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2013年6月 9日 (日)

光心寺由来記

光心寺由来記

西毛の義民

堀越三右衛門と三木市右衛門

発行日 昭和58年3月

責任者 恋心寺住職 加藤学眞

編集者 光心寺世話人 清水定之助

光心寺由来記を

光心寺を管理している安国寺の住職さんから

頂いた。

この本は

寛文7年(1667年)に

堀越三右衛門は

年貢減免を上訴するが

その咎により、処刑される。

次男、三男も同じく処刑される。

寛文8年に三木市右衛門は

上訴を企て捕縛され

投獄される。(刑期8年)

次の年の寛文8年に

村民は堀越三右衛門と2人の子どもを慰霊するため

処刑された場所に

万日堂を建立する。

元禄12年(1668年)

三木市右衛門が病没する。

元禄13年(1699年)

義民堀越三右衛門と義民三木市右衛門の霊を弔うため

万日堂を光心寺と改める。

享保2年(1717年)、火災のため焼失する。

寛保2年(1742年)、光心寺を再建する。

昭和32年光心寺本堂を大改築する。

光心寺は檀家のない寺で

二人の義民の遺徳を偲ぶために

立てられた。

江戸時代初期から

光心寺近郷の村民たちによって

代々守られてきたが

時代と共にその意義が

薄れつつある。

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