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2012年8月27日 (月)

高崎五万石騒動研究会 実地踏査

1 宗吾神社

場所 みなかみ町小日向

訪問記録

謂われ(小崎さんの話)

     江戸時代、武士風の人が行き倒れた。

     千葉の佐倉の宗吾の人だというので村人が祠を建て祀った。

     明治初期、政府の1村1社政策により宗吾神社は菅原神社に

     合祀され、祠は菅原神社に移った。

     小日向の人々は祠のあった場所に社を建立した。

     それ以来住民は春(4月29日)と秋(11月3日)にお参りをしている。

     昭和59年、社を風雪除けのおおいで囲った。

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2 菅原神社

場所 みなかみ町小日向

訪問記録 神社の代表が運営している。

     神社には所有地がみなかみ町に沢山あり、

     その賃貸料が毎年入るので財政的には余裕がある。

     平成○○年、300万円かけて御輿の石塔を新しくした。

     社殿の裏の各地から集められた祠が10基近く列んで立っていた。

     銘が刻まれていないのでどれが宗吾神社のものであるか不明。

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3 茂左衛門地蔵尊 千日堂

場所 みなかみ町月夜野

訪問記録 大正11年(1922年)千日堂建立。

      嶽林寺(曹洞宗)から僧侶が来て法要を行っている。

      唱える経文も厳林寺の指導とのこと。

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      西隣に資料館があり、絵物語等を展示していた。

      上毛かるたの「て」の絵札の景色

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4 茂左衛門の墓

場所 みなかみ町月夜野

実名 杉木茂左衛門

訪問記録

     墓地に行ったが、なかなか茂左右衛門の墓石が

     見つからなかった。

     杉木家の墓地に地蔵と一緒に葬られていた。

     大きな板碑に由来が彫られていた。   

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