプターをした。
二人とも
セリフはほぼ入っているが
声の大きさや
動き方に工夫の余地が
見えた。

もう一つのグループと
相部屋なので
大声を出し合って
集中しにくかったが
真剣に練習した。
2回繰り返した。

その後
全員で1場の集中練習。
演出が
見本の動きをやってみせると
それぞれの演技が
浮き上がってくる。
漸く演技指導が
できる時期に来たように
思われた。

今までより
それぞれが
一段と
分かりやすい演技になった。
さすが
演出だ。

上毛新聞の記者が来ていた。
熱の入った
練習場面をカメラで
撮影していた。
どんな風に
報道されるのか
楽しみだ。

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ヒドリガモ

孫を保育園に送った後
貯水池でゆっくり
鳥見。
東側から観察。
東側の一部が凍っていて
そこに
ハクセキレイ
Dsc_0128

オナガガモも
ヒドリガモの中に
50羽くらいいた。
Dsc_0190

ヒドリガモは
150羽以上いた。
その中で1羽
頬部がグリーンにひかる個体が
いた。
Dsc_0213

首を曲げて
なかなか伸ばさない。
首を曲げながら
少しづつ移動していた。
Dsc_0237

グリーンにひかるのは
もしかしたら
アメリカヒドリかも!
Dsc_0260

突然
カモたちが
北側へ動き出した。
餌を撒く人が来たのだ。
二人が何やら貯水池の中に
投げ込んでいる。
散歩の途中のようだが
いつもやっているように
見えた。
Dsc_0273

頬がグリーンに輝く以外は
他のヒドリガモと
全く同じ姿だ。
Dsc_0285

餌やりの人がいなくなると
西側の岸近くに移動した。
多くのヒドリガモの中から
グリーン個体を
探した。
Dsc_0300

光の加減で
グリーンの濃さが変わる。
Dsc_0313

Dsc_0321

野鳥図鑑で調べたら
アメリカヒドリではなく。
ヒドリガモには
眼の後ろがグリーンに
輝く個体があるとあった。

アメリカヒドリの頭上は
黄色ではなく
白とのこと。 

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2012年1月24日 (火)

貯水池のカモ

孫の保育園に
迎えに行く途中
少し遠回りして
貯水池へ
鳥がいるか
行ってみた。
Dsc_0004

カモたちは
貯水池の東側に
寄っていた。
オナガガモ(20羽くらい)と
ヒドリガモ(50羽くらい)ばかりだ。
コガモ
カルガモは
見当たらなかった。
Dsc_0008

以前
ヨシガモがいたことがあったので
他のカモがいるかと
スコープで見たが
いなかった。

人なつこい
ヒドリのオスが
近付いてきた。
Dsc_0017

何か
餌でももらえると
思ったのだろうか。
Dsc_0033

16:00だ。
孫の保育園に
遅れてしまう!
早々に引き上げた。

明日は
孫を保育園へ送った後
ゆっくり
観察しよう。

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2012年1月23日 (月)

年賀状

今日の新聞に
当選番号が掲載されていた。

100枚くらい来た年賀状を
1枚1枚確認した。

4等が
4枚当たっていた。
例年より少し多かった。

けいこさんは
0枚。
義母は
1枚。
その1枚は
まだ使っていないはがきだった。

早速近くの郵便局に行って
切手シートを5組
もらってきた。

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2012年1月22日 (日)

只今減量中

暮れにドクターから
減量するように言われ
今年になってから
減量作戦を
再会した。

寝起きと寝る前の2回
体重計に乗り
計量。
それをグラフに
書き込んで
減量に励む方法である。

始めた時は
86キロ台
現在
84キロ台。

毎日計量していると
傾向が分かる。
起床時は前日の就寝前より
300g~900g下がる。
逆に
就寝前は
その日の起床時より
100g~1000g上がる。
変動の多い時は
1Kgを超えることもある。

体重が増えるのは
ご馳走が多い宴会の後だ。
自分が如何に
浅ましいか・・・

当面の目標は82Kgだ。
あと2Kg
2月末までに
落とさなければ・・・

ちなみに
今夜は
83.8Kg。

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蕎麦打ち

午後蕎麦打ちをした。
参加者は
義弟と息子。

義弟

伸しで苦労した。
周りが平にならず、でこぼこになってしまった。
また、なかなか広がらない。
こんなことは初めてで
原因が分からない。
時間をかけて捏ねたが
丸めて伸ばすときに
トラブルがあったのかも知れない。
水が少なかったのかも知れない。
少し厚めになったが
切りは上手くできた。

息子

捏ね、伸し、切りが
ほぼできた。
もう少し、細く切れると良いだろう。

いちじん

捏ね、伸し、順調。
切り、一定の幅でまだ
切れない。
こんな感じだ。
Dsc_0011

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金峰山町

22日の読売朝刊
日曜版の「よみほっと」
姜尚中(かん・さんじゅん)が
故郷のことを
書いていた。

熊本の熊本市が
彼の故郷だ。
タイトルに
「父母が愛でた竜田山と金峰山」
とある。

彼の両親は
金峰山の見える
竜田山の中腹に眠っているとのこと。

高崎五万石騒動で
丸茂元治郎は
10年の刑を
倉賀野の監獄で受けた。

その時
西南の役で
官軍に抵抗して戦い
破れた熊本の武士
鬼丸源作は
遠く倉賀野の監獄で
1年の刑を受けた。

元治郎と源作は
同所で知り合った。
そして、源作が出所した時
元治郎に
狂歌を書いて渡した。

このことに関する
迷道院高崎さんの記事
http://inkyo.gunmablog.net/e50734.html

その綴りを
見つけたのが
高校生のわたしだった。
それ以来
熊本の鬼丸源作に
関心があった。

長い間調べていたが
数年前ようやく
源作の住所が
熊本の金峰山町で
あることが
分かった。

確か
熊本城の北の方に
あったと思う。

何時か
金峰山町を
訪問したいと
思っていたところに
今朝
姜尚中が
金峰山について
書いていたので
精読した次第だ。

訪ねる理由が
一つ増えた。

付記

従兄弟の娘が
夫の転勤により
昨年から熊本市内で
暮らしている。
今年の年賀状に
遊びに来るようにと
書いてあったので
戻って来ないうちに
熊本の金峰山町詣でをしよう。

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世界の由紀さおり

昨夜(21日)、BSプレミアムで
武田鉄矢が
その理由を探る番組があった。

由紀は
1969年の頃の歌を
今風に蘇らせようと歌ったことが
このブームの始まりだったようだ。
そこで
当時のベストテンが
紹介された。

10枚のレコードジャケットの中で
わたしの眼に飛び込んできたのが
カルメンマキが歌った
「時には母のないこのように」だ。
寺山修司の作詞だった。

21歳の春、
人里離れた
重症心身障害児の施設実習に
行った時初めて
耳にした。

親と別れて
施設で暮らす子どもたちと
接していたからか
このメロディーが
心にスーと入ってしまった。

「昔から
暗い歌が好きだったのね」と
隣で見ていた
けいこさんが言った。

由紀は
姉と童謡を歌い続けている。
3・4年前の春
高崎の音楽センターに
由紀姉妹の童謡のコンサートがあった。
今は亡き車椅子の母を
連れて行った。

CDにサインしてもらった時、
母が握手をしてもらった。
わたしもついでに
彼女と握手をした。

あの彼女が
今は世界の由紀さおりだ。

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2012年1月21日 (土)

