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2012年5月 8日 (火)

松川浦の漁港

相馬市の松川浦のホテル
栄荘に宿泊した。

4:30に起きて
港周辺を散歩した。

底引き漁船が港に
並んでいた。

出合った方の話によると
何艘も打ち上げられ
ここに大型クレーン車で
戻したとのこと。
1艘が2億円もするそうだ。

漁ができず
東電から保証金が出ているが
それも期限付きで
それが切れたら
大変だとのこと。

3.11のときのことを伺った。

心配で港に
自分の船を見に来たそうだ。
すると大きな波が来て
あっという間に
数メートル先の倉庫のシャッターに
打ちつけられた。
シャッターが
幸い凹んで
波と一緒にその倉庫の中に
流れ込んだ。
夢中でもがいたそうだ。
気が付くと水面に出ていたので
パイプを伝わって
上に登って助かったと
淡々と話された。

港に3人で来たが
自転車で家に帰って行った仲間は
家ごと流されて亡くなったそうだ。

貴重な体験談を
聴くことができた。
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松川浦の人工砂州に植えられた松が
大津波にめげず
何本か残っていた。
Dsc_0216

地盤沈下もあり
岸壁を復旧させるのには
大変な時間と工費がかかるとのこと。
Dsc_0220_2

解体していない建物が
大津波の激しさを残していた。
Dsc_0223

魚を揚げる市場は
外壁が残っているだけだった。
Dsc_0234

地盤沈下で
浸水を防ぐための土嚢が
並んでいた。
Dsc_0238

あの松川浦大橋の
直ぐ下を
大津波が通ったとのこと。
Dsc_0241

かってはせり人で
混み合ったに違いない。
Dsc_0244

瓦礫処理はまだまだ
終わりそうもない。
この瓦礫は3回目だそうだ。
Dsc_0246

モニターのための
漁に出かける漁船。
Dsc_0277

巨大な防波堤が
いとも簡単に倒れていた。
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橋を渡って
灯台の方に行ってみた。
波消しブロックが
ここで作られていた。
Dsc_0284

人工砂州へ続く道は
このトンネルで立ち入り禁止。
灯台までは
行けなかった。
Dsc_0304

散歩していた地元の人に
話を聴いている
けいこさん。
Dsc_0321

このホテルも
地震発生当時
近辺の人々の
避難場所になったとのこと。
Dsc_0323

バスで
海岸縁の被災地を巡った。
この地区は
住宅再建が禁止地区なので
土台だけが
残っていた。
瓦礫は片付けられていたが
沢山の人が
犠牲になったに違いない。
Dsc_0325

解体されずに残っていた
家が痛々しい。
Dsc_0332

東北自動車道に行く前に
福島の名所
花見山に
寄った。
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花の時期は既に終わり
葉見山だった。
Dsc_0345

小さな蓮田に
ハスが
数輪咲いていた。
Dsc_0338

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