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2012年5月31日 (木)

ダイエット作戦継続中

5月の目標は75㎏。

4月が平均して76㎏だったから

1㎏の減量だった。

今日の就寝前の体重が

74.6㎏で

目標を完遂。

今月のグラフを見ると

その過程が分かる。

オカリナの会の相馬旅行で2㎏上昇。

帰ってきてから

減量に励み

元に戻ったが

友人Sとの会食(しゃぶしゃぶ)で

1.5㎏の上昇。

袈裟丸山登山で2㎏減量して

元に戻し、

月末3日間は75㎏を保持した。

6月の目標は

74㎏だ。

参考

最高峰の14座目を登頂した

竹内さんは

180㎝で

60㎏。

付記

衣替えで

衣服を入れ替えた。

暮れまで履いていた86㎏時代のズボンが

だぶだぶでとても履けない。

子1が使ってくれるというので

クリーニングに出した。

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昔の写真 No2

新藤兼人さんが亡くなった。

100歳。

100本近い映画を作ったそうだが

わたしが劇場で見たのは

『裸の島』1本。

1960年の作とあるから

わたしが小学校5・6年生の頃だ。

母と見に行った。

瀬戸内海の離島で

生きる夫婦。

夫は殿山泰治。

妻は乙羽信子。

炎天下の中

島の段々畑に

ひたすら水を運ぶのを覚えている。

無声映画のように

声は無かった。

BGMはあったのだろうか。

記憶にない。

それで思い出すのが

乙羽信子。

母は乙羽信子に似ていると

周りの人から

言われたことがあったらしい。

それで、

アルバムの中から

探してみた。

この写真はわたしが撮った。

昭和37年(1962年)とあるから、

わたしが中学1年の春だ。

自宅前の花畑の中だ。

Photo

後ろの家は今は駐車場になって

跡形もない。

ヒバ垣に囲まれた小さな家だった。

ところで

ポーズを付けた母

乙羽信子に似ているかな?

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2012年5月30日 (水)

井野川の鳥見 5月30日 オシドリは?

10:00~13:00

オシドリを最後に観察したのは

4月20日だった。

その後、1回井野川を歩いたが

オシドリは見られなかった。

ほぼ1ヵ月振りに井野川へ行った。

初めにあのオシドリが居たところに行ってみた。

草が大分伸びていた。

何処を見ても

オシドリの影はなかった。

日向ぼっこして居たのは

スッポンだった。
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そこから下っていつものロングコースを

歩いた。

カルガモの親子連れに

2回ほど逢った。

1回目は6羽の子。
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2回目は11羽の子。
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子カルガモたちは親鳥の後を

健気に付いて泳いでいた。

田んぼの麦が

黄色くなり始めていた。
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いよいよ夏だ。

護岸工事がまだ続けられていた。
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工事で川の流れが変わったことと

工事の騒音で

鳥も大分少なかった。

折り返しの橋を渡り

左岸を戻ってきた。

以前シマアジやオシドリを観察した場所に来た。

スコープで石の多い川原を下流から

上流へ辿っていたときだった。

紫の色が見えた。

あのオシドリだ。
Img_1185

後ろの方にいたけいこさんに

「居たよ。居たよ。オシドリ!」

イタチにやられてしまったのではないかと

ほとんど諦めていたので

それは驚いた。

生きていたので

嬉しかった。

イチョウ羽は擦り切れて

ほとんど無かった。
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それでも元気に草を啄ばんでいた。

よく生きていた。

春先に観察していた場所より

1Km下流に来ていたのだ。

けいこさんに言った。

「ここは、ミラクルポイントだね」

出合った鳥

カルガモ、アオサギ、ムクドリ、スズメ、ヒヨドリ

モズ、カワセミ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ

キジバト、ハシボソガラス、ハシブトガラス、ツバメ、イワツバメ、

ホオジロ、
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声を聞いた鳥

キジ、

全部で17種

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一献

細野格城の墓参の折

細野さんから会に地酒を1升頂いた。

メンバーに声をかけたところ、

皆さん都合が悪く

結局

Tさんと二人で飲むことになった。

時間 17:00~21:00

会場 Tさんの自宅

けいこさんに作ってもらった

肉ジャガとサーモンマリネとイカの煮付けを

パックに入れて

けいこさんにTさん宅へ送ってもらった。

Tさんの仕事場兼応接室で

新酒の栓を抜き

注いだは徳利は

美濃焼。

盃も

美濃焼。

箱の中に20個くらい入っていて

その中から気に入ったのを選んで

使った。

美濃焼は

使うほどに味が出るので

気に入って集めたという。

重量感のある杯で

地酒を一献傾けた。

さっぱりした口当たりで

酒は進んだ。

話題は

故郷

仕事

中国史

原発

フェイスブック

そして

五万石騒動

Tさんの話は広く深く

面白かった。

Tさんから竹林の七賢人の話が出たが

Tさんに重ね合わさった。

二人で半分以上開けてしまった。

けいこさんに

迎えに来てもらって

雨の中帰宅した。

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2012年5月29日 (火)

小林正展

会場 高崎高島屋 5階アートギャラリー

会期 5月23日(水)~29日(火)

28日に新聞でこの展覧会を知ったので

最終日の今日、行って来た。

小林君は高校の同期生。

独立美術協会会員として活躍している。

2年前の上毛新聞の年末チャリティーオークションで

小林君の作品を落としたこともあり、

ほかにどんな絵を描いているのか

知りたかった。

会場に入ると

小林君はお客さんと話をしていた。

1枚1枚ゆっくり見て回った。

全くの具象でもない。

全くの抽象でもない。

色彩が良い。

少女のような女性が度々登場する。

ロマンティックだ。

撮影は自由に撮ってよいと言われたので

作品の幾つかを紹介します。

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2012年5月28日 (月)