孫と太巻き作り

今日は土曜日
孫の保育園の送迎は無し。

4時頃から
太巻き作りをすると
孫に電話すると
やりたいという。

息子と孫が
やって来た。
具は
竹輪、干瓢、キュウリ、田麩
ホウレン草と卵焼き、

最近の酢は
昔より酢の味が薄いので
少し多めにした。

けいこさんの
作るのを見た後
孫の番。

酢メシが手についてしまうので
海苔の上に酢メシを
載せるのが
大変だった。

具を載せるのは
ほぼ出来た。
すのこで丸める時は
一緒にしてやり
すのこから出すのは
孫にさせた。

「できた!」
と歓声を上げた。
もう1本作ろうと言って
2本目を作らせた。

2本作ると
「もういい」と言って
テーブルから離れてしまった。
4歳の子は
2本作ればそれで十分のようだ。

その後、わたしと息子が
引き継いだ。
わたしのは、酢メシが少なくて
スマートだった。
息子のは
言葉通り太巻きだった。

10本できた。
孫が作った太巻きを
切ってやった。
孫は美味しそうに
食べていた。

孫と息子は
自分たちで作った太巻きを
赤ちゃんと嫁が待つ自宅へ持ち帰った。

この分だと
今年の節分の恵方巻きは
自家製かな?

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仕事の紹介

現役時代の同僚だったN氏から
仕事をしてみないかという
電話が来た。

仕事内容は
わたしに向いていたが、
退職後3年間、
自由気ままに過ごしてしまったので
月曜から金曜まで
一定時間
拘束されると思ったら
受けることができなかった。

定年制が65歳まで
延長されようと
している現在、
あと2年くらいは
働いて当然なのかも知れないが
3年寝太郎のわたしには
ちょっと
無理だ。

貴重な時間を
自分の気の向くまま
使うことに
専念しようと
思う。

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2012年1月20日 (金)

そろそろ完治

1月14日
近くの整形外科医に行って
1年2ヶ月もの間
右手中指第二関節の上皮に
入っていた石片を取り出してもらった。

ちょうど今日で
1週間経った。
かさぶたも2回ほど取れ
乾いてきた。
塗り薬もカットバンも
いらなくなった。

まだ、皮膚が少し赤く
少々膨らみはあるが
指を握っても
以前あった痛みは
無い。

直ってみると
あの膨らんだ関節を
画像に残して置けば
良かったと思うが
その時は
直るかどうか不安で
その症状を
撮そうなどと言う
気持ちにはならなかった。

完全に元の指に
戻ったら
撮そうと思うが
それでは
何の意味もないので
現状を・・・

Dsc_0004

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孫と初雪

正月明けから
孫の保育園送迎を始めた。
今朝は
夕べから降った雪で
銀世界。

父親に買ってもらったばかりの
一人用ソリを車に積んで
保育園へ
出かけた。
雪景色を見て
孫の声が弾む。
「ゆうきやこんこ
あられやこんこ・・・」

孫は
新しいソリを
傘にして
駐車場から園まで
歩いた。
Dsc_0006

一旦部屋に持って行った
ソリを持って出て来たので
外に立てかけてやると
汚れてしまったと泣きだした。

泣く理由が
分からない・・・
どうも
濡れているので
外に置くように言われたが
部屋の中に持って行きたいらしい。

それで
濡れているソリを
タオルで拭いてやった。
すると泣き止み
ご機嫌になって
ソリを持って
部屋に入って行った。

Dsc_0018



迎えに行った。
帰ろうとすると
幾人かの子が
「ありがとう」と言う。
みんなで
ソリを使って遊んだらしい。

でも、淡雪だったので
園庭には
雪は無かった。
でも
先生たちが作った色の黒い雪だるまが
出入り口に立って
見送ってくれた。

家に帰ってきた
孫は
家の日陰に残っていた雪の上に
足跡を付けて
いた。

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2012年1月19日 (木)

重箱の隅 その4

1月19日8:30頃
車の中で
ラジオ高崎を聴いていると
センター試験のミスの報道。
聞き耳を立てていると

シケンジコと言いかけて
シケンジカンと言い直した?

ニュースソースは
いつもの読売新聞だ。

どうしてなのか
帰宅してから
確認した。

記事は
・・・試験であった。
だから
アナウンサーは記事通り
読んだのだ。

では、
どうして読み違えそうになったのか
それには
理由があった。

記事は
・・・試験時 でその段が終わり
     間 は右下の段に移って
距離があったのだ。

アナウンサーは
この「」と「」に
距離があったので
シケンジコ
読み違いしたと
思われる。

今朝、
車中で聴いた時は
開始時間
開始時刻
読み替えそうとしたのではないかと
思ってしまったが
試験時間
試験時刻
読み間違えそうになった
だけだった。

試験時間なら
問題はないのだ。



おさらい

試験時間      9:00から10:30の間

試験開始時刻   9:00

故に         9:00を試験開始時間というのは
            誤り

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真緋の会 1月例会

テーマ 「縁」 または 「絆」

Moさん  「合縁奇縁」

 知人の画家Hさんが、NHKのラジオ深夜便で1年前
 「わが心の人丸木俊を語る」したが、Hさんと丸木夫妻との
 偶然の出会いの不可思議さについてを述べる。

I さん   「さよなら・・・とは」

 真緋の会に入って文章を書くことによるメリットが
 いろいろある。ところが、最近1人止めた方がいて
 非常に残念である。しかし、これからもこの会を
 盛り立てていきたい。

Oさん    「年賀状」

 年賀状は年齢によって枚数が変わってきた。
 退職間際は500枚、その後少しづつ減り
 今年は60枚になった。たかが年賀状、
 されど年賀状、年賀状への思いは尽きない。

いちじん    「奇縁」

 母の恩師である峰先生の葬儀に行ったことが切っ掛けで
 『高崎五万石騒動』の著者、細野格城のお墓参りが
 できた経過について日記風にまとめた。

Naさん     「くされ縁」

 拝金主義の世相を斬る。
 東電から20万円をもらっていた議員!
 オリンパスの粉飾決算!
 大王製紙の社長の賭博騒動!
 年よりには任せられない。若い人に期待したい。 

Maさん     「絆」

 絆の漢字の本来の意味を探ると
 束縛等、自由に行動できなくするという意味が強い。
 しかし、震災にあった人びととは紐で結び合うほどの
 繋がりを持ちたい。
 
Noさん     「消費税増税前に議員の削減を」

 お休み  
 1月17日上毛新聞「ひろば」欄へ投稿した文章
 国会議員の報酬はあまりにも多い。
 消費税を上げる前に議員定数を減らし
 震災復興のためにその金を回すべきだ。


お願い
 会員を募集しています。

 毎月第3水曜日 19:00~21:00
 高崎中央公民館 3階 集会室
 月毎にテーマを決めて
 エッセイ(原稿用紙2枚程度の文章)を書いてくる。
 (自由題でも可)
 自分の文章を朗読してから、
 書き方について
 内容について
 意見や感想を述べ合い、
 切磋琢磨して文章力を向上させています。

 文章が増えたら、本『真緋』を作ります。
 今までに5号まで発行しました。
 残部が少しあります。
 1部1000円でお譲りします。

 入会、及び『真緋』を
 ご希望の方は下記へ連絡して下さい。

 連絡先 いちじん 090-1600-4082

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injury けが

I injured my finger two yeaes ago.

