2014年3月 8日 (土)

石山修武氏の退官記念シンポジウム

日時     2014年3月30日(日曜日)
シンポジウム
14時30~18時(予定)       (開場14時)
場所     早稲田大学 大隈講堂大講堂
 
テーマ    「これからのこと」
出演者
安藤忠雄
 
石山修武
 
磯崎新 
 
ヨルク・グライター
 
中川武
 
難波和彦
石山氏が退官するので
その記念シンポジウムが開催される。
参加申し込みをしていたら
詳しい案内が来た。
錚々たるメンバーが一堂に会し
これからの建築について語る
歴史的シンポジウムだ。
大隈講堂は通常は入ることはできないが
今回は中で話が聴けるという。
good  luck!

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2013年11月 1日 (金)

中央公民館で

14:00頃

真緋の会で使用する部屋の予約(11月、12月)に

中央公民館に行った。

ロビーに入ったら

職場2で同僚だったS1さんが

来ていた。

しばらく振りに会ったので

情報交換をした。

そして、受付をしようと思ったら

今度は、大学時代に同じ学年だったS2さんが

2階から降りてきた。

しばらく振りだったので

情報交換をした。

二人から、名刺をもらった。

肩書を見るとそれぞれ、活躍していた。

わたしは名刺を作っていないので

名刺を作ろうかなと思った。

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2013年10月11日 (金)

miracle

英会話のN先生ご夫妻は

今日、成田からアメリカに向かう。

先日、アメリカの新住所を聴いて

We were very surprised.

オレゴン州のAshlandなのだが

4ケタの番地が

我が家の番地と same !

こんなことって・・・

miracle だ。

We were very surprised.

I can not forget his address.

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2013年6月30日 (日)

ダブルヘッダー

父方の親戚の1年忌

会場 東京の寺院

時間 11:00~13:30

従兄弟の運転する車で会場に行った。

早めに退席して

高崎に帰って来た。

母の命日(4年前の今日)の食事会

会場 海菜楼

時間 17:00~19:30

わたしの家族と妹の家族が

集まって会食会をした。

わたしの家族は大人が8人、孫が3人。

妹の家族は大人が5人、孫が3人。

合わせると大人が13人、幼児4人、乳児2人で

19人だ。

小さな孫たちが熱も出さず、怪我もせず

よく揃ったものだ。

しばらくすると

大声で駆け回り、

まるで保育園!

貸し切りにしてもらって

正解だった。

空の上から母が

子どもたちと孫たちと曾孫たちの

19人を見て

喜んでくれたに違いない。

2食続けての御馳走だったので

食べ過ぎ、

飲み過ぎ、

酔い過ぎて

寝過ぎ

体重計の張りが

振れ過ぎ。

今、反省。

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2013年5月17日 (金)

おなまえの歌

中央公民館の3階の

東端の和室でエッセイの検討をしていた。

20:00頃、突然子どもの大きな鳴き声とも

うめき声とも聞こえる音響だった。

ビックリして廊下に出ると

東側の階段から小さな男の子が

現れた。

母親とはぐれたらしい。

泣きじゃくっていて名前も聞き取れない。

どうも保育園の年長らしい。

なだめて1階の事務室にわたしが連れて行くことにした。

エレベーターで降りて

1階のホールに行くと玄関の外に

同じくらいの男の子が見えた。

仲間らしくそちらへ走っていった。

玄関の外にいたのはその男の子の友だちと

車椅子の女の子(男の子の姉)だった。

聞くところに寄ると

母親は男の子を探しに行っているとのこと。

そこで母親が帰って来るのを待つことにした。

しばらくすると母親が帰ってきた。

用事があって来たそうだが

車椅子の女の子とエレベーターで移動している時

階段を使って降りた男の子が

はぐれてしまったとのこと。

車椅子の女の子は4年生だった。

偶然、わたしが最初に務めた職場1に

通っていると分かったので

尋ねてみた。

「♪おなまえ呼びます。

 ♪大きな声で

  ♪お返事してね。

   ♪○○さん

という歌聞いたことありますか?」

するとその女の子は

ニコニコしながらよく知っていると言った。

母親が

「毎日良く、歌っていますよ」と

付け加えた。

「その歌、わたしが20代の頃作った歌なんです。

今も歌われているなんて

嬉しい限りです」

その4人と別れて

3階の和室に戻って

仲間にこの偶然の話を聞いてもらったのだった。

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2013年4月16日 (火)