昔の写真 No1

Photo

昭和39年頃、

家ではヤギを飼ってその乳を飲んでいた。

牛乳の代わりだった。

獣医さんに人工授精をしてもらって

子どもを生ませていた。

小6の時、出産の様子を観察して

筆字で記録したことがあった。

子ヤギはなんとも可愛かった。

この頃は、まだ下駄を履いていた。

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アオフウチョウ

BSプレミアム

8:15~9:15

ニューギニア秘境探検

この番組は

パプアニューギニアの極楽鳥

アオフウチョウの

知られざる生態を捉えたもので

再放送だった。

1回目を見ていたのに、

ほとんど忘れていた。

オジロオナガフウチョウ

90センチもの白い長い尾をなびかせて

密林の高木に集まって、

オス達がディスプレイ。

アオフウチョウ

苔むした開けた斜面を掃除して

メスを待ち、

メスが来ると

逆さになってお腹の黒い部分を

強調するディスプレイ。

1時間ゆっくりパプアニューギニアの

フウチョウたちを見た。

撮影者は嶋田忠氏。

嶋田忠氏のプロフィール

1949年、埼玉県の農村に生まれる。

武蔵野の自然の中で野鳥とともに過ごす。

日本大学農獣医学部卒業後、

動物雑誌「アニマ」(平凡社)創刊に参加。

以後、野鳥を中心に独自の世界を開拓している。

1980年、北海道千歳市へ移住。

1993年より7年間、テレビ朝日・ニュースステーション特集

「嶋田忠の野生の瞬間」シリーズのため、

海外で映像作品を制作。

2000年より、NHKの自然番組をハイビジョンにて制作中。

最近は極楽鳥など、

熱帯雨林の生きものをデジタルカメラで撮影している。

[写真集
『カワセミ清流に翔ぶ』『火の鳥アカショウビン』『炎のカムイ』
『鳥 野生の瞬間』『鳥のいる風景』
『森に生きる』『ウトナイの鳥』『カムイの夜シマフクロウ』
『闇のカムイ・シマフクロウ』『北の野鳥』
『鳥のいる風景・水と原野』『バシリスク・水上を走る忍者トカゲ』
など多数
[写真絵本
『カワセミ・青い鳥見つけた』『アカショウビン・火の鳥に出会った』
『アカゲラ・キツツキの森へ』
『モズ・不思議なわすれもの』『シジュウカラ・庭にくる小鳥』
など多数
[写真作品の受賞
太陽賞、日本写真協会新人賞、日本鳥学会特別表彰、
日本写真協会年度賞など
[映像作品の受賞
電通賞、IBA国際放送広告賞、ギャラクシー賞、
アジア映像祭自然部門準グランプリ、
アメリカ国際映像フェスティバル自然部門グランプリ、
アジア・テレビ祭自然番組部門最優秀賞など

日本写真家協会、日本写真協会、日本鳥学会、日本野鳥の会会員。

NHKワイルドライフ
http://www.nhk.or.jp/wildlife/program/p079.html

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2012年5月27日 (日)

蕎麦くうかい 第3回

14:00から2鉢打った。(1鉢=蕎麦粉4合+打ち粉1合の二八蕎麦)

練りを念入りに時間をかけて行った。

今日のお客は子2の家族

18:00やって来た。

孫1が

茹でて水にさらした蕎麦を

自分からテーブルに運んだ。

まだ5歳なのにわたしの打った蕎麦が

大好きなのだ。

孫3は珍しく食事中熟睡していたので

嫁はゆっくり蕎麦を食べることができた。

今日の料理

天麩羅(ナス、ウド、キヌサヤ、かき揚げ(タマネギ・エビ))

ダイコンとニンジン等の煮付け(コウナゴ入り)

カツオの刺身

糠漬け(キュウリ、ダイコン)

サラダ(キュウリ、サニーレタス、タマゴ、トマト)

蕎麦に少しぬめりがあった。

美味しいという。

蕎麦粉が山形産だからか

それともわたしの錬りの良さからか

どちらか不明。

平均して切れて

見た目も良く

コシもあった。

家族以外にも食べてもらえるのでは・・・

と言うところまで話が行ったが

汁がいまいちだと言われた。

かえしとだし汁の作り方が

今後の課題だ。

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2012年5月26日 (土)

齋藤知正先生追悼坐禅会

会場 長松寺

開始 14:00~

内容 14:00~15:00 坐禅

    15:00~16:00 提唱 武井昭先生

    16:00~17:00 偲ぶ会

    18:00~      懇親会

坐 禅 長松寺には本堂の裏に立派な坐禅堂が出来ていた。

提 唱 正法眼蔵「説心説性」の巻

偲ぶ会 各自が齋藤先生の思い出を語った。

懇親会 高梁、大阪、名古屋、名取、白河等から来られた方々と

     楽しく飲食した。

資料  真乗5号 高崎経済大学参禅会

     道元「説心説性」の巻の構造 武井昭

     訓注「江湖送行歌」 大而宗龍禅師『龍華会雑録』より

     「いぶき めぶき」
     吉備国際大学 社会学部 ビジネスコミュニケーション学科

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ユニクロ

昨日の2ページ全面広告に

6:00から先着100人に

パンとお茶のプレゼントというのがあった。

歩いてちょうど6:00に

店に着くように家を出た。

朝の散歩は気持ち良かった。

店の駐車場は満杯。

行列が長い。

でも100人目には

入ると思って並んだ。

ところが

100人目はずっと前だった。

目的のパンとお茶を逃してしまった。

もう一つ

150番目までにバックのプレゼント。

けいこさんがその150番目だった。

スレスレで赤いバックがゲットできた。

買い物は

おそろいのTシャツ(1枚290円)と

けいこさんの白と紫のポロシャツ。

期待していたクジ(1等10万円相当の賞品)にも

見事はずれた。

買った品物をザックに入れて

30分歩いて帰宅。

当てにしていたパンとお茶が

手に入らなかったお陰で

朝食が美味しかった。

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2012年5月25日 (金)

ブータンシボリアゲハ

今日の読売新聞群馬版に

倉渕村公民館で

ブータンシボリアゲハの調査隊の副隊長の

矢後勝也さんの講演会が

6月14日 14:30~

とあった。

定員50名とあったので

早速電話で申し込んだ。

高校が同期のO君が

貴公民館でミヤマシジミの保護活動をやっているので

確認した。

するとすぐ前にいますよと

代わってくれた。

倉渕中学校の生徒を対象に講演会を

組んだが、一般参加も出来るようにしたとのこと。

赤城姫を愛する集いのMさんが

講師をお願いしてくれたそうだ。

矢後さんは以前

ミヤマシジミの保護活動に来たことがあるそうだ。

O君は今日も小川の草刈りに行ってきたところだと

付け加えた。

倉渕は焼き物では穴釜の佐藤けい君。

小栗上野介公を世に出そうとしている東善寺の村上和尚。

ミヤマシジミの保護活動のO君。

お酒は大盃。(大阪好き・大阪に売り込むと良いなぁ)

