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2012年3月 8日 (木)

高崎市の歴史講座 4日目

演題 五万石騒動と高崎 御一新ということ

講師 横倉興一

歴史は資料に基づいて考えていくことが
大切であると大学の時、
尾崎先生に言われた。

高崎市史の五万石騒動の記述の中に
処罰された農民が書かれていないのは
残念なことだ。

資料を読み解いて史実を
明らかにしていきたい。

地区割りは
上郷、中郷、東郷、下郷、西郷で
97ヶ村
この中で、下郷に処分された人が多かった。

騒動の目的
1 法外な税率の改正 (7合3勺摺り→5合摺り)
2 畑方税(米で納める)を永代(貨幣で納める)に

税金の納め方は
検見して決めたが毎年は行われず、
一定の税率(定免)だった。
高崎藩の田畑は税率の高い上田が多かった。

延米(手数料・管理料)や
口米(損失料・札差で取る米)を
取られた。

7合3勺摺りは他藩より
2合3勺多く取り立てることができた。
1村につき20石余分に取れたので
97ヶ村×20石=およそ2000石のピンはねを
していた。
1・1・5の法という。
この計算は、和算でしたと思われる。

高崎藩は財政が逼迫したので
藩札を出して
五十嵐家から資金を得た。
その代わりに五十嵐家に
苗字・帯刀を許した。

小園江丹宮の父、義円は天狗党の残党で
水戸の勤皇の志士だった。
丹宮は農民に急ぐな時期を待てと言ったが、
下郷の農民はそれに従わず
減税運動に走り
多くの農民が処刑された。

不幸なことは
高崎藩に減税を求めて
立ち上がったが、
維新により、藩はその時点で
明治政府に変わってしまったので
高崎の農民は政府に
反逆することになってしまったことだ。

処刑された事実
佐藤51歳
高井42歳
小島62歳
刑を受けた人々を
高崎市史に記述し残さなければ
ならない。

あった事は
史実として
記録することが
大切であると強調された。

司馬遷が権力に屈せず
事実をそのまま残したという
史実を例えにあげて
講演が終わった。

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コメント

田島先生とはまた違った熱の入れ方で、面白かったですね。
今度の史跡巡りも、楽しみです。

投稿: 迷道院高崎 | 2012年3月 9日 (金) 08:42

熱の入った講演でした。
明日の史跡めぐりは参加できないので
残念です。
新しい発見があると
良いですね。

投稿: いちじん | 2012年3月 9日 (金) 11:11

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