ダンニャバード

この言葉

ネパール語で「ありがとう」と言う意味。

『ダンニャバード』というカレー店が

1ヶ月前、近くで開店した。

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英会話先生がお薦めだったので

今夜、食べに行った。

懐かしいエベレストビールがあった。

盛りだくさんのメニューだったので

レディースセットとメンズセットにした。

そのエベレストビールで乾杯!

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カレーの辛さは

卓上に特性のルーが供えてあり

自分で調整できるようになっていた。

ナンが大きく少し甘みもあって

美味しかった。

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店主を含めて4人とも

ネパールの人だった。

客が他に1組だけだったので

店主とネパールのことがいろいろ話せた。

最初に

「ビスターレ、ビスターレ」と

旅で覚えたたった一つのネパール語を発すると

店主は驚いた顔をして

「ビスターレはこの店を始める前にいた店の名前です。

ビスターレのお客さんかと思いました!」

と言った。

そのカレー店は北海道にあったのだから

驚く訳だ。

北海道から高崎へ来たカレー店

お薦めです。

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ビスターレとは

ゆっくり、のんびりという

ネパールの山を登る時に使う言葉。

エベレスト街道を登山中に

「ビスターレ、ビスターレ」と

よく使ったものだ。

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2013年3月30日 (土)

洋大の蕎麦打ち会

群馬の甘楽町の秋畑にある那須庵で

蕎麦打ちの日。

参加者は11人。

その内3人が高崎の住人、

その3人が車を出して案内した。

2人は長野方面から

6人は東京方面から

高崎駅に9:10頃集合した。

日程

① 富岡製糸工場跡の見学

② 那須庵で蕎麦打ち体験

③ 小幡の「楽山園」の見学

④ 新町のガトーハラダの見学(店内)

① 富岡製糸工場跡の見学は3回目だったが

今回は土曜日だったので座繰りの体験ができた。

左手はゆっくり、右手は早めに動かすのに慣れるのに

少し時間がかかった。

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② 那須庵では2人の地元の主婦に

 手ほどきをしてもらいながら打った。

 8人分のスペースしかなかったので

 AさんとS1さんとわたしの3人はサポーターになった。

 8人がそれぞれ2人分の分量の蕎麦を打った。

 5人は半分の1人分の蕎麦を持ち帰り、

 3人は持ち帰らず、サポーターの食べる分の蕎麦にした。

 那須庵では

 水回しに熱湯を使った。

 熱いので割り箸でかき混ぜ、冷めてから手でかき混ぜた。

 たたみ方は屏風たたみだった。

 切るのに「こまいた」は使わなかった。

 山菜の天麩羅が美味かった。

③ 楽山園を見学する時は寒かった。

 遠景の桜が綺麗だったが、

 寒くてゆっくり鑑賞できなかった。

④ ガトーハラダは10人以上は予約が必要とのこと。

 Aさんが事前に連絡を取っておいたので

 ラスクの土産をもらうことができた。

 土曜日だったので次々と客が来て賑やかだった。

 観光バスが来たのには驚いた。

わたしの車には

千葉のIさん、東京のS1さん、S1さんの友人のNさん、

の3人が乗った。

Nさんは東京生まれの東京育ちというから

江戸っ子ですかと訊いたら

「3代住まないと江戸っ子と言わないので

江戸っ子ではないんですよ」と言われた。

2代目だった。

それでお父さんは何処の出身なのか尋ねた。

滋賀県とのこと。

そこで

「わたしの母方の先祖は戦国末期、

滋賀県方面から来たのですが・・・

『一円城の城主』だったのですが

姉川の合戦で敗戦したため

高崎の地に来て帰農したということが

墓石に記されています。

『一円』と言う地名をご存じですか」と訊くと

「『一円』は現在、合併されて

長浜市になっています」とのこと。

Nさんが『一円』を知っていたのには

驚いた。

長浜市の文化課に問い合わせたら

『一円城』のことが分かるかもしれない!