でかんしょ合唱団が合宿で使う「はまゆう山荘」。

そして、野鳥も多い。

O君が最後に「倉渕は良いところだ」と言ったが

その通りだ。


矢後勝也さんの情報
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v16n3/v16n3_yago2.html

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火野正平さんの心旅

自転車で東北地方を

北上している正平さんの

今日の訪問地は

福島の松川浦漁港だった。

(BSプレミアム7:45~8:00)

わたし達が今月の7・8日に行った場所だ。

正平さんは

津波で流されて

基礎のコンクリートだけが残る

海岸縁を通って

松川浦大橋の下を

自転車で走った。
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Dsc_0241

Dsc_0214001

わたしが歩いて見た情景だった。

漁に行けない船が並ぶ

漁港で地元の人との

会話があった。

夫を津波で亡くした方が

正平さんにサインをしてもらっていた。

わたしはあそこで

九死に一生を得た漁師さんの

話を聴いたことを

思い返した。

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2012年5月24日 (木)

Sさんの退職祝い

わたしが蕎麦を打って

けいこさんが料理を作って

Sさんの退職を祝った。

一番の食材は

わたしが種を蒔いて育てたキヌサヤ。

サラダ(トマト、エビ、タマゴ、・・・)

モロキュウ

蕗煮

天麩羅(キヌサヤ、ウド、ナス、かき揚げ、・・・)

サーモンマリネ

ジャーマンポテト

刺身(メジマグロ、生タコ)

         参考:メジマグロ(クロマグロの幼魚)

飲み物は

ビール、焼酎、ワイン。

ちょっとした小料理屋だ。

蕎麦店『蕎麦空海』の2回目の

開店日。

家の建築のこと

音楽のこと

ダイエットのこと

旅のこと

話はいろいろと広がった。

ビールを1杯、

焼酎をロックで、

その後

Sさんから頂いた白ワインと

ちょっと飲み過ぎてしまって

後半の

記憶がない。

御免なさい

Sさん。

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2012年5月23日 (水)

袈裟丸山 1878m

大間々から122号線(one two twoと言う)を

足尾方面に北上し

富弘美術館を通り過ぎ

沢入(そうり)から左へ入って

登山口の折場までは

大分あった。

駐車場から真っ白な富士山が

くっきり見えた。
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出発  7:10

到着 15:40

変化に富んだ登山道だった。

クマザサの斜面

ダケカンバの林

石の原

アップダウンの多いコースだった。

今回のメインはアカヤシオだった。

しかし、5月23日なので

遅いと思った。

登っていくと少しずつ

アカヤシオが見え始めた。
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そして

賽の河原を過ぎると

沢山のアカヤシオが咲いていた。

小丸山辺りは満開を過ぎていたが

まだまだ

見事だった。
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袈裟丸山まで

アップダウンが

3回あった。
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頂上直前の急坂も

思ったより短かかった。

11:30山頂

汗が冷えて寒いほどだった。

山頂で昼食。

食後、直ぐ下山した。

小丸山からの展望は

素晴らしかった。

日光白根
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皇海山
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袈裟丸山
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アカヤシオの向こうによく見えた。

毎年来ている人から

去年はアカヤシオが凄かったそうだ。

シロヤシオは

これから咲くと教えてもらった。

下の方に

何本かシロヤシオが咲いていた。
Img_1031

山頂まで距離は長いが

変化があるので

登り易かった。

来年は

もう少し早い時期に

登ろうということになった。

出合った鳥

ヒガラ、ルリビタキ
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声を聴いた鳥

ジュウイチ、ツツドリ、アカゲラ、ウグイス、メボソムシクイ

キビタキ、オオルリ、

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2012年5月22日 (火)

チョウの同定

荒船で撮ったシジミチョウ

ヤマトシジミか

シルビアシジミか

わたしには

なかなか区別できなかった。

持っている知識を総動員して

同定に取り組んだ。

先日買った図鑑『日本のチョウ』を

早速活用してみた。

それを見ても

直ぐには判別出来なかった。

外縁のくの字が太くてシルビアかと一時思ったが

どう見ても

斑点の位置がヤマトだった。

地理的にシルビアが居ても良い場所だったので

シルビアとかと疑ったが

ヤマトに軍配。

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カメラの修理の見積もり

ニコンから電話が来た。
昨日、持って行ったばかりだったので
思いの外早かった。

予想以上の修理費だったが、
慣れ親しんだ愛機なので
廃棄するに忍びず
修理してもらうことにした。

2週間かかると言うが
早く直してくれるように
頼んだ。

帰ってくるのが
待ち遠しい。

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2012年5月21日 (月)

金環日食

日常生活が
忙しく金環日食の
観測の準備が出来なかった。

新聞を見て
金環日食の時刻を調べ

針穴で
観察することにした。

針穴が
小さいと
薄くなった。

余り大きくすると
ぼやけてしまった。

適当な大きさになる頃
金環日食が
始まった。

2階の
天窓から入る
太陽の光を
針穴を通して
三脚に置いたカレンダーの裏に
当てた。
Photo
               by keiko
金環日食
7:36
Photo_2
                               by keiko
針穴の数だけ
日食が
出来た。
Photo_3
                                by keiko

けいこさんが
その様子を
撮った。

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昭和50年頃のこと

職場のMさんの紹介で
尺八を習い始めた。
首振り3年と言うが
3ヶ月くらいで
挫折。

今回、1日参禅会の
会場へ行って
尺八を習いに来たお宅が
近くだったことを
思い出した。

T君に
そのことを言うと

T君の父は尺八を
教えていたことが
あった。

わたしに尺八を
紹介してくれたMさんとは
親戚。

何と
38年前に
T君の父とは知らず
尺八の手ほどきを
受けていたのだった。

T君の父には
尺八を習い、
T君には
参禅の機会を
与えてもらった。

父子(ふし)にお世話になるなんて!

不思(ふし)議な縁を
感じた。

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ダウン

子3から譲り受けた
ニコンの80Dが
ダウン。

Errのサインが出て
撮れなくなってしまった。

最寄りの
電気店に行ったら
ニコンに送って
診断してもらうことになった。

原因は・・・

けいこさんに寄ると
シャッターの押し過ぎとのこと

押す回数に
限度があると聴いていたが
本当にそうなのかな?

