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2012年5月13日 (日)

細野格城の墓参

当研究会では5月の例会後

格城の墓がある下之城町の徳昌寺へ行った。

細野さんからお借りした格城の遺影を墓前に備えてから、
 生花を生け、参加者全員(8人)で線香をあげた。
Dsc_0033

細野さんに来てもらっていたので

いろいろと格城のことを

聴くことができた。

・3人の息子がいたが3人とも早く亡くなられた。

・次男は21歳、明治41年に亡くなっていた。
 著書「五万石騒動」は明治44年に発刊されている。

・高崎駅近くの土地を買ったが、銀行の利子が高くて
 手放した。

・晩年は細野家の前で隠居していた。
 細野さんは子どもの頃、食事を運んだ。

・葬儀の時、列席者に葬式饅頭と著書「五万石騒動」を配った。

・細野さんの名前は格城が付けてくれた。

・格城には直系がいないので、細野さんの家の墓碑に
 格城の名を残した。

細野家の墓地は一箇所にまとまっていたが、

広くて墓石が多くあった。

格城が3人の息子を一つにした立派な墓石があったが、
格城本人の墓石はなかった。
Dsc_0036

それを見かねた細野さんが
最近、格城の名を自分の家の墓碑に刻んでくれたので
格城がここに眠っていることが
後世の人に分かることになった。

本日は徳昌寺で行事があり、住職から話を聴くことができなかったので
後日、伺いたいと思った。

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