When I slipped trail road, I injured my finger.
                  on the trail in Nepal

A mini stone went in my finger since 2010.
A pebble has been in my finger since 2010.

Docter picked out mini stone in my finger.
The docter picked out a pebble from my finger.

The mini stone is 2 millimeter long.
The pebble is 2 millimeters long.

指の傷が大分良くなったので
そのことを話題にした。

かさぶた scabe ができて取れた。

先生は
気味が悪い gross! と言った。

今日の課題

Uncountable Nouns                 Countable Nouns

accommodation                       a place to live

bread                                     a piece of bread
                                            a loaf of bread
                                           
chess                                    a game of chess

I didn't understand.

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2012年1月18日 (水)

小春日のなかで 練習19回目

13:10会場に行くと
男性は安来節、
女性はダンスの
練習をしていた。
大分仕上がってきたようだ。

前回しなかった2場~5場の
立ち稽古に
取り組んだ。

それぞれほぼセリフが
入ってきたので
プロンプターの
仕事は
大分少なくなってきた。

わたしの出番は5場。
マイクの変わりに
懐中電灯を持って
文化祭の舞台の
司会の口上。

覚えていたつもりでも
口ごもる。
当日は本物のマイクで
アナウンスをするので
大きな声を張り上げることは
できない。
マイクの声で如何に
盛り上げるかが
課題だ。

相手役もない
一人舞台だから
気楽だが
責任重大だ。

演出から
「練習は、まだ9回もある。
それとも
あと9回しかない。
どっちですか」
と問われた。
そして
「脚本をよく読み込んで
それぞれの役柄の心情を理解し
セリフを完全に自分のものにして
演技に取り組んで欲しい」
とも言われた。

公演まで
あと1ヶ月と1週間になった。

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2012年1月17日 (火)

グリーンコンニャク

青海苔の入ったグリーンコンニャクの
話ではない。

昨日買ってきたコンニャクとゴボウを使って
今夕、
義母が
唐辛子を入れて
ピリ辛コンニャクを作った。
これ義母の得意料理の一つ。

さあ、
食べようと皿に盛って卓上に
置いたのを見たら
コンニャクがグリーン!
Dsc_0014

長年料理してきたが
こんな色になったのは
初めてと驚く義母。

食べてみたら
いつもと変わりないが
不気味・・・

そこで
原因を解明することに。
袋のラベルに
生産者名は書いてあったが
電話番号がない。

買った店に電話すると
担当者が出た。
そして仲買へ連絡してくれた。

しばらくして
電話が鳴った。
仲買の責任者の説明によると
コンニャクに含まれている
タンニン(クロロゲンサン)が
ゴボウと反応して
グリーンになることがあるという。

それで
納得したが
青海苔を入れないグリーンコンニャクには
驚いた。

こんな経験のある方
いませんか?

付記

ネットで調べたら
タンニンは
タマネギと反応すると黄色
サトイモと反応するとピンク
になることが
あるそうです。

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新島襄の妻八重

新島学園女子短期大学
礼拝堂
10:40~

講師 同志社大学神学部教授
本井康博
演題 ハンサムに生きる

Dsc_0001

http://ns.niitan.jp/popup/2012-01-17.pdf

初めて新島短大の礼拝堂に入った。
舞台の左側に新島襄の肖像画が
掛けてあった。
堂内はほぼ満席で後ろの方に
学生が座っていた。

プログラム

第1部 
新島襄召天記念礼拝

第2部
講演会

本井先生は
端的に分かりやすく話した。

導入は
奥さんが前橋市の出身で
共愛学園の卒業生。
現在のゼミは
7人中、3人が群馬出身者で
異例だ。

NHKの大河ドラマに
新島八重を取り上げたのは
3.11の震災で被災した人びとを
元気づけるために
福島の人の中で誰がいるだろうかと
探した。
それが
新島八重だった。

八重を綾瀬はるかが演ずると
決まったが
襄はまだ未定とのこと。

八重は86歳の生涯だった。

会津時代  幕末のジャンヌダルク
 戊辰戦争で
 弟(三郎)が戦死するとその身代わりになって
 官軍と戦った。
 川崎と結婚したが離別して
 兄のいる京都へ行く。

京都時代  ハンサムウーマン(品性のある女性)
 八重の兄(覚馬)と襄で
 キリスト教の学校を作る。
 八重(30歳)は襄(32歳)と結婚し
 その学校の先生となる。
 襄がアメリカの友人に
 八重はハンサムウーマン(心が綺麗で品性がある女性)であると
 紹介している。

未亡人時代  日本のナイチンゲール
 45歳の時、襄が亡くなる。
 日清、日露の従軍看護婦となる。
 お茶(裏千家)の先生になり
 それまでお茶は男のものであったのを
 女性のものにした功績は大きい。

本井先生は
最後に
金子みすずの『星とたんぽぽ』の詩の中にある
「見えないけれどあるんだよ」と
サン=テグジュペリ「星の王子さま」の
「心で見なければ大事なものは見えないんだよ」
を引用して
キリスト教の精神を
説かれた。

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2012年1月16日 (月)

重箱の隅 その3

1月16日の朝、
ラジオ高崎を聴いていると
「・・・センター試験で開始時刻
遅れた。・・・」と言う言葉が
耳に入った。

ラジオ高崎は
正確に開始時刻という言葉を
使っていると思った。
最後に
アナウンサーが
「読売新聞ニュースでした」と言うではないか。
ニュースソースは
読売新聞だった。

もしかしたら
わたしの提言が
届いたのかも・・・


そこで
家に帰って今日の読売新聞を確認した。
全国版に
ラジオ高崎が使った記事があった。
しかし、その記事は
試験の開始時間とあった。

ラジオ高崎のアナウンサーが
開始時間
開始時刻と読み替えたのだ。
偉い!

昨日、読売新聞の群馬支社の責任者が
応えたように
読売新聞では
全社内的に開始時間
表現していることが証明された。

では
朝日新聞ではどうか。
昨日の記事では、
読売新聞と同じように
全国版で開始時間と使っていた。

2大紙がこれでは
どうしようもないと
思った。

ところが朝日新聞は
今日、一面に
センター試験のトラブルを
扱っていた。
そこでは
試験の開始時刻
正確に使っている。

朝日新聞は
開始時間(15日)
開始時刻(16日)
両方を使っている。
社内的に統一されていないようだ。
早く
試験の開始時刻
表すようにしてもらいたいものだ。

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2012年1月15日 (日)

細野格城先生の墓参り

14:00
細野○○さんのお宅を
訪問した。

細野格城先生は
○○さんの父上(敏)の叔父さんに当たる。

格城先生の
写真が床の間の部屋の
欄間の上にあった。
眼光の鋭いお顔であった。
髭はやはりわたしよりずっと
立派であった。
Dsc_0091

格城先生の子供は
早くに亡くなった。
格城先生の晩年は
○○さんの父上が世話をしていた。

格城先生の葬式も父上が
出した。
葬式の時、著書「高崎五万石騒動」を
会葬者に配布した。
そして○○さんの墓地に
格城先生は葬られている。

格城は筆名で
正式名は平格である。

細野家の墓碑銘には
鵬徳院格翁誠道居士
(ほうとくいんかくおうせいどうこじ)
昭和一五年一月一四日
敏叔父
平格 八十七歳
とあった。
偶然にも昨日が命日であった。
Dsc_0101