2~3日すると
電話で様子を知らせてくれると言われて
帰ってきた。

さて
どんなことに
なるのだろう・・・

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2012年5月20日 (日)

1日参禅会

友人のT君が主催した1日参禅会に

参加した。

時間 6:20~16:00

会場 自然庵

座るのは

大学時代以来だった。

坐禅は午前2回、午後3回あった。

朝食、昼食は作法に則って頂いた。

途中で写経やお茶が入ったので

どうにか続けられた。

T君に感謝。

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2012年5月19日 (土)

群響 第481回定期演奏会

群響HPより引用

三善 晃/ 祝典序曲

三善晃の「祝典序曲」は、
1970年大阪万博開会式のために作られた、
巨大な編成による壮絶な音楽。
最近では吹奏楽版も広く親しまれている。

バルトーク/ ヴィオラ協奏曲

バルトークの遺作となった「ヴィオラ協奏曲」のソロを弾くのは、
今や世界的奏者である今井信子。

ショスタコーヴィチ/ 交響曲 第4番 ハ短調 作品43

ショスタコーヴィチ(1906~75)の交響曲第4番は、1936年完成、
全3楽章、演奏に70分を要する大作で、
初演の練習中、作曲者によって曲が突然「撤回」されて発表中止、
25年後の1961年になってようやく初演されたいわく付きの作品。

6:45 開演

荒船山の下山後
少し休養して音楽センターに
駆けつけた。
たまたま隣に座った高校生が
楽器の箱を持っていた。
何が入っているのと訊いたら
ヴィオラとのこと。
ヴィオラの指導を受けている
群響の井桁先生は
バルトークにビオラ協奏曲を依頼した
プリムローズに
師事したと教えてくれた。

ビオラ奏者の
今井信子は
優しい音を奏でる
演奏家とも教えてくれた。
最初の
三善の祝典序曲は
和太鼓のイメージ。
旋律よりも
激しいリズムの曲だった。
バルトークのヴィオラ協奏曲は
今井が自信を持って
堂々と演奏。
ヴィオラの音を
ゆっくり味わうことが出来た。
ショスターコーヴィッチの第4番は
なかなか激しい曲であった。
ソ連時代
演奏禁止になって
しばらく演奏できなかった曲だそうだ。
この曲が
なぜ、演奏禁止になったのか
聴いた範囲では
分からなかった。
ショスターコーヴィッチその人の
思想が
反ソ連的だったからか?
演奏後のトークは
指揮者沼尻さんとチェロのグルチンさんだった。
沼尻さんは三善の作品について
演奏したいが
合唱団等の費用がかかるので
なかなか演奏できないと言っていた。

グルチンさんは
ショスターコーヴィッチは
ソ連時代は
神的存在であったと言っていた。
ゴルバチョフによって
世に出たと言っていた。
最後に
心臓の病気で
日本で治療を受けている
ロシアの子どもに
支援して欲しいとアピールした。

もらったチラシを見たら
東日本の大震災の時
ロシアから支援に駆けつけた
救急士の子どもだった。

付記
地下駐車場に車を置いて
急いでいたので
ちょうど開いた
エレベーターに
飛び込んだら
何と
洋上大学の仲間の
Sさんだった。

彦部家住宅での茶会であったばかりであったが
群響の会員とは
知らなかったので
それは驚いた。
最近ピアノの練習を
再開したとのこと。
けいこさんと話が
弾んだ。

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荒船山 1423m

家を6:40に出た。

7:30~14:40

新緑の初々しい山道を登った。

雲一つない空。

ミョウギコザクラは

僅かになってしまっていたが、

可憐に咲いていた。

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ミョウギコザクラ

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フデリンドウ

Img_0589
ツルキンバイ

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ウスバサイシン

Img_0454
スミレサイシン

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シロバナエンレイソウ 

艫岩(ともいわ)から

浅間山がくっきり見えた。
Img_0499

北アルプスもほぼ見えた。
Img_0508

槍ヶ岳が特定できた。

経塚山山頂には11:00に到着。

木の間の向こうの八ヶ岳を眺めながら

昼食。
Img_0566

お結び2個とキュウリと蕗の煮物。

ヒガラが目の前の枝に

やって来た。

若鳥だろうとけいこさんが言った。

食後のグレープフルーツが

旨かった。

ゆっくりスミレを見ながら

平坦な山道を戻った。

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Img_0571

Img_0610 

下山途中で

大勢の若者の集団に会った。

振り返ると

艫岩の上に人が見えた。

(画面をクリックすると拡大)
Img_0631

Img_0640

以前登った時の大変さに比べると

今回は大分楽に登れるようになったと

二人で話した。

見た鳥

ヒガラ、カケス、アカゲラ

声を聴いた鳥

ウグイス、コルリ、ヤブサメ、ガビチョウ、ツツドリ

オオルリ、ウソ、ルリビタキ

出合ったチョウ

Img_0525  

Img_0527

ヤマトシジミ
くの字が太かったので
シルビアシジミかとも
思ったが
斑点の並び方が
ヤマトシジミ。

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コツバメ

Img_0558
ミヤマセセリ

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ヤマキマダラヒカゲ

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2012年5月18日 (金)

サヤエンドウのその後

花が咲いたがサヤが付かないと

種屋さんに電話したあのサヤエンドウ。

できるは

できるは

サヤエンドウ。

葉っぱに隠れてサヤができ始めた。

ちょっと取らないでいたら

豆が大きくなってしまって

豆エンドウだ。

バケツに軽く1杯は採れた。

隣と2軒の親戚に少しずつ

お裾分け。

豆エンドウに成らないように

早いうちに収穫しよう。

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2012年5月17日 (木)

シャクナゲ

玄関先のシャクナゲが
咲き出した。
Dsc_0011

上の方に咲いているので
意識しないと
見落としてしまう。
Dsc_0006

庭に咲いているシャクナゲは
木の陰、
それも下の方に
咲いているので
意識しないと見落としてしまう。
Dsc_0016

もうすぐ夏だ。

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お別れ その2

高校3年の時の担任だった

O先生の葬儀

11:00~

前橋のある斎場

O先生は誠実で優しい先生だった。

受験する大学に付いてのアドバイスを

親身になってしてくれた。

弔辞が一人だったので

挙手して一言お別れの言葉を言わせてもらった。

担任してもらった経過の後に

去年の夏、鳥海山と月山を登り

山形の山が好きになりました。

来年も鳥海山に登る計画があるので

その時は山頂で先生を

偲びたいと思います。

お世話になりました。

と言った。

奥様に先立たれ

子供さんもなかったので

喪主はYさんという方であった。

O先生の先祖は江戸時代

山形の鶴岡藩の代々医師であったとのこと。

先生の正直で優しい精神は

そういう背景があったからであるとのこと。

焼香を終えて

ロビーに行くと

「もしかして級友だったのでは・・・」と

話しかけられた。

45年振りのT君だった。

昨日、高校時代のメーリングリストに

わたしが流した訃報を見て

静岡県から来たとのこと。

彼の目には涙が溢れていた。

互いに近況を語り合っていたら

見送る時間となった。

T君と共に生花を手向けて

O先生と最後のお別れをすることが出来た。

「O先生

ありがとうございました」

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2012年5月16日 (水)

