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2013年2月 3日 (日)

第3回高崎五万石騒動義人祭

受付をしていると

市民演劇の仲間のIさんが来た。

案内していなかったので

「どうして、義人祭を知ったのですか?」

「ブログに書いてあったので」

「ありがとうございます」

Iさんは高崎を案内する会に所属しているので

歴史的事柄に関心が高かったのだ。

嬉しかった。

もう1人はこのブログのコメントに

再三登場する迷道院高崎さん。

寒風が吹き荒ぶ中を

自転車で駆けつけてくれた。

嬉しかった。

義人祭はほぼ式次第通り進み

1時間で終わった。

上毛新聞の記者も来て取材していたので

明日の記事が楽しみだ。

閉会後

高崎市労使会館で

次回の義人祭について

話し合いを持った。

いろいろな意見が出たが

県内で義人や義民を後世に伝えようとしている人たちに

参加を呼びかけ

情報交換する場にして行こうということになった。

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コメント

こんばんは、いちじん様

2月2日・3日と上京しており、義人祭に参加できず、残念でした。有意義な交流もあったようで、良かったですね。
緒形拳さんの息子さんが、「郡上一揆」で主役を演じてましたが熱演でした。探せばDVDがあるはずなんですけど・・・。

高崎五万石騒動で、年貢を納められなかった農民は、どうなったんでしょうね。
また、当時は住居の自由もありませんでしたから、五万石から離れた農民は、どうなったのかなぁ、などと考えております。
竜馬だ、維新だと、封建制度から解放されたの様に考えがちですが、薩長の専制政治は農民に過酷でしたね。

投稿: 鶴 | 2013年2月 4日 (月) 21:41

映画「郡上一揆」は緒方直人が主役を
演じていたのですね。
DVDは販売されていました。

重い年貢で生活できなくなった農民は
村から逃げ出した(逃散)ようです。
高崎藩でも廃村になった村があったと
いうことです。

投稿: いちじん | 2013年2月 5日 (火) 09:05

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