ずっと知りたかったことが

今日のNさんとの出会いで

一歩前進した。

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2013年3月25日 (月)

Team Forest 写真展

会場 高崎シティーギャラリー 2階

会期 3月22日(金)~3月27日(水)まで

5人の方の写真展

出品に参加している知人のTさんから案内を受けて

15:00頃

出かけた。

テーマは「流木」ということで

会場の中央に流木が置いてあった。

そのテーマに沿っての5人の作品が

展示されていた。

写真の題、解説は一切無く

あったのは撮影者のネームプレートだけ。

印画紙が和紙だったり、

油絵のようなタッチで触りたくなるような画面だったり、

水墨画のような雪景色だったり・・・

普通の写真展とは違った。

一歩突き抜けた感じがした写真展だった。

Tさんが会場にいたので

いろいろ詳しいことが聴けた。

けいこさんがTさんに

この写真展の中心になっている方について

尋ねたら

プロの写真家Kさんだったが最近亡くなられたとのこと。

けいこさんは画家のKさんと同じ名字だったので

確認した。

すると

その方は

けいこさんが知っていた画家のKさんの

息子さんだった。

昨日、Kさんの父が会場に

来たとのこと。

いちじんの友人→ピアノ愛好会→Tさんと知り合う

→Tさんたちの写真展→写真展の指導者Kさん→Kさんの父は画家

→画家はけいこさんの知人

サークルが繋がった

写真展だった。

1ヶ月前、

シティギャラリーの地下1階駐車場出口の

案内の蛍光灯が切れていたので

なかなか出口が判らず迷ったので

早く新しいのと取り替えて欲しいとお願いしたが

今まで確認する機会がなかった。

今日は、

その案内板がはっきり見えた。

蛍光灯を取り替えてくれていたので

ありがたかった。

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2013年1月22日 (火)

年賀状の当選番号

二人で150枚近い年賀状の

当選番号を調べた。

今年は4等切手シートが

たった1枚だった。

3等は下4けたが『535』だ。

けいこさんが

「3等に近い『535』があったわよ」と言う。

そこで

わたしも下4けたに注意して調べ直した。

そしたら、わたしのところにも『535』があった。

0が6だったら、3等だった。

ところが、5けたと6けたの数字を見て驚いた。

わたしのところに来た番号『475035

けいこさんに来た番号も『475035だった。

組違いだが、6けたまでの数字が全く同じだった。

郵便局からは何ももらえないが

この偶然に今年は何か

良いことがありそうだ・・・

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2012年8月15日 (水)

お客さん

市民演劇を一緒に演じたYさんから

30分後ブルーベリーを届けますと言う

電話があった。

その後、

義妹夫婦が来訪。

山の話に花が咲いた。

越後駒ヶ岳に行った話、

次は立山の雄岳から大日岳へ行くという話。

百名山を目指すのではなく

高山の花が見たいから

行くのだそうだ。

健脚の二人に

二人で唸っていると、

Yさんから近くに来たという電話があったので

迎えに行った。

Yさんに上がってもらい

二人に紹介してお茶を飲んでもらった。

義妹夫婦は挨拶が済むと

直ぐに席を立って帰って行った。

二人が帰った後、Yさんが

「先程の方、どこかでお会いしたことがあります」と言う。

「え!」

「お仕事は何をされていますか?」

「○○で写真関係の仕事をしています」

「わたしは、そこのお店でお世話になっています。

昔の8ミリをDVDやブルーレイにしてもらいましたし、

今度はTシャツのプリントをお願いしようと

思っているのです」

「それは、奇遇ですね」と驚いた。

写真の現像だけでなく

DVDやブルーレイの仕事をしているなら

義弟はYさんを知っているはず・・・

その時

義弟からバッグを忘れたので

取りに来るという電話が掛かってきた。

かくして

お店の主人とお客さんの確認が行われた。

それにしても

わたしの知人のYさんが

義弟の店のお得意さんだったなんて・・・

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