そばくうかい(蕎麦喰うかい・蕎麦空海)

本日、初めて開店。

蕎麦は山形産。

打ったのはわたしとけいこさん。

お客は身内の4人(80代が3人)。

天ぷらは

ウド、サヤエンドウ、カボチャ、マイタケ

エビとタマネギのかき上げ、

料理は

フキの煮付け、竹の子の煮付け

打ち立て

茹でたての蕎麦を

食べてもらった。

なかなかの評価を得て

少し、自信がついた。

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2012年5月15日 (火)

お別れ

高校が同期のY君が逝った。

葬儀 11:00~

始まる前にマンドリン部だった3人が

母校の校歌を演奏した。

式場の両サイドに沢山の生花。

仕事での付き合いと、

ボランティアでの付き合いが

如何に多かったかが偲ばれた。

ご子息の仕事上での関係者の生花も

多かった。

住職3人が読経する中

お焼香をした。

ご子息が涙を拭きながら

父との別れを告げた。

雨の降る中、

Y君を乗せた車を見送った。

63歳は若過ぎる。

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2012年5月14日 (月)

鳴神山

9:30~15:00

鳴神山のカッコソウを愛している方たちに

同行して

鳴神山の花を見てきた。
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ヤマブキソウがひっそりと咲いていた。
Img_0269

沢にイワナがいた。
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カッコソウを残そうとした人たちが

移植した杉林の斜面に

今を盛りにたくさんのカッコソウが咲いていた。
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Img_0307

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スミレは小さなフイリフモトスミレが

山道にたくさん咲いていた。
Img_0344

尾根で昼食を食べた。

Aさんお手製の

サンショ入りのおにぎりを頂いたが

さっぱりしていて美味かった。

食後、スミレを観察した。

フイリフモトスミレ×ヒゴスミレ

ヒゴスミレ×エイザンスミレ=ヒラツカスミレ

ヒトツバエゾスミレ

花は終わっていた。

カモシカがちょっと

顔をのぞかせた。
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山中で

ヒトリシズカのアルビノをみた。
Img_0393

一日鳴神山を歩いて

たくさんの花に出合うことができた。

天候に恵まれ

花に恵まれ

人に恵まれた

最高の日だった。

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2012年5月13日 (日)

細野格城の墓参

当研究会では5月の例会後

格城の墓がある下之城町の徳昌寺へ行った。

細野さんからお借りした格城の遺影を墓前に備えてから、
 生花を生け、参加者全員(8人)で線香をあげた。
Dsc_0033

細野さんに来てもらっていたので

いろいろと格城のことを

聴くことができた。

・3人の息子がいたが3人とも早く亡くなられた。

・次男は21歳、明治41年に亡くなっていた。
 著書「五万石騒動」は明治44年に発刊されている。

・高崎駅近くの土地を買ったが、銀行の利子が高くて
 手放した。

・晩年は細野家の前で隠居していた。
 細野さんは子どもの頃、食事を運んだ。

・葬儀の時、列席者に葬式饅頭と著書「五万石騒動」を配った。

・細野さんの名前は格城が付けてくれた。

・格城には直系がいないので、細野さんの家の墓碑に
 格城の名を残した。

細野家の墓地は一箇所にまとまっていたが、

広くて墓石が多くあった。

格城が3人の息子を一つにした立派な墓石があったが、
格城本人の墓石はなかった。
Dsc_0036

それを見かねた細野さんが
最近、格城の名を自分の家の墓碑に刻んでくれたので
格城がここに眠っていることが
後世の人に分かることになった。

本日は徳昌寺で行事があり、住職から話を聴くことができなかったので
後日、伺いたいと思った。

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2012年5月12日 (土)

上州弁手ぬぐい

夜わざわざ迷道院高崎さんが

第1号を届けてくれた。

3枚が綺麗に包装されて

袋に入っていた。
Dsc_0026

作り上げるまでの

染物屋さんとの経緯を

詳しく聴くことができた。

1年かかったことが頷けた。

3枚繋げた暖簾も見せてもらった。

部屋にかければ

いつでも見られる。

読売新聞を見て

注文が大分来たようだった。

高齢者施設や大学関係者からの

注文があったそうだ。

口コミで広がれば

注文が増えるに違いない。

高崎の新名物になること

間違いないだろう・・・

付記

価格        3枚1組      3000円

問い合わせ先  Mail : dafu_an@yahoo.co.jp

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ピアノ愛好会「アルペジオ」第13回発表会

会場 前橋市内

時間 12:00~13:00

プログラム ピアノ6人

       チェロ2人

今回、けいこさんがデビューした。

プログラムのトップで弾いた。
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曲目はランゲ「花の歌」

緊張してしまったようで

家で弾いていたより滑らかさがなかった。

人前で弾く難しさを体験したようだ。

今日はデビューした人が

その外に2人(ピアノ1、チェロ1)いた。

わたしはもっぱら聞く役に回った。

トリのEさんの演奏は素晴らしかった。

曲目はベートーベンのソナタテンペストの

第1楽章と第3楽章だった。

演奏が終わった後

持ち寄り昼食会

持っていったのは

赤飯とサーモンのマリネと竹の子の土佐煮

それぞれが美味しい料理を持ち寄ったので

テーブルが一杯になった。

貴重なワインも出た。

今日は、けいこさんが運転手なので

わたしはそのワインを十分味わうことができた。

就寝前に体重計に乗るのが

辛かった。

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2012年5月11日 (金)

モロコシ山

9:30~13:00

北の方には黒い雲
冷たい風が吹いていた。
これでは赤城姫(ヒメギフチョウ)に出会うのは
難しい。
駐車場では
南雲小の子どもたち(1年生から6年生まで)の
観察会の開会式が
始まっていた。
それぞれの学年の代表が
今日の目標を発表していた。

