2013年4月30日 (火)

広報高崎5月1日号

広報高崎の今月の1日号が

高崎市の全家庭に配布された。

表紙は倉渕村の文化活動をしている人々だ。

陶芸家の佐藤烓夫妻が出ていた。

その広報の7ページに

第4回高崎市民演劇の募集要項が

掲載された。

今年の市民演劇「幸せをもとめて」の写真が1枚

あった。

何といちじんたち「ケセラセラ劇団」の

ショットだった。

驚いたあぁ・・・

http://www.city.takasaki.gunma.jp/kou-t/25-5-1/documents/2551-6.pdf

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2013年4月12日 (金)

夢千代日記

前進座

高崎演劇鑑賞会の日は都合が悪かったので

行けなかった。

そこで前橋労演の公演日の今夜

前橋市民文化会館へ行って見た。

広島に投下された原子爆弾で

放射能を被爆した人々の

生き方がテーマだった。

被爆したことを

隠しながら生きていた夢千代。

白血病の医療を受けるには

被爆したことを証明する人が2人必要だった。

夢千代とその二人との数奇な出会いが

物語の核心だった。

現在、原発の放射能漏れで

福島の多くの人々が多かれ少なかれ被爆している。

今は何も症状が出ていないので問題意識をする人が少ないが

年を経ることによって

身体に異常を来すのではないかと思われる。

夢千代の運命が

福島の人々に重なり合って見えて

しかたなかった。

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2013年3月31日 (日)

座敷わらじぃのお引越し

大衆向音楽舞踊劇

会場 ベイシア文化ホール 小ホール

時間 18:00~20:30(2nd)

内容 演劇とジャズダンスを組みあわせた

    エネルギッシュな舞台

主催 スタジオステップス

小学生から大人までが

劇の中で

ジャズに乗って楽しそうに踊っていた。

劇のストーリー

酒飲みの父親が遠野で酒を飲み過ぎて

頓死。

そして座敷童ではなく

座敷わらじぃになる。

その父親は

売れっ子3人娘の全財産を金庫から

盗んでいたから

彼の家族は贅沢三昧の生活から

借金地獄の生活に成り下がる。

その父親には彼が死んでから生まれた4女がいた。

その4女は結婚して男の子と女の子がいた。

座敷わらじぃにとれば孫。

座敷わらじぃは受験生の男の孫のところへ

引っ越してくる。

すると借金の肩代わりに女の孫が

謝金取りの息子と結婚させられるはめになっていた。

そこで座敷わらじぃは自分が隠しておいた大金を

男の孫に掘らせ

その金で

借金取りの息子と女の孫との結婚を

破棄させることができる。

座敷わらじぃは

漸くあの世に帰ることができ

あちらから家族を見守り

妻たちの来るのを待つことに・・・

その売れっ子3人娘を演じたのが

第2回高崎市民演劇の仲間

SさんとOさんとTさんだった。

お疲れさん!

座敷わらじぃを演じたYさんの演技は

見事だった。

座敷わらじぃに完全に成り切っていた。

わたしは舞台終了後

観劇して感激したので

そのYさんと握手。

1日に2回の公演

みなさんご苦労様でした。

見に行かなかったけいこさんに

このストーリーを語ると

とても感心していた。

このストーリーの作者を

凄いと思った。

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2013年2月26日 (火)

高崎演劇鑑賞会 星の王子様

朗読劇を取り入れた舞台だった。

星の王子様だけが

衣装を付けて演じた。

ストーリーはほぼ分かっていたので

直ぐにうとうと

「大事なものはこころの目でしか見えないんだよ」という

場面だけは

ちょうど目が覚めて

見ることができた。

良く寝られたが

イビキをかいていなければ

良いのだが・・・

市民演劇の仲間23人が

集まって3月6日の解散日に

食事会をしようと言うことになった。

会場は予約無しで入れるところになった。

そこで、感想文集の作成を

提案しようと思った。

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2013年2月 1日 (金)

