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2012年12月 1日 (土)

ブルーノタウト

今日の読売新聞群馬版

群馬検定の問題はブルーノタウトについてだった。

昨日、本箱からたまたま取り出したのが

ブルーノタウトの「タウトの日記」だった。

なぜか?

母が生前、仙台の従兄弟から借りた本で

そのままになっていた。

この夏のいとこ会でその従兄弟から

返して欲しいと言われたのを思い出して探したところ

出て来たのだった。

日本 タウトの日記 1935ー36年

(タウトの日記は3冊あるがその3冊目)

http://ataminoie.web.fc2.com/hont_tauto.html

篠田英雄譯

この訳が素晴らしい。

昭和10年3月24日

・・・

いつか私達が山下の鼻高村で狭い小径を歩いていると

いつものように大勢の村童達が私達のあとからついて来たが

やがて私達の歩く先に立って両側の灌木の枝を左右に押さえつけ

枝の先が私達に触れないようにしてくれた。

外人を見ようという好奇心はあっても

実に細かい心遣いするものだ、

みな貧しいーそれも極めて貧しい子供達だのに!

やはり日本なのだ。

・・・

という文章があった。

昭和10年当時の鼻高村の子供の様子が

生き生きと表現されていた。

その他、観音山のこと、亜炭鉱山のこと、

達磨市のこと、豆まきの様子、葬式の様子、等が

見事に記録されていた。

東京にも足繁く通い、日本文化に関する仕事をしていた。

京都や東北地方への旅で見た風物についての記述も

当時の様子を良く書き留めていた。

著述の他に

日記を思いの外細かく付けていたのには感心した。

ほぼ眼を通したので

この本の持ち主の従兄弟に

早速返送しよう。

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コメント

今でも、外国の人から日本の良さを教えてもらうことが多いですね。
日本らしさが、混迷する世界経済の中で日本を救う手だてになると思っています。
まずは、地域からその芽が育っていってほしいですね。

投稿: 迷道院高崎 | 2012年12月 2日 (日) 10:03

タウトは1936年に日本を去り
トルコに向かいましたが
読売新聞のぐんま検定問題には
タウト(1880年ー1938年)
とありますから
2年後に亡くなっていたのですね。
昭和10年頃のことを語れる人は
少なくなりました。
タウトの残した記録は
貴重な日本の財産です。

投稿: いちじん | 2012年12月 2日 (日) 14:32

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