開会式のあと
キャンプ場の清掃をしてから
それぞれの活動に取り組んでいた。
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わたし達は
一足先に
モロコシ山に向かった。

ウスバサイシンは黒い花を付けていた。
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卵の数を明記したカードが
そばにあったウスバサイシン。
8個の卵が付いていた。
緑の宝石だ。
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いろいろなスミレが
咲いていた。

聞こえてきた鳥の声は
ウグイス
ヤブサメ
メボソムシクイ
センダイムシクイ
ツツドリ
アオゲラ(?)
シジュウカラ

姿をキャッチできた鳥は
音もなく現れたキビタキ。
2羽いたようだ。
番かも知れなかった。
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登る時も降りる時も
枯葉の中に
赤城姫を捜したが
適わなかった。
寒すぎた。
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やわらかな新緑の中の道を
下の方に降りてきたら
上の方に
遅い山桜が咲いていた。

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キャンプ場近くにも
まだ咲いていたサクラがあった。
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駐車場のベンチで
昼食を食べた。
今日はマイ・サンドイッチだった。
タマゴとハムとポテトサラダ。
けいこさんは
食べ終わると直ぐに
車の中に
駆け込んだ。
そんな寒い日だった。

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2012年5月10日 (木)

枝豆蒔きとサヤエンドウ

枝豆蒔き

昨年、評判が良かった枝豆を

蒔いた。

説明書きには、1穴に3~4個とあるのだが

今年は1穴に1個ずつ蒔いた。

理由

うる抜く作業が苦手なので

サヤエンドウ

花エンドウ(実の付かない種類)と思い込んでしまった
サヤエンドウに実が付いてきたので
収穫した。

少しずつだが
子1と子2の嫁に分けてやることができた。

それにしても
緑のサヤエンドウは
葉っぱに隠れて
探すのに苦労する。
種が大きくなってしまって
食べられない取り残しが
きっとあるだろう。

あしたは
サヤエンドウの
味噌汁だ。

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my dairy

We went to Minami Soma the day before yesterday.

We presented a Hndo-bell to Minami Soma Junier high school.

Takasaki Ocarina club's members played the ocarina.

Keiko is going to play piano at her friend's office in Maebashi the day after tomorrow.

She will play the piano Waltz of Flower.
She will play a song on the piano called "The Flower Song"

She got flowers for our son's coupie.
                     from            family
                        
our son and his wife

Because, the next Sanday is Mather's day.

先生ご夫妻は
来週の15日に2ヶ月に渡る
ヨーロッパ旅行に出かける。

それで、先生のレッスンは
その間お休みとなる。

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5月の作陶         

釉薬着け

細皿3枚 ベース=藁白  織部(グリーン)を霧吹きで吹きつけ

茶碗2個 ベース=藁白  織部(グリーン)の霧吹きで吹きつけ

成形

湯飲み茶碗   厚目1個 高台は先生がしてくれた。  

湯飲み茶碗   薄目1個

今日、分かったこと

高台がよく乾かないうちに、
上向きに立てて置くと
重みで沈んでしまう。

そこで
高台がよく乾いてから
上向きに立てるようにする。

  

  

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上州弁 染めた手ぬぐい

10日の読売新聞(32ページ)に
迷道院高崎さんの記事

迷道院高崎さんが
上州弁を染め抜いた手ぬぐいを
売り出すと写真入りで出ていた。

遂にやった。

赤城、榛名、妙義の3種類。
それぞれに上州弁が16語ずつ。
3枚をつなぐと暖簾になるという。

ブログで紹介していた
中村染工場に依頼して
1年がかりで作ったとのこと。

高崎の歴史の掘り起こしをして
ブログで紹介すると共に
伝統ある染め物技法を
今に生かす実践をしていたのだ。

すっげぇ!

さっそく
1セット注文した。

群馬土産のヒット商品に
なるに違いない。

迷道院高崎さん

やったね!

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2012年5月 9日 (水)

ATMのトラブル

連休前にATMで
通帳を入れて
記帳したところ、
文字が半分くらいしか
印字されなかった。
次に入金したら
何も記帳されずに
通帳が出て来た。

備え付けの電話で
問い合わせると
コンピューター番号のトラブルだから
連休開けに
窓口に行って
直してもらって下さいと
言われた。

今日
窓口に行って
事情を話して
通帳を確認してもらった。

コンピューター番号のところは
正常だった。
プリントリボンのトラブルで
そのために
数項目に渡って
印字ができなくなったしまったとのこと。

新しい通帳にして下さいと言われたが
最近、通帳を新しくしたばかりなので
行員に手書きで
記帳してもらって
その通帳が使えるように
してもらった。

数台もあったATMの中の
たまたま使ったATMが
プリントリボンのトラブル・・・

こんなことも
あるんだ!

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2012年5月 8日 (火)

松川浦の漁港

相馬市の松川浦のホテル
栄荘に宿泊した。

4:30に起きて
港周辺を散歩した。

底引き漁船が港に
並んでいた。

出合った方の話によると
何艘も打ち上げられ
ここに大型クレーン車で
戻したとのこと。
1艘が2億円もするそうだ。

漁ができず
東電から保証金が出ているが
それも期限付きで
それが切れたら
大変だとのこと。

3.11のときのことを伺った。

心配で港に
自分の船を見に来たそうだ。
すると大きな波が来て
あっという間に
数メートル先の倉庫のシャッターに
打ちつけられた。
シャッターが
幸い凹んで
波と一緒にその倉庫の中に
流れ込んだ。
夢中でもがいたそうだ。
気が付くと水面に出ていたので
パイプを伝わって
上に登って助かったと
淡々と話された。

港に3人で来たが
自転車で家に帰って行った仲間は
家ごと流されて亡くなったそうだ。

貴重な体験談を
聴くことができた。
Dsc_0210_2 

松川浦の人工砂州に植えられた松が
大津波にめげず
何本か残っていた。
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地盤沈下もあり
岸壁を復旧させるのには
大変な時間と工費がかかるとのこと。
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解体していない建物が
大津波の激しさを残していた。
Dsc_0223