緒方拳の想い出 その2

NHKテレビに

プラネットアースという番組があった。

地球上の自然の素晴らしさを紹介する番組だった。

緒方拳が実際にその場所に行って撮影した映像を

本人がナレーションをした番組だった。

アフリカのヌーの大群。

・・・

・・・

中央アメリカでのオオカバマダラの大群の越冬。

緒方は肝臓癌が進行していたにも拘わらず

病状を伏せてこの仕事に取り組んでいたようだ。

プラネットアースの最後の番組で

「この映像がみなさんに届く頃は

わたしはもうお目にかかることはないでしょう」と言って

森の中へ消えていった後ろ姿が忘れられない。

その番組が放映された時には

緒方が言った通り、

彼はいなかった。

地球の素晴らしさを体感するために

癌を自分の中に仕舞い込んで

健康を装って

番組に取り組んだのだろう。

彼は癌だったが、

健康な人間という演技を

最後までやり通した。

本物の役者だった。

プラネットアース第10集

http://www.nhk.or.jp/special/onair/070204_02/index.html

メキシコ編

以下コピー

この世のものとは思えない

ナビゲーターの緒形拳さんをそう言わしめたのが、

メキシコの標高3000メートルの森で越冬する

オオカバマダラという蝶の大群が舞う姿だった--。

この映像を撮影するまで、

取材班一同焦燥の日々を送っていた。

天気が良くならない。

太陽が出なければ、蝶たちが舞い上がる姿を撮影できないのだ。

森まで行けばお日様が顔を覗かせるのではないか。

淡い期待を胸に重い機材を背負い、現地へと毎日通った。

撮影場所までは、歩いて片道一時間ほどかかる。

恨みがましく天を仰ぎ、ため息をつく日々ばかりが続いた。

肩に食い込む機材は、心なしか日々重量を増していく。

もう後がない。

このまま蝶が舞うシーンは撮れないかも知れない…。

じれる取材班に緒形さんが一言。

うん、もう一日、行こう

日程をやりくりして、もう一日粘る。

そして……

信じてもらえるだろうか。

最終日、蝶の羽音が森中に響き渡った。

燦々と降り注ぐ太陽の下で、

これでもかというほど乱舞するオオカバマダラ。

何千、何万という蝶の中で、呆然と立ちつくす緒形さん…。

これこそ待ち焦がれた瞬間、

いやそれ以上だったかもしれない。

取材班はただただ夢中でカメラをまわした。

付記

2002年~      肝硬変から肝癌になる。

2006年~      プラネットアースに出演

2007年 2月4日  10集放映

2008年10月5日  逝去

10集放映から亡くなるまで1年8ヶ月あった。

わたしが記憶違い(放映の方が遅かったと思い込んでいた)をしていたようだ。

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2013年1月30日 (水)

緒方拳の想い出 その1

大学生の頃、緒方拳の額入り色紙を

部屋に飾っていた。

そこには

「挑戦」と書かれていた。

力強い文字だった。

それは母が知人のSさんからもらった色紙だった。

Sさんは出版関係の仕事をしていた。

その頃、テレビの人気番組に「そっくりショー」というのがあった。

Sさんは「淡谷のり子」のそっくりショーに出場し

優勝した。

それが切っ掛けとなり、芸能人に知り合いがたくさんできたそうだ。

Sさんは緒方拳から色紙をもらい、

それが母のところに来たという訳だ。

大事にしていたのだが、

家を建て替えた時、どこかに無くしてしまった。

緒方拳は書道にも力を入れていたことを

亡くなってから知った。

あの色紙があれば・・・

色紙は無くなり、

緒方拳も亡くなったが、

わたしの中に「挑戦」という文字は

今でも生きている。

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2012年12月12日 (水)

高崎演劇鑑賞会 真砂女

真砂女(まさじょ)

主演 藤真利子

前半は居眠りが出て粗筋が良く飲み込めなかった。

後半になって目が覚め

ストーリーが判明した。

世の規範にとらわれず

自由に生きた女性の半生だった。

その女性は

96歳で死んだ銀座で飲食店を営みながら

俳句を詠んでいた。

娘が演劇の仕事をしていたそうだが

何と

この芝居の語り手が

その娘だった。

母の一生を自分の劇団で

再現していたのだ。

最後にこのことがやっと分かって

いつもと異なる心境になった。

藤真利子の熱演に

拍手!

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2012年10月28日 (日)

『欺瞞と戯言』

会場 笠懸野文化ホール

時間 16:00~18:15

劇団 トムプロジェクト

主演 竹下景子 ほか4人

NHKの朝ドラで竹下景子の演技が

素晴らしかったので

しみじみした中年女性の演技がみられるかと思って

チケットを手に入れたのだが

意に反して

サスペンス的ドラマの

けたたましい役柄であった。

内容は今後見る方たちのために

伏せます。

それにしても笠懸野文化ホールは

重厚なホールで観劇しやすかった。

お陰で途中でけいこさんに

起こされてしまった?

チラシの裏面

http://www.tomproject.com/peformance/giman_ura.pdf

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2012年10月16日 (火)

高崎演劇鑑賞会 第346回例会 「かもめ来るころ」

原作 松下竜一

出演 高橋長英 斉藤とも子

テレビで見たことのある俳優の二人芝居だった。

自然環境保護の運動に

一生を捧げた松下竜一を長英が演じた。

その妻役が斉藤とも子だった。

周防灘の豊前火力発電所の建設に

自然保護の立場から反対運動に

孤軍奮闘する姿を

記録映像を取り入れながら演じた。

竜一は訴訟をするが

敗訴。

でも、一生その自然を愛する信念に

揺るぎはなかった。

終演後、出口で松下竜一の著書を

販売していた。

ネットで松下竜一の情報を得ようと思った。

松下竜一(ウキペディア)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E7%AB%9C%E4%B8%80

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2012年9月 6日 (木)

「父と暮らせば」

井上ひさし著

「父と暮らせば」を

今読み終えました。
この脚本は、広島に落とされた原子爆弾で亡くなった父が
被爆した娘のところに現れて
娘を励ます物語です。
ひさしはこの劇を通して
原爆の悲惨な様子を後世に
残そうとしたのです。
些末なことですが、
この劇の始まりは、1948年7月の最終火曜日と
記されていました。
奇しくもわたしの誕生日が同年同月の30日です。
そこで、
ネットでその最終火曜日がいつか調べてみました。
すると、その日は7月27日でした。
わたしの生まれる3日前のことでした。
ちなみに7月30日の出来事は
マッカーサー書翰による政令201号公布実施
公務員の争議権・団体交渉権を否認。
とありました。
37年間公務員をしていましたが、この制令は
わたしと同じ年齢であったことに今頃気付きました。
わたしが亡くなってもこの政令は
生き続けることでしょう。
    おそまつでした。
この劇を世界で上演している劇団は
    こまつ座でした。

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