お花を立て
線香をあげた。


付記1

母上(てい)は長寿で
100歳のお祝いをされたそうで
その時、記念に配った手ぬぐいを
いただいた。
なんと
M先生と同じ101歳でご逝去されていた。

付記2

○○さんの妹さんが来ていた。
妹さんの二人の娘さんは
高崎女子高校の歴史研究部に所属した。
姉は群馬事件
妹は五万石騒動
をそれぞれ研究したそうで、
「五万石騒動」ー民衆的基盤の発掘ー
という冊子があった。
Dsc_0097

付記3
わたしの母の歌集「矢車草」を見せてもらった。
母が出版当時、○○さんに送付したようで
包装箱に書かれた宛名は母の筆跡であった。
○○さんのお宅で
母の筆跡を見るとは思ってもいなかったので
それは驚いた。

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重箱の隅 その2

平成24年1月15日(日)
読売新聞群馬版 35ページ

昨日のセンター試験の記事の
見出しに

開始時間勘違い 2人「遅刻」

とあった。

これは、開始時間ではなく
開始時刻ではないかと思った。
試験なら時間で良いが
開始なら時刻だと思う。

そこで、
早速、読売新聞の群馬支局に
問い合わせた。
電話に出た人は
わたしの意見を聞いて
責任者に伝えると応えた。

13:07携帯が鳴った。
編集責任者だった。
回答
・当社の今までの時間時刻の使い方を調べたら
 このような使い方をしているので間違いではない。
・広辞苑にも、時刻時間の中に入れているとある。

ということで時間の使い方は間違っていないと言う。

わたしは
小学校2年生の教科書で
時間時刻の区別をはっきり
教えているのだから
新聞は時刻時間の区別をはっきりさせて
報道してもらいたい。
と言った。

電話を終えてから思った。
学校教育の場で新聞記事を教材として取り上げる
時代になっているのだから・・・

JRのベストセラーは『時刻表』だ。
時間表』とは言わない。

そこで
岩波国語辞典第6版に当たってみた。

時間

①ある時刻と他の時刻との間(長さ)。
時間の長さの単位。
③空間と共に、物体界を成り立たせる基礎形式と考えるもの。
④日常語で、時刻

④の「日常語で、時刻」とあったのには驚いた。
 例として
 ・帰りの時間が遅い。
 ・お時間(刻限)です。
 ・日本では昼ですが現地時間では午後10時です。

責任者はこの④を根拠にして
間違いではないと言ったようだ。

しかし、
新聞は開始時間では無く
開始時刻と表記すべきだと思う。

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五万石義人堂の碑文

    五万石義人堂記

待望した明治維新の夜明けを迎えながら高崎藩城付五十

箇村のいわゆる五万石領の重税は改められず旧領だけは

依然塗炭の苦しみにあえいでいた

耐えかねた農民は自由と平等を願って一致結束し窮状を

訴えるため減税解放運動を起こしたのが有名な五万石騒動

である

激昂する憤怒をおさえ民主的に大総代三名を選出して行

動をはじめたのは明治二年秋のことであった

しかしこの誓願も容易に聴き入れられずやむなく直接行

動に移るや藩は総代を捕らえて投獄し、翌二月四日まず二

名をこの地に処刑し、更に九月七日遺る一名も刑場の露

と消えた、この悲しみを乗り越えさらに総代を立て宿願

のために闘い続けたが重ねて同志を牢獄に失い流罪投獄

に遭う者数十名に及んだ、やがて藩知事は免ぜられ新政

の恵みに浴した

ああ先覚者の尊い犠牲と領民の団結によりここに解放の

糸口がつくられ今日の楽土を築く、今この苦難に満ちた

運動の跡をかえりみ当時の人人の霊を慰めるため子孫等

相はかりこの碑を建ててその遺芳を永遠に伝える

   昭和三十八年九月二十一日

             五万石減農運動義人顕彰会

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2012年1月14日 (土)

高崎五万石騒動研究会 2012年1月例会

五万石の例会と
高崎中央公民館の来年度の
利用申込・研修会とが
バッティングしてしまった。

そこで   
先に五万石研究会の方に
出て
細野格城と親戚関係にある
細野さんとの出会いを書いたブログを
まとめたものをプリント資料にして
最初に報告して退席した。

今日の中心議題は
2月4日に義人堂で
高崎五万石騒動で犠牲になった方々の慰霊祭を
どのように行うかであった。

研修会が終わって
Oさんに電話で結果を聴いた。

第2回高崎五万石騒動義人慰霊祭

2月4日(土) 

10:00 慰霊碑前の清掃

11:00 慰霊祭
      あいさつ
      活動の紹介
      参加者全員による焼香
         
 会員の知っているお寺さんの読経を予定。
 会員だけでなく、関係者にも参加してもらうように
 働きかける。
 チラシを用意した。

 わたしの役割分担は
 生花と花瓶の準備。

このブログをお読みになっている方で
高崎五万石騒動に関心のある方は
是非、ご参加下さい。

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素人診断の誤り

右手中指第2関節上部の
トラブル。

1昨年の10月に
ネパールに行った時
月明かりの中を歩いていた時のこと。
水が石の道に溢れていたところで滑って
ストックを握った手を
石壁にぶつけて
体重を右手の中指で受け止めてしまった。

その時は
あまり血は出なかった。
カットバンで処置をした。

その時の様子
http://kokoronotabi.cocolog-nifty.com/kokoro/2010/11/post-a944.html

帰ってきてから
しばらくすると
傷は癒えた。
しかし、中指の関節が痛むので
関節に損傷でもあるのかと思って
整形外科に行った。
手のレントゲンを撮ったが
異常はなかった。
もみほぐす施療をしてもらった。
2回通院したが
効果も特に見られないので
通院は止めてしまった。

外傷は癒えているのに
少しずつ関節の上部が
持ち上がってきた。
腱が膨らんできたように
思われた。
多分、石壁にぶつけた衝撃で
腱が異常を起こしたものと
思っていた。
痛みはそれほど感じられなかった。

しかし、
昨年末年越し蕎麦を打った後
膨らみが増し
とうとう表皮が破れてしまった。
血も出ないし
痛みも増さなかったので
そのままにして、
年を越した。

カットバンをしておいた。
しかし
ちょっと触れると
痛みが感じられるので
とうとう今日、
一昨年かかった整形外科に
行って診てもらうことにした。

打撲による
腱の異常膨張で
皮膚が暮れに破れてしまったようだと
話した。

ドクターは
それを聞き流しながら
大きなピンセットで
患部を開き始めた。

痛いが
我慢していた。
血が出て来たら
見ていられなくなり
じっと我慢していた。

そのうち
注射針の針先で
中をしばらく探っているようだった。
大分時間が経過した。
ドクターが
「原因が分かりました。
これですよ」

とガーゼの上を指さした。

2ミリ四方の黒い石片だった。

腱の膨張ではなく
石片があるためその近辺が化膿して
膨らんでいたのだ。
それが
1年2ヶ月かかって破れたのだ。

腱の膨張では無いことを
ドクターが
図示してくれた。

化膿止めの軟膏を
処方してくれた。

素人診断の誤りで
右手中指第2関節のトラブルを
1年2ヶ月も
長引かせてしまった。

しっかり治癒すれば
弓も引けるように
なるだろう。

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2012年1月13日 (金)