魚を揚げる市場は
外壁が残っているだけだった。
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地盤沈下で
浸水を防ぐための土嚢が
並んでいた。
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あの松川浦大橋の
直ぐ下を
大津波が通ったとのこと。
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かってはせり人で
混み合ったに違いない。
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瓦礫処理はまだまだ
終わりそうもない。
この瓦礫は3回目だそうだ。
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モニターのための
漁に出かける漁船。
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巨大な防波堤が
いとも簡単に倒れていた。
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橋を渡って
灯台の方に行ってみた。
波消しブロックが
ここで作られていた。
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人工砂州へ続く道は
このトンネルで立ち入り禁止。
灯台までは
行けなかった。
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散歩していた地元の人に
話を聴いている
けいこさん。
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このホテルも
地震発生当時
近辺の人々の
避難場所になったとのこと。
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バスで
海岸縁の被災地を巡った。
この地区は
住宅再建が禁止地区なので
土台だけが
残っていた。
瓦礫は片付けられていたが
沢山の人が
犠牲になったに違いない。
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解体されずに残っていた
家が痛々しい。
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東北自動車道に行く前に
福島の名所
花見山に
寄った。
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花の時期は既に終わり
葉見山だった。
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小さな蓮田に
ハスが
数輪咲いていた。
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2012年5月 7日 (月)

ハンドベルの寄贈

高崎手作りオカリーナの会が
チャリティーコンサートの
収益金でハンドベルを
南相馬市の原町第2中学校へ
寄贈するために
貸し切りバス1台で出かけた。

この旅にけいこさんのお伴で
一緒に参加した。

校庭は
除染のために土が入れ替えられていた。
この体育館で
贈呈式が行われた。
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ハンドベル一式の目録を
代表が読み上げた。
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東京から
ハンドベルのプロ(東京ベルオーケストラ)が来て
模範演奏をした。
静かな音が
体育館一杯に響いた。
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オカリーナのメンバーが
オカリナの演奏を披露した。
生徒達は
それは静かに聞いていた。
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              指揮 小田原朝雄

最後に
生徒代表が
お礼の言葉を言った。
地震の被害や放射能汚染に負けずに
頑張っていきたいと言う
健気な言葉を聞いた。

こんな素晴らしい機会に
恵まれたことに
感謝。

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2012年5月 6日 (日)

蕎麦打ちパーティー

若い3組のご夫婦との
蕎麦打ちパーティー

Mさんご夫婦(1年かけて、世界一周旅行を敢行)には
ネパールの山中で偶然出会い、
アクシデントの際
非常にお世話になった。

Iさんご夫婦には
昨年の
東日本チャリティーコンサートで
ポスターの作製や演奏で
大変お世話になった。

Nさんには現在
英語の指導を受けている。
夫人には
何かと協力して
もらっている。
お二人は今月中旬から
2ヶ月のヨーロッパ旅行に
出かける。

15:00~
蕎麦打ち開始

1回分の量
蕎麦粉 4合
割粉  1合
水   300cc

水回し
錬り
伸し
切り

順番に従って
進めた。

天ぷらは
エビとタマネギのかき上げ
ナス
ニンジン
アスパラ
カボチャ

義母が揚げてくれた。

乾杯。

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わたしの作品から
食した。
評判上々。

Iさん、Nさん、Mさんの順番で
蕎麦を食べた。
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2012年5月 5日 (土)

鯉のぼり

孫3の初節句

数日振りの
五月晴れに
わたし達が買ってやった
ちいさな鯉のぼりが
元気よく泳いだ。
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けいこさんは夕食の料理に
一日
腕を振るった。

赤飯
きんぴら
フキの煮付け
ウドの煮付け
肉ジャガ
エビのサラダ
土佐煮(タケノコ)
黒豆煮
キャベツとキュウリの塩漬け

赤飯は自信を持って
蒸かした。
きんぴらとフキの煮付けは
義母製。
黒豆は色抜けして
イマイチだったが、
肉ジャガと土佐煮は
上手くできた。

野菜中心の料理だったが
息子家族は気持ち良いほど
よく食べた。

孫3は
もうすぐ4ヶ月になる。
今夕は一人で寝かせても
泣くこともなく機嫌良く
過ごしたので
心置きなく
夕食を食べることができた。

孫3、
おめでとう。
ありがとう。

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2012年5月 4日 (金)

第20回 観音山丘陵の自然展

13:30~15:00

高崎シティーギャラリー 2階ハイビジョンシアター

講師 迷道院高崎さん

演題 観音山への発見さんぽ

話が始まると会場は
満員になった。
①聖石橋が始めで
最後の⑰一路堂まで
PCを上手く活用して
落ち着いて語られた。
よく調べられているので
余裕が感じられた。
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高崎の埋もれた歴史を
掘り起こし
今に生かそうという言葉で
締めくくられた。
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講話の後
Tさんという方が
迷道院高崎さんのところへ行って
「奈良時代に
藤原鎌足に嫁いだのは
上野の久留間の人だ。

不比等はその子。
だから
多胡碑の中に
不比等の名前があるのだ。

上野と奈良との
関係は非常に深かったのは
そんな関係があったからだ」
という説を語られた。

面白い話なので
二人の話を
そばでしばらく聞いていた。

展示場で
再びTさんに会ったので
話をした。
わたしの高校の先輩で
会場に油絵を出品していたことが
分かった。

母校が出場した選抜の応援に
行ったとのこと。
それで
わたしはケニア旅行と
バッティングして行けなかったと
言うと、
するとTさんは
「若い頃、インド・ネパールに行った」
と言う。
あのカラパタールまで行って
エベレストの山々を
スケッチして来たそうだ。

わたしは
「悪天候のため
ルクラへ飛行機が飛ばず
急遽、アンナプルナ方面に変更して
ダウラギリを
見てきました」と言った。

すると、
Tさんは
「マチャプチャレは
良い山だった」と言われた。

ネパールの山の話が
思いがけずできて
楽しかった。

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グリーンカーテン作り

今年で4年目
昨年までは支柱を
母屋に立てかけていたが、
今年は
支柱を垂直に立てることにした。

支柱は金属製の物干し棹
これを如何に
立てるか・・・

金属棒(鉄筋直径2㎝)を立てて
それに物干し竿を
上から入れる。

開店早々に
行って鉄筋を探したが
扱っていなかった。

諦めかけながらも
再度資材売り場を
巡ると

あった。

ポールを立てる杭だ。

この杭はポールを
はめ込むようになっていた。
それを2本購入した。

諦めずに探せば
あることもある。

ポール立ての杭を打ち
物干しを垂直に立て
竹棹を中段と下段に渡し、
ネットを付けた竹棹を
上段に結んだ。

ゴーヤを2本ずつ植えたプランターを
5個列べた。
思っていたより
上手くいった。

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2012年5月 3日 (木)

