« 高崎五万石騒動研究会 2012年1月例会 | トップページ | 重箱の隅 その2 »

2012年1月15日 (日)

五万石義人堂の碑文

    五万石義人堂記

待望した明治維新の夜明けを迎えながら高崎藩城付五十

箇村のいわゆる五万石領の重税は改められず旧領だけは

依然塗炭の苦しみにあえいでいた

耐えかねた農民は自由と平等を願って一致結束し窮状を

訴えるため減税解放運動を起こしたのが有名な五万石騒動

である

激昂する憤怒をおさえ民主的に大総代三名を選出して行

動をはじめたのは明治二年秋のことであった

しかしこの誓願も容易に聴き入れられずやむなく直接行

動に移るや藩は総代を捕らえて投獄し、翌二月四日まず二

名をこの地に処刑し、更に九月七日遺る一名も刑場の露

と消えた、この悲しみを乗り越えさらに総代を立て宿願

のために闘い続けたが重ねて同志を牢獄に失い流罪投獄

に遭う者数十名に及んだ、やがて藩知事は免ぜられ新政

の恵みに浴した

ああ先覚者の尊い犠牲と領民の団結によりここに解放の

糸口がつくられ今日の楽土を築く、今この苦難に満ちた

運動の跡をかえりみ当時の人人の霊を慰めるため子孫等

相はかりこの碑を建ててその遺芳を永遠に伝える

   昭和三十八年九月二十一日

             五万石減農運動義人顕彰会

|

« 高崎五万石騒動研究会 2012年1月例会 | トップページ | 重箱の隅 その2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/183945/53740780

この記事へのトラックバック一覧です: 五万石義人堂の碑文:

« 高崎五万石騒動研究会 2012年1月例会 | トップページ | 重箱の隅 その2 »