電話2、メール1 五万石騒動デイだ

電話1(石原和三郎)
土屋文明記念館へ
企画展『童謡のふるさと』の記念誌を
編集された担当に
問い合わせた。
その記念誌に記載された
けいこさんの中学時代の恩師
浜欽哉先生の記事を
コピーして
クラスメイトに
配布したいが・・・
「そう言う理由でしたら
よろしいかと思います」
と許可してもらった。

電話2(五万石騒動)
1月6日に行われた
101歳のM先生の葬儀で
隣に座った細野さんが
今日、わたしの留守中に
我が家に来たというので
電話した。
「あの日は細野格城のことを
詳しく話せなかったので伺ったが、
いなかったので・・・」

「そうでしたか
それは、ありがとうございました。
それで
格城とどういう関係でしたか?
お祖父さんにあたるのですか?」
「格城はわたしの父のおじさんでね。
格城の子供は早くに亡くなってしまったんですよ。
葬式の時、あの本(『五万石騒動』)を
みんな配ってしまったので
今は1冊しかないよ」

「今度、お伺いして
お話しをお聴きしたいのですが・・・」
「来る時は電話してください。
格城が残した本などがあるから
見せますよ」

「その時は
よろしくお願いします」
明日は
高崎五万石騒動研究会の例会だ。
このことを
皆さんに伝えよう。

メール1(五万石騒動)
高崎を愛する会のYさんから
しばらく振りにメールがあった。
高崎五万石騒動の資料についての
情報だった。
その雑誌の表紙と目次が添付されていた。
ありがたいことだ。
添付を開けてみると
見覚えのある雑誌だった。
以前、歴史とは関係のない会だったが
偶然、その雑誌を見つけて買ったような気がした。
早速、本箱を確認した。
あった。
そこで、Yさんに
その旨、返信した。

今日は五万石騒動に関することが
2件もあった。
今日は
五万石騒動デイだ。

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2012年1月12日 (木)

酔いが回って・・・

13:30まで
陶芸の新年会 New Year's party
だった。

14:00からの
英会話の時間は
眠くてボロボロだった。

先生は初詣に
榛名神社に行ったが
パワースポットで
県外の車が多かった。
凄い渋滞で時間が
非常にかかったとのこと。

そこで
わたし達は
榛名神社の駐車場に
車を置いて
天狗山に登ったことが
何度もあると話した。

先生は今年の5月~6月頃
お二人でヨーロッパへ
旅に出るそうだ。
期間は2ヶ月とのこと。

スペインから北欧まで
行くとのこと。
友達の家に宿泊したりして
費用を節約するようだ。
現在ユーロ安なので
行くのには絶好のチャンスだ。

わたし達は
ケニアに行く計画があると言うと
アフリカの動物やキリマンジャロ登山の
話になった。

先生もアフリカに
友達がいるそうで
話が弾んだ。

ベーグルパンを最近食べたと言うことから
その話になった。
ヘブライ人の食べものだそうだ。

Bagels are popular among young people.

Among の使用例

Among the rivers in Japan, Tonegawa is one of the biggest.

When you travel, among the ploces you go, which is the most enjoyable?

When you work, among the things you do, what is the most enjoyable?

今日は
非常に眠たかった。

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発掘調査

高崎市東部公民館を
建て替えるため
敷地の発掘調査が始まった。

当公民館は
御霊神社の敷地内にあり、
社は古墳の上にある。

責任者に
様子を聴くと
江戸時代の建造物の跡が
出て来たので
掘り起こしているとのこと。

古墳の周りの堀が
15メートルくらいの幅で
出て来たとのこと。

発掘を初めて
間もないので
これから堀の様子が
解明されるとのこと。

責任者が
「もしかして
シティーギャラリーで行った
上中居から出た破鏡の
展示会に来た方では?」と言う。
http://kokoronotabi.cocolog-nifty.com/kokoro/2011/01/post-65db.html

そう言えば
破鏡を見に行った時
わたしが質問した係の人だった。
急に親近感を覚え、
かみつけの里博物館に
破鏡の説明会に行ったことを
話した。

丁寧に説明をしてくれる方なので
今後も
発掘の様子を訪ねようと思った。

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新年会 その2 木陶会

今年初めての
陶芸教室。

ごはん茶碗が2個
焼き上がっていたが
青色が
予想に反して
薄かった。
残念。

12:00から
近くの料理屋で新年会。

男性5人
女性6人
男性は皆わたしより先輩で
日本酒。
お銚子で注がれるまま
調子に乗って飲んでしまった。

話題は
当公民館の建て替えについて。
新しく陶芸専用の部屋が出来る。
今までより
大きな窯が入るとのこと。
今は温度調節に手間がかかるが
自動で温度調節が出来るようになる。

施設は改善されるが
陶芸をする人が
最近集まらない。
皆で会員を増やすように
働きかけをしようと
いうことになった。

高崎市東部公民館では
陶芸をする人を
募集中。

ところで新公民館の
竣工は
来春になるだろうとのこと。

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2012年1月11日 (水)

小春日のなかで 練習18回目

新年の第1回目
前半は読み合わせをした。

台本を見て
それぞれが
自分のセリフを
丁寧にはっきり読んだ。

約1時間かかった。
劇団ロシナンテに所属しているベテランの方から
「まだ、会話になっていません。
自分たちが普段会話をするように
セリフを言うように
心懸けてください」
厳しい指摘を受けた。

後半は
1場と6場の立ち稽古をした。

読み合わせの時よりも
大分セリフが
会話調になった。
しかし、
ソデからの出方が遅い。
それぞれの動きが小さい。
自分のセリフが終わると
動きが止まってしまう。
セリフのない時の動きが
ぎこちない。

セリフは
大体出るようになったが
まだ動きがスムーズにできない。

演出が
「分からなくなったら
台本を良く読み込んで下さい。
答えは台本にあります」
と言った。

立ち稽古終了後
お茶会をしながら
劇への思いや目標を
一人一人が言った。

面白い。
頑張る。
体調に気を付ける。
緊張する。
等々劇に関することが
出された。

わたしは
少し外して
「今年の目標は減量です」
と言って
減量を自分に課せた。

後2ヶ月で
2キロ減量して
今よりスマートな容姿で
舞台に立ちたい。

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アマゾンは速い

昨日注文した
茂木創さんの著書
「食糧自給率という幻」が
アマゾンから
今日届いた。
何と速いのだろう!

1890円の90円は
消費税だった。

ゆっくり
茂木さんの説を
拝読することにしよう。

2011年9月30日第1版とあるから
3ヶ月前に出版していたのだ。

そこで
「国際経済学・食糧自給率・茂木創」
で検索したところ
案の定
茂木さんのブログが見つかった。

コメントにこの著書のことを
書き込んだので
もしかしたら
茂木さんが
このブログに来てくれるかもしれない・・・

http://blog.livedoor.jp/m_economist/archives/1708394.html

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2012年1月10日 (火)