ミニトマトの移植

16:00頃
雨が止んだので
ミニトマトの移植をした。

2本だけだが
畑が雑草園だから
植えるまでに手間がかかった。

2~3日前に移植した
キュウリとナスは
大雨で見事に
定着した。

サヤエンドウは支柱がないので
這いだしてしまった。
反対側に寝かせて
草をむしった。

幾つかのサヤに実が
入ってきたが、
取るにはまだ早い。
それに数も少ない。

6日の蕎麦打ち会の
天ぷらの具に
間に合うと良いのだが・・・

このところの大雨で
フキとカキナが伸びたので
少し収穫できた。

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2012年5月 2日 (水)

フィールドガイド『日本のチョウ』

赤城姫を愛する集まりのHPの
掲示板で
Mさんが紹介していた
新刊本。

思ったより
遅れたが今日
郵便受けに入っていた。

蝶が1種毎に
♂の表羽・裏羽
♀の表羽・裏羽
写真だ。

分かりやすい。

フィールドで
使いやすい大きさで
ゆっくり利用していきたい。

要望のアンケートはがきが
入っていた。
一通りを
ざっと見ただけであるが
次のことを
書こうと思った。

蛾と蝶の区別の仕方について
4ページに記されているが
蝶に間違いやすい蛾として
キンモンガと
カバキリガの写真が載っているが
イカリモンガを
載せて欲しかった。


理由

いちじんは
以前、フィールドで
見たことのない蝶を見た。
セセリ蝶の1種かと思いながら
チョウの図鑑を
いくら調べても
見当たらなかった。

そこで
まさかと思いながら
蛾の図鑑を見ていったら
蝶に間違われやすい蛾として
紹介されていた。
その蝶の名は
『イカリモンガ』

蛾であることを知るのに
大分時間がかかった経験が
あるのだ。

蛾について
もう少し
解説が欲しいと
思った。

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イカリモンガ  2012.4.24 妙義山

この蛾の「イカリ」は
羽の紋が「錨」に見えるので付けたのだろうが、
名前が分からなくてイライラして
怒ってしまうので「イカリ」としたように
思われてしまう。

付記

(本著書より引用)

日本の蝶  約240種

日本の蛾 約6000種

蝶は

昼間活動

美しいものが多い

触角の先端が太くなる

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キュウリの移植

今日は曇天だった。

キュウリの苗を5本
畑に植えた。

植えている途中から
小雨が降り出した。
急いでパプリカを
1本植えた。

ミニトマトは
後で
移植することにした。

雨になったので
キュウリは
定着するだろう。

それにしても
おかしな大雨だ。
冷たい雨が
梅雨みたいに
降る。

皐月晴れは
どこへ行って
しまったのだろう。

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2012年5月 1日 (火)

再会 その①

5月6日(日)に
我が家で蕎麦打ち会を
する予定だ。

来るのは
2組の若いご夫婦。

Mさんご夫婦とは
1昨年の10月にネパール旅行で
出合った。

それも
アンナプルナが望める山中の
村の小さな宿(ゲストハウス・民宿)だった。

急坂を登って
やっと辿り着いた村の入口にある
小さな宿に入った。
その日の客は
Mさんご夫婦とわたし達だけだった。

1回にあるシャワー室で
汗を流して来るという
けいこさんを待っていた。

もうすぐ
宿の庭で
アンナプルナサウスを見ながら
ビールで乾杯だと思っていた
矢先だった。

ガイドのラムさんが
「大変です!」と
けいこさんを待っていた部屋に
駆けつけてきた。
けいこさんがシャワー室で
スリップして動けないと言う。

したたか腰を打って
激痛が走っているという。
以前も痛めた腰だ。
部屋まで担ぎ上げて
ベッドに寝かせた。

病院もなければ
医者もいるはずがない。
持ってきた湿布と
痛み止めで
処置する外はない。

湿布は貼ったが
痛み止めの錠剤は
10錠あったがどれだけ飲んで良いのか
分からなかった。

その時、
M夫人が薬剤師だったことを
雑談の中で聞いたのを
思い出した。
早速、M夫人に事情を話し
持っていた錠剤を見てもらった。
「基本的には1日1錠ですが、
痛みがひどい時は2錠飲んでも
大丈夫です。
インドで同じ薬を沢山買ってきているので
足りなくなったらこれを飲んで下さい」と
痛み止めを沢山手渡してくれた。

これほど
助かったことはなかった。
これほど
嬉しいことはなかった。

Mさんご夫婦は
次の朝、
アンナプルナベースキャンプに
登ると言って
宿を出て行った。

けいこさんは歩けないので
ガイドにお願いして
保険会社に
ヘリを要請してもらった。
1日置いた
次の日の朝、
村の直ぐしたの畑に降りた
救援ヘリに乗って
カトマンズに
帰った。

そこからカトマンズまで
左にヒマラヤの山々を見て
飛んだ。
1時間はかかった。
カトマンズの病院に運んでもらって
検査のレントゲンを
撮ってもらい、
痛み止めの注射を
打ってもらった。

Mさんご夫婦は
1年かけて世界旅行をしている
途中だった。
中東→ヨーロッパ→アフリカ→南アメリカ→北アメリカと
旅して
次の年(20011年)の8月末に
帰国した。

ブログにその様子が
随時アップされたので
追いかけて読んでいたが
南アメリカ辺りでPCが
故障して
アップされなくなり
残念だった。

そのMさんご夫婦に
蕎麦打ち会の案内を出したら
来られるという。

再会が
楽しみだ。

Mさんご夫妻のブログ
(アクシデントの翌日の記録)
http://chikyu.boo.jp/archives/2635

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アッシー

5月12日に
けいこさんは
ピアノのある発表会にデビューする。

今日はその会場の持ち主の
御好意に甘えて
練習をさせてもらった。

グランドピアノを
近所に憚ることなく
思い切り弾ける
夢のような空間だ。
Dsc_0008

9時から11時まで
十分
練習できたようだ。

わたしは
それまで
近くの利根川縁を
歩いた。

水量が多かった。
サクラは葉桜に
アメリカハナミズキが
見頃だった。

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