鳥海山 過去と未来

過去
昨年の7月
鳥海山に登った時
頂上の山小屋で一緒に泊まった
相模原のOさんから
手紙が来た。

その後
富士山や
関東近辺の山々を
沢山の登ったとのこと。

未来
洋大仲間のNさんから
今年の6月15日~17日に
鳥海山へ行く計画が
提案された。

昨年8月に計画したところ
当日台風で
JRが運休になり
中止になったので
そのリベンジである。

この時期は
まだ残雪が沢山残っているのでは
ないかと思われるので
高山植物がどの程度
咲いているか
調べてみよう。

今日は
鳥海山ディだ。

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保育園の送迎

4歳の孫を保育園へ
連れて行った。

いつもは嫁が
連れて行っているが
明日まで産院にいるので
今日は
じいとばあが
受け持った。

息子は出勤が早いので
6:30までに
行くことになっていたが
起きたのが
6:15。
朝食を摂らずに
出かけた。

6:25着。
孫はまだ寝ていた。

着替え
洗面
朝食
歯みがき
トイレ

テレビを見ながらだから
なかなか時間がかかる。
気ままな孫に付き合って
8:20に保育園へ出発。

まだ右と左が
区別が難しい。
「右はお箸を持つ方」
「左はお箸を持たない方」
と言いながら
車で
保育園に向かった。

8:30着
もう園庭で遊んでいる子がいた。
孫は元気に
教室に入って行った。

弟が生まれたことを
先生に話していた。

髭のわたしを見て
男の子が
「サンタクロースなの?」
「そうだよ」
「プレゼント持ってる?」
「クリスマスに全部配ったから
今は無いよ」
「そう・・・」
と残念そうだった。



16:00に
迎えに行った。
保育園でもっと
遊んでいたいと言うかと
思っていたら
直ぐに帰ると言ったので
スムーズに
帰宅できた。

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茂木創さんが著書出版

今日(1月10日)の上毛新聞18ページ
地域総合に
茂木創さんの写真が
大きく出ていた。

「誰のための農業政策なのか
 食料自給率という幻」
と言う著書を発売したとのこと。
唯学書房から
1800円。

茂木さんが学生の頃
息子たちが
大変お世話になった。

現在、拓殖大学政経学部の准教授とのこと。
専門は国際経済学。
経済学を大学時代からずっと
研究しているようだ。

今回の著書のテーマは
食料自給率。

専門的でちょっと難しそうだが
購入して
少し読んでみよう。

そこで
早速アマゾンで
申し込むことにした。
新聞には1800円とあったが
アマゾンの定価は1890円だった。

11日~13日に届くという。

http://business2.plala.or.jp/asyl/yuigaku/

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2012年1月 9日 (月)

新年会 その1 でかんしょ合唱団

19:00から
高崎駅東口に近い
『アイアイ』

電車を使わず
歩いて行った。
ほぼ40分だった。

ビール
焼酎

ピザ
パスタ

沢山頂いたので
2次会は
遠慮して
歩いて帰ることにした。

車の来ない
小道を辿って
帰ってきた。
近場でも知らない道や建物が
沢山あった。

まるで外国の街を
歩いているようだった。

2日続けて
宴会で
ダイエットとは
程遠い食生活だ。

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若冲(じゃくちゅう)

今日の午前中
NHKテレビで
「天才絵師 若冲」があった。

釘付けになって
しまった。

若冲の
対象を見つめる眼の
凄さ
飽くなき技法の
探求
一分の隙のない
集中力

特殊ハイビジョンカメラで
捕らえた
ニワトリの羽1枚。

筆使いの丁寧さに
そして
色の出し方の工夫に
そして
水墨画の技術に
驚嘆した。

熊田千佳慕の(1911年~2009年)
細密画に1昨年驚いたが
既に
江戸時代中期に
若冲がいたのだ。

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2012年1月 8日 (日)

二十歳を祝う会

現役時代に教えた
子供たちが
成人式を迎えた。

祝う会に
出席した。

元気に
それぞれの道を
歩んでいた。

当時の写真を
大画面で見た。
10年前の自分が
時々子供たちと一緒に
出て来た。

髪も黒ければ
髭も無く
今より
スマートだった。

夜は
祝賀会。

保護者の言葉が
心に響いた。

これからの人生が
豊かであることを
願うばかりだ。

新成人
おめでとう。



成人式と言えば
思い出す。

遙か43年前
高崎市では成人式を
音楽センターで行っていた。

団塊の真ん中で
新成人が多くて
その頃は
午前と午後の2回に分けて
行った。

わたしは
午前の部で
成人の誓いを
代表で言った。

昭和43年の秋
中3の担任だったN先生から
突然、呼び出された。
成人の誓いをする当番校が
佐野中なので
生徒会長をしていたいちじんがやれ、
いちじんの好きなように書いて
来いというので
思う存分
書いて持って行った。

個人的内容だからと
一部カットされたが
ほとんど良かった。

「春は花 夏ほととぎす 秋は月
 冬雪冴えて 涼しかりけり」
と川端康成がノーベル賞授賞式の
記念公演で世界に紹介した道元禅師の短歌から始めた。

国立コロニーが建設中であったので
そのことも言った。

最後に
高崎を福祉都市にして行くよう
努力したいと
結んだのだった。

わたしの青年の誓いなど
誰も覚えていないだろうが
わたしには
消えない記憶として
今も鮮明にある。

巻紙に筆で清書してくれた
父もいない。
誰よりも喜んでくれた
母もいない。

あっという間の
43年間だった。
「無常迅速」という
言葉が
身にしみる。

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孫誕生

1月7日の22:40
息子に第2子が
生まれた。

わたしの
3番目の孫で
初めての男の子。

元気に
健やかに
成長することを
願う。

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2012年1月 7日 (土)

小山実稚恵ピアノリサイタル

高崎市文化会館
14:00~

体重を減らすために
徒歩で行った。

ショパン10曲と
リスト2曲と
ドビュッシー3曲を
演奏した。

ショパンは馴染みある曲だったので
聴きやすかった。

何しろ
力強く
迫力のある演奏だった。
「子犬のワルツ」は
「成犬のワルツ」のように
聞こえた。

最後の音の響きが
消えてから
拍手が始まった。
ピアノの音を
大切にした
演奏だった。

一番の圧巻は
ドビュッシーの「花火」だ。
その速さといい、
指さばきといい、
そのテクニックは
見事だった。

アンコールには
3回応えてくれた。

終了後
CDのサイン会があった。
けいこさんは
CDを買い、サインしてもらった。
別れ際に握手をしたら
とても暖かい手だったそうだ。

あれだけ激しい
演奏をしたのだから
手も熱くなるのは
当然だと思った。

参考

プログラム

ショパン:ノクターン 第 2番 変ホ長調 作品9-2
ショパン:ワルツ 第7番 嬰ハ短調 作品64-2
ショパン:ワルツ  第6番 変ニ長調 作品64-1「小犬のワルツ」
ショパン:ワルツ 第9番 変イ長調 作品69-1「別れのワルツ」
ショパン:ワルツ 第10番 ロ短調 作品69?2
ショパン:ワルツ 第2番 変イ長調 作品34-1「華麗なる円舞曲」
ショパン:ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53「英雄」
リスト:愛の夢 第3番 変イ長調
リスト:パガニーニによる大練習曲より 第3番「ラ・カンパネラ(鐘)」     

休憩

ドビュッシー:第1集 第8曲「亜麻色の髪の乙女」
ドビュッシー:第1集 第5曲「アナカプリの丘」
ドビュッシー:第2集 第12曲「花火」
ショパン:ピアノ協奏曲第2番より第2楽章 変イ長調 ラルゲット
      (ピアノ・ソロ版)
ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
ショパン:アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22

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2012年1月 6日 (金)

少林山は遠かった

1月6日は
少林山達磨市。

今年は
信越線で行くことにした。

高崎問屋町駅から
高崎駅経由で
信越線の群馬八幡駅下車
歩いて
20分で
着く予定であった。

群馬八幡駅は
北に駅があるのだが
わたしは南に駅があるものと
思っていたので
自信を持って
駅前をひたすら
南に歩いて行った。

もう、すぐ18号線に出て
少林山の明かりが
賑わいが
あるだろうと思いつつ
歩めど
歩めど
無い。

とうとう
大通りに出て
初めて間違いに気付いた。
180度の勘違い。
再び
元来た道を戻った。

これ認知症だな?
と言うと
「あんまり自信を持って
歩いていくから
違うみたいと
言えなかったのよ」
参った。
参った。

駅舎に入って
駅員に聴いた。
駅を出てすぐ左に行ってくださいと
言って
小さな案内図をくれた。

駅舎の何処にも
少林山の案内はない。
駅前にも
矢印は見られない。

知らない人は
聴くから間違わないが
なまじっか知っていたものだから
飛んでもない
間違いを
起こしてしまった。

今度は
そこから20分で
少林山の列に着いた。

風が無く
いつもの年より
大勢の参拝者が並んでいた。

階段下に行くまで
小1時間はかかったが
風がなかったので
待つのもそんなに
苦にはならなかった。
Dsc_0014

達磨は本堂前で
買い、
作った方に
写真を撮ってもらった。
Dsc_0033

Dsc_0040

その後
安中の鍛冶屋さんの店で
草かき鎌と
包丁を買った。
昔の農家の人になった気分だった。
Dsc_0042

参ったのは
甘酒。
地元のお寺関係の人が
やっていると思って買ったのだが
それは間違いだった。

口直しに
自動販売機で
飲み物を買って
飲んだ。

月が煌々と
照る中、
麓に戻った。

信越線の上り電車は
無かったので
タクシーで
帰った。

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今年の目標は減量

今日は定期通院日
15:00に予約をしていたので
少し早めに
病院へ行った。

検査の結果は
いつもより
悪い。

こういうのを
難治性高血圧というのだそうだ。

体重を落とすと
病状が軽減するという症例を
2例見せてもらった。

1例は100キロの人が
20キロ痩せて
症状が無くなったが
それを維持できなくて
また元の体重になり
症状が戻ってしまったという。

2例目は
自分でやる気を起こして
10キロ痩せたら
症状が
改善してそれを
続けている。

自分で
本当に症状を
軽くしたいと思ったら
本気で
体重を落としてください。
と言われた。

そこで
今日から
体重記録を
毎日、朝晩
グラフに付けて
体重管理をしていくことにした。

適度な運動と
食べ過ぎをしないことを
念頭に置いて
日々過ごすことにしよう。

今日の体重
85.3キロ
次回の通院日2月3日までの目標
83.0キロ

最終目標は
76キロ

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隣に座った方が・・・

M先生の
告別式には
開式まで30分ほど時間があったので
前の方に座った。

隣の方は
M先生が長らく務めた
佐野小学校の卒業生だった。
下之城の細野さんで
母より2歳下であったが
母のことを
知っていたので
話が弾んだ。

小学校の4年生の時
無くなった従兄弟の
絹太と同級生だと知って
また
驚いた。

下之城で
細野と言えば
『高崎五万石騒動』の著者
細野格城だ。
そこで
聴いてみた。
「わたしは高崎五万石騒動研究会で
騒動関係のことを
調べていますが
一番重要な本を書かれた
細野格城さんを
知っていますか?」
「それは
わたしのお祖父さんだよ。
その本の原本を1冊だけ持っているよ」
と。
「そうでしたか。
わたしは、格城さんを真似て
この髭を
伸ばしているんです」
と言うと
「祖父さんのは
もっと長くて立派だったよ」

焼香前に
電話番号を
教えてもらった。
近々
細野さん宅を
お尋ねしたいと思った。

M先生が
細野さんと
引き合わせてくれたのだ。

感謝です。

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101歳で逝ったM先生の告別式

M先生には
亡き母が小学校時代に
絵の指導で
大変お世話になった。

母はM先生と
長い間年賀状を交わしていた。
また、
M先生の個展があれば
よく見に行っていた。
だから
M先生の描いた
バラや浅間山の絵画が
我が家にはある。

わたしが
中学校の時
M先生は教頭だった。
美術の時間に
1度だけ
写生の指導をしてもらった
ことがある。

優しい笑顔で
アドバイスしてもらったことを
覚えている。

高校時代に
M先生の息子さんが
英語を教えていたが
教わったことはなかった。

斎場の入口に
M先生の思い出の
写真があった。
昨年開催した
100歳記念の個展だった。
母が生きていれば
必ず行ったであろうが
その個展を知らなかった。

その写真のところに
息子さんがいたので
M先生に母がお世話になったことを
お話した。

母の思いが
伝えられたので
安堵した。

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今年初めての鳥見は

マイフィールドの
井野川。

10:00~12:30

快晴で
八ヶ岳がよく見えた。
Dsc_0157

赤城の
地蔵岳とその後ろに
黒檜岳。
Dsc_0222

確認した鳥は
23種。

いつもは
すぐ飛び去ってしまって
なかなか撮れない
スズメが
今日はよく撮れたスズメディ。

スズメ
Dsc_0227

Dsc_0247

Dsc_0162

Dsc_0332

イカルチドリ
Dsc_0156

マガモの番
Dsc_0189

バン
Dsc_0277 

アオサギ
Dsc_0200

ホオジロ
Dsc_0172

キジバト
Dsc_0147

ツグミ
Dsc_0241 

チョウゲンボウとハシブトガラス
Dsc_0264

Dsc_0269

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カワウ
Dsc_0127

コガモ
Dsc_0135

オナガガモ
Dsc_0316

モズ
Dsc_0285

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2012年1月 5日 (木)

沼田の蕎麦の店

沼田に所用で
出かけた。
始まりが13:30だったので
昼食は蕎麦と言うことになり
けいこさんが
ネットで探したのが
この店。
電話で予約して出かけた。

十割蕎麦の
「源」

沼田公園の下の
山里にあった。
Dsc_0108

夕べからの雪で
雪国に来たようだった。
Dsc_0103

11:30着。
ご主人がブルで
雪かきをし終わったところだった。
「今日はこの雪で
客は無いと思っていたんですが・・・」
と嬉しそうに
迎えてくれた。

店は
普通の民家だが
中にはいろいろな民具が
置いてあった。
Dsc_0110

客は
わたし達だけだった。

ご主人は
蕎麦に詳しかった。

蕎麦粉は
月夜野の方面で取れた地元産の蕎麦。
挽きたてが良く
自分の臼で挽いている。

使うだけの蕎麦粉を
販売もしているとのこと。

10割蕎麦と言っても
昨年の蕎麦は
天候の影響で粘り気が無いので
少し割粉を
使っている。

打ち方は
非常に薄く伸ばす。

切り方は
数枚重ねて独楽板を使わないで
包丁で裁つ方法。

新説を聴いた。
切って出来た蕎麦を
冷蔵庫で4日寝かせると
熟成して
美味しい蕎麦になる。


今日は残念ながら
先程打ったばかりなので
熟成してない蕎麦だった。

茹で上がって
出て来た蕎麦は
薄く、3~4mmの幅があった。
Dsc_0111

Dsc_0113

Dsc_0118

思った以上に
ぬめりがあった。
蕎麦が多いと
ぬめり感が増すということを知った。

毎月10日には
蕎麦好きが集まって
自分たちで打って食べる会を
行っているとのこと。

その会では
蕎麦の打ち方を
指南してもらえそうなので
一度体験してみたいと
思った。

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2012年1月 4日 (水)

浜欽哉先生

今夜はけいこさんの
中学校3年7組のクラス会だった。

幹事だったので
いろいろ準備をしていた。

担任の浜欽哉先生は
既に亡くなられたが
母校の校歌を作曲した作曲家だった。
そこで
みんなで校歌が歌えるようにと
プリントして持って行った。

わたしは
今日はお酒を飲まずに
アッシーをした。

帰ってきてから
校歌をみんなで歌ったのと
確認すると
歌って良かったと言った。

その時不意に
思い出した。

昨年の秋
『石原和三郎の世界』
ー「うさぎとかめ」発表から110年ー
というイベントが
群馬県立土屋文明記念文学館で
催された。

その時
『童謡のふるさと』という
記念誌が発刊され、それを買った。
その冊子は
石原和三郎を中心にして
群馬県の童謡の歴史を
まとめたものだった。

最後の方の
「ぐんまの童謡」というページに
3人の作曲家が
紹介されていた。

最初の1ページは
浜欽哉先生の
紹介だった。

明治40(1907)年~昭和62(1987)年
長野県生まれ。
小中学校教諭。
群馬県音楽教育研究会会員、
高崎市民音楽連盟常任理事として活躍。
群馬県教育委員会・上毛新聞社募集の
「群馬県の歌」(高橋元吉作詞)に
作曲第1位入選。
代表作に「野ばら」(山村耕二作詞)、
「そよ風の歌」(横堀恒子作詞)等がある。
校歌・園歌・団体歌30曲。


先生がピアノを弾く写真もあった。
作曲した「あざみの花」の楽譜も
載っていた。

このページを
コピーしてクラスメイトに配れたら
良かったね。
この冊子のことを
思い出すのが
ちょっと遅かった。

そうだ!

記念写真を送付する時
同封すれば
良いね!
とわたしは
まだ少し赤い顔のけいこさんに言った。


付記

このページの画像を
ここに紹介したいが
最後のページに
無断複製・転載を禁じます。
とあるので
今日はここまで。

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ソデグロヅル

野鳥の会群馬支部の
掲示板を見たら
ソデグロヅルの画像が
あった。

迷鳥で
茨城と千葉の境界辺りに
暮れに飛んできたようだ。

頭部だけを見ると
ちょっとトキみたいに見える。

そこで
ネットでソデグロヅルを
当たってみた。

数人がソデグロヅルの
画像を貼っていた。
その中に
「旧小貝川 コブ白鳥ファミリーの日記」という
ブログがあった。

たまたま
昨日、
コブハクチョウについての
思い出を書いたので
そのブログのコメント欄に
書き込んだ。

当ブログに
来てくれると良いのだけれど・・・
どうかな?

こういう場合に
「トラックバック」を使うと
良いらしいのだが
「トラックバック」?
何だかよく分からなくて
その手続きが
出来ないままでいる。


追記

『旧小貝川 コブ白鳥ファミリーの日記』のブログです。
http://kobuhakusuki.blog102.fc2.com/blog-entry-452.html

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2012年1月 3日 (火)

オオハクチョウと聞いて

ネット仲間の
無自名さん(埼玉)の正月の話題は
オオハクチョウが1羽
近くの沼に来たとのこと。

http://blog.goo.ne.jp/mujina_o1/e/3d6a2887da704d73d0573a2e9ebdc4bc#comment-list

嘴の黄色い部分が
半分以上あるから
オオハクチョウだ。
ちなみに
半分以下は
コハクチョウだ。

オオハクチョウで
思い出したのが
昨年の3月
ウィーンのドナウ川で見た
コブハクチョウ

日本では
コブハクチョウ
動物園から逃げ出したものを
見ることが多い。

ドナウ川沿いを散歩していて
初めて見た1羽のハクチョウが
コブハクチョウだった。
その時は
どこかの動物園から
逃げ出したものかと思った。
Dsc_0137

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その後、
ドナウタワーに登って
ドナウ川を眺めたら
たくさんハクチョウがいる。
Dsc_0378

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Dsc_0416
何ハクチョウかと
確認しようと
そのところに
早速
行ってみた。
オオハクチョウか?
コハクチョウか?

Dsc_0444

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ところが予想に反して
みんな
コブハクチョウだった。
Dsc_0470_2
羽が薄黒いから
若鳥と思われる。
Dsc_0480

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泳ぐとき
羽を少し持ち上げるのが特徴

ウィーンにいるハクチョウは
コブハクチョウだったのだ。
日本の常識は
ウィーンでは非常識だった。

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2012年1月 2日 (月)

孫のお年玉にマゴマゴ

今夕は一族の新年会。
大人13人
子供 3人
全員で16人。

乾杯して
しばらくしてから
1人ずつ
今年の抱負を
発表してもらった。

それぞれから
課題や希望や計画が
聴けた。
これは
とても良かった。

しかし、
しくじりもあった。

暮れから
4歳になった一番上の孫が
「おじいちゃんに
お年玉をもらえる」と
言っていた。

さて、
お年玉を
どの位にしたら
良いのか迷ってしまった。

お金の価値は
まだ、分からないのだから
多く上げ過ぎも
意味はない。
かといって
少な過ぎても・・・

お年玉袋に孫の名前を書いて
用意はしたものの
何枚入れたらいいのか
決められないまま
新年会が
始まってしまった。

息子や姪たちは
互いの子どもたちに
お年玉を
やりあっていたが、
とうとう
じいちゃん
やる機会を失してしまった。

孫に
「じいちゃんは
お年玉
あしただよ」
と言って
保留。

息子に聴く訳には
いかない。

そうだ。
ネットだ。
そこで
『お年玉の相場』を
検索。

ウムウム・・・
未就学児には
そんな額なのか・・・

これでやっと
明日
孫に
お年玉がやれるぞ。

調べ方を気付くのが
1日遅かった!

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2012年1月 1日 (日)

実業団駅伝

元旦の朝は
この応援に行く。
家の近くは
2区。

去年もそうだったが
この2区は
外国人の唯一走れる区間。

ヘリコプターの音がして
騒がしくなってから
コースの道路に
行った。

間もなく
やって来たが
みんな外国人。
速い、
速い。

Dsc_0041

Dsc_0044

あっという間に
通り過ぎた。
半分ほど見送った後、
やっと日本人ランナー
「がんばれー!」

2区はまだ差がないから
最終ランナーが
来るのも早かった。

医療車両が通過したら
すぐに
「交通規制を解除します」という
車が来た。

1区は団子状態
2区はほとんどが外国人
この区間は
あまり見応えのない区間だ。

優勝は
日清だったのだろうか。

駅伝の帰り
東の方から見た
我家の
山茶花の垣根
Dsc_0053

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エビでタイ

年越し蕎麦のお礼にと
Iさんから
お酒を頂いた。

新潟の五泉市の
銘酒で
『菅名岳』という。
初めて聞く銘柄だが
地元では
人気がある酒らしい。

元旦に早速
その『菅名岳』を
頂いた。

口当たりが良く
飲みやすい。
けいこさんは
甘いと言うが
わたしには
サラッとした爽やかな感じ。
Dsc_0037

菅名岳は
909mの山で
「寒の入り」から9日目に湧き水を
取りに行き、
その軟水で
造る酒とのこと。

通りで
うまい訳だ。

http://members.ecatv.home.ne.jp/endo/newpage10.htm

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